抄録
藩政期の狩猟入会慣行に由来する入会猟場は、明治28年狩猟法制定以降、共同狩猟地として免許された場合、近代以降も村落の狩猟者の排他的な狩猟が認められた。本稿では、愛知県の2箇所の共同狩猟地を取り上げ、共同狩猟地における狩猟権や狩猟管理の実態とその近代猟政の展開に応じた変容過程を解明した。藩政期から村落の狩猟者が排他的に網猟を行っていた愛知県の2箇所の共同狩猟地では、封建制の崩壊や明治28年狩猟法制定による法的な狩猟自由化によって域外銃猟者が侵入してきたことで資源の枯渇が生じかけたが、村落の狩猟者が愛知県から独自に許可を得たり、猟区を設定したり、共同狩猟地免許を獲得したりすることで排他的な狩猟権を獲得し、域外銃猟者を排除することで資源の枯渇を防いでいた。また、共同狩猟地における狩猟権の分配方式は藩政期のものを踏襲したものであり、共同狩猟地ごとに異なることが示唆された。しかし、こうした共同狩猟地も開墾や耕地整理によって狩猟が行えなくなり、閉鎖されていった可能性が高い。