抄録
Peroxisome Proliferator-activated Receptor gamma(PPARγ)はリガンド依存性の核内レセプターであり,転写調節因子として働くことにより様々な生理機能を調節することが知られている.しかしながら,神経細胞や中枢神経系に対する作用についての研究は殆どない.そこで我々は,PPARγの中枢神経系における役割を検討するために,まず,マウス中大脳動脈血栓モデルにおける特異的アゴニスト,およびアンタゴニストの効果について検討した.しかしながら,アゴニスト,アンタゴニストのいずれも梗塞面積に有意な効果は示さなかった.また,PPARγノックアウトマウスを用いた検討でも,有意な差は認められなかった.免疫組織染色やウェスタンブロットを用いた解析から,成体マウスの脳でのPPARγ発現は非常に低いことが確認された.しかしながらその一方で,胎児脳でのPPARγの発現は非常に高いことが認められた.そこで次に,マウス胎児脳より単離した神経幹細胞を用いて,PPARγの分化·増殖に及ぼす作用について検討することとした.PPARγの特異的リガンドは低濃度で神経幹細胞の増殖を促進したが,30 µM以上の高濃度では逆に,細胞増殖を抑制するという二相性の反応を示した.一方,特異的アンタゴニストでPPARγ経路をブロックしてやると,非常に低濃度から細胞死が認められた.この細胞死は,クロマチンの凝集やカスパーゼの活性化を伴うことから,アポトーシスであることが示唆された.さらに興味深いことに,PPARγ経路の活性化による細胞増殖促進は,細胞の未分化状態を維持したままおこなわれることが認められた.さらに,PPARγの発現は,未分化な神経幹細胞で非常に高く,Neuronに分化するにしたがって減少することも確認された.これらの結果より,PPARγ経路は,未分化な状態の神経幹細胞の増殖に必要であるとともに,その未分化状態の維持にも重要な役割を果たしている可能性が示唆された.