日本薬理学雑誌
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特集 痛みと情動の新たな展開
幼少期ストレスが成熟期における慢性疼痛に及ぼす影響
西中 崇中本 賀寿夫徳山 尚吾
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2016 年 148 巻 3 号 p. 134-138

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抄録

近年,幼少期における精神的あるいは身体的な虐待が大きな社会問題となっている.幼少期の不適切な養育環境を経験することによって,成人期における精神疾患の発症リスクが増加することが報告されている.幼少期のストレスによる脳の機能的あるいは構造的な変化が成人期における精神疾患の発症に関与すると考えられている.さらに,幼少期のストレスは,成人期の精神疾患のみならず慢性疼痛の発症リスクを増加させることも報告されている.近年,痛みの慢性化には,脳内における神経の機能変化が関与していることが示唆されていることから,幼少期ストレスは脳内の疼痛制御機構に対しても影響を与えることが示唆される.これまでに,幼少期ストレスと疼痛,特に治療対象となる慢性疼痛との関係については,臨床的なエビデンスは得られているものの,そのメカニズムは不明な点が多い.また,基礎研究に関してはほとんど検討されていない.そこで我々は,マウスを用いて幼少期ストレスによる成熟期における慢性疼痛の影響について解析を試みた.幼少期ストレスは成熟期のマウスにおいて情動機能障害を引き起こした.幼少期ストレスのみでは疼痛行動に対する影響は認められなかった.しかし,神経障害性疼痛で認められる痛覚過敏は,幼少期ストレスによって増強した.さらに,幼少期ストレスは,神経障害性疼痛後の情動機能障害を雌性マウスにおいてのみ増悪させた.神経系の発達や情動機能の調節にかかわるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)の脳内における発現変化が,ストレス負荷直後の幼少期においてのみ認められた.本研究の結果から,マウスにおいて幼少期ストレスは成熟期における神経障害性疼痛を増強することが示唆された.本モデルは幼少期ストレスと慢性疼痛の相互関係に関わる分子的なメカニズムを明らかにするための有用なモデルになることが示唆された.

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