2026 年 161 巻 2 号 p. 75-78
ヒスタミンは脳内で覚醒維持に重要な役割を果たす神経伝達物質である.ナルコレプシーや特発性過眠症などの過眠症患者では,脳脊髄液中ヒスタミン濃度の低下が報告されており,この減少が過眠症状の増悪に関与していることが示唆された.我々は,ヒスタミンN-メチル基転移酵素(histamine N-methyltransferase:HNMT)が脳内ヒスタミンの主要な不活化酵素であり,その遺伝的欠損は脳内ヒスタミン濃度を6倍以上に上昇させることを明らかにした.これらの知見から,HNMTを薬理学的に阻害し,脳内ヒスタミン量を上昇させることは,過眠症に対する新たな治療戦略となる可能性があると考えられた.本研究では,HNMT阻害薬メトプリンを用いて過眠症モデルマウスにおける薬理作用を解析し,過眠症治療薬としての有用性を検討した.その結果,メトプリンは脳内ヒスタミン濃度を有意に上昇させ,ナルコレプシーモデルマウスにおいて強力な覚醒促進および,睡眠発作の抑制効果を示した.受容体拮抗薬を併用した検討により,覚醒促進効果はヒスタミンH1受容体(H1R)を介しているが,睡眠発作の抑制作用にH1Rは関与していないことが明らかとなった.また,過眠症状を呈する特発性過眠症モデルマウスおよびパーキンソン病モデルマウスにおいても,メトプリンは顕著な覚醒促進作用を示した.さらに,既存の覚醒促進薬であるヒスタミンH3受容体逆作動薬と比較したところ,メトプリンはより強力で持続的な覚醒促進効果を示した.これらの結果は,HNMT阻害薬がさまざまな過眠症に対してより有効な新規治療薬となり得ることを示唆している.しかし,既存のHNMT阻害薬には特異性や血液脳関門透過性などに課題があり臨床応用は困難である.そこで現在,超高速微量質量分析技術を応用したハイスループットスクリーニングを実施し,より高選択性かつ高透過性を有する新規HNMT阻害薬の探索を進めている.今後は,薬物動態や安全性を検証し,臨床応用を見据えた新たな治療基盤の確立を目指す.