抄録
生体は,その個体内で様々な情報を伝達することにより,「いのち」を維持している.それらの情報伝達は,アセチルコリンやアドレナリンなどの小分子化合物,インスリンやグルカゴンをはじめとする生理活性ペプチド,ケモカインやサイトカインなどのタンパク質など,多種多様な化学物質によって担われている.このような情報伝達物質のうち生理活性ペプチドは,ホルモンや神経伝達物質,あるいはパラクライン因子などとして,血糖や血圧,摂食・消化吸収,情動行動など,多くの生体調節において中心的役割を果たして いる.このため,様々な生理活性ペプチドを同定し,その多彩な機能を解明する研究が,特に我が国において精力的に行われてきた.その結果,神経伝達に関わるニューロキニン類やオレキシン,血圧調節に関わる心房性利尿ペプチドやエンドセリン,摂食や消化吸収に関わるグレリンやボンベシン様ペプチドなど,多数の生理活性ペプチドが同定され,その機能が明らかにされた.これら,いわゆる“古典的”生理活性ペプチドは,リボゾームで合成され,小胞体やトランスゴルジネットワークで成熟化し,分泌小胞を経て分泌されることが知られている.これに対し最近我々は,細胞内に存在する機能タンパク質由来の内因性断片ペプチドが,高い生物活性を持つことを明らかにした.すなわち我々は,白血球のひとつである好中球を高く活性化する一群の新しい生理活性ペプチドを生体から単離・同定し,それらがミトコンドリアタンパク質由来の断片ペプチドであることを明らかにした.そして,このような機能タンパク質に隠された,もとのタンパク質と全く異なる生物作用を持つ断片ペプチドを総称して「クリプタイド」と命名した.本稿では,これら好中球を活性化するミトコンドリアタンパク質由来の一群のクリプタイド,マイトクリプタイドの発見と,それらの生体機能ならびに病態との関わりに加えて,生体に存在するクリプタイド―機能タンパク質由来の生理活性断片ペプチド―に関する研究の現状と今後の展望を概説する.