学会誌JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
症例報告
嚥下内視鏡検査を積極的に用いて摂食嚥下リハビリテーションを行った気道熱傷患者の1例
常峰 かな東別府 直紀西岡 弘晶
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 3 巻 5 号 p. 308-312

詳細
Abstract

要旨:気道熱傷患者は摂食嚥下障害のリスクが高いが,その評価や摂食嚥下リハビリテーションに関する報告は少ない.症例は61歳,男性.201X年Y月,顔面に油を受け,熱気を吸い込んだことによる気道熱傷が疑われ,気管挿管,人工呼吸管理を受けた.外見の熱傷は軽度であったため抜管後に経口摂取を試みたが,嚥下困難の訴えがあったため,NST摂食嚥下チームが介入した.嚥下内視鏡検査(videoendoscopic examination of swallowing;以下,VEと略)により咽喉頭の器質的異常や誤嚥を認め,重度の摂食嚥下障害と判断した.定期的にVEを行いながらその所見を参考に嚥下リハを行い,約50日で全量経口摂取が可能となった.気道熱傷では,外見上熱傷が軽度でも重度の嚥下障害を呈している可能性があり,VEにより器質的異常や誤嚥リスクを評価し,嚥下リハの方針を立てる必要があると思われた.

はじめに

気道熱傷とは火災や爆発で生じた高温の空気を吸い込んだことなどによって生じる上気道の熱損傷である.気道熱傷後の初回嚥下評価では,56.7%の患者が経口摂取不可,16.7%の患者が少量の経口摂取のみ可能だったという報告 1もあり,摂食嚥下障害のリスク因子である.しかし,気道熱傷後の摂食嚥下リハビリテーション(以下,嚥下リハと略)に関する報告は少ない.今回我々は,気道熱傷後の摂食嚥下障害患者に,嚥下内視鏡検査(videoendoscopic examination of swallowing;以下,VEと略)を用いて咽喉頭の状態や摂食嚥下障害の程度を判断し,嚥下リハの方針に役立てることで,経口摂取を確立できた症例を経験したので報告する.なお,本稿は症例報告に関する倫理指針を説明の上,本人から同意を得た.

症例

61 歳男性,身長 167cm,体重 85kg.飲食店を経営.脳出血の既往があるが,後遺症は軽度で日常生活動作(activities of daily living;以下,ADLと略)および就業に問題はなかった.糖尿病,高血圧があり,テルミサルタン・アムロジピン,ベニジピン,ファモチジン,ボグリボース,メトホルミンを内服していた.

201X 年 Y 月,飲食店で勤務中にてんぷら油が発火し,その油を顔面に浴び,熱気を吸い込み神戸市立医療センター中央市民病院に救急搬送された.呼吸苦,咽頭痛,前額部痛の訴えがあった.意識清明,血圧 180/60mmHg,脈拍 96 回 / 分,呼吸数 30 回 / 分,酸素飽和度 95%(10L/ 分酸素投与下),髭と眉毛に焦げがあり,顔面に水泡を認め,口腔内には煤が付着していた.四肢体幹に熱傷はなかった.上気道からの狭窄音はなかったが呼気時に喘鳴があったため,気道熱傷が疑われ,気管挿管,人工呼吸器管理となった.次第に呼吸状態が安定したため,第 7 病日に抜管した.栄養管理としては,第 2 病日に経鼻胃管からサンエット ®-SA(株式会社三和化学)400mL×3 回/ 日の投与を開始した.その後,目標栄養投与量 をエネルギー1,800kcal/ 日,たんぱく質 66g/ 日に設定し,経腸栄養剤の投与量を徐々に増加した.

外見上,頭部から前額部,鼻部にかけてⅠ度からⅡ度の熱傷で,熱傷範囲は 2%と小さく,抜管後の病棟内 ADL も問題なかったため,経口摂取可能と判断され,第 8 病日に全粥食が提供された.しかし,本人より嚥下困難感の訴えがあり,食事摂取ができなかったため,第 9 病日に担当医から摂食嚥下評価依頼があり NST 摂食嚥下チームが介入した.

第 9 病日に初回の摂食嚥下機能評価を行った.意識レベルは清明で,精神,認知症症状はなく,病棟内 ADL は自立していた.座位姿勢が安楽であったため,端座位で行った.気道熱傷による嗄声を認め,GRBAS 尺度 23(Grade,Rough, Breathy,Asthenic,Strained の 5 項目について 0~3 の 4 段階で評価)で G3(重度嗄声),R3(粗糙性嗄声),B2(気息性嗄声),A0(無力性嗄声), S1(努力性嗄声)であった.安静時から痰量が多く,唾液嚥下時の嚥下痛が顕著であった.嚥下スクリーニングテストは,反復唾液嚥下テストが 1 回で陽性であった.唾液嚥下時の喉頭上下運動はみられるが,喉頭挙上は著明に減弱しており嚥下運動として判定されない施行もあった.唾液処理が不十分なレベルであり,誤嚥リスクが高いと判断したため,改訂水飲みテストについては誤嚥リスクを考慮して施行しなかった.摂食嚥下障害臨床的重症度分類(dysphagia severity scale;以下,DSS と略)4はレベル 2(表1)で,摂食状況スケール(eating status scale;以下,ESS と略)5はレベル 1(表2)であり,重度の摂食嚥下障害と判断した.気道熱傷による咽喉頭部の器質的変化を詳しく評価する必要があると考え,VE を実施した.第 14 病日の初回 VE では,咽頭から喉頭にかけて熱傷,びらん,偽膜形成,浮腫を認めた(図1).検査食はとろみ水 3mL(学会分類2013:段階 1,1%)6およびゼリー(エンゲリード ® 29g)を使用し,姿勢はベッド上端座位とした.喉頭内視鏡による所見で,喉頭蓋舌面,喉頭面,被裂部に感覚低下,喉頭蓋谷,梨状陥凹,仮声帯に多量の唾液貯留を認め,とろみ水とゼリーの残渣があり,不顕性誤嚥と診断した.嚥下内視鏡検査スコア評価基準(以下,兵頭スコアと略)7は 11/12 点(唾液貯留 3,喉頭知覚 3,嚥下反射惹起性 2,咽頭クリアランス 3)であった.嚥下痛の減少や咽頭貯留物の減少などが改善されるまでは間接訓練の方針とし,嚥下リハは,喉のアイスマッサージや氷なめ訓練程度の間接訓練に留めた.また,安静時からの唾液貯留を認めるため,咽頭貯留物除去目的で普段から空嚥下を行うように指導した.嗄声については咽喉頭の器質的異常を認めるため,無理な発声や咳嗽で喉頭に負荷がかからないように,声の衛生指導を行った.VE後の治療方針説明後,本人から早期の退院希望があったため,第 26 病日に胃瘻を造設し,外来で嚥下リハを継続する方針となった.栄養剤はラコール ®NF 配合経腸用半固形化剤(株式会社大塚製薬工場)を 1 日 1,800mL 使用し,1 回に 600mLを 20 分程度で注入するように指導した.嚥下リハは栄養剤注入前に行うよう指導した.

表1. dysphagia severity scale:摂食嚥下障害臨床的重症度分類 4
分類 定義 解説 対処法 直接訓練 *1
誤嚥なし 7 正常範囲 臨床的に問題なし. 治療の必要なし. 必要なし. 必要なし.
6 軽度問題 主観的問題を含め,何らかの軽度の問題がある. 主訴を含め,臨床的な何らかの原因により摂食嚥下が困難である. 簡単な訓練,食事の工夫,義歯調整などを必要とする. 症例によっては施行.
5 口腔問題 誤嚥はないが,主として口腔期障害により摂食に問題がある. 先行期・準備期も含め,口腔期中心に問題があり,脱水や低栄養の危険を有する. 口腔問題の評価に基づき,訓練,食物形態・食事法の工夫,食事中の監視が必要である. 一般医療機関や在宅で施行可能.
誤嚥あり 4 機会誤嚥 ときどき誤嚥する,もしくは咽頭残留が著明で臨床上誤嚥が疑われる. 咽頭残留著著明,もしくはときに誤嚥を認める.また,食事場面で誤嚥を疑われる. 上記の対応法に加え,咽頭問題の評価,咀嚼の影響検討が必要である. 一般医療機関や在宅で施行可能.
3 水分誤嚥 水分は誤嚥するが,工夫したものは誤嚥しない. 水分で誤嚥を認め,誤嚥・咽頭残留防止手段の効果は不十分だが,調整食など食事形態効果を十分認める. 上記の対応法に加え,水分摂取の際に間欠的経管栄養法を適応する場合がある. 一般医療機関で施行可能.
2 食物誤嚥 あらゆるものを誤嚥し嚥下できないが,呼吸状態は安定. 水分,半固形,固形食で誤嚥を認め,食事形態効果が不十分である. 経口摂取は不可能で経管栄養が基本となる. 専門的医療機関で施行可能 *2.
1 唾液誤嚥 唾液を含めてすべてを誤嚥し,呼吸状態が不良.あるいは,嚥下反射が全く惹起されず,呼吸状態が不良. 常に唾液も嚥下していると考えられる状態で,医学的な安定が保てない. 医学的安定を目指した対応法が基本となり,持続的な経管栄養法を要する. 困難.

*1 間接訓練は6以下のどのレベルにも適応があるが,在宅で施行する場合,訓練施行に適切な指導をすることが必要である.

*2 慎重に行う必要がある.

表2. eating status scale:摂食状況スケール 5
5 経口調整不要 *
4 経口調整要 *
3 経口>経管
2 経口<経管
1 経管のみ

* 経口調整:食物形態や体位などの摂食時の工夫を指す.

図1.

第14病日の嚥下内視鏡検査所見 a,b:咽頭から喉頭へかけて熱傷,びらん,偽膜形成,浮腫を認める.

第 28 病日の VE では,咽頭後壁の腫脹は軽減していたが,両側仮声帯に腫脹があり,前連合が明視できなかった(図2).嚥下時の咽頭収縮のタイミングは遅延し,唾液誤嚥を認めた.兵頭スコアは 10/12 点(唾液貯留 2,喉頭知覚 3,嚥下反射惹起性 2,咽頭クリアランス 3)であった.検査食は初回 VE と同じとろみ水 3mL およびゼリーを使用し,姿勢はベッド上端座位とした.とろみ水,ゼリーで少量の食物残留を認めたが,誤嚥はなかった.食物残留に対しては,複数回嚥下が可能であり,咳払いによる咽頭貯留物の喀出も可能であったため,ゼリーやヨーグルト,とろみ水での直接訓練を開始する方針とし,複数回嚥下,顎引き嚥下を行うように指導した.経腸栄養剤とは別に当院の給食からゼリーやヨーグルトを提供し,一回の練習は 30 分程度に設定した.第 30 病日に自宅退院し,退院後は自宅および近医にて直接訓練を中心とした嚥下リハを継続し,二週間毎に当院を受診し,3 度目の VE を実施した.

図2.

第28病日の嚥下内視鏡検査所見声帯は両側仮声帯に腫脹を認め,前連合が明視できない.

第 40 病日の VE では,器質的変化や声帯の動きは改善傾向であったが,とろみ水 3mL,ゼリー,持参食(全粥,軟菜食)を用いて嚥下機能を評価すると,咽喉頭に全粥,軟菜食の食物残留を多量に認め(図3),一口につき 6 回以上の嚥下運動が必要であった.複数回嚥下,顎引き嚥下を徹底するよう再度促した.兵頭スコアは 7/12 点(唾液貯留 1,喉頭知覚 2,嚥下反射惹起性 2,咽頭クリアランス 2)であった.ゼリーや全粥などで直接訓練を継続する方針としたが,経口摂取のみで必要栄養量を確保することは困難であると判断し,胃瘻からの栄養投与を継続した.第 54 病日の VE では, 水, とろみ水 3~10mL, ゼリー,持参食(全粥,軟菜食)を使用した.食物がわずかに喉頭侵入する程度に改善しており,経口摂取が可能と判断し,食事形態を全粥,軟菜食とし,胃瘻の使用を中止した.兵頭スコアは 4/12 点(唾液貯留 1,喉頭知覚 1,嚥下反射惹起性 1,咽頭クリアランス 1)であった.第 110 病日の VE では声門下に肉芽を認めたが,咽頭から喉頭のびらん,偽膜形成,浮腫は軽快しており(図4),経口摂取に問題を認めず終診とした.嚥下リハの期間中,誤嚥性肺炎を起こすことはなかった.終診時の摂食嚥下機能は,DSS:レベル 6,ESS:レベル 4, 嗄声の状況は GRBAS 尺度で G2,R2, B0,A0,S1 であった.

図3.

第40病日の嚥下内視鏡検査所見 a,b:咽喉頭に食物残渣を認める.

図4.

第110病日の嚥下内視鏡検査所見咽頭から喉頭のびらん,偽膜形成,浮腫は軽快している.

考察

本症例の摂食嚥下障害の原因として,気道熱傷だけでなく既往の脳血管障害の影響も考えられる.しかし,熱傷を受傷する以前には,今回示したような嚥下障害,喉頭の運動異常,感覚の左右差などの訴えや所見はなく,既往の脳血管障害による影響は小さいと考え,気道熱傷が原因の摂食嚥下障害と判断して嚥下リハを実施した.

Anna らは,気道熱傷後の嚥下スクリーニングで誤嚥リスクが疑われた患者 19 名に VE を実施したところ,13 名に誤嚥リスクを認め,そのうち 50%以上の患者に咽喉頭の器質的異常を認めたと報告している 8.この 13 名中,とろみ水もしくは通常の水でのテストで喉頭侵入もしくは誤嚥を 12 名で認めた.また,この 12 名のうち 6 名は不顕性誤嚥であったとも報告 8している.気道熱傷患者は摂食嚥下機能障害を有する可能性が高く,詳細な嚥下機能評価と嚥下リハが必要であるが,気道熱傷患者の嚥下リハについての報告は少ない.

適切な嚥下リハを行うためには,障害部位や障害の種類に応じた訓練が必要である.気道熱傷では咽喉頭の分泌物の増加,咽喉頭浮腫,嚥下反射惹起遅延,咽喉頭の感覚低下,嚥下関連器官の協調性の低下など様々な障害が起こる 9.VE は粘膜の状態や分泌物の評価に優れており 10,また,これらは VE でしか明確に確認できない.VE は検査場所の制限が少なく,ベッドサイドで施行でき,三次元画像で食塊の通過状況と喉頭・咽頭機能の評価が可能であり,直接画像として声帯や咽頭粘膜などの軟部組織を立体的に観察できる 11.また,誤嚥の検出については,ベッドサイドでの一般的な嚥下機能の評価法と比較して不顕性誤嚥の検出にも優れている 12.嚥下造影検査と比較しても気管内誤嚥の一致率は 85.7~100%であり13)~16,評価の信頼性が高い.

また,気道熱傷患者で喀痰増加や唾液貯留を認める場合,気道熱傷の炎症のために喀痰が増加しているのか 17,嚥下障害により分泌物の処理が困難なために喀痰が貯留しているのかを判別するには VE が有用である.本症例では安静時から喀痰が増加していたが,VE を行った事により,咽喉頭の腫脹によって咽頭収縮が減弱したことが原因となり,咽喉頭内に分泌物が貯留したことが影響し,ほとんど嚥下できていない状態であると診断することができた.これにより食事提供は誤嚥のリスクが高いと判断し,嚥下リハの方針決定に役立てることが可能となった.

本症例では,患者に VE の実際の映像を見せながら説明することで,視覚的にも咽頭残留を実感してもらうことができ,その対処方法として顎引き嚥下や複数回嚥下の理解を得ることができた.また,咽喉頭の熱傷状況も視覚的な情報を提供することで,無理な発声や負荷のかかる行為を最小限に留めることができたと考えている.

結語

気道熱傷後の咽喉頭所見を踏まえた嚥下リハが有効であった症例を報告した.気道熱傷では,外見上熱傷が軽度と診断されても重度の嚥下障害を呈している可能性があるため,VE により器質的異常や誤嚥リスクを評価し,嚥下リハの方針を立てる必要がある.

なお,本稿の一部は,第 30 回日本静脈経腸栄養学会学術大会(2015 年 2 月,神戸)において発表した.

本論文に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
© 2021 一般社団法人日本臨床栄養代謝学会
feedback
Top