2024 年 20 巻 p. 18-22
宇宙の微小重力環境が骨格筋に及ぼす影響は,様々な宇宙実験により解析されてきたが,重力影響の閾値を科学的に解析することは技術的に困難であった.この問題を解明するため,宇宙環境において人工重力を発生させることが可能な遠心機付き小動物飼育装置が,国際宇宙ステーションに設置された.私たちは宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で,本装置を用いていくつかの重力環境下でのマウス飼育を行い,重力が骨格筋に与える影響を解析した.その結果,予想されたことではあるが,人工1 g(地上重力)では微小重力で誘導された筋萎縮および筋線維の速筋化は完全に抑制された.一方1/6 g(月面重力)では,筋萎縮は抑制されたが筋線維の速筋化は抑制されなかった.これらの結果は,骨格筋に対する重力影響には閾値があること,筋萎縮と筋線維変化は独立した制御を受けていることを示唆していると考えられた.そこで骨格筋萎縮と速筋化の分子機構を解析するために,遺伝子発現解析を行い重力環境に応じて変動している遺伝子を解析した.その結果,これまで明らかにされていなかった速筋を誘導するLarge Maf転写因子を同定した.Large Maf転写因子を骨格筋で過剰発現すると,速筋線維であるType IIb線維が誘導された.また,骨格筋でLarge Maf転写因子を欠損させるとType IIb線維がほとんど形成されなかった.さらに,本機構は動物種を超えて保存されていることも明らかとなった.以上の結果より,Large Maf転写因子は動物種を超えてType IIb線維を誘導する主要な転写因子であることが明らかとなった.