モノアミン仮説に基づく従来の抗うつ薬は即効性がなく,3割以上の患者が治療抵抗性を示す.一方,NMDA受容体阻害薬ケタミンは,治療抵抗性うつ病患者に即効性かつ持続性の抗うつ作用を示すことが明らかにされている.しかし,ケタミンには依存性や統合失調症様症状といった重大な副作用があるため,抗うつ薬としての使用には大きな制約を伴う.そのため,より安全性の高い新たな即効性抗うつ薬の開発が求められている.我々は,その候補としてドコサヘキサエン酸やエイコサペンタエン酸の活性代謝物であるレゾルビン類に注目し,これらがうつ病モデルマウスに対して抗うつ様作用を示すことを明らかにしてきた.本稿では,レゾルビン類のなかで最も低用量で抗うつ様作用を示したレゾルビンE1(RvE1)に焦点を当て,その抗うつ特性と作用メカニズムについて紹介する.まずRvE1側脳室内投与が,リポポリサッカライド誘発うつ病モデルマウスに対して抗うつ様作用を示し,この作用にケメリン受容体ChemR23活性化が関与する可能性を明らかにした.RvE1側脳室内投与は,慢性疼痛モデルマウスや三環系抗うつ薬の急性投与に抵抗性を示すプレドニゾロン反復投与誘発うつ病モデルマウスにも抗うつ様作用を示した.また,RvE1の抗うつ様作用には,内側前頭前野(mPFC)や背側海馬歯状回(DG)が関与することを見出した.さらに,RvE1経鼻投与が,ケタミンと類似のメカニズムで抗うつ様作用を示すことを明らかにした.すなわち,RvE1はmPFCおよび背側DGにおける活動依存的なBDNFおよびVEGF遊離亢進と,mPFCにおけるmechanistic target of rapamycin complex 1活性化を介して即効性かつ持続性の抗うつ様作用を示す.以上の知見から,RvE1が新しい即効性抗うつ薬のリード化合物になると期待される.
Typical monoamine-based antidepressants have significant limitations, including a time lag for therapeutic response and low efficacy (more than one-third of depressed patients fail to respond to multiple antidepressant medications and are considered treatment-resistant). Conversely, ketamine, an N-methyl-D-aspartate receptor antagonist, exhibits rapid and sustained antidepressant actions in patients with treatment-resistant depression. However, clinical use of ketamine is limited due to its serious side effects. Thus, there is a significant need to develop novel ketamine-like antidepressants with fewer side effects. We previously demonstrated that intracerebroventricular infusion of resolvins (RvD1, RvD2, RvE1, RvE2, and RvE3), specialized pro-resolving lipid mediators derived from docosahexaenoic and eicosapentaenoic acids, produce antidepressant-like effects in mouse models of depression. Among resolvins, RvE1 produces the most potent antidepressant-like effects likely via ChemR23 in several mouse models of depression. Local infusion of RvE1 into the medial prefrontal cortex (mPFC) or dorsal hippocampal dentate gyrus (DG) also produces antidepressant-like effects, suggesting that these brain regions are sites of action of RvE1. Additionally, intranasal (i.n.) administration of RvE1 produces antidepressant-like effects through mechanisms similar to ketamine: activity-dependent release of brain-derived neurotrophic factor (BDNF) and vascular endothelial growth factor (VEGF), and subsequent mechanistic target of rapamycin complex 1 (mTORC1) activation in the mPFC play a crucial role in the rapid and sustained antidepressant-like actions of i.n. RvE1. Moreover, the antidepressant-like effects of i.n. RvE1 require BDNF and VEGF release, but not mTORC1 activation, in the dorsal DG. These findings suggest that RvE1 can be a promising lead for a novel rapid-acting antidepressant.
うつ病は非常に身近な精神疾患であり,2019年におけるうつ病患者数は全世界で2億8,000万人と推計されている(世界保健機関,2021年).最近のメタ解析により,COVID-19パンデミックが原因で,2020年一年間に世界で5,320万人が新たにうつ病を発症したと報告されており1),さらなる患者数の増加が懸念される.一方で,選択的セロトニン再取り込み阻害薬などのモノアミン仮説に基づく従来の抗うつ薬には即効性がなく,3割以上の患者が治療抵抗性を示すなど,十分な治療満足度が得られていないのが現状である.2000年代の臨床研究により,NMDA受容体阻害薬ケタミンが治療抵抗性うつ病患者にも単回投与で即効性かつ持続性の抗うつ作用を示すことが見出された2).ケタミンの抗うつ作用には,内側前頭前野(mPFC)のGABA介在ニューロンに発現するNMDA受容体阻害による脱抑制,AMPA受容体を介したグルタミン酸神経伝達の亢進,これに続く電位依存性L型Ca2+チャネル(L-VDCC)活性化を介した活動依存的な脳由来神経栄養因子(BDNF)や血管内皮増殖因子(VEGF)の遊離亢進が関与する2,3).BDNF受容体tropomyosin-related kinase B(TrkB)およびVEGF受容体fetal liver kinase-1(Flk-1)活性化を介したmechanistic target of rapamycin complex 1(mTORC1)活性化により,mPFC錐体ニューロンに可塑的変化が生じることで即効性かつ持続性の抗うつ作用が発現すると考えられる2,3).また,海馬歯状回(DG)におけるBDNFおよびVEGFシグナルも,ケタミンの抗うつ作用に関与することが示唆されている2,3).しかし,ケタミンには,依存性や幻覚,妄想といった重大な副作用があるため,より安全性の高い即効性抗うつ薬や治療抵抗性うつ病治療薬の開発が求められている.著者らは,その候補としてドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)の活性代謝物であるレゾルビン類に着目した4–6).レゾルビン類は化学的に不安定で代謝されやすいことから,我々はレゾルビン類をうつ病モデルマウスの脳内に直接投与し,これらが抗うつ様作用を示すことを見出してきた4–6).しかしながら,レゾルビン類の臨床応用には,レゾルビン類を脳に効率的かつ非侵襲的に送達する手法の確立が必要である.著者らは最近,EPA由来のレゾルビンE1(RvE1)をうつ病モデルマウスに経鼻投与した場合にも抗うつ様作用が認められることを見出した7).本稿では,RvE1の抗うつ様作用に関する著者らの最新の研究成果について紹介する.
うつ病は多様な要因により生じるヘテロな疾患であるが,その生物学的要因の1つに脳内炎症の関与が示唆されており,抗炎症作用を有する薬物が抗うつ作用を示す可能性が考えられている.一方,レゾルビン類は,炎症の収束に積極的に関わるDHAおよびEPA由来の脂質メディエーター(specialized pro-resolving lipid mediators)である(図1).現在,DHA由来のD-シリーズレゾルビンはRvD1~RvD6の6種類,EPA由来のE-シリーズレゾルビンはRvE1~RvE4の4種類が知られている(RvE4は図1に非表示).著者らは,外因性に投与されたレゾルビン類が様々な炎症性疾患モデル動物に対して有効性を示すこと,前駆物質のDHAやEPAが抗うつ作用を示すこと,並びにRvD1,RvD2およびRvE1がmTORC1シグナル活性化作用を有することから,レゾルビン類が抗うつ作用を示す可能性に着目した4–6).これまでに,うつ病モデルマウスへのRvD1(10 ng),RvD2(10 ng),RvE1(1 ng),RvE2(10 ng)およびRvE3(100 ng)の側脳室内投与が抗うつ様作用を示すことを見出している4–6).レゾルビン類は,恒常性維持に関わる内因性の脂質メディエーターであるため,ケタミンより安全性面で優れていると考えられるが,以下では最も低用量で抗うつ様作用を示したRvE1に焦点を当て,これまでに明らかにしたRvE1の抗うつ特性とその作用メカニズムについて概説する(RvE1以外のレゾルビン類の抗うつ様作用については,他の総説を参照されたい4–6)).
これまでにRvD1,RvD2,RvE1,RvE2およびRvE3が抗うつ様作用を示すことを見出している.LOX:lipoxygenase,17S-HpDHA:17S-hydroperoxy-4Z,7Z,10Z,13Z,15E,19Z-docosahexaenoic acid,18R-HEPE:18R-hydroxy-5Z,8Z,11Z,14Z,16E-eicosapentaenoic acid,COX2/ASA:aspirin-acetylated cyclooxygenase-2,CYP450:cytochrome P450,MaR:maresin,MCTR:maresin conjugate in tissue regeneration,NPD:neuroprotectin D,PCTR:protectin conjugate in tissue regeneration,PD:protectin D,RvD:resolvin D,RvE:resolvin E.(文献6より改変)
著者らは,まず炎症によるうつ病発症を模倣したリポポリサッカライド(LPS)誘発うつ病モデルマウスを用いて,RvE1側脳室内投与が抗うつ様作用を示すか否かを尾懸垂試験および強制水泳試験で評価した8).LPS腹腔内投与により,投与24時間後の尾懸垂試験および強制水泳試験において無動時間が延長し,うつ病様行動が認められた.これらのうつ病様行動は,LPS投与22時間後のRvE1側脳室内投与(1 ng)により有意に抑制され,RvE1側脳室内投与が抗うつ様作用を示すことが明らかになった8).RvE1はケメリン受容体ChemR23とロイコトリエンB4受容体BLT1に,それぞれアゴニストおよびアンタゴニストとしてはたらく.そこで,RvE1のChemR23アゴニスト作用とBLT1アンタゴニスト作用のどちらが抗うつ様作用に関与しているかを明らかにするために,LPSモデルに対するChemR23アゴニスト・ケメリンおよびBLT1アンタゴニストU75302の側脳室内投与の効果を検討した.その結果,ケメリンは用量依存的に抗うつ様作用を示したが,U75302は抗うつ様作用を示さなかった8).これらの結果から,RvE1はChemR23活性化を介して抗うつ様作用を示すことが示唆された.また,mTORC1阻害薬ラパマイシンの前処置により,RvE1側脳室内投与の抗うつ様作用が抑制されたことから,RvE1がmTORC1活性化を介して抗うつ様作用を示すことが明らかになった8).さらに,LPSモデルのmPFCまたは背側DGにRvE1(50 pg/side)を局所投与した場合にも抗うつ様作用が認められたことから,両脳部位がRvE1の抗うつ様作用に関与すると考えられる8).
LPS誘発うつ病モデルマウスは簡便かつ短期間で作製できるため,うつ病モデル動物として近年頻用されているが,LPSモデルのうつ病様行動は一過性で,LPS投与1日後をピークとして投与3日後には自然治癒してしまう.そのため,LPSモデルのうつ病モデル動物としての妥当性を疑問視する声もあり6),他のうつ病モデル動物を用いたRvE1の抗うつ特性の評価が必要であると考えられた.
慢性疼痛とうつ病は高頻度に合併し,慢性疼痛モデル動物がうつ病様行動を示すことが知られている9).我々は,神経障害性疼痛モデルの一種であるspared nerve injuryモデルマウスを用いて,このマウスのうつ病様行動がRvE1またはケメリンの側脳室内投与により抑制されることを見出している10).すなわち,RvE1は慢性疼痛モデルマウスに対しても脳内ChemR23を介して抗うつ様作用を示すと考えられる.
一方,抗炎症薬や免疫抑制薬として広く用いられているプレドニゾロンなどの合成副腎皮質ステロイドは,副作用としてうつ病の発症頻度が高く11),マウスへのプレドニゾロン反復投与により,うつ病様行動が惹起される12,13).プレドニゾロン反復投与によるうつ病様行動は,三環系抗うつ薬デシプラミンの急性投与では抑制されないが,RvE1の単回側脳室内(1 ng)またはmPFC内投与(50 pg/side)により抑制され,この抗うつ様作用は少なくとも投与後24時間持続した13).また,初回のプレドニゾロン投与前(抗うつ様作用評価の6日前)に予防的にRvE1を単回側脳室内投与した場合にも抗うつ様作用が認められた13).これらの結果から,RvE1単回投与により,mPFCなどの脳部位に可塑的変化が速やかに生じ,この変化が持続することで即効性かつ持続性の抗うつ様作用の発現につながる可能性が考えられる.
RvE1の臨床応用を見据えた場合,RvE1を脳に効率的かつ非侵襲的に送達する必要がある.そこで,肝初回通過効果と血液脳関門を回避して薬物を非侵襲的に脳内に送達できる経鼻投与法に着目した14).LPS誘発うつ病モデルマウスにRvE1を経鼻投与(10 ng)したところ,抗うつ様作用が認められ,この抗うつ様作用は,AMPA受容体阻害薬NBQXまたはL-VDCC阻害薬ベラパミルの前処置によって阻害された7).また,LPSモデルにおけるRvE1経鼻投与の抗うつ様作用は,mPFCや背側DGへのBDNF中和抗体またはVEGF中和抗体の局所投与により抑制された7).これらの結果とChemR23が抑制性Gタンパク質(Gi)共役型受容体であることから,RvE1経鼻投与の抗うつ様作用には,ケタミンと類似の作用メカニズムが関与する可能性が考えられる(図2).すなわち,RvE1がmPFCや背側DG内のGABA介在ニューロン上のChemR23を刺激することでGABA介在ニューロンの活動が抑制され,脱抑制によりグルタミン酸遊離が亢進する.その結果,ポストシナプスのAMPA受容体活性化により脱分極が生じてL-VDCCが開口し,活動依存的なBDNFおよびVEGF遊離が誘導される.BDNFとVEGFはそれぞれTrkBとFlk-1を介してmTORC1を活性化させた結果,可塑的変化が生じて抗うつ様作用が発現すると考えられる.実際に,LPSモデルにおけるRvE1経鼻投与の抗うつ様作用は,mPFC内ラパマイシン局所投与により抑制された7).また,プレドニゾロン反復投与誘発うつ病モデルマウスへの単回RvE1経鼻投与が投与1日後の強制水泳試験において抗うつ様作用を示し,この作用もmPFC内ラパマイシン局所投与により抑制された7).これらの結果は,RvE1経鼻投与がmPFC内mTORC1活性化を介して即効性かつ持続性の抗うつ作用を示すことを示唆するものであり,図2に示したRvE1の抗うつ様作用のメカニズムに関する仮説を支持する知見と考えられる.しかしながら,背側DG内ラパマイシン局所投与ではRvE1経鼻投与の抗うつ様作用は抑制されなかった7).この結果は,ケタミンが腹側海馬のmTORC1を活性化させる一方で背側海馬ではmTORC1を活性化させないことを示した先行研究15)や,ケタミンの抗うつ様作用に海馬でのBDNFは関与するがmTORC1シグナルは関与しないとの過去の報告16)と一致する.今後,RvE1とケタミンの抗うつ様作用を担う背側DGにおけるBDNF/VEGFの下流の分子機構を解明する必要がある.また,図2に示す仮説のようにChemR23がmPFCや背側DGのGABA介在ニューロンに発現しているかどうか,発現していた場合,このChemR23がRvE1の作用点として抗うつ様作用の発現に関与するか否かを明らかにする必要があると考えられる.
mPFCにおいて,ケタミンがGABA介在ニューロン上のNMDA受容体(NMDAR)を遮断することで脱抑制が生じる.ChemR23はGi共役型の抑制性受容体であるため,RvE1によって,ケタミンの場合と同様に脱抑制が生じると推測される.その結果,グルタミン酸遊離が亢進し,AMPA受容体(AMPAR)とL-VDCCの活性化を介してBDNFとVEGFが遊離される.BDNFとVEGFはそれぞれの受容体TrkBとFlk-1を介してmTORC1経路を活性化し,錐体ニューロンの可塑的変化(AMPAR GluA1サブユニットやpostsynaptic density protein 95(PSD95)といったシナプス関連タンパク質発現上昇やシナプス新生など)が生じた結果,即効性抗うつ様作用の発現につながると考えられる.一方,背側DGでは,BDNFとVEGFの下流で活性化されるmTORC1非依存的な経路が,RvE1の抗うつ様作用に関与すると考えられる.GABAAR:GABAA receptor,nAb:neutralizing antibody.(文献7より転載)
本稿では,RvE1経鼻投与が,mPFCおよび背側DGにおける活動依存的なBDNFおよびVEGF遊離亢進と,mPFCにおけるmTORC1活性化というケタミンと類似のメカニズムを介して即効性かつ持続性の抗うつ様作用を示す可能性について紹介した(図2).RvE1は,ケタミン様の抗うつ作用を示す新規抗うつ薬のリード化合物となる可能性が考えられる.しかし,RvE1は化学的に不安定で容易に酸化・分解されてしまうため,医薬品として臨床応用するには安定性の向上や,新たなChemR23アゴニストの開発が必須であると考えられる.これまでにRvE1誘導体として,オメガ酸化と脱水素化に抵抗性を示す19-(p-fluorophenoxy)-RvE1 methyl ester17)や,シクロプロパン環の導入によりC1–C4部分の立体配座を固定することでRvE1の抗炎症効果を向上させたtrans-β-CP-RvE118)などが報告されている.今後,新たな即効性抗うつ薬としてRvE1安定化誘導体やChemR23アゴニストの開発が進むことを期待したい.
開示すべき利益相反はない.
RvE1,RvE2およびRvE3を合成してくださいました北海道大学大学院薬学研究院・周東智教授,長崎大学大学院医歯薬学総合研究科・福田隼准教授をはじめとする共同研究者の皆様に深く感謝いたします.