われわれは1999年にバイオベンチャー(ジャパン・ティッシュエンジニアリング:J-TEC)を起業し,わが国初の再生医療の産業化に挑戦した.再生医療の技術を製品化するために新たな数多くの規制に対応し,多くの議論を重ねた結果,2007年に再生医療等製品の第1号となる自家培養表皮ジェイスの重症熱傷を適応対象とした薬事承認を取得した.2012年には自家培養軟骨ジャックの外傷性軟骨欠損症を適応対象とした薬事承認を取得したが,その当時,再生医療製品がこの2品目しかなかったことから,わが国の再生医療の産業化の遅れが指摘された.2014年に再生医療を推進する法整備の一環として旧薬事法が薬機法に改正され,再生医療等製品の分類が新設されたたことによって国内の製品開発が加速した.われわれは,2020年に自家培養角膜上皮ネピック,2021年に自家培養口腔粘膜上皮オキュラルの角膜上皮幹細胞疲弊症を適応対象とした薬事承認を得た.さらに,2023年にはメラノサイト含有自家培養表皮ジャスミンの白斑を適応対象とした薬事承認を得て,これまでに5品目の再生医療等製品を上市することができた.いずれも医薬品のように注入する細胞懸濁液ではなく,組織工学的手法を用いて作製した組織構造体を移植する製品である.再生医療等製品の開発では,原材料の安全性確保,培養工程の標準化,非臨床試験による細胞特性の解析,包装・輸送方法の開発,GCTP施設の建設,及び治験を実施した.ジェイスの重症熱傷の適応,ジャックの軟骨欠損の適応については,すでに市販後7年間の使用成績調査を報告して再審査が完了している.これらの製品化に関する経験が国内の再生医療等製品の開発や審査基準のベンチマークとなり,わが国が推進する再生医療の産業化を促進したと言える.
Japan Tissue Engineering Co., Ltd., J-TEC, was launched in 1999 to industrialize regenerative medicine in Japan. We developed the first regenerative medicine product, JACE (autologous cultured epidermis), which received PMDA approval for treating serious burns in 2007. Then, JACC (autologous cultured cartilage), the second product, was approved in 2012 for efficacy on traumatic cartilage defects. In 2014, the Pharmaceutical Affairs Law was revised to the Pharmaceutical and Medical Device Act, and regenerative medicine products, including gene therapies, were newly classified to accelerate productization. Subsequently, Nepic (autologous cultured corneal epithelium) and Ocural (autologous cultured oral mucosal epithelium) for epithelialization of limbal stem cell deficiencies in ophthalmology were approved in 2020 and 2021, respectively. Furthermore, a new product, JACEMIN (autologous cultured epidermis maintaining melanocyte) for vitiligo treatment was approved in 2023. We have developed five products of regenerative medicine that construct human tissues to graft rather than injectable cell suspensions like drugs. To develop regenerative medicine products, it is necessary to ensure the safety of raw materials, standardize the cultivation process, examine cell characteristics on GLP tests, construct transportation methods, build GCTP facilities, and conduct clinical trials on GCP. Re-examinations of JACE for serious burns and JACC for cartilage defects were completed after 7 years of all-case postmarketing surveillance. The commercialization of these products has become a benchmark for domestic regulation and has induced the development of a regenerative medicine industry promoted by Japan.
再生医療は,機能障害や機能不全に陥った生体組織・臓器に対して,細胞を用いて機能再生をはかる医療技術である.その技術を製品化したものが再生医療製品であり,薬機法では遺伝子治療薬と合わせて再生医療等製品に分類される.再生医療製品は,生きた細胞を含む点において医薬品や医療機器とは大きく異なる.細胞自体が薬理作用の起点となることから,その機序は多面的であり,画一的な薬効薬理評価はできない.また,再生医療製品の仕様や規格は品目ごとに多様であり,有効性に用量依存があれば医薬品に類似して,用量依存がなければ医療機器に類似して開発される.
再生医療は比較的新しい用語であり,1999年に国策として進められたミレニアム・プロジェクトにおいて「自己修復能力を用いた再生医療の実現」が目標として掲げられた際に初めて使用された.それまではTissue Engineering(組織工学)として語られており,生命機能の再生,維持,修復を可能にする臓器・組織の代替品を開発することを目的とした工学・生物学・医学の学際的な研究分野であった1).われわれは組織工学を冠したバイオベンチャー(ジャパン・ティッシュエンジニアリング:J-TEC)を1999年に起業し,わが国初の再生医療の産業化に挑戦した.再生医療の技術を製品化するために,新たな数多くの規制に対応し2),多くの議論を重ねた結果,2007年に再生医療等製品の第1号となる自家培養表皮ジェイスの薬事承認を取得した.それ以降,2012年に自家培養軟骨ジャック,2020年に自家培養角膜上皮ネピック,2021年に自家培養口腔粘膜上皮オキュラル,2023年にメラノサイト含有自家培養表皮ジャスミンの薬事承認を取得し,これまでに5品目を上市することができた.いずれも患者自身の細胞(自家細胞)を培養して作製した移植用の組織構造体であり,あわせて3,000例を超える患者に使用されている.
われわれが開発した再生医療等製品の概要を解説するとともに,わが国の再生医療等製品の現状や今後の製品展開についても言及する.
再生医療は,21世紀の医療を牽引する革新的な技術として注目を浴びて久しい.しかし,国内で承認された再生医療等製品は,2023年6月時点でわずか20品目に留まる(表1).これらの製品は,移植用組織,間葉系幹細胞,CAR-T細胞,遺伝子治療薬に大別され,その剤形には,組織構造体,細胞懸濁液,溶液がある.組織構造体は用量依存がないため医療機器に類似した開発手法がとられる.形状に応じた包装容器や流通手段を開発する必要があるものの,治験期間が短く,開発費用も比較的抑えられるため,スタートアップ企業の開発品が多い.一方,細胞懸濁液や溶液には用量依存があり,医薬品に類似した開発において第Ⅱ相試験を挟む治験期間は長く,開発費用も過大になる.注射剤の包装容器や流通手段を流用できるため,既存の製薬企業が参入する傾向がある.
製品名 | 細胞/構成 | 適応対象(概略) | 承認日 |
---|---|---|---|
ジェイス | 自家表皮細胞シート | 重症熱傷 | 2007年10月 |
先天性巨大色素性母斑 | 2016年9月 | ||
栄養障害型表皮水疱症/接合部型表皮水疱症 | 2018年12月 | ||
ジャック | 自家軟骨細胞・コラーゲン | 膝関節の外傷性軟骨欠損症又は離断性骨軟骨炎 | 2012年7月 |
テムセルHS注 | 同種骨髄由来間葉系幹細胞 | 造血幹細胞移植後の急性急性移植片対宿主病 | 2015年9月 |
ハートシート | 自家筋芽細胞 | 虚血性心疾患による重症心不全 | 2015年9月⁑ |
ステミラック注 | 自家骨髄由来間葉系幹細胞 | 脊髄損傷に伴う神経症候/機能障害 | 2018年12月⁑ |
コラテジェン筋注用* | プラスミドベクター | 慢性動脈閉塞症における潰瘍 | 2019年3月⁑ |
キムリア点滴静注 | 自家CAR-T細胞 | B細胞急性リンパ芽球性白血病/ びまん性大細胞型B細胞リンパ腫 |
2019年3月 |
濾胞性リンパ腫 | 2022年8月 | ||
ゾルゲンスマ点滴静注* | 遺伝子組換えアデノ随伴ウイルス | 脊髄性筋萎縮症 | 2020年3月 |
ネピック | 自家角膜上皮細胞シート | 角膜上皮幹細胞疲弊症 | 2020年3月 |
イエスカルタ点滴静注 | 自家CAR-T細胞 | 大細胞型B細胞リンパ腫 | 2021年1月 |
(前治療条件の緩和) | 2022年12月 | ||
ブレヤンジ静注 | 自家CAR-T細胞 | 大細胞型B細胞リンパ腫/濾胞性リンパ腫 | 2021年3月 |
(前治療条件の緩和) | 2022年12月 | ||
オキュラル | 自家口腔粘膜上皮細胞シート | 角膜上皮幹細胞疲弊症 | 2021年6月 |
デリタクト注* | 遺伝子組換え単純ヘルペスウイルス | 悪性神経膠腫 | 2021年6月⁑ |
アロフィセル注 | 同種脂肪由来間葉系幹細胞 | クローン病患者における複雑痔瘻 | 2021年9月 |
サクラシー | 自家口腔粘膜上皮細胞シート・同種羊膜 | 角膜上皮幹細胞疲弊症における眼表面癒着 | 2022年1月 |
アベクマ点滴静注 | 自家CAR-T細胞 | 多発性骨髄腫 | 2022年1月 |
カービクティ点滴静注 | 自家CAR-T細胞 | 多発性骨髄腫 | 2022年9月 |
ジャスミン | 自家メラノサイト含有表皮細胞シート | 白斑 | 2023年3月 |
ビズノバ | 同種角膜内皮細胞 | 水疱性角膜症 | 2023年3月 |
ルクスターナ* | 遺伝子組換えアデノ随伴ウイルス | 遺伝性網膜ジストロフィー | 2023年6月 |
*遺伝子治療薬 ⁑条件及び期限付き承認
ジェイスは,旧薬事法下で医療用具の区分で審査され,「類別:整形用品・一般的名称:その他の外科・整形外科用手術材料(自家培養表皮)」として承認された.ジャックも同様に医療用具として承認されたが,その当時,再生医療製品がこの2品目しかなかったことから,わが国の再生医療の産業化の遅れが指摘されていた.そこで再生医療を推進する法整備の一環として,2014年11月に旧薬事法が薬機法に改正され,医薬品,医薬部外品,化粧品,医療機器に加えて再生医療等製品の分類が新設された.同時に,ジェイスは再生医療等製品「類別:ヒト体細胞加工製品・一般的名称:ヒト(自己)表皮由来細胞シート」と読み替えられた.この法改正には,再生医療製品や遺伝子治療薬の特性に沿って既存品とは異なる審査を行うことにより承認品目を増大させる狙いがあった.実際に,ジェイス承認後7年で2品目しかなかった再生医療等製品は,法改正後の8年間で10倍に増えている.
現在,世界中で多種多品目の再生医療製品が開発されている.海外では間葉系幹細胞やCAR-T細胞などの医薬品型の製品が多いが,わが国では組織工学的手法を用いて作製する組織構造体の製品が多く,世界をリードしている.
ジェイスは,患者自身の皮膚から単離した細胞を培養して製造する移植用の表皮細胞シートである(図1).製品のprimary mode of action(PMOA)は,細胞シートに含まれる患者由来の表皮幹細胞が,移植部位となる皮膚欠損創に生着することによる創閉鎖である.生着した表皮幹細胞は,水平方向の対称分裂によって表皮基底層を形成し,垂直方向の非対称分裂によって有棘層,顆粒層,角質層へと外部に向かって増殖する表皮のターンオーバーを回復させる.通常の自家植皮と比較すると,ドナーとなる採皮面積が極めて小さいことが優位である.
A:自家培養表皮ジェイス,B:自家培養軟骨ジャック,C:自家培養角膜上皮ネピック,D:自家培養口腔粘膜上皮オキュラル,E:メラノサイト含有自家培養表皮ジャスミン.
ジェイスの原料組織は,患者の非病変部から採皮した数cm2の全層皮膚である.皮膚組織から酵素処理によって単離した細胞を,増殖因子やウシ胎児血清を含む培地中で,放射線照射で増殖を停止させたマウス胚由来3T3-J2細胞をfeeder layerとして培養すると,幹細胞を含む表皮細胞が選択的に増殖する3,4).必要な細胞数が得られるまで継代培養した後,細胞シートを作製する大型の培養フラスコに表皮細胞を播種し,コンフルエントに達するまで培養する.上皮系細胞の特性から,血清を含む高Ca培地中で培養すると,細胞間に強固なdesmosome結合が発達するため,培養フラスコとの間に形成されるhemidesmosome結合を選択的に消化するdispaseで処理することにより1枚の細胞シートとして剥離できる.製造工程で剥離された細胞シートは非常に薄いため,キャリアとなる滅菌ガーゼに付着させた状態で,専用の保存液とともに無菌的にパッケージされる.製品1枚の有効面積はキャリアガーゼと同じ80 cm2であり,日本人男性の平均体表面積1.6 m2の0.5%に相当する.通常,数cm2の皮膚組織から,2~3週間の培養期間で20~40枚,4週間あれば体表全面に移植できる200枚の製造が可能である.
製品化に際して,年齢や採取部位,原疾患が異なる患者由来の皮膚から表皮幹細胞が適切に維持される培養条件を特定して培養工程として標準化し,非臨床試験を実施して最終製品の品質と安全性を担保する製品規格を設定した.さらに,GCTP準拠の製造施設を建設し,国内初となる再生医療の治験を実施した.生細胞を含む細胞シートを安全に保持する製品パッケージ,一定の温度で保存する断熱輸送容器や輸送システムは自社開発した.ジェイスの貯蔵温度は10~25°Cと厳密であり,有効期間は56時間と短い.また,細胞シートは剥離後に洗浄され,保存液にはウシ血清や抗生物質などの添加物を含んでいないため,医療機関では製品パッケージから取り出した細胞シートを洗浄することなくそのまま移植できる仕様である.これらの製品開発の考え方や手順はすべての自社製品に引き継がれている.
ジェイスが2007年に承認された最初の適応対象は重症熱傷であり,自家植皮のためのドナー面積が確保できない重篤な広範囲熱傷で,かつ,受傷面積として深達性Ⅱ度熱傷創及びⅢ度熱傷創の合計面積が体表面積の30%以上の熱傷の創閉鎖を目的とする.2016年に先天性巨大色素性母斑,2018年に表皮水疱症に対する適応拡大を行った.先天性巨大色素性母斑への適応は,体表面積に占める母斑面積の割合が5%以上の患者の治療など,既存の標準治療では対応しきれない母斑切除創の創閉鎖を目的とする.表皮水疱症への適応は,栄養障害型若しくは接合部型表皮水疱症患者に4週間程度持続している難治性または再発性のびらんや潰瘍の上皮化を目的とする.移植時は,キャリアガーゼに付着させた状態の細胞シートを移植床に置き,キャリアガーゼを取り除いてから非固着性被覆材で覆う.
ジャックは,患者自身の軟骨から単離した細胞をアテロコラーゲン中で3次元培養して製造する移植用の培養軟骨である(図1).製品のPMOAは,膝関節の軟骨欠損に移植された軟骨細胞-コラーゲン複合体が,軟骨細胞が産生する軟骨基質によって軟骨様組織に成熟することによる欠損部の補綴・修復である.一部の専門施設で行われている自家骨軟骨移植(モザイクプラスティー)と比較すると,ドナーとなる軟骨採取量が少なく,滑らかな軟骨修復が期待できることが優位である.
ジャックの原料組織は,非荷重部から採取した約0.4 gの軟骨片である.軟骨組織から酵素処理によって単離した軟骨細胞を,ウシ真皮由来アテロコラーゲンに包埋して,増殖因子やウシ胎児血清を含む培地中で培養する.軟骨細胞は3次元培養によって脱分化することなく軟骨基質産生能を維持した状態で増殖し,移植後に硝子軟骨の形成が期待できる5,6).通常,4週間の培養を行い,細胞増殖と基質産生を確認した後,培養容器から取り出し,洗浄工程を経て専用の保存液とともに無菌的にパッケージされる.製品1個は有効径25 mm,厚さ2 mm,有効面積4.9 cm2の円盤形であり,軟骨欠損の大きさに合わせて複数個出荷される.ジャックの貯蔵温度は8~25°C,有効期間は80時間であり,専用の断熱輸送容器に梱包して輸送される.
軟骨細胞を包埋するアテロコラーゲンは,抗原性部位であるコラーゲン分子両末端のテロペプチドが除去された生体適合性の高い非変性のコラーゲンであるが,ジャックの使用にあたり患者のアレルギーの有無を確認する目的で,皮内テスト用アテロコラーゲンシリンジが製品の構成体となっている.
ジャックの適応対象は,膝関節における外傷性軟骨欠損症又は離断性骨軟骨炎(変形性膝関節症を除く)に対する臨床症状の緩和が目的であり,4 cm2以上の軟骨欠損に限られている.移植時は,軟骨欠損の形にトリミングして欠損に埋め込み,構成体のコラーゲン膜を上から縫着する.
ネピックは,患者自身の角膜輪部から単離した上皮細胞を培養して製造する移植用の角膜上皮細胞シートである(図1).製品のPMOAは,細胞シートに含まれる患者由来の角膜上皮幹細胞が,結膜瘢痕化した角膜病変から瘢痕組織を除去した後の角膜実質に生着することによる角膜上皮化である.生着した角膜上皮幹細胞は増殖を繰り返し,角膜中央に向かって伸展・移動して脱落する角膜上皮のターンオーバーを回復させる.健側眼の輪部組織を用いる自家角膜輪部移植と比較すると,ドナーとなる採取組織が極めて少ないことが優位である.
ネピックの原料組織は,患者の正常な角膜輪部から採皮した2 mm×3 mm程度の組織である.輪部組織から酵素処理によって単離した細胞を,増殖因子やウシ胎児血清を含む培地中で,ジェイスと同じ3T3-J2細胞のfeeder layerを用いて培養すると,幹細胞を含む角膜上皮細胞が増殖する7,8).必要な細胞数が得られるまで継代培養を繰り返した後,キャリアとなるリング状培養ディスクを敷いた温度応答性培養皿に角膜上皮細胞を播種し,コンフルエントに達するまで培養する.上皮系細胞の特性から,血清含有培地で培養すると細胞間に強固なdesmosome結合が発達した細胞シートが形成されるが,ジェイスと異なり製造工程では細胞シートの剥離は行わない.温度応答性培養皿で培養した状態で洗浄操作を行い,専用の保存液とともに無菌的にパッケージされる.製品1枚はリング状培養ディスク内径18 mm,有効面積2.5 cm2であり,成人の角膜径の12 mmを十分にカバーできる.通常,細胞凍結工程を挟んで2~3週間の培養を行い,移植日に合わせて出荷される.ネピックの貯蔵温度は20~28°C,有効期間は60時間であり,専用の断熱輸送容器に梱包して輸送される.
ネピックの適応対象は,角膜が傷害等で結膜瘢痕化した角膜上皮幹細胞疲弊症の角膜再建が目的である.製造原料として,患者自身の正常な角膜輪部組織が必要であるため,主に片眼性の疾患が対象となる.また,スティーヴンス・ジョンソン症候群,眼類天疱瘡,移植片対宿主病,無虹彩症等の先天的に角膜上皮幹細胞に形成異常を来す疾患,再発翼状片,特発性の角膜上皮幹細胞疲弊症の患者は除外される.移植時は,医療機関において温度応答性培養皿からリング状培養ディスクごと細胞シートを剥離し,移植眼に静置する.細胞シートを移植部位に残してリング状培養ディスクを取り除き,必要に応じて細胞シートの周縁部を縫合した後,治療用コンタクトレンズを装着して保護する.
オキュラルは,患者自身の口腔粘膜から単離した上皮細胞を培養して製造する移植用の口腔粘膜上皮細胞シートである(図1).製品のPMOAは,細胞シートに含まれる患者由来の口腔粘膜上皮幹細胞が,結膜瘢痕化した角膜病変から瘢痕組織を除去した後の角膜実質に異所性に生着することによる上皮化である.口腔粘膜上皮細胞は表皮細胞のような角化分化はせず,角膜実質に生着すると角膜上皮細胞に類似したphenotypeを獲得するため9),増殖を繰り返すことによって角膜上皮のターンオーバーが再現される.アイバンクの角膜を用いる同種角膜輪部移植と比較すると,免疫抑制剤が不要であることが優位である.
オキュラルの原料組織は,患者の口腔から採皮した10 mm×5 mm程度の粘膜組織である.製造法はネピックと概ね同じであり,温度応答性培養皿に口腔粘膜上皮細胞シートが形成される9,10).製品1枚はリング状培養ディスク内径22 mm,有効面積3.8 cm2とネピックより大きく,成人の角膜径の12 mmを十二分にカバーできる.貯蔵温度と有効期間はネピックと同じである.
オキュラルの適応対象は,ネピックと同様に角膜が損傷して結膜瘢痕化した角膜上皮幹細胞疲弊症の角膜再建が目的である.健側眼の角膜輪部組織が必要なネピックと比較すると,両眼性の疾患に対しても治療法を提供できることが優位である.また,ネピックのような患者の除外基準がないため対象患者は多い.しかし,異所性の上皮細胞移植であるため,血管をともなう結膜が侵入する傾向があることが報告されている11).移植法はネピックと同じである.
ジャスミンは,患者自身の皮膚から単離した細胞を培養して製造する移植用のメラノサイトを含む表皮細胞シートである(図1).ジェイスの培養過程でもメラノサイトの混入が観察されるが,表皮幹細胞を維持するように培養するとメラノサイト量が少なくなる.それに対し,ジャスミンはメラノサイトの増殖に適した培養条件に調整した製品である12,13).製品のPMOAは,細胞シートに含まれる患者由来のメラノサイトが,脱色素病変の表皮を剥削した後の真皮に生着することによる色素再生である.移植されたメラノサイトが表皮基底層に生着し,メラニン顆粒の供給系が回復する.白斑に対するサクションブリスター法やミニグラフトなどの自家植皮と比較すると,広範囲の面積を均一に色素再生できることが優位である.
ジャスミンの原料組織は,患者の非病変部から採皮した1 cm2程度の全層皮膚である.製造法はジェイスと概ね同じであるが,メラノサイトの増殖速度が遅いため4週間以上の培養期間が必要である.製品1枚の有効面積,キャリアガーゼを用いた製品パッケージ,貯蔵温度などはジェイスと同じであるが,有効期間は60時間と少し長い.
ジャスミンの適応対象は,非外科的治療が無効又は適応とならない白斑である.薬物療法や光線療法に抵抗性の病変として,12ヵ月程度症状が固定した尋常性白斑,Vogt-小柳-原田病若しくは化学物質による完全脱色素斑,又はまだら症などの先天性異常による完全脱色素斑に対して使用することができる.移植法はジェイスと同じであるが,移植部位の表皮をCO2レーザー等を用いて予め薄く剥削する必要がある.
他人の細胞(同種細胞)を用いて製造する同種培養表皮は,熱傷創や採皮創,瘢痕に対する有効性が報告されていることから14),次世代製品として開発を進めている.他人の細胞を移植しても免疫拒絶されるために生着することはない.同種細胞表皮のPMOAは細胞シートの物理的被覆と生理活性物質による創傷治癒促進効果である.有効性を発揮するために必ずしも生細胞を含む必要がないことから,使用時に加水して適用する乾燥製品とした15).そのため薬機法では医療機器に分類されるが,ジェイスのように培養期間を待つことなく,受傷直後から使用できることが優位である.
同種培養表皮の原料組織は,多指症や副耳を外科的切除した余剰廃棄皮膚である.ジェイスと同じ培養法で作製した細胞シートを完全に乾燥させた製品であり,室温で数年間保存できる.機械化による大量生産を行うことにより,比較的安価な製品を目指している.すでに京都大学の倫理委員会の承認を得て産業利用可能なヒト表皮細胞のセルバンクを構築し16),続いてFeasibility試験となる臨床研究も実施した17).
われわれが開発した5品目の再生医療等製品には,全例を対象とした使用成績調査が義務付けられている.ジェイスの重症熱傷の適応,ジャックの軟骨欠損の適応については,すでに市販後7年間の使用成績調査を報告して再審査が完了している.ジェイスの巨大色素性母斑と表皮水疱症,ネピックとオキュラルの角膜上皮幹細胞疲弊症に関しては,希少疾病用再生医療等製品に指定されて開発したために再審査期間10年,ジャスミンは再審査期間8年の使用成績調査を実施中である.
これまで述べたように,わが国が推進する再生医療の産業化はジェイスとジャックの開発から始まった.その製品化に関する経験が,国内の製品開発や審査基準のベンチマークとなり,再生医療等製品を開発するための技術的ガイダンスが2016年に公開されたのである18).技術的ガイダンスには,品質の考え方や実施すべき試験,遵守すべき法令等,製品化の手順が整理されており,再生医療の産業化を後押ししている.現在20品目しかない再生医療等製品が,今後,爆発的に増えることを期待したい.
井家 益和(株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング).