日本薬理学雑誌
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新薬紹介総説
新規アルツハイマー病治療薬レカネマブ(レケンビ®点滴静注200 ‍mg,500 ‍mg)の作用機序と臨床試験成績
新留 徹広石川 幸雄小川 智雄中川 雅喜中村 陽介
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2024 年 159 巻 3 号 p. 173-181

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要約

レカネマブは,早期アルツハイマー病(アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度認知症)を対象に開発されたヒト化抗ヒト可溶性アミロイドβ凝集体モノクローナル抗体である.レカネマブは,アルツハイマー病(AD)病理のアミロイドβ(Aβ)のうち,神経毒性の高いAβプロトフィブリルに選択的に結合し,脳内のAβプロトフィブリルおよびアミロイド斑(Aβプラーク)を減少させると考えられる.レカネマブは,早期ADを対象とした国際共同第Ⅱ相プラセボ対照比較試験(201試験)及び国際共同第Ⅲ相プラセボ対照比較試験(301試験)によって有効性,安全性が確認検討された.両試験ともに日本人被験者も組み入れられた.レカネマブは,米国では2023年1月の迅速承認を経て,同年7月に正式に承認された.本邦においては,2023年9月に「アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制」の効能又は効果で製造販売承認され,同年12月に薬価収載された.

Abstract

Lecanemab is a humanized monoclonal antibody directed against human soluble amyloid-β aggregates. It was developed for the treatment of early Alzheimer’s disease (mild cognitive impairment or mild dementia stage of Alzheimer’s disease). Among the amyloid-β (Aβ) involved in Alzheimer’s disease, Lecanemab selectively binds to the highly neurotoxic Aβ protofibrils, and is thought to reduce Aβ protofibrils and amyloid plaques (Aβ plaques) in the brain. The efficacy and safety of Lecanemab in early Alzheimer’s disease were investigated in an international Phase II placebo-controlled study (Study 201) and an international Phase III placebo-controlled study (Study 301). Both studies included Japanese subjects. Lecanemab was given accelerated approval in the United States in January 2023, followed by traditional approval in July 2023. In Japan, it was approved for “control of the progression of mild cognitive impairment or mild dementia stage of Alzheimer’s disease” in September 2023, and was added to the NHI drug price list in December 2023.

1.  はじめに

認知症の最も一般的な原因疾患であるアルツハイマー病(AD)は,進行性の神経変性疾患であり,脳神経細胞が死滅,脱落し,脳が委縮して起こる疾患である.病気のステージは,客観的な認知障害が認められないプレクリニカルAD,認知症の前段階である軽度認知障害(MCI due to AD),軽度AD,中等度AD,高度ADに大別できる.症状については,記憶障害,見当識障害といった認知機能障害やBPSD(行動・心理症状)がみられる.家族性ADも存在し,AD全体の1%以下とされている.世界全体での認知症患者は2019年時点で約5,500万人であり,2050年までに1億3,900万人に増加すると推定されている1).国内では,2012年時点の認知症患者総数が約462万人,MCI患者数が約400万人であり,65歳以上高齢者の約25%が認知症又はその予備群であると推計されている2).高齢化の進展に伴い,この数はさらに増加し,2025年には国内で700万人以上が認知症となり,その2/3以上がADであると推計されている3)

ADは,ドイツのアロイス・アルツハイマー博士によって1906年に初めて報告された.1970年代後半には,AD剖検脳においてアセチルコリン合成酵素の活性が低下していることが明らかになり,さらに大脳皮質でのアセチルコリン合成酵素の活性と認知機能スコアが相関していることが報告された4,5).これらの知見より,アセチルコリン作動性神経系の障害がADの主要な病態の一つとするコリン仮説が提唱された.また,ADではグルタミン酸神経系の過剰な活性化が起こり,神経細胞が障害されるというグルタミン酸仮説も提唱された.これらの仮説に基づきAD治療薬が開発されたが,1995年から2011年にかけて承認されたAD治療薬はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬が3品目(ドネペジル,ガランタミン,リバスチグミン),NMDA受容体拮抗薬が1品目(メマンチン)のみであり,1995年から2011年にかけての薬剤開発の成功確率は0.5%以下にとどまっていた.エーザイが開発したドネペジルは実質世界で最初のAD治療薬として1996年に米国で承認された.上記4品目はAD治療薬として長年使用されてきたが,症状改善薬であり,その効果は可逆的でかつ疾患進行に伴っ‍て減弱するものであった.ADの病態解明に伴い,2018年に米国国立加齢研究所(National Institute on Aging)とア‍ルツハイマー病協会(Alzheimer’s Association)はATNシステムと呼ばれるバイオマーカーに基づく新しい診断法を提唱した.ADを連続的なものとしてとらえ,バイオマーカーはアミロイドβ(Aβ)(A),タウ(T),神経変性(N)に分類された6).ATN分類は,ADの症状は考慮に入れず,病理の進行段階を評価するシステムであり,A-T-N-(す‍べ‍てのバイオマーカーが正常),A+T-N-(Aβのみ陽性)などと表現される.臨床診断されたアルツハイマー型認知症の約30%は,suspected non-Alzheimer’s disease pathophysiology(SNAP)と呼ばれるADではない疾患(A‍-T+N±,A-T-N+)であり,ATN分類によりSNAPを除くことができる.また,ADの疾患過程が臨床症状発現前から始まるとの理解が進み,認知症発症前のステージ(プレクリニカル及び軽度認知障害),軽度,中等度および高度の認知症ステージまでを含む診断フレームワークが提唱された7).現在,これらの指標に注目して新しいAD治療薬の開発も進められている.

レカネマブは,コリン仮説,グルタミン酸仮説に加えて提唱されたAβ仮説に基づいて開発された.これは,何らかの原因でAβが脳の神経細胞外に蓄積してAβプラークを形成すると,タウタンパク質は過剰なリン酸化に伴い凝集して神経原線維変化を起こし,次にAβ蓄積の過程で生じるオリゴマーや神経原線維変化が神経細胞の機能障害を誘発してADに至るという仮説である8).Aβの凝集過程では,オリゴマーやプロトフィブリルといった可溶性のAβ凝集体や不溶性フィブリルなどの不溶性フィブリルなどの多様なAβ種が形成され,不溶性フィブリルはさらに集合してAβプラークを形成する9).2001年にランフェルトらがスウェーデンのAD家系からArctic mutationを報告した10).その病理像では従来のAβプラークではなく,輪郭線のないAβプラークが観察された.輪郭線のないAβプラークの正体は,アミロイドが線維状になる前のプロトフィブリルであった.2003年にランフェルトらはこのプロトフィブリルが最も毒性が強いと考え,プロトフィブリルを標的とした治療薬開発を目指すバイオアークティック社を立ち上げ,ヒト化抗ヒト可溶性アミロイドβ凝集体モノクローナル抗体であるレカネマブを創製した.2007年にエーザイはレカネマブについてバイオアークティック社とのライセンス契約により,全世界におけるADを対象とした研究・開発・製造・販売に関する権利を取得し,さらに2014年にバイオジェン社とAD治療薬の共同開発・共同販売に関する提携を行った.2023年にヒト化抗ヒト可溶性アミロイドβ凝集体モノクローナル抗体であるレカネマブは,米国及び日本においてAD病理を標的とする世界初かつ唯一の治療薬として正式承認された.本稿では,まずレカネマブの非臨床での抗Aβ効果について,次に臨床試験データについて紹介し,ADに対するレカネマブの作用機序及び臨床試験成績について解説する.

2.  非臨床試験におけるレカネマブの作用機序の検討

1) 種々Aβへの結合性比較

競合ELISAにより,レカネマブのAβプロトフィブリル及びモノマーへの結合親和性を測定した.レカネマブ(30 ‍ng/mL‍=‍0.20 ‍nmol/L)をAβ(1-42)プロトフィブリル(0.0152~300 ‍nmol/L)又はAβ(1-40)モノマー(1.52~30,000 ‍nmol/L)と室温で1時間インキュベート後,溶液を一部取りAβ(1-42)をコーティングした96ウェルプレートへ移した.プレートを室温で1時間インキュベート後に洗浄し,プレート上のAβ(1-42)に結合した遊離レカネマ‍ブをペルオキシダーゼ結合抗ヒトIgG抗体とTMB基質‍で検出した.競合ELISAによるAβ(1-42)プロトフィブリル及びAβ(1-40)モ‍ノマーへの結合性の結果を図1Aに示‍す.Aβ(1-42)プロトフィブリル及びAβ(1-40)モ‍ノマーのレカネマブへの結合親和性のIC50値は,それぞれ3.6 ‍nmol/L(95%信頼区間:2.7~4.8 ‍nmol/L)及び27,000 ‍nmol/L(95%信頼区間:13,000~57,000 ‍nmol/L)となった.レカネマブのAβ(1-40)モノマーへの結合性は,Aβ(1-42)プロトフィブリルへの結合性より7,500倍‍弱かった.また,競合ELISAによりレカネマブの小Aβ(1-42)プロトフィブリル(推定サイズ75~400 ‍kDa),架橋Aβ(1-42)プロトフィブリル及び架橋Aβ(1-42)オリゴマー(2‍~3量体,6~8量体及び8~12量体)への結合性を調べた結果,オリゴマーへのレカネマブの結合性はオリゴマーサイズの増加とともに増加した(2‍~3量体,6‍~8量体及び8~12量体オリゴマーのIC50値はそれぞれ‍>‍437,‍>‍40.9及び6.09 ‍nmol/L).最小のオリゴマー(2‍~3量体)へのレカネマブの結合性はプロトフィブリルと比較して弱かったが(小プロトフィブリル及び架橋プロトフィブリルのIC50値は,それぞれ0.56及び1.04 ‍nmol/L),モノマーへの結合性に比較すると強かった10).以上より,レカネマブは他のAβ種よりAβプロトフィブリルに対して高い特異性及び結合性を示すことが確認された.また,レカネマブのマウスサロゲート抗体であるmAb158もレカネマブと同様にAβモノマーよりAβプロトフィブリルに対して高い結合性を示した11)

図1 Aβプロトフィブリルに対するレカネマブの結合

(A)競合ELISA によるAβ(1-40)モノマー及びAβ(1-42)プロトフィブリルに対するレカネマブの結合性測定(社内資料:種々アミロイドβへの結合性比較 [LEQ-0017]より転載).(B)ラット海馬神経細胞の樹状突起スパインへのAβプロトフィブリル結合に対するレカネマブの阻害作用(文献13より転載).BAN2401:レカネマブ,IgG:免疫グロブリンG.

2) ラット海馬神経細胞へのAβプロトフィブリルの結合阻害

AD患者の脳におけるAβ蓄積はADの発症及び進行に関連することが知られている.Aβの毒性は,Aβオリゴマー‍/プロトフィブリルによると考えられており,神経細胞の樹‍状‍突起スパインのようなシナプス後膜部分へ結合してシ‍ナプス障害を誘発することが示唆されている10,12).ラット胎仔(系統Wistar,胎生18日)の海馬から調製した初‍代‍培養神経細胞へのAβプロトフィブリルの結合を,レカネマブが阻害することを確認した.ラット海馬初代培養神経細胞とレカネマブ(0.003~100 ‍μg/mL‍=‍0.020~680 ‍nmol/L)を37°Cの5%CO2雰囲気下で15分間インキュベート後,Aβ(1-42)プロトフィブリル(Aβモノマー換算で92 ‍nmol/L)を加えて更に30分間インキュベートした.コントロール抗体として,ヒトIgGを用いた.Aβ及びPSD-95(樹状突起スパインのマーカー)は,それぞれ,一‍次抗体として抗ヒトAβウサギ抗体及び抗PSD-95マウスモノクローナル抗体,二次抗体として蛍光色素結合抗ウ‍サギIgG抗体及び抗マウスIgG抗体を用いて視覚化し‍た.PSD-95陽性領域におけるAβ陽性領域の比率を計算した.その結果,レカネマブは培養神経細胞の樹状突起ス‍パインへのAβプロトフィブリルの結合を濃度依存的に阻害し,10 ‍μg/mLで完全に阻害した.IC50値は1.2 ‍μg/mL(8.2 ‍nmol/L;95%信頼区間:0.34~4.4 ‍μg/mL‍=‍2.3~30 ‍nmol/L;図1B)となった.なお,ヒトIgGは樹状突起スパインへのAβプロトフィブリルの結合を阻害しなかった.以上より,レカネマブはAβプロトフィブリルによって引き起こされるシナプス障害を抑制する可能性が示唆された.また,レカネマブのマウスサロゲート抗体であるmAb158もレカネマブと同様の結果を示した13)

3) ミクログリアによるAβ除去に対する効果

レカネマブがFc受容体を介したミクログリアによるAβ‍除去を促進するという可能性を確認するため,AD患者‍のミクログリア細胞を用いてAβプロトフィブリルの取り込みを測定した.Aβプロトフィブリル(1 ‍ng/mL‍=0.224 ‍nmol/L)を等モルのレカネマブの存在下又は非存在下,室温で15分間置いた.AD患者のミクログリアをFc受容体阻害薬の存在下又は非存在下,30分間培養した.こ‍れらを混合し,さらに12時間培養後に細胞を可溶化して細胞内のAβをELISAで定量した.その結果,内在性のAβ量はほとんど影響のないレベルであった.ミクログリアにAβプロトフィブリルを加えるとAβが取り込まれたが,‍その取り込みはFc受容体阻害薬で阻害されなかった.レカネマブ存在下では,さらにAβの取り込みが増加し,その取り込みはFc受容体阻害薬でほとんど阻害された(図‍214)

図2 AD患者脳由来ミクログリア細胞によるAβプロトフィブリル取り込みに対するレカネマブの効果

PF:Aβプロトフィブリル,BAN2401:レカネマブ,Fc Block:Fc受容体阻害薬.(文献14より転載)

4) APPNL-G-Fマウスにおける脳内Aβに対する効果

APPNL-G-Fノックインマウス(APPNL-G-Fマウス)を用いてレカネマブのマウスサロゲート抗体であるmAb158の評価を行った.APPノックインマウスはAPP過剰発現によるアーティファクトの影響を除くことができる第2世代のADマウスモデルとして開発されてきた15).APPNL-G-Fマウスでは,内在性マウスAppにSwedish(K670N/M671L),Arctic(E693G)及びIberian(I716F)の3重変異並びにAβ配列のヒト化が導入されている.APPNL-G-Fマウスは,生後6ヵ月以前からAβプラークを形成する15,16).APPNL-G-Fマウスにおける脳内Aβプロトフィブリル,Aβ(1-42)及びAβプラークに対するmAb158の効果を検討した.APPNL-G-Fマウス(雄,26~27週齢[6ヵ月齢],8~10例/群)に,mAb158(10及び30 ‍mg/kg/週)を16週間腹腔内投与した.コントロール群はPhosphate-buffered saline(PBS)を投与した.最終投与から7日後に脳を摘出した.無処置群の脳サンプルは,6ヵ月齢時に摘出した.右半脳を使用してAβプロトフィブリル及びAβ(1-42)量をELISAで測定した.左半脳はパラフィン包埋して切片を作製し,抗ヒトAβ N末端モノクローナル抗体(クローン:82E1)を用いてAβ陽性プラークを染色した.嗅球及び脳室を除く全脳におけるAβプラークの面積(%)を画像解析により定量した.脳内のAβプロトフィブリル,可溶性Aβ(1-42)及び不溶性Aβ(1-42)量を,それぞれ図3A,B及びCに示す.脳切片におけるAβプラークに対するmAb158の効果を図3Dに示す.mAb158の10 ‍mg/kg及び30 ‍mg/kgの16週間投与により,媒体コントロール群と比べて,Aβプロトフィブリル量は,それぞれ51%及び50%減少した.可溶性Aβ(1-42)量は,それぞれ72%及び74%減少した.不溶性Aβ(1-42)量は,それぞれ67%及び57%減少した.Aβプラークの面積は,それぞれ83%及び76%減少した17)

図3 APPNL-G-Fマウスの脳内Aβプロトフィブリル量,可溶性及び不溶性Aβ(1-42)量,並びにAβプラーク面積に対するmAb158の効果

(A)Aβプロトフィブリル量,(B)可溶性Aβ(1-42)量,(C)不溶性Aβ(1-42)量,(D):Aβプラーク面積(脳スライス全体に対する百分率).NT:6ヵ月齢における無処置サンプル,(10):10 ‍mg/kg,(30):30 ‍mg/kg.****P‍<‍0.0001(Vehicle群に対するDunnett型多重比較検定).(文献17より転載)

以上の結果より,レカネマブはシナプス障害を惹き起こすと考えられるAβプロトフィブリルを中和し,Fc受容体を介したミクログリアによる食作用にて脳内Aβプロトフィブリル,さらにはAβプラークを除去する可能性がある.これら2つの効果により,レカネマブはAD脳に既に存在するAβ蓄積を減少させるとともに,Aβプロトフィブリルによる神経細胞障害を抑制することができると考えられる(図418)

図4 レカネマブの作用機序

(監修:金沢大学 医薬保健研究域 医学系 脳神経内科学 教授 小野 賢二郎 先生,文献18より転載)

3.  レカネマブの臨床試験

1) 第Ⅰ相試験

101試験は,軽度から中等度のAD患者を対象とした単回投与6コホート,反復投与4コホートからなる試験である.各コホートでは,レカネマブ群に6例,プラセボ群に2例が割り付けられた.単回投与6コホートでは,36例に0.1,0.3,1,3,10又は15 ‍mg/kgを単回投与した.反復投与の最初の3コホートでは,18例に0.3,1又は3 ‍mg/kgを4週に1回,4回反復投与した.反復投与の最終コホートでは,6例に10 ‍mg/kgを2週に1回,7回反復投与した.その結果,0.3~15 ‍mg/kgのレカネマブの単回投与ではCmax及びAUC(0-24 ‍h)の平均値は,レカネマブの用量増加に伴い概ね比例して上昇し,1次消失の排泄動態を示した.なお,3,10,及び15 ‍mg/kg投与時のt1/2の平均値は,それぞれ83.5時間(3.5日),165時間(6.9日),174時間(7.3日)であった.

また,10 ‍mg/kgを隔週で反復投与した場合,最終投与14日後の,CSF:血清比は0.29%であった19)

2) 第Ⅱ相試験

201試験は北米,欧州,アジアの149施設で,脳内アミロイド蓄積が確認された早期AD被験者856例(日本人34例)を対象とした,国際共同,プラセボ対照,二重盲検,並行群間比較臨床第Ⅱ相試験である.被験者をプラセボ投与群又は用法・用量の異なる5つの実薬投与群(レカネマブを2.5 ‍mg/kg隔週,5 ‍mg/kg月1回,5 ‍mg/kg隔週,10 ‍mg/kg月1回,又は10 ‍mg/kg隔週投与)に無作為に割り付け,治験薬を18ヵ月間投与した.本試験では,中間解析の結果によってより治療効果が高いと判定された投与‍群への割付比率を自動的に高めるベイジアン アダプディ‍ブ ランダム化デザインを用いた.中間解析では,試験の早期段階において10 ‍mg/kg月1回および10 ‍mg/kg隔週の高用量投与2群において治療効果が高いと判定され,両群への割付が多い結果となった.なお,本試験の主要評価項目である12ヵ月時点のAlzheimer’s Disease Composite Score(ADCOMS)20)のベイジアン解析において,早期成功基準をベースラインからの悪化をプラセボと比較して臨床的に意味のある差として25%以上抑制する推定確率が80%以上と規定していたが,その確率は64%であった.なお,レカネマブ投与群10 ‍mg/kg隔週投与がプラセボ投与群の悪化を抑制する推定確率は98%であった.

ADの病態生理バイオマーカーとして,アミロイドポジトロン断層法(PET)によるベースライン(投与前)から18ヵ月までの脳内アミロイド蓄積量の変化などを評価し,‍臨床エンドポイントについては,早期ADの変化を感度良く検出することを目的として当社が開発した指標であるADCOMS,認知機能の評価指標であるAlzheimer’s Disease Assessment Scale-cognitive subscale with 14 tasks(ADAS-Cog14)21),全般臨床症状の評価指標であるClinical Dementia Rating Sum of Boxes(CDR-SB)22)を用いてベースラインからの18ヵ月までの認知機能及び日常生活機能を含む臨床症状の変化を評価した.アミロイドPET測定による脳内アミロイド蓄積量については,レカネマブは用量依存的かつすべての投与量群で統計学的に有意な減少を示した.Centiloid法で標準化されたPET測定値の解析では10 ‍mg/kg隔週群における脳内アミロイド蓄積量は,ベースラインで平均78.02,18ヵ月時点で平均5.46であった.また,アミロイドPET視覚読影によるアミロイド陽性からの陰性化率は,レカネマブ10 ‍mg/kg隔週群の18ヵ月時点において81%であった.18ヵ月時点における臨床エンドポイント解析の結果,ADCOMSのベースラインからの用量依存的な悪化抑制が確認された.10 ‍mg/kg隔週群では,投与後18ヵ月時点において,プラセボ群に比較して統計学的に有意な症状の悪化抑制を示した(30%抑制,P‍=‍0.034).レカネマブによる用量依存的な進行抑制は,ADAS-cogにおいても確認され,10 ‍mg/kg隔週群では,投与後18ヵ月時点においてプラセボ群に比較して有意な症状の悪化抑制を示した(47%抑制,P‍=‍0.017).CDR-SBにおいても,レカネマブによる用量依存的な悪化抑制が示され,投与後18ヵ月時点における10 ‍mg/kg隔週のプラセボ群に対する症状の進行抑制は26%であった.有害事象の発現率は,プラセボ群で26.5%,10 ‍mg/kg月1回群で53.4%,同10 ‍mg/kg隔週群で47.2%であった.最も発現頻度の高い有害事象は,アミロイド関連画像異常(ARIA)及び注入に伴う反応であった.なお,ARIA-E(浮腫/浸出)の発現率は10 ‍mg/kg隔週群で9.9%であり,すべての投与量群において10%以下であった.なお,ApoE4キャリア集団でのARIA-E発現率は10 ‍mg/kg隔週群で14.3%であった.重篤な有害事象の発現率は,プラセボ群で17.6%,レカネマブ10 ‍mg/kg月1回群で12.3%,同10 ‍mg/kg隔週群で15.5%であった23)

3) 第Ⅲ相試験

●Clarity AD試験デザイン

本試験は,北米,欧州,アジアの235施設で早期AD被験者1,795例(日本人152例)を対象とした,国際共同,プラセボ対照,二重盲検,並行群間比較臨床第Ⅲ相検証試験である.被験者は,レカネマブ投与群(10 ‍mg/kg隔週 静脈投与)またはプラセボ投与群に1:1で無作為に割り付けられ,治験薬が18ヵ月間投与された(レカネマブ投与群:898例,プラセボ投与群:897例).なお,無作為化は疾患ステージ(ADによるMCIまたは軽度AD),AD症状改善薬併用の有無(例:アセチルコリンエステラーゼ阻害薬,メマンチンまたはその両方),ApoE4ステータス,および地域を因子として層別割付けされた.主要評価項目は,全般臨床症状の評価指標であるCDR-SBの18ヵ月時点におけるベースラインからの変化とし,重要な副次評価項目として,アミロイドPET[センチロイド法]で測定する脳内アミロイド蓄積,ADAS-Cog14,ADCOMSおよびADCS MCI-ADL(Alzheimer’s Disease Cooperative Study-Activities of Daily Living Scale for Mild Cognitive Impairment)24)の投与18ヵ月時点でのベースラインからの変化を設定した.また,任意のサブスタディにおいて,タウPETで測定する脳内タウ病理(n‍=‍257),CSFバイオマーカー(n‍=‍281)を評価した(図525)

図5 臨床第Ⅲ相Clarity AD試験デザイン(文献25より転載)

●Clarity AD試験の有効性評価結果

主要評価項目である投与18ヵ月時点のCDR-SBスコアのベースラインからの変化量(調整済み平均)について,レカネマブ投与群,プラセボ投与群はそれぞれ1.21,1.66であり,その変化量の差は-0.45([95%信頼区間(CI):-0.67,-0.23];P‍=‍0.00005)となり統計学的に高度に有意な結果が認められ,レカネマブ投与群はプラセボ投与群‍と比較して27%の全般臨床症状の悪化抑制を示した.投‍与6ヵ月時点から3ヵ月毎のすべての評価時点においてプラセボ投与群と比較して統計学的に有意な悪化抑制が示され,投与群間差の絶対値は経時的に拡大を示した(全評価ポイントでP‍<‍0.01)(図6A).また,すべての重要な副次評価項目において,レカネマブ投与群はプラセボ投与群と比較して統計学的に高度に有意な結果(P‍<‍0.001)を示した.アミロイドPET評価では,レカネマブ投与後3ヵ月からすべての評価時点で,統計学的に有意な脳内アミロイド蓄積の減少がみられた(図6B).投与18ヵ月時点のレ‍カネマブ投与群における脳内アミロイド蓄積量(センチロイド)の変化量(調整済み平均)は-55.5,プラセボ投与‍群で3.6(平均差:-59.1[95%CI:-62.6,-55.6];P‍<‍0.00001)であった19,20).投与18ヵ月時点でのADAS-Cog14評価では26%の認知機能の悪化抑制(平均差:-‍1.44[95%CI:-2.27,-0.61];P‍=‍0.00065)(図7A),ADCS MCI-ADLでは37%の日常生活機能の悪化抑制(平均‍差:2.016[95%CI:1.208,2.823];P‍<‍0.00001)を示した(図7B).また,ADCOMSでは24%の全般臨床症状の悪化抑制(平均差:-0.050[95%CI:-0.074,-0.027];P‍=‍0.00002)を示した.さらに,主要な層別解析では,疾患ステージ(ADによるMCIまたは軽度AD),ApoE4ステータス(非保持者,保持者),AD症状改善薬併用の有無,および地域(北米,アジア,欧州)のいずれのサブグループにおいても,レカネマブ投与18ヵ月時点のCDR-SB,ADAS-Cog14,ADCS MCI-ADLについて一貫した悪化抑制が認められた25,26)

図6 認知機能及び日常生活機能の全般評価(CDR-SB)と脳内Aβ蓄積量(アミロイドPET)の変化

(A)CDR-SB(主要評価項目).(B)アミロイドPET(重要な副次評価項目).(文献25より転載)

図7 認知機能の評価(ADAS-Cog14)と日常生活機能の評価(ADCS MCI-ADL)の変化

(A)ADAS-Cog14(重要な副次評価項目).(B)ADCS MCI-ADL(重要な副次評価項目).(文献25より転載)

●Clarity AD試験の画像,血漿,CSFバイオマーカー評価結果

レカネマブ投与によるアミロイド,タウ,神経変性に関する画像,血漿,CSFを用いたバイオマーカー評価を行った.アミロイド関連のバイオマーカーでは,レカネマブ投与により,CSFおよび血漿中Aβ42/40比において早期より‍持続したアミロイド除去効果が示された(図8A,B).アミロイドPET評価では,レカネマブ投与18ヵ月時点の脳内アミロイドレベルの平均値が22.99センチロイドとなり,アミロイド陽性の閾値30センチロイドを下回った.タウ関連のバイオマーカーでは,アミロイドの除去が進むと,AD病理のパスウェイのアミロイドの下流にあたるCSFおよび血漿中リン酸化タウ(p-tau181)においても改善することが示された(図8C,D).タウPET評価では,レカネマブ投与によりプラセボ群と比較して,側頭葉領域でのタウ病理の蓄積が抑制されることも確認された.神経変性に関するバイオマーカーについては,CSF中総タウタンパク質(t-tau)はレカネマブ投与で改善した.CSFおよび血漿中のニューロフィラメント軽鎖についてはレカネマブ投与とプラセボ投与による顕著な差は確認されなかったが,アストロサイトの活性化マーカーである血漿中GFAP(glial fibrillary acidic protein)とシナプス機能不全のマーカーであるCSF中ニューログラニンはレカネマブ投与により正常な方向へと改善された25)

図8 脳アミロイド病理と脳タウ病理に関連するバイオマーカーの変化

(A)CSF Aβ42/40比.(B)血漿 Aβ42/40比.(C)CSF P-Tau181.(D):血漿 P-Tau181.(文献25より転載)

●Clarity AD試験の安全性評価結果

レカネマブ投与群で発現頻度の高かった有害事象(10%以上)は,注入に伴う反応(レカネマブ:26.4%,プラセボ:7.4%),ARIA-H(脳微小出血,脳表ヘモジデリン沈着,脳出血)(レカネマブ:17.3%,プラセボ:9.0%),ARIA-E(レカネマブ:12.6%,プラセボ:1.7%)(表1),頭痛(レカネマブ:11.1%,プラセボ:8.1%)および転倒(レカネマブ:10.4%,プラセボ:9.6%)であった.注入に伴う反応は大部分が軽度から中等度(グレード1~2:96%)であり,その多くは初回投与時に発現した(75%)26,27).本試験の18ヵ月の二重盲検試験期間中における死亡例はレカネマブ投与群で0.8%,プラセボ投与群で0.9%であったが,レカネマブやARIA発現に関連する死亡例はなかった.重篤な有害事象の発現率は,レカネマブ投与群で14.0%,プラセボ投与群で11.3%であった.治験薬投与後に発現した有害事象(TEAEs)は,レカネマブ投与群で88.9%,プラセボ投与群で81.9%であった.投薬中止に至ったTEAEsは,レカネマブ投与群で7.1%,プラセボ投与群で3.1%であった(表1).レカネマブのARIA発現プロファイルは,臨床第Ⅱ相試験(201試験)結果を踏まえ,総じて想定内だった.ARIA-Eは,画像診断では大部分が軽度から中等度(ARIA-E発現者の91%)であり,無症状(同78%)であった.その多くは治療開始後3ヵ月以内に発現(同71%)し,発現後4ヵ月以内に消失(同81%)した26,27).症候性のARIA-Eの発現率は,レカネマブ投与群で2.8%であり,最も一般的な症状として頭痛,視覚障害,錯乱が報告された.症候性ARIA-Hの発現率は,レカネマブ投与群で0.7%,プラセボ投与群で0.2%だった.ARIA-H単独(ARIA-Eを発現していない被験者でのARIA-H)は,レカネマブ投与群(8.9%),プラセボ投与群(7.8%)であり,群間に大きな差はみられなかった26).ARIA-EおよびARIA-Hは,ApoE4キャリアでApoE4ノンキャリアより発現頻度が高く,またApoE4ホモ接合型キャリアではApoE4ヘテロ接合型キャリアよりも高い頻度で観察された27)

表1 Clarity AD Coreにおける有害事象の概要(文献27より転載)

n(%) プラセボ群
(n‍=‍897)
レカネマブ群
(n‍=‍898)
治験薬投与後に発現した有害事象(TEAE) 735(81.9) 798(88.9)
 ARIAまたは注入に伴う反応に関連しないTEAE 719(80.2) 746(83.1)
 投与中止に至ったTEAE 28(3.1) 64(7.1)
  AESIを除く投与中止に至ったTEAE 26(2.9) 29(3.2)
重篤な有害事象(SAE) 101(11.3) 126(14.0)
 死亡 8(0.9) 7(0.8)
 ARIA-Eに関連するSAE 0(0) 7(0.8)
 ARIA-Hに関連するSAE 1(0.1) 5(0.6)
 注入に伴う反応に関連するSAE 0(0) 11(1.2)
 ARIAまたは注入に伴う反応に関連しないSAE 101(11.3) 111(12.4)
注目すべき有害事象(AESI) 156(17.4) 379(42.2)
 注入に伴う反応 66(7.4) 237(26.4)
 ARIA-E 15(1.7) 113(12.6)
 ARIA-H(pooled PTs) 81(9.0) 155(17.3)
  ARIA-H単独(pooled PTs) 70(7.8) 80(8.9)

●Clarity AD試験結果の臨床的意義

レカネマブ投与によりCDRの重症度評価でより後期の疾患ステージへの進行リスクを31%低減した(Hazard Ratio:0.69,95%信頼区間:0.572~0.833)(図9A).CDR-SBの経時変化率を線形混合モデルにより解析した結果,レカネマブ10 ‍mg/kg隔週投与は,18ヵ月の期間においてプラセボに比して約5.3ヵ月分のCDR-SBの悪化を抑制する,また投与後18ヵ月にプラセボ群でみられたCDR-SBの悪化と同レベルの悪化を示すまでの期間を7.5ヵ月遅延させると推定された(図9B).201試験結果に基づくモデルシミュレーションによると,レカネマブはより軽度なADステージにある期間を2.5年~3.1年延長する可能性が示唆され,早期ステージの状態をより長く維持することが期待される28).さらに,AD被験者の健康関連QOLの維持や介護者の負担軽減(23~56%のスコア悪化抑制)も示された.これらの結果から,レカネマブによる治療が早期AD当事者とそのご家族,医療従事者,社会にとって,意義のあるベネフィットをもたらすことが期待される28)

図9 CDR-SBを指標とした臨床症状の悪化抑制効果の臨床的意義

(A)CDR Globalスコアの悪化までの期間のKaplan-Meierプロット.(B)線形混合効果モデルにより解析したCDR-SBの経時変化率.(文献28より転載)

4.  おわりに

ADは進行性の神経疾患であり,高齢化の進展とともに当事者,ご家族,ヘルスケアシステムに大きな影響を与える社会的課題となっており,疾患病理に作用する新たな治療薬が求められている.早期ADを対象とした治療のゴールは認知機能や日常生活機能,精神症状への持続的な効果や進行抑制による自立の維持,QOLの改善・維持である.レカネマブは,ADを惹起させる因子の一つであり神経毒性の高いAβプロトフィブリルに選択的に結合して脳内から除去する.大規模グローバル臨床第Ⅲ相検証試験であるClarity AD試験において,主要評価項目ならびに全ての重要な副次評価項目が統計学的に有意な結果をもって達成され,レカネマブはADによる軽度認知障害及び軽度の認知症の進行を抑制することが検証された.これらのデータをもとに米国で正式承認,日本でも承認を取得した.

レカネマブは,アミロイドPET,脳脊髄液(CSF)検査又は同等の診断法によりAβ病理を示唆する所見が確認され,ADによる軽度認知障害及び軽度の認知症と診断された患者のみに,2週間に1回,約1時間かけて点滴静注する.また,レカネマブの投与に際してはARIA等に対する十分なリスク管理が必要である.日本では現時点のレカネマブの使用に関して最適使用推進ガイドラインにて要件が定められている.

最後に,AD患者に対するレカネマブの利便性を高めるために,投与頻度を減らす維持療法,および自宅・在所での投与を可能にする皮下注製剤の検討が進められている.さらに,軽度認知障害の前の状態でアミロイド蓄積の兆候があるプレクリニカルADへの適応拡大も期待されている.実臨床における有効性と安全性のさらなるデータ集積,レカネマブ治療が医療経済に与える影響を検討したエビデンスの創出,製剤の工夫による利便性の向上等によって,治療が必要なすべての患者の元にレカネマブが届けられることを期待する.

利益相反

新留 徹広,石川 幸雄,小川 智雄,中川 雅喜,中村 陽介(エーザイ株式会社).

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