抄録
樹高18mのブナ(Fagus crenata)を対象に、植食性昆虫による被食面積の樹冠内における空間的な変異及び時間的な変化を2001年と2002年の2年間調査した。京都市北部の京都大学フィールド科学教育研究センター芦生研究林において、樹冠観察用のタワーを設置したブナの樹冠内で光環境が異なる24葉群を設定し、各葉群で計約6000枚の葉を開葉直後から落葉するまでモニタリングし、葉の被食面積の変化を追った。植食性昆虫による被食が観察された際は、葉をちぎらずにデジタルカメラで写真を撮り、被食面積の割合を NIH Image を用いて計算した。こうして得られた被食面積のデータについて、開葉後1ヶ月以内・1ヶ月以降の2期間に分けて、光環境の異なる葉群間及び葉位の異なる葉群間で比較した。
開葉後1ヶ月以内は光環境が被食面積に及ぼす影響は明らかではなかったが、葉位の異なる葉群間では被食面積に有意な差が認められ、開葉時期が遅い葉位の葉の方が被食面積が大きい傾向がみられた。この時期は葉の成熟が完了しておらず、葉の特性の変異が葉位によって、すなわち開葉時期のずれによって生じていると思われ、これが葉位の異なる葉群間での被食面積の差となって表れていると考えられた。
開葉1ヶ月以降の被食面積については葉位の影響は見受けられず、光環境の影響が認められた。すなわち、明るい環境下の葉群ほど被食面積が小さくなる傾向がみられた。この時期は葉の成熟も完了しており、明るい環境下の葉は陽葉化、暗い環境下の葉は陰葉化して、葉の特性に及ぼす影響は葉位よりも光環境の方が大きいと考えられた。そして、植食性昆虫は厚く固い陽葉よりも薄く柔らかい陰葉の方を選好していることが示唆された。