学会誌JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
臨床経験
ERAS®プロトコールを用いた腹腔鏡下大腸がん手術後の食事開始に関する検討
北川 一智片山 影美子萱原 璃緒森本 康裕高安 郁代須山 奈見子友澤 明徳
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 4 巻 3 号 p. 133-138

詳細
Abstract

Enhanced Recovery After Surgeryプロトコール(以下,ERAS®と略)を用いた大腸がんの周術期管理において早期経口摂取の開始は重要な項目である.本邦でも導入を行う施設が増加しているが,固形食の開始時期は施設によって異なっている.当院でERAS®の適応となった腹腔鏡下に切除された大腸がん190例において,術後翌日に固形食が半量以上摂取できたA群152例と,出来なかったB群38例を比較検討した.背景因子では手術時間がA群で有意に短かったが他は有意差がなかった.結果ではA群では疼痛スコアが有意に低値で,術後悪心嘔吐の発生頻度は有意に少なかった(A群23.7%,B群44.7%).術後腸管麻痺の頻度はA群で有意に少なかった(A群2.6%,B群10.5%).術後在院日数もA群で有意に短縮していた(A群8.5日,B群12.9日).大腸がんの症例にERAS®を使用することで80%の症例が術後1日目に半量以上の固形食の摂取が可能であった.今後,高齢者の術後の疼痛対策を強化することがより良い成績につながると考えられた.

目的

早期回復を目指す術後管理のプロトコールとして欧州臨床経腸栄養学会(ESPEN)はEnhanced Recovery After Surgeryプロトコール(以下,ERAS®と略)を提唱している1,2).我が国の大腸がんの周術期管理でも近年ERAS®が普及しつつあり3),多くの施設で従来より早期に固形食の摂取が開始されるようになってきた.しかし,固形食開始時期については施設間で異なっており,欧米でよく施行されている術後翌日(術後〇日目;以下,DAY〇)に固形食を開始している施設は少ない4,5).当院では2012年よりERAS®を導入しており,2015年からは周術期センターを立ち上げて多職種で周術期管理を行なってきた.ERAS®の術後の経口摂取は,DAY0の4時間後より水分,DAY1の朝から栄養剤,昼から5分粥,DAY2より全粥の提供を行った.今回DAY1に固形食の摂取が可能であったか検討を行ったので報告する.

対象および方法

対象は2013年1月より2020年10月までの期間に当院で腹腔鏡下に手術を行った大腸がんの患者のうちERAS®適応であった症例とした.ERAS®の適応は予定手術で,腫瘍の局在が上部直腸より口側で,術前に腸管の拡張が認められない症例とした.閉塞を伴う大腸がんであっても大腸ステントで腸管の拡張が取れたものはERAS®適応とした.身体所見等を主治医が診た上でパス逸脱でなければDAY1の昼より固形食を開始した.DAY1に固形食を主食,副食ともに半量以上摂取できた症例をA群,出来なかった症例をB群として,2群間で背景,術中,術後の因子について比較検討を行った.当院のERAS®の周術期管理は表1の通りとした.入院前カウンセリングは多職種で行い,必要に応じて栄養療法,prehabiritationを施行した.術後悪心嘔吐(postoperative nausea and vomiting;以下,PONVと略)は表2のようにApfelのPONVスコア6)を用いて術前に薬剤師が評価を行った.術前の耐術能の評価として小野寺のprognostic nutritional index(以下,PNIと略)を管理栄養士が算出した.術後疼痛はnumerical rating scale(以下,NRSと略)を使用した.DAY2までの疼痛と腹部膨満の有無を医師,看護師が評価を行った.腹部レントゲン(以下,XPと略)をDAY1,3,5,7に撮影し,DAY1の胃の拡張の有無,DAY1,3,5,7の小腸の拡張の有無を検討した.拡張の有無は術前のXPと比較して腸管内のガス像が認められれば拡張ありとした.術後の嘔吐に関して,腸閉塞,術後の腸管運動の回復遅延が原因のものを腸管麻痺,腸管の閉塞や拡張を伴わない全身麻酔の影響が原因のものを狭義のPONVと定義して分類を行った.第一排便の翌日に発熱,腹痛がなければドレーンは抜去した.退院基準(①ドレーンが抜去されて1日以上経過している.②全身状態が良好.③食事が摂取できている.)を満たす場合を退院可能とした.基準を満たした後の退院日に関しては本人の意思を重視して決定した.

表1. ERASプロトコールの当院での項目
項目 施行時期
術前 入院前カウンセリング(栄養評価,PONVスコア評価含む) 7~14日前
周術期口腔機能管理 7~14日前から
ガムを噛む 前日
腸管洗浄は右側は無し,左側はピコスルファートナトリウム水和物0.75%液5 mL 前日
前日の夕食まで固形食 前日夕
エレンタール倍希釈400 mLを眠前に服用 前日眠前
エレンタール倍希釈400 mLを術前2時間前までに服用 DAY0朝
術中 体重当たりの術中輸液量は3 mL程度とする DAY0
PONVスコアの評価で高リスク例にデキサメタゾン点滴 DAY0
PONVスコアの評価で中リスク以上例にDHS*1投与 DAY0
できる限り腹腔鏡手術を行う DAY0
ドレーンは術者の判断で左側のみ挿入 DAY0
胃管は手術室で抜去 DAY0
血栓予防 DAY0
術後 持続胸部硬膜外麻酔かTAPPブロック*2+IVPCA*3 DAY0
術後4時間後より飲水許可,座位許可 DAY0
DAY0早朝の体重基準に0バランスの輸液管理,利尿剤投与 DAY0から数日
PONVスコアの評価で中リスク以上の症例にDHS*1投与 DAY0–2
大建中湯,アセトアミノフェン内服 DAY1から数週間
手術翌日朝から栄養剤の摂取 DAY1
手術翌日昼から5分粥の摂取 DAY1
リハビリテーション,歩行開始,万歩計の使用 DAY1から数週間
ガムを噛む DAY1から数週間
周術期口腔機能管理 DAY1から数週間
腹部レントゲン撮影 DAY1,3,5,7
全粥開始 DAY2
退院前カウンセリング 退院予定前日

*1 DHS:ジフェンヒドラミンサリチル酸塩

*2 TAPPブロック:腹横筋膜面ブロック

*3 IVPCA:intravenous patient-controlled analgesia

表2. PONVスコアとPONV発症予測頻度
□ 女性
□ 非喫煙歴
□ PONV既往・乗り物酔い
□ 術後オピオイド使用
PONVスコア 重症度 PONV発症頻度
該当数(点数) 0 低リスク 10%
1 20%
2 中リスク 40%
3 高リスク 60%
4 80%

文献6より引用

統計学処理は2群間の名義変数の比較をχ2検定で,連続変数の比較はt検定を行い,p < 0.05をもって有意差ありとした.統計解析ソフトはIBP,SSPSを使用した.本研究は当院の倫理委員会にて承認を受けた(承認番号:R031217-1)上でオプトアウトを行った.

結果

術前の評価でERAS®適応とされた190 例のうちERAS®を遵守できたのは171例(90.0%)であった.19例は術後合併症のためにパスを遵守できなかった.ERAS®適応とされた症例のうちA群は152例(80%)で,B群は38例(20.0%)であった.またDAY2までに輸液を終了できた症例は152例(80%)であった.なおA群のうち5例は縫合不全と術後の腸管麻痺で5日目以降に絶食が行われていた.2群間の比較では,背景因子に関して性別,年齢,body mass index(以下,BMIと略),糖尿病の有無,喫煙の有無,血清アルブミン値,白血球数,PONVスコア,PNI,周術期口腔ケアの有無,ASA-physical status(以下,ASA-PSと略),大腸ステントの例数,T因子,N因子,M因子,ステージ,腫瘍の局在に関して2群間で有意な差を認めなかった(表3).術中因子では手術時間がA群で有意に短く,出血量,体重あたりの術中輸液量,鎮痛法は有意差がなかった.術後の因子として,NRS値はA群で有意に低く,DAY1の体重の増加,腹部膨満の有無は有意差がなかった.B群の3例はDAY1でのNRSが5以上あり疼痛が原因で食事が摂取できないとの訴えがあった.XP所見は胃の拡張とDAY1の小腸の拡張は2群間で有意な差を認めず,DAY3,5,7の小腸の拡張はB群で有意に多かった.悪心はA群 34例(22.4%),B群17例(44.7%),嘔吐はA群11例(7.9%),B 群は9例(23.7%)と,ともにA群で有意に少なかった.嘔吐の理由はA群では狭義のPONVが9例,腸管麻痺が2例であり,B群では狭義のPONVが5例,腸管麻痺が3例,腸閉塞が1例であった.合併症はA群が13例(7.2%),B群が10例(26.3%)であり,腸管麻痺,それ以外の合併症ともにB群で有意に多く発生していた(表4).B群で認められた肺炎の原因は嘔吐による誤嚥では無かった.術後第一排ガスおよび第一排便までの日数,退院可能までの日数,在院日数は全てA群で有意に短かった.

表3. 背景因子の比較
A群 n = 152 B群 n = 38 p
性別(男/女) 80/72 18/20 NS
年齢(歳) 70.2(34–90) 69.4(33–86) NS
BMI 21.9 22.1 NS
糖尿病(有/無) 24/128 5/33 NS
喫煙(有/無) 50/102 11/27 NS
血清アルブミン値(g/dL) 4.2(1.8–5.3) 4.1(2.9–4.7) NS
白血球数(×100/mm3 62.4(33–110) 65.9(33–114) NS
PONVスコア(0/1/2/3/4/不明/その他) 14/47/43/28/12/8/0 3/13/8/10/2/1/1 NS
PNI 50.1(35–65) 48.5(35–61) NS
周術期口腔ケア(有/無) 139/13 34/4 NS
ASA-PS(1/2/3) 52/74/26 11/19/8 NS
大腸ステント挿入例数 16 5 NS
T因子(I/II/III/IV) 50/25/61/16 5/6/21/6 NS
N(0/1/2) 108/29/15 24/11/3 NS
M(0/1) 141/11 35/3 NS
ステージ(0/I/II/III/IV) 5/62/38/36/11 0/8/15/12/3 NS
腫瘍の局在(L/R) 103/49 25/13 NS

表4. 結果の比較
A群 n = 152 B群 n = 38 p
手術時間(hr.min) 3:43(0:40–8:05) 4:16(2:25–7:42) 0.010
出血量(gr.) 46.2(1–1,110) 61(5–360) NS
輸液量(mL/kg/hr)*1 3.3(0.5–7.6) 2.4(0.8–6.2) NS
鎮痛法(硬膜外麻酔/IVPCA) 77/83 17/20 NS
NRS(0–10) 2.88 3.73 0.015
体重増加*2(DAY1) 0.80(–1.9–3.5) 0.58(–0.6–2.4) NS
悪心(DAY0–2) 34 22.4% 17 44.7% <0.01
嘔吐(DAY0–2) 11 7.2% 9 23.7% <0.01
術後悪心嘔吐(DAY0–2) 36 23.7% 17 44.7% 0.010
腹部膨満(DAY0–2) 29 19.1% 10 26.3% NS
輸液の中止日(日) 1.57(1–9) 6.11(1–31) <0.01
1日目胃拡張 43 28.3% 14 36.8% NS
1日目腸管拡張 75 49.3% 24 63.2% NS
3日目腸管拡張 28 18.4% 18 47.4% <0.01
5日目腸管拡張 7 4.6% 18 47.4% <0.01
7日目腸管拡張 0 0.0% 5 13.2% <0.01
排ガス(日) 1.0(0–4) 1.5(0–11) <0.01
排便(日) 1.9(0–6) 2.5(0–12) 0.032
ドレーン抜去(日) 2.2(0–58) 3.9(0–51) NS
退院可能日(日) 5.7(1–42) 8.9(3–55) <0.01
術後在院日数(日) 8.5(4–42) 12.9(5–36) <0.01
合併症 13 8.6% 10 26.3% <0.01
腸管麻痺 4 2.6% 4 10.5% 0.025
腸管麻痺以外の合併症 9 5.9% 7*3 18.4% 0.013
 肺炎 0 0.0% 3*3 7.9% <0.01
 縫合不全 1 0.7% 2 5.3% 0.042
 SSI 4 2.6% 1 2.6% NS
 腸閉塞 0 0.0% 1 2.6% 0.045
 胆嚢炎 1 0.7% 0 0.0% NS
 腹腔内膿瘍 1 0.7% 0 0.0% NS
 尿閉 1 0.7% 0 0.0% NS
 乳糜瘻 1 0.7% 0 0.0% NS

*1 輸液量:体重あたりの術中輸液量mL/体重kg/麻酔時間hr

*2 DAY1朝の体重-DAY0朝の体重

*3 B群の合併症は腸管麻痺と肺炎の1例が重複(合併症の総数は10例)

考察

ERAS®の導入により術後の合併症が減少し,術後在院日数が短縮されることが報告されている1,2,4,5).当院でも以前の検討でERAS®の導入により,呼吸器合併症,創感染が減少し,術後在院日数が短縮したことを報告してきた7).今回の検討では固形食の摂取に関して検討を行ったがERAS®適応症例では80%の症例でDAY1からの摂取が可能で80%の症例がDAY2に輸液が中止されていた.

早期経口摂取を可能にするためには術後腸管麻痺と狭義のPONVの予防が大切である.腸管麻痺の原因の一つとして考えられる腸管浮腫の予防のためには,術前の洗腸液の不使用,輸液量を少なくすることが求められている1,2).当院では表1のように洗浄液は左側のみ少量の投与を行なっている.手術中の輸液に関しては太田らの報告に基づき4),体重あたりの術中輸液量は平均して3 mL以下であった.また術直前とDAY1早朝の体重バランスが0 kgになるように輸液管理,利尿剤の使用を行ってきた2,5).また,延原らは周術期口腔機能管理が術後の麻痺性イレウスの予防に寄与することを報告している8).われわれはERAS®の導入当初より地域の歯科医師会と連携して周術期の口腔ケアを行なってきた7).術後腸管麻痺の予防にも寄与した可能性があると考えられた.今回の検討でもA群では術後腸管麻痺の頻度は有意に少なく,これらの対策が奏功したと考えられた.

また,狭義のPONVの予防に関しては薬剤師が術前にPONVスコアの点数に応じた対応を行なってきた(表5).

表5. PONV対策
スコア リスク分類 予防薬の選択
0~1点 低リスク 予防薬なし
2点 中リスク ①ジフェンヒドラミンサリチル酸塩を術後4時間後より3日間
3~4点 高リスク ①デキサメタゾン点滴を術中に投与
②ジフェンヒドラミンサリチル酸塩を術後4時間後より3日間

さらに,高齢者では嘔吐に伴う肺炎の発生リスクが増加し,時には致死的な合併症にもなりかねない.今回の検討で術後の誤嚥性肺炎は認めていないが,今回の検討症例に占める75歳以上の高齢者は37.4%と高率であり,誤嚥性肺炎に対する注意が必要であると考えてきた.更なる狭義のPONV対策が必要と考えて,2021年11月より中リスク以上の症例に対する術中グラニセトロン塩酸塩の投与を加えたプロトコールを用いている.

食事開始の判断基準として従来は腹部膨満の有無やXPの胃・小腸の拡張像が用いられてきた.しかし,今回の検討でDAY2までの腹部所見とXPは2群間に有意な差がなかった.大腸がんの術後早期に固形食を摂取することが腸管蠕動を亢進させることが報告されている9).今回の検討でもDAY3以降はA群で有意に拡張所見が消失しており,固形食の早期摂取の効果である可能性が考えられた.

B群で術後の疼痛がより強く,疼痛が早期経口摂取の妨げであると訴える症例が認められた.当院では術後は胸部硬膜外麻酔かフェンタニルを用いたintravenous patient controlled analgesia(IVPCA)をベースにアセトアミノフェンの静脈点滴か内服を行い,頓用でnon-steroidal anti-inflammatory drugs(NSAIDs)を使用するmultimodal analgesiaを行なってきた.しかし高齢者やASA-PSで比較的リスクの高い患者が多いことからフェンタニルの使用量が少量になる傾向があり,十分な除痛が得られていない可能性が否定できない.高齢者やリスクの高い患者にどのように有効な術後鎮痛を行うかは今後の課題であると考えられた.

結語

腹腔鏡下大腸切除を行った大腸がんのうちでERAS®適応症例では80%の症例で術翌日より固形食の摂取が可能であった.早期経口摂取再開のためには,狭義のPONV対策,術後疼痛対策,術後腸管麻痺対策が重要であるが,さらに摂取率を向上させるには,特に高齢者における術後の疼痛対策が課題と考えられた.

 

本論文に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
© 2022 一般社団法人日本臨床栄養代謝学会
feedback
Top