抄録
細胞からのプロテオームは,ゲノミクスやトランスクリプトームといった核酸解析よりも細胞機能を直接表す指標になる.そのため,バルクサンプルのプロテオミクスのみならず,シングルセルプロテオミクス(SCP)も,質量分析計(MS)の向上により,大きく発展している.SCPは,ペプチドに分解して解析するボトムアッププロテオミクス(BUP)が中心となっている.一方でトップダウンプロテオミクス(TDP)は,ペプチドに分解しないプロテオミクスであり,試料中に存在する特定のプロテオフォーム(翻訳後修飾,遺伝的変異に起因するタンパク質のバリエーション)を識別・同定することが可能である.プロテオフォームの情報は,タンパク質を分解して解析するBUPでは得られないため,TDPは重要性が増してきている.しかしTDPは,1つのプロテオフォームのイオン化産物が多様であるため,スペクトルの減弱や重複が生じることが多く,検出されたペプチドのうちもとのタンパク質をカバーする割合であるプロテオームカバレッジが制限される.そこで,シングルセルトップダウンプロテオミクス(SC-TDP)で十分なカバレッジを達成するためには,極微量のサンプルの注入と分離にまだ改善が必要であると考えられる.本稿では,エレクトロスプレーイオン化(ESI)電圧を利用してキャピラリー電気泳動(CE)のキャピラリーからMSへの低流量を発生させ,細胞懸濁液から単一の細胞を注入・溶解する手法を開発した論文を紹介する.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) Kendall R. J. et al., Anal. Chem., 94, 14358-14367(2022).
2) Nagaraj N. et al., Mol. Syst. Biol., 7, 548(2011).