2024 年 23 巻 1 号 p. 29-43
筆者は、アテトーゼ型脳性麻痺を持ち、介助者に手伝って頂きながら論文を書いている。厚生労働省(2013)は“心の健康”として、①情緒的健康・②知的健康・③社会的健康を挙げ、身体の状態とこころは相互に関係しているとしている。本研究は、この定義に基づいて、特に③社会的健康に注目し、「相互作用」の観点から考察しようとするものである。独立変数を「相互作用」、従属変数を「心理的健康」に設定し、2022年11月11日に“CiNii”で5つのキーワードを入れ、合計44本の先行研究を見出した。そのなかから、「相互作用→心理的健康」というベクトルにあてはまる先行研究を判断した結果、本研究では16本を分析対象とした。そして、1.「高齢者の心理的健康」・2.「ソーシャル・サポート」・3.「職業ストレス」・4.「その他」に分類し、最後に今後の展望を考察した。①高齢者の心理的健康について、地域参加を促す社会組織・職場での若年経験者との人間関係のありようを考えていく必要性、②ソーシャル・サポートについてレジリエンス・親友の存在が心理的健康に良い影響を与え、③職場ストレスについては、職場環境・本人の行動の仕方の双方から検討する必要があることがわかった。今後の課題として、1.「相互作用」の意味を吟味したうえで変数に組みこむこと・2.本研究の独立変数と従属変数を入れ替えて検討すること・3.本研究で得られた知見を脳性麻痺者にどの程度当てはまるかを方法論を交えて検討することが挙げられた。
相互作用と心理的健康の関連はどのように捉えられているか
-文献レビューによる考察と課題
How is the relationship between interaction and psychological health understood -Considerations and issues based on literature review
木戸口 峻(立命館大学先端総合学術研究科)
Kidoguchi Shun
要約
筆者は、アテトーゼ型脳性麻痺を持ち、介助者に手伝って頂きながら論文を書いている。厚生労働省(2013)は“心の健康”として、①情緒的健康・②知的健康・③社会的健康を挙げ、身体の状態とこころは相互に関係しているとしている。本研究は、この定義に基づいて、特に③社会的健康に注目し、「相互作用」の観点から考察しようとするものである。独立変数を「相互作用」、従属変数を「心理的健康」に設定し、2022年11月11日に“CiNii”で5つのキーワードを入れ、合計44本の先行研究を見出した。そのなかから、「相互作用→心理的健康」というベクトルにあてはまる先行研究を判断した結果、本研究では16本を分析対象とした。そして、1.「高齢者の心理的健康」・2.「ソーシャル・サポート」・3.「職業ストレス」・4.「その他」に分類し、最後に今後の展望を考察した。①高齢者の心理的健康について、地域参加を促す社会組織・職場での若年経験者との人間関係のありようを考えていく必要性、②ソーシャル・サポートについてレジリエンス・親友の存在が心理的健康に良い影響を与え、③職場ストレスについては、職場環境・本人の行動の仕方の双方から検討する必要があることがわかった。今後の課題として、1.「相互作用」の意味を吟味したうえで変数に組みこむこと・2.本研究の独立変数と従属変数を入れ替えて検討すること・3.本研究で得られた知見を脳性麻痺者にどの程度当てはまるかを方法論を交えて検討することが挙げられた。
1.問題関心
1-1.筆者の個人的な動機
筆者はathetosis型脳性麻痺であり、障害者手帳1種1級を所持し、日常生活の凡ゆることを、身近な人に介助してもらっている。筆者にとって、他者は常に身近な存在である。たとえば、「胡散臭い」や「嫌いだ」という認知や感情を持っていたとしても、その人に介助してもらわなければ、生理的欲求すら満たすことが出来ない。その反面、好意的感情を持っている人とは、たとえば介護制度や障害により、勿論筆者のパーソナリティの問題もあるが、心理的距離を縮めることができない。脳性麻痺者の心のうちに迫った心理研究がないなか、健常者の相互作用に関する心理研究をまとめることで、脳性麻痺者の相互作用を考えるための比較材料を作りたいと思ったことが個人的な動機である。
1-2.心理的健康に関する政府の捉え方
近年、どの年齢層においても、心を病む人が一定数いる。そのようななか、日本政府は“心の健康”についてどのような見解を述べているのだろうか。厚生労働省(2013)は、“心の健康”を「こころの健康は、世界保健機関(WHO)の健康の定義を待つまでもなく、いきいきと自分らしく生きるための重要な条件である。具体的には、自分の感情に気づいて表現できること(情緒的健康)、状況に応じて適切に考え、現実的な問題解決ができること(知的健康)、他人や社会と建設的でよい関係を築けること(社会的健康)を意味している。…こころの健康には個人の資質や能力の他に、身体状況、社会経済状況、住居や職場の環境、対人関係など、多くの要因が影響し、なかでも、身体の状態とこころの相互に強く関係している」としている。本研究では、厚生労働省(2013)の“こころの健康”のうち、“社会的健康”に焦点を当てるが、「よい関係を築けること」において、特に「心理」に的を絞ろうと思う。また、引用先にしたがって、「精神的健康」等、他の表現を用いることもある。
厚生労働省(2013)によれば、「最近のわが国の自殺者総数は24,000人から25,000人で推移していたが、1998年には一挙に31,000人を超えた。この数は交通事故死者数の約3倍にものぼり、自殺予防は精神保健の最重要課題の一つである(厚生労働省,2013)」としている。そのうえで、厚生労働省(2013)は、「こころの病気にかかったとしても、多くの場合は治療により、回復し、社会の中で安定した生活をおくることができるようになります」としている。厚生労働省(2013)が指摘している様に、心の健康は自分らしく生きるために重要であり、人間関係は心を健康に保つための必要条件である故に、本研究では、「相互作用」を「心理的健康」で考察する。また、本研究での“心理的健康”は、厚生労働省(2013)の“こころの健康”を意味する。
1-3.社会のなかの人間関係
主に社会学の分野で「社会関係資本」という言葉がある。「資本」という経済学の用語を社会学に転用したものであるが、三隅(2013)によれば、その特徴は、「⑴情報の流れを促進する。不完全市場では、ある重要なポジションをつなぐ社会的紐帯が、それがなければ利用できない機会や選択の情報を提供する。…⑶これらの社会的紐帯は、組織や要人に対して、当該個人の社会的信用を保証する。⑷社会関係はアイデンティティや社会的承認を補強する(p.67)」。チャールズ(五十嵐訳,2015)は、「リストに含まれるノードは必ずしも相互にネットワークを形成している必要はない。多くの領域、特にソーシャル・サポートについては、あらゆるリストが「ネットワーク」とよばれる。リストに載っている人々が、たとえお互いにつながりを持たなくても、サポートを受ける個人とつながりがあれば、それは基本的にネットワークである(p.20)」と述べている。ここでいう「リスト」とは、ノードの集合体のことであり、「ノード」は、それぞれの個人・組織・国家といったレベルの分析で、それらを繋ぐ経路のことである。また本稿では、チャールズ(五十嵐訳,2015)がいう“近接性”を用いることとする。
チャールズ(五十嵐訳,2015)は、近接性を、「ともに「いる」こと(co-location)と、ともに「つながっている」こと(co-presence)は異なる意味をもち、前者は手の届く範囲にお互いが存在していること、後者は社会組織や社会構造によって生まれる関係性のことを意味する(Zaho&Elash,2008からの重引)(P.23)」としている。本稿では、主に前者を意味するが、“想像上の他者”を含めるので、必ずしも物理的に近接している必要はない。これらのことから、「社会のなかでの人間関係」は、何らかのリストに含まれるネットワークの中に存在し、場合によっては近接しているといえる。これらのことから、それぞれを必要条件とするが、①何らかの繋がりの感覚を持ち、②社会組織や社会構造により生まれる人間関係を「相互作用」とし、本研究での独立変数とする。
1-4.人間関係のなかでの心理
我々は他者を認知するときに、自動的に行っているわけではない。S.T.フィスク・S.E.テイラー(唐沢・宮本訳,2013)は、「人が他者や自分自身をどのように意味づけているのかを明らかにしようとする(P.16)」学問領域を社会的認知としている。
S.T.フィスク・S.E.テイラー(唐沢・宮本訳,2013)は人はモノではないとしたうえで、「人」の特徴として以下の9点を挙げている。S.T.フィスク・S.E.テイラー(唐沢・宮本訳,2013)によると、それらは、①人は意図的に環境に影響を与える・②人は知覚し返す・③社会的認知は自己にも関わる・④社会的刺激が認知の対象である場合、その認知の最中にも、変化してしまう可能性がある・⑤性格をはじめ、人の特性は観察不可能な属性だが、その人について考える際に欠かせない要素でもある・⑥人はたいていのモノよりも、時間や状況の中で変化しやすい・⑦人に対する認知は、モノに対する認知に比べて正確さを確かめるのが難しい・⑧人は明らかに複雑である・⑨人はたいへん複雑で、目に見えない特性や意図を持っている。
これらのことから、我々が他者を認知するときには、意識的・無意識的に関わらず、その場の状況に応じて、相手の特徴を判断していることがわかる。
1-5.本研究の目的
本研究では、「相互作用が心理的健康をもたらす」という方向性を想定し、相互作用が心理的健康に与える影響を検討することを目的とする。
2.方法
2022年11月1日に、論文検索サイト“CiNii”で「相互作用,心理的健康」、「相互作用,精神的健康」、「報酬,心理的健康」、「報酬,精神的健康」,「コスト, 精神的健康」をそれぞれ検索キーワードとして入力した。その結果、「相互作用,心理的健康」が4件、「相互作用,精神的健康」が22件、「報酬,心理的健康」が2件、「報酬,精神的健康」が8件、「コスト,精神的健康」が8件の計44件の先行研究が該当した。それぞれの語の決定方法は、社会心理学系の入門書から、「人間関係」や「相互作用」に関する章から、章のキーワードとして挙げられているものを選定した。
44件の先行研究から、相互作用を心理的健康で説明していると思われる先行研究を選定したところ、16本になった。そこで本研究では、16本を分析対象とした。
3.結果
3-1.文献を選定するにあたっての独立変数と従属変数
本研究では、44本の先行研究から、相互作用を心理的健康で説明しているものを選び、16本を分析対象とした。そこで、1節では、44本の先行研究の独立変数と従属変数の関係を整理した(表1)。なお、“要約”のみのものや“ポスター”については省略した。その結果、33本の先行研究が抽出された。
表1 33本の先行研究での独立変数と従属変数
独立変数 | 従属変数 | |
---|---|---|
源氏田(2012) | SS受容の認知 | 精神的健康 |
勝谷(2004) | 再確認傾向尺度 | 精神的健康 |
羽賀・石津(2016) | レジリエンス・ソーシャルサポート | 精神的健康 |
鈴木(2019) | 相談行動の利益・コスト | 精神的健康 |
田畑ら(1999) | 高齢者の対人関係の肯定的・否定的側面 | 精神的健康 |
原田・小林(2019) | 職場における世代間関係 | 精神的健康 |
小方・大江(2014) | ボランティア活動 | 精神的健康 |
黒澤・加藤(2011) | 夫と妻、それぞれの関係焦点型コーピング | 精神的健康 |
松本(2022) | 消防隊員のストレス症状 | メンタルヘルス対策 |
加藤(2002) | コーピング | 精神的健康 |
Nagami・Tsutsumi・Morimoto(2010) | 「努力-報酬不均衡モデル」・「仕事の要求度・コントロールモデル」 | 職業性ストレス評価結果 |
石谷・服部・水主(2014) | 後期高齢者の主観的健康度 | 孤独感・社会関連性 |
福岡(2015) | 過去1週間でのストレス経験におけるサポート・否定的相互作用 | 心理的健康 |
福岡(2012) | 過去1か月間のストレス経験および親友との相互作用 | 肯定的・否定的な心理的変化 |
福岡(2012) | 過去1週間の特定の親友との相互作用での日常ストレス経験 | 心理的健康 |
福岡(2011) | 否定的相互作用での願望(希望) | 気分状態・充実感 |
エスタ・ティーナ・オットマン(2015) | トラウマをもたらす出来事の知覚・記憶・忘却 | 心理的健康 |
寺本ら(2008) | 4・10・16ケ月齢児の母子相互作用 | 早期母子相互作用の質と、子供の後の発達および母親の精神的健康 |
Tsutsumiら (2008) |
仕事の努力-報酬バランス | 仕事に対するオーバーコミットメントおよび動機 |
秋月(2014) | 文献研究 | |
長谷川・浦(1998) | アイデンティティ交渉過程 | 個人の精神的健康 |
菅原ら(1999) | 発達初期で、注意欠陥・攻撃的、反社会的な問題行動を持つ子供 | Externallizingな問題行動の発達に関する防御因子 |
中村・三木(2009) | 「QOLに影響する要因:因果モデル」 | 看護の質 |
島津(1999) | 職場ストレッサーと対処努力量・対処方法との関連 | ストレス反応の質・量に及ぼす影響 |
新田(2008) | 促進傾向焦点・予防焦点傾向 | 精神的健康 |
石毛・無藤(2006) | レジリエンスの発達・形成 | レジリエンス・パーソナリティとの関連 |
安田・佐藤(2000) | 理想自己と現実自己の不一致 | 抑うつ |
安田・佐藤(2000) | 抑圧型 | 理想自己と現実自己の不一致 |
大塚・真田・保坂(2015) | 生徒のリジリエンスを構成する要因・条件 | 高等学校における適応支援の意義 |
金(2008) | 配偶者からの暴力被害 | 母子の身体的・精神的健康 |
金ら(2008) | DV被害を受けた母子 | 3か月後の母子双方の精神状態・問題行動 |
菅原(1997) | 文献研究 |
3-2.選定した先行研究の特徴
本研究で、分析対象とした先行研究の表を以下に載せる(表2)。
表 2 選定した先行研究の特徴
文献番号 | 題目 | 著者 | 出典 | 発行年 | 研究方法 | 相互作用が心理的健康におよぼす影響 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | サポート/否定的相互作用の効果と受容の認知-ソシオメーター理論に基づく媒介仮説の検討― | 源氏田憲一 | 実験社会心理学研究51(2) 118-129 | 2012 | 大学生を対象にした質問紙調査 | 「行為→精神的健康(に関わる感情)→受容の認知」・「行為(を受けたという認知)←受容の認知←精神的健康」という可能性 |
2 | 改訂版重要他者に対する再確認傾向尺度の信頼性・妥当性の検討 | 勝谷紀子 | パーソナリティ研究13(1)11-20 | 2004 | 大学生を対象にした質問紙調査 | ①再確認傾向尺度は、抑うつや自尊心と関連しており、日常生活を営むことができる程度の青年から成人を対象とすれば有用な尺度 ②確認的因子分析により、再確認願望と再確認行動に分類されたが、互いに関連した概念である |
3 | 個人的要因と環境的要因がレジリエンスに与える影響 | 羽賀翔太・石津憲一郎 | 富山大学人間発達科学研究実践総合センター紀要 教育実践研究(8) 7-12 | 2013 | 大学生を対象にした質問紙調査 | ①レジリエンシーは精神的健康の回復の働きがある ②獲得的レジリエンスが資質的レジリエンスの働きをサポートする ③ストレス状態では、ソーシャル・サポートが機能しない |
4 | 向老期世代における相談行動の利益・コストと精神的健康の関連 | 鈴木圭子 | 地域ケアリング21(14) 76-79 | 2019 | 60歳から69歳の一般住民214名を対象とした質問紙調査 | ①男性は他者に相談することが自己評価の低下・精神的不健康に繋がる ②女性は友人や家族などの非専門家に相談することが多いと考えられる ③地域活動への参加が、地域に対する関心や肯定的な印象に繋がる |
5 | 高齢者の対人関係と、精神的健康に関する研究 | 田畑治・遠藤英俊・星野和実・坪井さとみ・丹下智香子・橋本剛・中島千織・渡辺由己・枝廣紀子・宮崎朋子 | 研究助成論文集(35)181-188 | 1999 | 150名(72.2±6.13歳)を対象として行った質問紙調査 | 主観的な健康度が否定的対人関係に繋がる |
6 | 高齢就業者の職場における世代間関係と精神的健康-媒介変数としての職場満足度- | 原田謙・小林江里香 | 老年社会科学41(3) 306-313 | 2019 | 首都圏に居住する60~69歳の男女813名対象・質問紙調査 | ①職場におけるエイジズムが職務満足感を通して、精神的健康に悪影響を及ぼす重要な心理社会的な要因 ②サポート提供する側でい続けることが、自尊感情の維持・増大、職務満足感を高める ③苦労やストレスを感じる若年経験者との否定的相互作用をいかに減らすかが大切である |
7 | 子どもとの社会的相互作用が地域ボランティア活動員の精神的健康に与える影響- 事前- 事後調査の結果から - | 小方信昭・大江朋子 | 帝京大学心理学紀要18 9-21 | 2014 | 青少年育成事業に携わるボランティア活動員男女54名対象・質問紙調査 | ①「自尊感情」・「不安・抑うつ」・「活動障害」が性別や年齢に関係なく、向上した ②中年層と高年層は子どもの喜びに接するほど精神的健康度が向上したが、中年層では自分を尊重する傾向・高年層では日常生活を円滑に送っているという感覚 ③中年層においては、達成感が高まり、自身を肯定的に捉える傾向が強くなった可能性や日常とは異なる自分を経験することで、自分についての新たな価値を考えることができるようになった可能性がある |
8 | 子育て期夫婦における関係焦点型コーピングの相互作用 結婚満足度と精神的健康の観点から | 黒澤泰・加藤道代 | 東北大学大学院教育学研究科研究年報60(1) 375-386 | 2011 | 関東地方の2つの幼稚園及びその他筆者の知人を対象・50組の質問紙調査の回答 | ①夫と妻それぞれが多様なコーピングを使用している ②お互いに割り切ったり、距離を置くという形で関係維持を行い、積極的に話し合わない夫婦では夫婦間のストレス場面が解消されず、妻の結婚満足度が低下する可能性 |
9 | 消防職員のストレス症状にストレス対処について:新型コロナウイルス感染症の救急活動後の心理的支援に焦点をあてて | 秋元理恵子 | 鹿児島女子短期大学紀要(59) 91-96 | 2022 | 2021年6月に、X市消防本部職員100名対象・質問紙調査 | ①自分自身のなかの気持ちの捉え方を変えようとすることや逃避・あきらめなどの対処がストレス反応を増強させている可能性 ②社会の要請に応えようとする義務感や責任感が強ければ、ストレスが蓄積されていく ③周囲に相談したり、話を聴いてもらったりといった積極的な問題解決を行いながら、状況に応じて対処方法を続けることが精神的健康の低下を防ぐ |
10 | 対人ストレス過程における社会的相互作用の役割 | 加藤司 | 実験社会心理学研究41(2) 147-154 | 2002 | 大学生を対象とした質問紙調査 | ①「ポジティブ関係コーピング」・「解決先送りコーピング」は他者からのソーシャルサポートを増加させ、孤独感を減少させる ②解決先送りコーピングは他者に好意的感情を抱かせるが、ネガティブ関係コーピングは他者に嫌悪感情を抱かせ、ソーシャルサポートを減少させる |
11 | 動脈硬化健診を受診した後期高齢者の主観的健康度と孤独感,社会関連性の実態ならびに主観的健康度に関連する要因 | 石谷朋子・服部園美・水主千鶴子 | 老年看護学19(1) 72-80 | 2014 | 後期高齢者の健康受診者169名対象・質問紙調査 | ①同居世帯者は日常的に身近な家族とのかかわりがあるため、精神的サポートになり、精神的健康度に差異があった ②他者との関わりや社会活動への参加ができるように、身体機能を維持する支援を提供することが、身体的健康度を高め、孤独感の低減につながる |
12 | 日常ストレス経験に伴う親友からの肯定的及び否定的相互作用と心理的健康:ペア・データを含めた検討 | 福岡欣治 | 川崎医療福祉学会誌24(2) 273-281 | 2015 | 大学生82名及び同性の親友1名計82組対象・質問紙調査 | ①本人と親友の回答に強い関連性がなかったことは、ソーシャルサポートに関する受け手と送り手の不一致 ②ソーシャルサポートや否定的相互作用が、ストレス体験やその体験に対する他者の開示を背景としている |
13 | 日常ストレス経験に伴う特定の親友との相互作用と心理的健康-過去1ケ月ー | 福岡欣治 | 川崎医療福祉学会誌22(1) 53-59 | 2012 | 大学生271名を対象とした質問紙調査 | ①ストレス体験時の相互作用は、長期的に当人の心理的健康を変化させる ②ペア・データの収集は、親友側からの視点と本人の視点とのズレを含めて、より慎重に現象を検討する意義は大きい |
14 | 日常ストレス経験に伴う特定の親友との相互作用と心理的健康-過去1週間― | 福岡欣治 | 川崎医療福祉学会誌21(2) 304-308 | 2012 | 大学生165名を対象・質問紙調査 | 親友側からの視点と本人の視点とのズレが、双方の心理的健康及び両者の将来の関係に何らかの影響を及ぼす可能性 |
15 | 日常ストレス経験に伴う友人との肯定的および否定的相互作用と心理的健康 | 福岡欣治 | 川崎医療福祉学会誌21(1) 115-119 | 2011 | 大学生166名を対象とした質問紙調査 | 親しい友人との関係では、自分自身がストレス経験を開示できる、あるいはソーシャル・サポートが得られるような相手であっても否定的相互作用は起こりうる |
16 | 努力-報酬不均衡モデルおよび仕事の要求度-コントロールモデルによる職業性ストレス評価結果の比較 | Mariko Nagami・Akizuki Tsutsumi・Kanehisa Morimoto | 総合福祉科学研究1 131-138 | 2010 | フルタイム712名の従業員を対象・質問紙調査 | ①年齢について、JCQにおいて職務上のストレスが高かったが、日本の中年労働者や労働システムの特徴を示している ②ERIQのすべてのストレス要因は精神的健康に弱い関連を示していたが、JCQは職務上の要求と周囲からのサポートが精神的健康に有意な関連があった ③オーバーコミットメントは、タイプA行動を修正することで変更することができる |
4.考察
4-1.本研究の要約
本研究において、「相互作用→心理的健康」というベクトルを想定し、日本人研究者が書いた論文を概観することが目的であった。2022年11月1日に“CiNii”にて、「相互作用,心理的健康」、「相互作用,精神的健康」、「報酬,心理的健康」、「報酬,精神的健康」、「コスト,心理的健康」、「コスト,精神的健康」をそれぞれ検索し、筆者の問題関心に合致する先行研究を選定した結果、16本を本研究の分析対象とした。
相互作用が心理的健康に与える影響に関する今後の研究の課題として、16本のレビュー論文間で共通するところをまとめると、以下の4つに分類された。1.「高齢者の心理的健康」4本(2節)・2.「ソーシャル・サポート」7本(3節)・3.「職業ストレス」3本(4節)・4.「その他」2本(5節)のそれぞれに分類した。そして、最後に6節として、「今後の展望」を設ける。したがって、以下では、それぞれについて節を分けて議論していこうと思う。
4-2.高齢者の心理的健康
「高齢者の心理的健康」について、①主観的健康度を高めるために、どのようにすればよいかを考えることが社会に求められ、②地域参加を促す社会的な装置が必要であり、③職場環境においては、若年経験者との人間関係のありようを考えていく必要があると思われる。また、④女性の方が相談行動が多いことがわかった。今回の調査からは、高齢者の心理特性に言及したものはなく、「参加」のために社会が行動することの必要性があると考えられた。また、この節で分類した研究は、厚生労働省(2013)の“こころの健康”のうち、“社会的健康”に分類されるものだと考えられる。
石谷・服部・水主(2014)は、「後期高齢者の主観的健康度と孤独感・社会関連性の実態を把握し、主観的健康度に関連する要因を明らかにすること」を目的とし、①主観的な健康度と身体機能に関連性を見出し、②主観的な健康度と、他者との関わり・社会参加に正の影響を指摘している。田畑・遠藤・星野・坪井・丹下・橋本・中島・渡辺・枝廣・宮崎(1999) は、高齢者の精神的健康度と肯定的・否定的対人相互作用の関係性を調査し、主観的な健康度が対人相互作用に関連するとしている。そして、疎外感を感じることが心理的健康を悪化させると考察している。鈴木(2019)は、向老期世代における相談行動と精神的健康との関連を調査し、①女性は、相談することが心理的健康度を高め、友人や家族を対象としている場合が多くみられる一方、男性は自己評価を下げ、心理的健康度を低めることが明らかになり、②地域活動への参加の機会を増やす街づくりが必要であると考察されている。原田・小林(2019)は、職場での世代間関係と精神的健康との関連を調査しているが、①職場でエイジズムを経験している者が職場満足感が低く、②そのために、若年経験者との否定的相互作用を以下に減らすかが課題であると考察している。
4-3.ソーシャル・サポート
「ソーシャル・サポート」の項において、①レジリエンスとストレス状態がそれを受けるに足る準備状態と考えられ、②親友から受けるそれは、心理的健康に良い影響を及ぼし、③親友から受けるそれが、ストレス経験の後、どのくらい経過したかにより、効果が変わる可能性があると考えられた。この項は 、厚生労働省(2013)が定義した“こころの健康”のうち、“社会的健康”に当て嵌まると考える。
源氏田(2012)は、ソーシャル・サポートについて、“受容の認知”および“特性自尊心”が媒介変数となり、心理的健康に影響を及ぼすとしている。羽賀・石津(2013)によれば、レジリエンスには「資質的レジリエンス」と「獲得的レジリエンス」に分類され、「獲得的→資質的」と影響され、レジリエンシーはストレス反応を抑制する働きを持つが、ストレスフルな状況では、レジリエンスが機能しなくなると考察している。加藤(2002)は、対人ストレスコーピングとソーシャルサポート・孤独感の関係を考察し、「ポジティブ関係コーピング」・「解決先送りコーピング」は、他者からのソーシャルサポートを増加させるとしている。福岡(2015)によると、①親友からのソーシャルサポート受領はポジティブな気分と正の相関が見られた一方で、②福岡(2011)は、親しい友人関係においては自分自身がストレス経験を開始することができる。あるいはソーシャル・サポートが得られるような相手であっても否定的相互作用は起こりうるという、一貫しない結果を示している。その理由として、①“日常的なストレス経験”を、「過去1週間」や「過去1か月間」と期間を限定していない点・②「親しい友人」を定義していなかったため、参加者により想起する友人が異なっていた可能性が考えられる。しかし、どのような人間関係でソーシャル・サポートが機能するかという点に着目したことでは意義深いと思われる。
4-4.職業ストレス
「職業ストレス」を低減するためには、①組織が労働者に対して過剰な要求をしないこと・②発達段階に応じて、職業上の要求をすることが求められ、③個人レベルでは、他者に話を聴いてもらう機会を作ったり、④職務上の要求に対して過度に応えようとする態度をとらないことが求められると思われる。この項は、厚生労働省(2013)の“こころの健康”のうち、“情緒的健康”や“社会的健康”に当て嵌まると考える。
小方・大江(2014)は、①精神的健康を向上させるために他のことをして気を紛らわせるという間接的な手段に効果があるか・②ボランティア活動とそれぞれの年齢層での精神的健康との関係性・③子供との相互作用と精神的健康との関連を調べている。そして、中年層と高年層では、子供の喜びに接するほど、自分を尊重する気持ちや、日常生活を円滑に送っているという感覚が高くなるとしている。松元(2022)は消防本部職員を対象として、新型コロナウィルスの環境下での精神的健康を維持できるストレス対処法や、求められる役割の遂行のための必要なメンタルヘルスの方策について検討している。そして、①社会の要請に応えようとする義務感や責任感が強いことから、ストレスが蓄積されていくこと・②精神的健康を悪化させないためには、話を聴いてもらったりという積極的な問題解決を主にしながら、状況に応じた対処方法を続けていくことが大切だと考えられた。Makiko Nagami・Akizumi Tsutsumi・Kanehisa Morimoto(2010)は、①職業や年齢間のストレス保護について比較し、②会社における仕事のストレス要因を調査した。その結果、①職務上の要求が本人の能力に合致していたり、周囲からのサポートを受けたりすることが精神的健康と関連があることを示したうえで、②本人のストレスを減らすためには、職務上の要求を減らすこと、また③“オーバーコミットメント”に陥りやすい性格として、タイプA行動が挙げられる。
4-5.その他
本研究では、尺度の信頼性・妥当性に言及した先行研究は、勝谷(2002)の一本のみであったので、積極的な考察を控えることにする。
勝谷(2002)は、「改訂版重要他者に対する再確認傾向尺度(再確認傾向)」を日本人向けに作成し、信頼性と妥当性を検討したうえで、その尺度の因子構造・個人差変数・尺度の再検査信頼性を検討した。そして、再確認傾向に基づいた重要他者との相互作用が、精神的健康にどのような影響を及ぼすのかを実証的に検討することが望まれると締めくくっている。
4-6.まとめ
本研究の目的は、「相互作用→心理的健康」というベクトルを想定し、文献研究という手法で、先行研究を検討することであった。また本研究での「相互作用」を、「①何らかの繋がりの感覚を持ち、②社会組織や社会構造により生まれる人間関係」とした。よって、6節では、この定義にしたがって考察した後、今後の課題を述べようと思う。
「高齢者の心理的健康」の項では、すでに述べたように、高齢者の心理特性に言及したものはなく、「相互作用→心理的健康」に当てはめることができると考える。また、「社会との繋がりとの感覚」や「職場での人間関係」という社会組織や社会構造によって生まれる人間関係に合わせて考えると、個人の労力ではなく、「社会組織・社会構造→高齢者の心理的健康」というベクトルが成り立っていると考えられる。この点では、高齢者の「老い」という負の側面を考慮していないと考える。
「ソーシャル・サポート」の項では、「レジリエンス」・「ストレス状態」・「対人ストレスコーピング」・「親しい友人」がキーワードとして挙げられる。本研究でまとめた先行研究からは、人間関係のなかで経験するストレスであったとしても、個人の心理を生かした研究がみられた。ソーシャル・サポートは心理学以外の研究も蓄積されている分野なので、近隣領域でどのように語られているかを合わせて検討していくことが望まれる。
「職業ストレス」の項では、個人に動力を強いるのではなく、組織が働きやすい環境をつくることが求められていると思われた。ここでもまた、それぞれの発達段階に応じた対策や、職業特有のストレス問題が挙げられていた。しかし、今回取り上げた先行研究では、「会社員」と「消防職員」という限られた職種なので、他の職種に一般化することができるかは注意深く検討していかなければならない。
本研究の限界と課題は、1.“CiNii”で検索するときのキーワードを学術的に論理的なものを入力したがどうかの確認を行わなかったことである。今後は、「相互作用」という言葉についての意味を熟考したうえで検査することが求められる。2.本研究では、独立変数を「相互作用」、従属変数を「心理的健康」にした。今後は、独立変数に「心理的健康」、従属変数に「相互作用」を投入したときに、本研究で得られた知見と比較することが求められる。3.筆者はアテトーゼ型脳性麻痺であるが、本研究で得られた知見を、脳性麻痺者にどの程度汎化することができるかについて、方法論と合わせて考察することが求められる。
引用文献
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