本研究では,古代東山道の碓氷峠を事例に,山間部の歴史的交通路を通る人々の経路選択行動を論じる.従来の研究では碓氷峠越えの経路として碓氷峠旧道と入山道の2つの説があり,中世以降は主に碓氷峠旧道が選択された.なぜ標高が高く歩行に不利とみられる碓氷峠旧道が主要道として選択されたのか.この理由を道路の地形に起因するエネルギー消費量と地形の険しさから分析する.対象の両経路での分析の結果として,身体にかかる負荷であるエネルギー消費量には大きな差はないが,地形の険しさでみると特に入山道の危険性が大きいことがわかった.それゆえに安全に通過できる碓氷峠旧道が選択されたと考えられる.本稿では,山間部を通る交通路での長期にわたる一般の人々の経路選択の理由が,地形に起因する合理的な判断であるとして,碓氷峠を越える経路の歴史的経緯からみても妥当な結論を得た.