学会誌JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
原著
摂食嚥下障害患者における頭部挙上評価と舌圧・摂食嚥下機能・栄養状態との関連について
神﨑 智子山岡 茉以平野 容子三原 千惠
著者情報
キーワード: 頭部挙上評価, 摂食嚥下
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2024 年 6 巻 4 号 p. 183-187

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Abstract

【目的】摂食嚥下障害患者において頭部挙上評価が簡易な摂食嚥下機能の指標となるか検討した.【対象および方法】対象は嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査を実施した41例.頭部挙上評価は舌骨上筋機能グレードを使用しグレード4を良好群,グレード<4を不良群とした.最大舌圧,摂食嚥下障害臨床的重症度分類(Dysphagia Severity Scale;以下,DSSと略),Mini Nutritional Assessment Short-Form,Barthel Index(以下,BIと略)を測定した.【結果】98%が低栄養のリスク状態であった.良好群は最大舌圧(p = 0.007)とBI(p = 0.0136)が不良群に比べ有意に高かった.DSSの内訳は2群間で有意差はないものの,不良群ではDSS ≤ 4「誤嚥あり」が72%を占めた.【結論】頭部挙上評価は舌圧測定困難時に簡易な嚥下関連筋群の筋力評価の一助となることが示唆された.

Translated Abstract

Objective: The study was performed to investigate whether head elevation assessment can be used as a simple index of feeding and swallowing function in patients with dysphagia.

Subjects and Methods: Of patients who underwent VF or VE between January 2020 and August 2022, tongue pressure was measurable in 41 patients. The genio-sternum distance grade (GS grade) was used to evaluate head lifting strength and the patients were divided into groups with good function (GS grade 4) (n = 23) and decreased function (GS grade <4) (n = 18). All 41 patients underwent swallowing angiography or swallowing endoscopy. Maximum tongue pressure, Clinical Dysphagia Severity Scale (DSS), Mini Nutritional Assessment Short-Form (MNA-SF), and Barthel Index (BI) were also measured.

Results: There was a risk for undernutrition in 98% of the patients. The good function group had significantly higher maximum tongue pressure (p = 0.007) and BI (p = 0.0136) compared to the decreased function group. There was no significant difference in DSS, but the aspiration and malnutrition rates were higher in the decreased function group, with 72% of the patients having DSS ≤4 (with aspiration).

Conclusion: The results suggest that head elevation assessment can serve as a simple indicator of feeding and swallowing function when tongue pressure is difficult to measure.

目的

高齢者の呼吸器疾患において誤嚥性肺炎の占める割合は高く,70歳以上の7割は誤嚥性肺炎であると報告されている1).予防・対策としては,誤嚥性肺炎を生じやすい摂食嚥下障害を早期に検出することが重要である.摂食嚥下機能の評価は嚥下造影検査(videofluoroscopic examination of swallowing;以下,VFと略)や嚥下内視鏡検査(videoendoscopic evaluation of swallowing;以下,VEと略)といった画像診断がゴールドスタンダードだが,設備やマンパワーの問題により早期に実施できる施設は少ない.そのような施設では水飲みテストや咳テストによるスクリーニング検査を組み合わせ総合的に判断する必要がある.また,嚥下関連筋群の筋力評価としては舌圧測定が活用されており,定量的な評価が可能である.舌圧について福岡らは,最大舌圧による舌挙上は舌骨上筋群の筋力を反映するとしており嚥下関連筋群の評価として有用であることが考えられる2).しかし,舌圧測定は機器購入や口腔環境(開閉口の可否,舌や歯牙の状態等)の要因により,測定自体が難しいことが多い.そこで簡易な嚥下関連筋群の評価の一つとして,吉田らは舌骨上筋機能グレード(以下,GSグレードと略)を提唱している3).GSグレードは舌圧測定に比べて特別な機器を使用せず,舌骨上筋群の評価が可能であり,複雑な口頭指示を要さないため,実施手順が簡便である.そのため指示の入りにくい患者やベッドサイドでの評価が得られる利点がある.今回GSグレードを用いて頭部挙上の可否を評価し,舌圧や摂食嚥下機能との関連について検討した.

対象および方法

1. 対象

2020年1月から2022年8月までの間に,VFまたはVEを実施した患者のうち,頭部挙上や舌圧の測定が可能であった41例とした.除外基準は急性期脳血管疾患,口頭指示の理解が困難な患者,口腔器官に器質的・機能的な問題(顔面神経麻痺や舌下神経麻痺)を有するものとした.なお口腔器官の評価は,当院言語聴覚士(以下,STと略)2名がAMSD標準ディサースリア検査4)を用いて評価を行い,舌の運動制限や操作性の低下を認めないことを確認した.既往に脳血管疾患がある患者においては,球麻痺症状がないものとした.

2. 方法

以下の項目の評価を実施した.

1) 頭部挙上評価

頭部挙上評価は吉田らのGSグレードを使用した.GSグレードの測定について吉田らは,容易かつ信頼性は高く,また嚥下障害の有無によって有意な差が得られたことから,特に臨床的有用性が高い指標である3)と述べており,今回頭部挙上評価として取り入れた.GSグレードの測定は吉田らの方法3)に準じ,背臥位で頸部を他動的に最大前方屈曲位にし,下顎を引いて保持するよう指示した.その後,測定者は患者頭部から手を離し,頭部が自力で静止保持する位置を判定した.判定基準は図1に示した通りである.先行文献では嚥下障害のない若年者群(平均年齢25.8 ± 5.0歳)および歩行可能な高齢者群(平均年齢77.6 ± 8.7歳)はともにグレード4「静止保持」であった.この結果より本研究では,GSグレード4の「静止保持」を良好群,GSグレード3以下の「軽度落下」から「完全落下」までを不良群の2群に分け検討した.

図1.頭部挙上の評価方法

2) 舌圧測定

舌圧測定はJMS舌圧測定器TPM-01を用いて測定を行った.3回測定を行ったのち,最大値を最大舌圧とした.実施時の姿勢についてはベッドアップ60度にて実施した.

3) 摂食嚥下機能評価

VFまたはVEで摂食嚥下機能評価を行ったのち,ST 2名が才藤らの摂食・嚥下障害の臨床的重症度分類(Dysphagia Severity Scale;以下,DSSと略)5)を用いて評価を行った.

4) 栄養評価

Mini Nutritional Assessment Short-Form(以下,MNA-SFと略)6)を用いて評価を行った.

5) ADL評価

理学療法士もしくは作業療法士がBarthel Index(以下,BIと略)7)を用いて評価を行った.

3. 統計処理

統計処理はフリー統計ソフトEZR(Version 1.60)8)を使用した.頸部挙上評価における2群間の最大舌圧の比較はt検定を用い,BI値とDSSの比較はMann-Whitney U検定を用いて検討した.また,2群間のDSS重症度内訳の比較はカイ2乗検定で行った.

4. 倫理的配慮

本研究は,マツダ株式会社マツダ病院倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:20221130-1).

結果

1. 基本データ

対象者は男性35名,女性6名,平均年齢は83.1歳であった.うち良好群は23名(56%),男性21名,女性2名,平均年齢は82.5歳であった.不良群は18名(44%),男性14名,女性4名,平均年齢は83.7歳であった.基本属性は,表1に示すとおりである.患者層としては,現病歴に呼吸器疾患や呼吸器機能低下を併発しやすい心不全患者が全体の71%であった.栄養状態についてはMNA-SFの結果より,全体の98%が低栄養疑いのある状態であった.

表1.基本属性

良好群(n = 23) 不良群(n = 18) p※1
年齢 82.5 ± 6.1 83.7 ± 6.9 0.58
性別(女性) 2(9%) 4(22%) 0.234
現病歴
 呼吸器疾患 10(43%) 12(66%) 0.147
 循環器疾患 4(17%) 3(17%) 0.953
既往歴
 脳血管疾患 6(26%) 0 0.057
 神経筋疾患 2(9%) 0 0.581
 呼吸器疾患 6(26%) 6(33%) 0.623
 循環器疾患 1(4%) 1(6%) 0.863
MNA-SF
 良好 1(4%) 0 1
 At-risk 14(61%) 4(22%) 0.254
 低栄養 8(35%) 14(78%) 0.039

平均値 ± 標準偏差,もしくは人数(%)

※1 t検定,もしくはカイ二乗検定

2. 統計分析結果

2群間の最大舌圧,DSS,BIの結果は表2に示す通りである.統計分析結果に関しては表3に示す通りであり,良好群の最大舌圧は25.9 ± 6.1 kPa,DSSは4.17 ± 1.1,BIは61.5 ± 18.8であった.不良群の最大舌圧は21.3 ± 3.2 kPa,DSSは3.8 ± 1.2,BIは43.6 ± 20.7であり,良好群に比べ不良群は全評価項目,低値であった.最大舌圧やBIにおいては,良好群は不良群と比較して有意に高かった(最大舌圧:p = 0.007,BI:p = 0.008).DSSにおいては有意差を認めなかった(p = 0.31).しかしDSSの内訳としては,表4に示すように,不良群ではDSS ≤4「誤嚥あり」は72%とDSS ≥5「誤嚥なし」の28%に比べ多く,重症度が高い傾向にあった.

表2.最大舌圧,DSS,BIの結果

良好群(n = 23) 不良群(n = 18)
最大舌圧
 20 kPa未満 3(13%) 4(22%)
 20~30 kPa未満 14(61%) 14(78%)
 30 kPa以上 6(26%) 0
DSS
 DSS1 0 1(6%)
 DSS2 1(4%) 0
 DSS3 7(30%) 8(44%)
 DSS4 4(17%) 4(22%)
 DSS5 9(40%) 3(17%)
 DSS6 2(9%) 2(11%)
BI
 85点以上 3(13%) 0
 85点以下 20(87%) 18(100%)

表3.2群における最大舌圧,DSS,BIの比較

良好群 不良群 p
最大舌圧(kPa) 25.9 ± 6.1 21.3 ± 3.2 0.007*
DSS 4.00 [3.00, 5.00] 3.50 [3.00, 4.75] 0.304**
BI 65 [47.5, 75.0] 45 [26.25, 55.0] 0.0136**

*t検定,**Mann-Whitney U検定

最大舌圧の数値は平均値 ± 標準偏差,BI,DSSの数値は中央値[25%, 75%]

表4.2群におけるDSS重症度内訳の比較

良好群(n = 23) 不良群(n = 18)
DSS ≥5 誤嚥なし 11(48%)  5(28%)
DSS ≤4 誤嚥あり 12(52%) 13(72%)

カイ2乗検定 p = 0.325

考察

1. 頭部挙上と舌圧について

今回頭部挙上の評価として使用したGSグレードは舌骨上筋群の筋力強化法とされているシャキア訓練をもとに開発された舌骨上筋群の筋力評価である3).舌骨上筋群の嚥下機能への関与としては,喉頭挙上筋である甲状舌骨筋とともに,喉頭と舌骨を前上方へ牽引し,その結果気道は閉鎖し,食道入口部を開大する9).そのため,舌骨上筋群は咽頭期嚥下においては重要な役割を担う.舌圧について,Palmerらは舌圧と舌骨上筋群の筋活動の関連について検討を行ったところ,両者に有意な関連があることを報告している10).舌圧は頭部挙上同様に舌骨上筋群の筋力を反映し,今回の研究においても頭部挙上評価と最大舌圧との間に有意差を認める結果となったと思われる.

2. 頭部挙上と嚥下機能について

頭部挙上と嚥下機能,栄養状態に関する先行文献において,Wakabayashiらは頭部挙上筋力と摂食嚥下障害,年齢,栄養状態の間には相関があり,頭部挙上の可否と誤嚥の有無,低栄養の有無は関連していると報告している11).また,坂口らは頸部筋力と摂食嚥下機能に相関関係が認められ,群間比較においても摂食嚥下障害の有無と頸部筋力は関連している可能性が示唆されたと報告している12).しかし,今回頭部挙上と嚥下機能との間には有意差はみられなかった.その要因として考えられるのは,本研究の対象者は先行文献との患者特性に比べ,現病歴として誤嚥性肺炎やCOPDの呼吸器疾患や,呼吸機能低下を併発しやすい心不全などの循環器疾患を有する患者が全体の71%と高率であったことが考えられる.過去の報告では,呼吸による嚥下機能への関与として,呼吸数の増加,息切れなどにより十分な息こらえが困難となるため,嚥下のタイミングがずれ誤嚥が生じやすいとされている13).今回の対象者の嚥下障害としては嚥下機能の低下に加え,呼吸のタイミングなど呼吸器疾患特有の嚥下障害の症状が主体となっていたことが示唆された.

また栄養状態については,全体の98%がMNA-SFより低栄養のリスク状態であり,背景として低栄養が潜んでおり,サルコペニアのリスクも高い状態であったことが考えられる.頭部挙上力が舌圧と関連して嚥下関連筋群の筋力を反映していると考えれば,サルコペニアのリスクも反映している可能性が高い.本研究は一施設での限られた対象ではあるが,今後は低栄養のリスクがないコントロール群やサルコペニアの有無についてのデータも合わせて比較検討することが望まれる.

以上より,頭部挙上評価は舌圧測定が困難な状況で利用できる簡易な嚥下関連筋群の筋力評価方法の一つと考えられる.

昨今,診療報酬改定に伴い,リハビリ・栄養・口腔の三位一体が推奨されている.また退院後の生活を見据え,栄養管理の基準を明確化されており,早期からの栄養管理や退院後の連携を強化する流れとなっている.そのため適切な栄養管理を開始するにあたり,摂食嚥下機能の評価が不可欠となる.しかし在宅などでは,設備や人材の不足により十分な評価が難しいことが多い.また高齢化に伴い認知機能が低下し指示の入りにくい患者が多く,より簡易な評価が求められていることが考えられる.頭部挙上評価は複雑な口頭指示を要さず,ベッドサイドでの実施が可能であり,入院から在宅まで幅広く使用できる.したがってシームレスな評価の一つとして長期的な患者の状態把握に繋がり,摂食嚥下障害の早期発見や早期対応に繋がることが期待できる.

結論

頭部挙上は舌圧とBIとの間に有意差を示し,舌圧測定困難時に実施できる簡易な摂食嚥下機能評価の一助となることが示唆された.入院から在宅までの連続的な管理として,リハビリ・栄養・口腔の三位一体を実行するにあたり,とくに在宅など十分な設備やマンパワーが期待できない状況で,栄養管理の入り口となる摂食嚥下機能評価の早期対応に頭部挙上評価が役立つと考えられる.

 

本論文に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
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