2023 年 5 巻 1 号 p. 37-41
ひきこもりとなり,即席麺の極端な偏食によってビタミンB12と葉酸の欠乏による巨赤芽球性貧血を経験したので報告する.症例は31歳男性.16歳から一人暮らしを始め,26歳から家にひきこもるようになった.金銭的な理由もあり食事は約5年間ほとんどカップ麺で済ませていた.歩行困難となり入院となった.BMI 14.1 kg/m2の高度のるい痩と25.5%の高度体重減少を認め,著明な大球性貧血(Hb 2.8 g/dL)を伴う汎血球減少,筋力低下と下肢の位置覚・振動覚低下も認められた.血中ビタミンB12および葉酸の欠乏が確認され,補充したところ症状は回復し退院となった.社会情勢の変化により失業やひきこもりが増加すると,経済的困窮などにより安価で簡便な即席麺に頼り,若年者においても重度の栄養障害が引き起こされる.社会問題を抱える人には栄養障害を未然に防ぐ予防的な視点も重要であり,社会的仕組みの構築が求められる.
高齢者では,社会的要因による栄養摂取不足により,栄養障害となった症例を度々経験する.しかし,若年者の栄養障害といえば生活習慣病による肥満がその多くを占めており,若年者では低栄養の報告は少ない.今回,失業とひきこもりで偏食となり,栄養摂取不足による巨赤芽球性貧血を経験したため文献的考察を含めて報告する.
なお,本報告では「症例報告を含む医学論文および学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」を遵守している.
症例 31歳,男性.
主訴 全身倦怠感,歩行困難.
現病歴 生来健康.16歳のときから実家を離れ一人暮らしを始めた.コンビニエンス・ストアで仕事を始めたこともあり,普段はコンビニ弁当を食べることが多かった.X-5年コンビニエンス・ストアを退職しアルバイトをしていたが,家にひきこもるようになり,金銭的な理由から一日3食ともカップ麺を食べるようになった.週に1回ほどカップ麺を数十個と総菜(揚げ物など)やおにぎりを少量購入し,買い物当日は総菜とおにぎりを食べ,その後はカップ麺のみを食べていた.自炊は全くしなかった.X年1月に最後の不定期アルバイトをしてからは週1回の買い物以外はほとんど外出することもなかった.X年3月中旬からは倦怠感が出現し,外出できずほぼベッド上の生活となった.食欲はわかず,カップ麺を食べることも1日1~2回程度となっていた.また,X年3月より下肢痛が出現したため市販のロキソプロフェンを服用するようになった.X年4月中旬より歩行困難を自覚するようになった.徐々に動けなくなり,遠方にある実家の母親に状況を連絡し,同月当院に救急搬送となった.
既往歴 手術歴はなく,通院歴もない.ここ10年間健康診断を受けたことはなかった.
内服歴 下肢の疼痛のため,市販のロキソプロフェンナトリウム60 mgを頓用で内服していた.
生活歴 飲酒歴なし,喫煙歴は数本/日 × 10年間.
入院時現症 身長166 cm,体重41 kg,BMI 14.9 kg/m2.意識清明だがるい痩は著明で活気は低下していた.体温38.2°C,血圧107/64 mmHg,脈拍数127回/分,呼吸数19回/分.顔面蒼白,眼球結膜貧血様,眼球結膜黄染あり.胸部および腹部には異常所見を認めなかった.四肢に浮腫なし.臀部から両下肢にかけて散在性に紫斑を認めた.神経学的所見では筋力低下により起立困難で,両下肢末梢優位の位置覚・振動覚障害を認めた.
血液検査所見では,Hb 2.8 g/dL,MCV 109 fLと著明な大球性貧血や総ビリルビン上昇,LDH高値,低リン血症を認めた.ビタミンB1は正常範囲内であったが,ビタミンB12 114 pg/mL,葉酸<0.4 ng/mLとともに低下が認められた.銅と亜鉛,マグネシウムは正常範囲内であった.骨髄検査では正形成な骨髄所見であり,明らかな形態的異常を認めなかった.また,各血球系統の造血細胞は良好に保持されており,明らかな芽球や異常細胞を認めなかった.胸部X線検査では異常所見はなく,胸腹部CTでも明らかな異常所見を認めなかった.上下部消化管内視鏡検査では高度の貧血の原因となりうる所見はみられなかった.脊椎MRIでは脊髄に異常を認めなかった.
WBC | 2,300/μL | TP | 5.9 g/dL | Mg | 2.3 mg/dL |
Neu | 66% | Alb | 3.2 g/dL | Cu | 171 μg/dL |
Lym | 33% | T-Bil | 3.2 mg/dL | Zn | 88 μg/dL |
RBC | 78 × 104/μL | D-Bil | 1.0 mg/dL | ビタミンB1 | 30.8 ng/mL |
Hb | 2.8 g/dL | AST | 19 U/L | ビタミンB12 | 114 pg/mL |
Ht | 8.5% | ALT | 6 U/L | 葉酸 | <0.4 ng/mL |
MCV | 109 fL | LDH | 849 U/L | CRP | 1.48 mg/dL |
MCH | 35.9 pg | BUN | 23.7 mg/dL | ||
MCHC | 32.9% | Cr | 0.73 mg/dL | 動脈血液ガス分析 | |
Plt | 12 × 104/μL | UA | 6.9 mg/dL | (鼻カニュラ2 L/分) | |
Reticulocyte | 5.6% | Na | 132 mEq/L | pH | 7.475 |
K | 4.5 mEq/L | PaCO2 | 20.1 torr | ||
Cl | 99 mEq/L | PaO2 | 130 torr | ||
Ca | 8.4 mg/dL | HCO3– | 14.6 mmol/L | ||
P | 2.2 mg/dL | BE | –8.8 mmol/L | ||
Fe | 197 μg/dL | 乳酸 | 4.9 mmol/L | ||
フェリチン | 121 ng/mL |
極度の偏食があり,巨赤芽球性貧血に伴う汎血球減少症が疑われた.入院時の主観的包括的評価(SGA)では,通常体重55 kgから14 kg(25.5%)の高度な体重減少,著明なるい痩がみられ,食欲低下や身体機能低下(歩行困難)も認められた.身体所見では浮腫はみられないものの高度の骨格筋減少や皮下脂肪減少を認め,若年者にもかかわらず歩行困難となっていたことから,高度の栄養不良と評価した.NICEのガイドライン1)でリフィーディング症候群の高リスク症例と考えられたため,第2病日より10 kcal/kg(400 kcal程度)から経口摂取を開始し,徐々に摂取量を増やして1,800 kcal(標準体重 × 30 kcal/kg)を目標とした.検査所見からビタミンB12と葉酸欠乏による巨赤芽球性貧血と診断した.著明な貧血が認められたため輸血を実施した.ビタミンB1,B6,B12配合製剤(チアミン含有量100 mg,シアノコバラミン含有量1 mg)の点滴静注と葉酸15 mg/日の内服投与により,汎血球減少は急速に改善が認められた.また,低リン血症も認め,リン酸ナトリウムの経静脈投与とともに,ビタミンや微量元素補給目的に栄養補助食品を提供した.その後,血清リン値は正常化し,リフィーディング症候群の症状も出現しなかった.食欲も回復し,第9病日には1,850 kcal(現体重あたり45 kcal)も摂取可能となった.両下肢末梢優位の異常感覚と深部感覚障害は,MRIでは脊髄病変を認めず,ビタミンB12欠乏症に伴う末梢神経障害の可能性が考えられた.ビタミン補充の治療と並行してリハビリテーションも行い,下肢伸展時に痺れがあるもののフリーハンド歩行が可能となった.体重も39.4 kgまで低下したが,食事摂取が進むにつれて少しずつ回復し41.1 kgとなった.臨床所見や汎血球減少などの検査所見も改善したため,第21病日に実家へ退院となった.
ひきこもりにより,運動せずに食事をすることで肥満となることも多いが,本例は失業による経済的困窮もあったため,栄養摂取量は1,200 kcal程度と推測され,さらに入院直前には500 kcal程度まで減少して極度のるい痩となっていた.また,カップ麺の偏食により血中ビタミンB12,葉酸,リンの欠乏もみられた.葉酸欠乏の87%は慢性アルコール中毒で栄養不良は9%との報告があり2),一般に葉酸を含まない食事が2,3カ月続くと葉酸は枯渇するが,ビタミンB12は数年以上の摂取不足がないと欠乏しないといわれている3).本例では5年に渡りカップ麺を中心とした食生活となり,ビタミンB12と葉酸の欠乏を招いた.即席麺に含有される詳細な栄養成分は公表されていないものの,ビタミンB12や葉酸の含有量は不十分と考えられた.一方,以前はインスタント食品中心の食生活によりビタミンB1欠乏を起こした報告4,5)が散見されたが,最近の即席麺には栄養強化目的も兼ねてビタミンB1,B2,カルシウムが添加されている.本例では食事摂取量不足による低栄養患者で問題となるビタミンB1は欠乏していなかった.また,銅欠乏でも貧血や白血球数減少,およびビタミンB12欠乏による亜急性連合性脊髄変性症に類似の神経障害を起こす6)ことや亜鉛の過剰摂取は銅吸収阻害を起こして銅欠乏を起こす7)ことも報告されているが,本例では銅欠乏や亜鉛過剰は認められなかった.
本例は,経済的な問題やひきこもりによる食生活の乱れがあり,社会的背景が大きく影響していたと思われる.ネグレクトによるインスタント食品の偏食によってビタミンB12欠乏や葉酸欠乏を起こしてpseudo-thrombotic microangiopathyを発症した報告8)もあり,社会的問題が同様の栄養障害を引き起こす可能性がある.総務省の調査では,令和3(2021)年の25~34歳の完全失業者数は43万人で,完全失業率は3.8%であった9).新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより低下傾向であった失業率は上昇してきている.また,15~39歳のひきこもりの状態にあるものの推計数は,平成27(2015)年度の調査では人口の1.57%に相当する54.1万人と推計されており,ひきこもりの長期化も推測されている10).本例では,定職につかず独居であるため社会から隔絶した生活を送っており,自立支援も受けていなかった.
即席麺の需要はその手軽さや安価なことから発売以来増加傾向11)であり,器の用意など一手間が必要な袋麺に対し,お湯を注ぐだけのカップ麺がより売り上げを伸ばしている.袋麺であれば野菜や卵など具材を入れることが可能であるが,カップ麺はそのまま食べることが前提となっているため,より栄養障害を起こしやすいとも考えられる.国民健康・栄養調査12)で「健康な食生活の妨げとなる点」を調査したところ,「面倒くさいこと」が20代男性で1位,30代男性でも2位の理由となっている.自炊をする習慣がなく,経済的にも厳しい本症例では手軽に用意できるカップ麺が一番取り入れやすかったと思われる.
完全栄養食ではない即席麺のみの偏食が長期間となった場合には,本例のような栄養素の欠乏が懸念される.問診で即席麺の偏食が長期に渡っていたと判明した場合には,ビタミンB1だけでなく,ビタミンB12欠乏や葉酸欠乏,低リン血症などを積極的に疑い早期に検査をする必要がある.カップ麵は今や世界的な食べ物であり,簡便で安価なことから,若い世代が栄養バランスの認識をもたずに連日食べ続けてしまうことは容易に起こり得る.社会的問題を抱える人には経済的・精神的支援だけでなく,栄養支援も重要であることを示唆する症例と考えられた.食習慣は子供の頃からの食育の積み重ねであり,これを学ぶ機会として学校での栄養教育の強化など,栄養障害を未然に防ぐ社会的仕組みの構築が必要である.
失業とひきこもりに伴って長期間にわたる即席麺の偏食となり,重度の巨赤芽球性貧血となった症例を経験した.社会情勢の変化により,安価で調理の手間のないインスタント食品による偏食が増えることが危惧される.本例は,社会的問題の保有者には栄養支援も重要であることを警鐘する症例と考えられた.
本論文に関する著者の利益相反なし