日本薬理学雑誌
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感覚薬理学の新展開~口腔・咽頭・上部消化管感覚異常と疾病~
誤嚥性肺炎の分子標的治療最前線~咽頭感覚受容体からリンパ管誘導因子まで~
海老原 覚
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2015 年 145 巻 6 号 p. 283-287

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抄録
加齢により嚥下機能が障害されていく機序に咽頭の知覚感受能力の低下といった知覚神経の要因が関連している.この咽頭部の食物あるいは水分の感知機構はまだはっきりわかっていないが,食物刺激と同時に温度刺激を咽頭部に加えることにより嚥下反射開始の情報が強化されて,嚥下障害患者の嚥下反射を改善することができる.さらに温度感受性TRP受容体アゴニストである香辛料も嚥下反射を改善する.また,嗅神経の黒胡椒嗅覚受容体の刺激は大脳皮質を介して,嚥下反射を改善するものと思われる.私たちはこれまで自分たちが開発してきた高齢者の嚥下機能回復法,咳反射回復法を集結した重症誤嚥性肺炎絶食患者の食事開始プロトコールを立案した.このプロトコールを使用することにより,食事再開後の一ヵ月以内の再誤嚥性肺炎の発症を以前の3分の1に抑えることができた.さらに少しずつの誤嚥を繰り返す慢性的な誤嚥性肺炎においては,慢性炎症により肺にリンパ管新生が起きていることを見出した.リンパ管新生を誘導するVEGFR3の阻害薬により,誤嚥性肺炎慢性炎症の病態が改善した.以上,誤嚥性肺炎における分子標的治療には,咽頭温度感受性TRP受容体や嗅覚受容体に対する分子標的治療とリンパ管新生誘導因子に対する分子標的治療の2種類が考えられる.前者は主として誤嚥性慢性肺炎の発症機序の前半部分に,後者は後半部分に作用していると考えられる.誤嚥性肺炎の患者に対して,単に抗生物質による治療のみではなく,これらの発症機序に基づく分子標的治療を組み合わせることにより,飛躍的な治療効果があげられると考えられ,今後の創薬のターゲットとなっていくだろう.

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