2024 年 6 巻 2 号 p. 113-114
金村らの症例報告「治療中に心停止をきたした低血糖を伴う重症神経性やせ症の一例」は,body mass index(以下,BMIと略)10.7の神経性やせ症の患者が入院時に低血糖と低血圧を伴い,翌日にたこつぼに類似する心機能低下から心停止したが改善にいたった症例を発表された1).極度の低栄養病態での低血糖に伴う血清リン値の測定とリン製剤補充について述べた有用な報告である.考察で,栄養投与後の血清リンに1.6 mg/dLまで低下していることを要因として挙げているが,血中中性脂肪値も8 mg/dLと低値であった.低栄養病態において,低リン血症だけでなく,低中性脂肪血症がたこつぼ型心筋症などの心合併症のリスクとなりうることを指摘させていただきたい.
心臓のエネルギー源は,通常は糖ではなく長鎖脂肪酸(long-chain fatty acid;以下,LCFAと略)が中心である2).低中性脂肪血症では,血中遊離脂肪酸濃度は低値であり3),低血糖だけでなく脂肪酸が心臓へ十分に供給されなくなったために双方の栄養障害から心合併症をもひきおこした可能性がある.心筋脂肪代謝シンチグラフィー(123I-BMIPP)は,生体内のLCFAと同様の体内動態を示し,このような低栄養病態では心尖部などの心筋への脂肪酸取り込み障害を観察することができる(図1)4).平野らは,たこつぼ型心筋症発症の「two-step energy failure hypothesis(2段階エネルギー不全仮説)」を提唱している.これは急なストレスや交感神経賦活によるエネルギー需要の増加に対して,LCFA受容体のCD36等を介する心筋へのエネルギー供給が追いつかず,心筋がエネルギー不均衡に陥り気絶状態になるというものである.本症例でも123I-BMIPPシンチグラフィーを撮影すると心筋気絶状態を反映して脂肪酸取り込み障害が観察できた可能性がある.
a 第5病日:123I-BMIPPの取り込みが低下していた.エネルギー源である脂肪酸の供給不足が心機能低下の一因と推測された.
b 第33病日:123I-BMIPPの取り込みが回復した.(文献4より引用)
低血糖から低栄養状態にいたった報告例の中で血中中性脂肪濃度を測定した症例を抽出すると低中性脂肪血症を呈した症例は5例あり,その内の4例でたこつぼ型心筋症,3例でショック,1例に心停止を認めた5).BMI 13以下の低血糖性昏睡症例を2施設で後ろ向きに検討した12例の報告では,中性脂肪は平均13.9 mg/dLであり心合併症を8例に認めた6).本症例においても,中性脂肪値が8 mg/dLと低値であったことから心合併症のリスクがあったと推察される.
栄養療法に関しては,ブドウ糖のボーラス投与をきっかけに心停止や徐脈が発生している症例があることから,LCFAのエネルギー供給低下が心合併症に関与している可能性がある.ブドウ糖だけでなく脂肪乳剤もしくは経腸栄養の早期投与が脂質の心筋取り込み障害を改善し心合併症を予防するためには必要である5).脂肪乳剤の投与に際しては循環動態の急激な変化に留意する必要があることから間歇的投与ではなく,持続投与が望ましい7).
平野賢一は,トーアエイヨー社が提供する寄付講座に所属している.