日本薬理学雑誌
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145 巻, 6 号
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感覚薬理学の新展開~口腔・咽頭・上部消化管感覚異常と疾病~
  • 高辻 華子, 高橋 功次朗, 北川 純一
    2015 年 145 巻 6 号 p. 278-282
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/06/10
    ジャーナル フリー
    咽頭・喉頭領域の感覚神経(舌咽神経咽頭枝や上喉頭神経)は,舌領域を支配する味覚神経(鼓索神経や舌咽神経舌枝)と異なる生理学的特徴をもっている.咽頭・喉頭領域の感覚神経は舌領域の味覚神経に比べ,味刺激(4基本味)に対して神経応答性は低いが,水やアルコール刺激に高い興奮性を示す.また,長鎖脂肪酸やうま味も咽頭・喉頭領域の感覚神経を興奮させる.このような舌の味覚神経とは異なる咽頭・喉頭領域の感覚応答特性が,食べ物や飲み物の「おいしさ」に重要な要素である「のどごし」や「こく」の感覚形成に関与している可能性が考えられる.様々な機能を有するtransient receptor potential(TRP)チャネルファミリーに注目すると,カプサイシンによって活性化するTRPV1が属するTRPVファミリーは,機械刺激,熱刺激,pHの変化,浸透圧の変化で活性化する.また,細胞の代謝,分化,増殖などに関係しているTRPMファミリーには,冷刺激やメントール刺激で活性化するチャネルがある.したがって,咽頭・喉頭領域に発現しているTRPチャネルが,飲食物を飲み込むときの味,温度,触,圧などの刺激を受容し,「のどごし」や「こく」の感覚形成に寄与していると考えられる.近年,嚥下中枢において,CB1受容体が興奮性シナプス群より抑制性シナプス群に多数存在することが明らかにされた.これらシナプス前終末のCB1受容体に内因性カンナビノイド(2-AG)が結合すると,神経伝達物質の放出が抑圧される.その結果,興奮性シナプスの作用が優位になり,嚥下誘発が促進する可能性が示唆された.このように咽頭・喉頭領域からの求心性情報は「おいしさ」の感覚に貢献し,さらに,生命活動に重要な摂食機能である嚥下反射の誘発にも深く関与している.

  • 海老原 覚
    2015 年 145 巻 6 号 p. 283-287
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/06/10
    ジャーナル フリー
    加齢により嚥下機能が障害されていく機序に咽頭の知覚感受能力の低下といった知覚神経の要因が関連している.この咽頭部の食物あるいは水分の感知機構はまだはっきりわかっていないが,食物刺激と同時に温度刺激を咽頭部に加えることにより嚥下反射開始の情報が強化されて,嚥下障害患者の嚥下反射を改善することができる.さらに温度感受性TRP受容体アゴニストである香辛料も嚥下反射を改善する.また,嗅神経の黒胡椒嗅覚受容体の刺激は大脳皮質を介して,嚥下反射を改善するものと思われる.私たちはこれまで自分たちが開発してきた高齢者の嚥下機能回復法,咳反射回復法を集結した重症誤嚥性肺炎絶食患者の食事開始プロトコールを立案した.このプロトコールを使用することにより,食事再開後の一ヵ月以内の再誤嚥性肺炎の発症を以前の3分の1に抑えることができた.さらに少しずつの誤嚥を繰り返す慢性的な誤嚥性肺炎においては,慢性炎症により肺にリンパ管新生が起きていることを見出した.リンパ管新生を誘導するVEGFR3の阻害薬により,誤嚥性肺炎慢性炎症の病態が改善した.以上,誤嚥性肺炎における分子標的治療には,咽頭温度感受性TRP受容体や嗅覚受容体に対する分子標的治療とリンパ管新生誘導因子に対する分子標的治療の2種類が考えられる.前者は主として誤嚥性慢性肺炎の発症機序の前半部分に,後者は後半部分に作用していると考えられる.誤嚥性肺炎の患者に対して,単に抗生物質による治療のみではなく,これらの発症機序に基づく分子標的治療を組み合わせることにより,飛躍的な治療効果があげられると考えられ,今後の創薬のターゲットとなっていくだろう.

  • 佐藤 しづ子, 笹野 高嗣
    2015 年 145 巻 6 号 p. 288-292
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/06/10
    ジャーナル フリー
    わが国では,超高齢化に伴いドライマウス患者が急増している.今や,ドライマウスは,患者のみならず社会・経済を圧迫する重要課題となった.近年,総唾液分泌量低下を伴わないドライマウスの存在が判明し,世界中で,ドライマウス病態理解にさらなる検討が加えられている.最も有力な候補は小唾液腺である.しかしながら,小唾液腺は1~2 mmと小さく口腔全体に散在し,その分泌量は総唾液量の約1割と少なく,小唾液腺唾液を採取し定量的に測定することは困難である.そのために,ドライマウスと小唾液腺との関連に関する報告は少ない.我々は,ヨウ素デンプン反応を原理とした簡便な小唾液腺唾液分泌量測定法を開発した.この測定法によって,①ドライマウス患者では健常者よりも小唾液唾液分泌量が少ないこと,②健常群では総唾液分泌量と小唾液腺唾液分泌量との間に相関があるが,ドライマウス患者群では相関がないことを解明した.さらに,小唾液腺唾液分泌量測定法は,総唾液分泌量測定法に比べて,感度,陰性適中率,正確度が優れていることが判明し,以上の結果から,小唾液腺はドライマウスの治療ターゲットとして重要であると考えられる.一方,ドライマウス治療薬の多くは,高齢者や虚弱者に副作用を生じやすい.我々は,口腔感覚としての味覚が,味覚-唾液反射を介して唾液分泌量を増加させる現象に着目し,ドライマウス治療への応用を検討している.小唾液腺におけるこの反射の存在は不明であったが開発した測定法を用い,うま味は,酸味と同等の小唾液腺唾液分泌促進効果を有し,さらに酸味よりも促進効果が長く持続することを解明した.現在,患者に「うま味」療法を試行しているが,「うま味」は,口腔粘膜を刺激することなく患者8割のドライマウスを改善し,ドライマウス併発症状の改善にも有用であった.「うま味」療法は,ドライマウスに対する安心で安全な治療法として普及することが期待される.

総説
  • 大浜 剛
    2015 年 145 巻 6 号 p. 293-298
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/06/10
    ジャーナル フリー
    Protein phosphatase 2A(PP2A)は細胞内の主要なセリン・スレオニンタンパク質脱リン酸化酵素(Ser/Thr protein phosphatase)であり,広範なシグナル伝達系を制御する.また,PP2Aは重要ながん抑制因子であることが知られており,多くのがんでPP2A活性の低下が観察される.がんにおけるPP2A活性の低下には,SET,cancerous inhibitor of PP2A(CIP2A),PME-1(protein phosphatase methylesterase 1)といったPP2A阻害因子の発現上昇が深く関与しており,近年これらPP2A阻害因子を標的としてPP2A活性を回復させることが,新たな抗がん戦略として注目されつつある.本稿では,PP2Aの活性制御機構を概説するとともに,PP2A阻害因子を標的とした抗がん戦略の現状と可能性について解説したい.

  • 若尾 昌平, 出澤 真理
    2015 年 145 巻 6 号 p. 299-305
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/06/10
    ジャーナル フリー
    組織幹細胞の一つである間葉系幹細胞は骨髄や皮膚,脂肪などの間葉系組織に存在し,様々な細胞を含む集団から構成されているが他の組織幹細胞とは異なり,発生学的に同じである骨や脂肪,軟骨といった中胚葉性の細胞だけでなく,胚葉を超えた外・内胚葉性の細胞への分化転換が報告されている.このことから,間葉系幹細胞の中には多能性を有する細胞が含まれている可能性が考えられていた.我々は,これらの一部の間葉系幹細胞の胚葉を超えた広範な分化転換能を説明する一つの答えとなり得る,新たな多能性幹細胞を見出し,Multilineage-differentiating stress enduring(Muse)細胞と命名した.Muse細胞は胚葉を超えて様々な細胞へと分化する多能性を有するが腫瘍性を持たない細胞である.また,その最大の特徴として,回収してそのまま静脈へ投与するだけで損傷した組織へとホーミング・生着し,場の論理に応じて組織に特異的な細胞へと分化することで組織修復と機能回復をもたらす点がある.すなわち生体に移植する前にcell processing centerにおいて事前の分化誘導を必ずしも必要としない,ということであり,静脈投与するだけで再生治療が可能であることを示唆する.本稿ではこれらMuse細胞研究の現状と一般医療への普及を目指した今後の展望について考察したい.

実験技術
  • 北村 明彦, 畝山 寿之
    2015 年 145 巻 6 号 p. 306-310
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/06/10
    ジャーナル フリー
    自律神経を構成する交感神経と副交感神経は,一般的に脳から末梢臓器へ情報伝達を行う遠心路としての機能がよく知られているが,これらの自律神経束には求心性神経線維も含まれている.特に,迷走神経束はその70%以上が求心性であり,内臓感覚神経として機能していることが知られている.求心路の働きにより各臓器の状態がモニターされ,自律神経反射によって生体恒常性が維持されている.我々はこれまで,消化管での栄養素受容を求心性迷走神経の活動を指標として評価を行うとともに,その自律神経反射について検討を行ってきた.迷走神経活動測定にはいくつかの方法があり,研究の対象によって評価法を選ぶ必要がある.本稿では,腹部迷走神経が担う栄養素情報の解析に有効な求心性迷走神経線維からの神経活動記録法と,その薬理特性を検討するのに有効な迷走神経下神経節単離ニューロンからの神経活動記録法について紹介する.

創薬シリーズ(7)オープンイノベーション(22)
  • 藤岡 俊太郎, 坂西 義史, 上出 功, 宇於崎 博, 髙津 聖志
    2015 年 145 巻 6 号 p. 311-317
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/06/10
    ジャーナル フリー
    富山県は,江戸時代に始まる配置薬業から続く国内でも有数の医薬品製造拠点であり,「くすりの富山」として全国的に知られてきた.美しく豊かな自然,地震や台風などの自然災害の少ない地理,陸海空にわたり整備された交通網などの強みにより,近年,医薬品の研究開発・製造拠点としてさらに注目が高まり,医薬品生産額は過去最高額を更新している.この富山の医薬品産業のさらなる飛躍を目指し,平成21年度と平成25年度に富山県医薬品産業活性化懇話会を設置し,富山県および本県薬業界がとるべき施策展開等の方向性について議論を重ねてきた.懇話会で取りまとめられた2つの報告書において,国内医薬品生産金額の日本一,さらには世界に羽ばたく「薬都とやま」の実現に取り組んでいくこととされ,具体的な戦略的取組みとして,①製剤技術力等の強化と関連産業等との連携,②情報発信と企業立地しやすい環境づくり,③国際化の推進,④人材の確保・育成が示されている.現在,富山県および本県薬業界では,これらの報告書の内容に基づき,産学官が連携した各種の取組みを進めるとともに,本年3月14日の北陸新幹線開業による首都圏との交通の利便性向上という機会も最大限活用して,医薬品産業の発展に取り組んでいる.

新薬紹介総説
  • 吉村 康史, 坂本 洋, 田中 智宏, 稲垣 直人, 宇津 恵
    2015 年 145 巻 6 号 p. 318-324
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/06/10
    ジャーナル フリー
    アレセンサ®カプセル20 mg,同40 mgは,中外製薬株式会社で創製された選択的ALK(anaplastic lymphoma kinase)阻害薬であるアレクチニブ塩酸塩を有効成分とする硬カプセル剤である.非小細胞肺がんの中の2~5%ではALK融合遺伝子が発現しており,その遺伝子産物であるALK融合タンパク質に起因する恒常的なALKからのシグナルが,がん細胞の増殖,生存に深く関与していると考えられている.アレクチニブは,ALKのキナーゼ活性を選択的に阻害することにより,ALK融合遺伝子陽性非小細胞肺がん株NCI-H2228細胞に対してin vitroで細胞増殖阻害活性を示した.また,NCI-H2228細胞移植マウスゼノグラフトモデルにアレクチニブを1日1回,11日間経口投与することで,腫瘍の退縮をもたらす強い抗腫瘍効果が認められた.さらに,既存ALK阻害薬であるクリゾチニブの耐性機序の1つとしてL1196M,C1156Y,G1269AなどのALKのキナーゼドメインの変異が報告されているが,アレクチニブはこれらの変異ALKに対してin vitroおよびin vivoで阻害作用を示すことが確認された.ALK融合遺伝子陽性の非小細胞肺がん患者を対象にした第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験(AF-001JP試験)では,第Ⅰ相部分でアレクチニブの推奨用量を決定し,第Ⅱ相部分において推奨用量でのアレクチニブの有効性,安全性が検討された.その結果,第Ⅱ相部分の46例中,完全奏効9例を含む43例に奏効が認められ,奏効率は93.5%(95%信頼区間:82.1~98.6)であった.主な副作用は血中ビリルビン増加,味覚異常,AST増加,血中クレアチニン増加,発疹,便秘,好中球数減少,ALT増加等であったが,多くはグレード1あるいは2であり,アレクチニブの忍容性が確認された.AF-001JP試験の成績に基づき,アレクチニブ塩酸塩は本邦において2014年7月4日に「ALK融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」を効能・効果として承認された.現在,米国・欧州を含む海外においても開発が進められている.

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