日本理科教育学会研究紀要
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R.アレントの化学教育陶冶論
藤井 浩樹
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1994 年 35 巻 1 号 p. 37-44

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抄録

本研究は,19世紀中期から末期にかけてのドイツにおいて,化学教育改革の先駆者として活躍したアレント(R. Arendt; 1828-1902:〔付記〕参照)を取り上げ,化学の陶冶価値に関する彼の見解を明らかにすることを目的としたものである。アレントはルソー,ペスタロッチ,フレーベルなどによって確立されていた近代教育の基本原理の一つ:「直観」に着目し,その適用・育成と化学との関係を論じる中で,化学の陶冶的意義と価値を明確に示している。具体的には,当時,化学教育が言語や文学,歴史などの人文的教科の教育,あるいは博物教育や物理教育に比べて軽視されていた状況を踏まえ,彼は次のような観点から化学教育陶冶論を展開している。① 直観の適用及び直観力の育成は,人文的教科の教育よりも自然科学教育の方がより効果的に行われる。人文科学では主に意見の交換の中で考え方や結論が導き出されるのに対して,自然科学では観察や体験に基づいて事実が明らかにされ,そこから考え方や結論が導き出されるからである。 ② 直観の適用及び直観力の育成は,自然科学教育の中でも物理教育と化学教育がふさわしい。物理と化学では,自然の事物・現象に関する系統的知識の習得よりも,事物・現象の変化の解明に重きが置かれており,直観がこれの解明に最大限駆使されるからである。 ③ 直観の適用及び直観力の育成は,物理教育よりもさらに化学教育がふさわしい。化学は物理に比べて,実験をとおして直観が単なる感覚・知覚による受容から,自発的で明確な目的を持った観察へと変容し,観察が事実の解釈と絶えず結びつくという点で際立っている。したがって,化学は観察力や思考力の育成に最も有効であるからである。アレントのこうした考えは,知力や精神力の陶冶を行うことができるものが教科として認められていた当時の中等学校において,化学が教科として正当な位置を獲得するために不可欠な論拠を与えるとともに,近代の化学教育の目的観確立に大きな影響を与えた。

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© 1994 一般社団法人日本理科教育学会
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