日本消化器内視鏡学会雑誌
Online ISSN : 1884-5738
Print ISSN : 0387-1207
ISSN-L : 0387-1207
症例
アスピリンとワルファリンの併用療法が有効と考えられた特発性腸間膜静脈硬化症の1例
中沢 和之 新垣 直樹前北 隆雄榎本 祥太郎森 良幸太田 有紀文野 真樹一瀬 雅夫
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 58 巻 10 号 p. 2169-2175

詳細
要旨

症例は52歳,女性.主訴は繰り返す腹痛,嘔吐.腹部単純X線検査と腹部CT検査で,上行結腸から下行結腸内側に異常石灰化像,大腸内視鏡検査では,盲腸に類円形の潰瘍と盲腸から下行結腸にかけて暗青紫色調粘膜が連続性に認められた.以上より,特発性腸間膜静脈硬化症と診断した.アスピリンとワルファリンによる抗血小板・抗凝固剤の併用療法を開始し,すみやかに自覚症状の改善を認めた.約6年後の大腸内視鏡検査では暗青紫色調粘膜が著明に改善しており,特発性腸間膜静脈硬化症の治療方法の1つとなりうる可能性があるので報告する.

Ⅰ 緒  言

特発性腸間膜静脈硬化症(idiopathic mesenteric phlebosclerosis:IMP)は,1991年に小山ら 1)が「慢性的経過を呈した右側狭窄型虚血性大腸炎の1例」として世界で最初に報告,1993年に岩下ら 2)が静脈硬化症として3例を報告し,新しい疾患概念の可能性を提唱した.病因としては,特定の漢方薬の長期服用との関連を示唆する報告 3),4) がなされているが依然不明な点が多い.本例の症状は,腸間膜静脈の硬化に起因する静脈還流障害に起因しているが,本疾患の治療方法は確立されていない.今回われわれは,アスピリンとワルファリンによる抗血小板・抗凝固剤の併用療法によって腹部症状と内視鏡像や腸管壁肥厚の改善を認めた1例を報告する.

Ⅱ 症  例

患 者:52歳,女性.

主 訴:繰り返す腹痛,嘔吐.

家族歴:特記事項はない.

既往歴:41歳から51歳(2006年1月頃)まで更年期障害で加味逍遥散服用,その後,桂枝茯苓丸の長期服用歴あり.

現病歴:2006年8月,腹痛を認め当院を受診,服薬治療で軽快した.2006年12月,嘔吐,吐血で再受診,上部消化管内視鏡検査で逆流性食道炎を指摘した.酸分泌抑制剤の投与で軽快した.2007年1月,腹痛,嘔吐で再受診,腹部単純X線検査,および腹部CT検査で右下腹部に特徴的な石灰化像が認められ,精密検査目的で入院した.

現 症:身長152cm,体重42kg.意識清明.体温36.4℃.脈拍98/分,整.血圧140/90mmHg.眼瞼結膜に貧血なし.眼球結膜に黄染なし.胸部には異常所見を認めなかった.腹部平坦,軟で,圧痛はなかった.肝,脾,腎は触知ぜず.神経学的に異常所見なし.

入院時検査成績:抗核抗体が160倍.肝機能,腎機能,凝固系異常など認めなかった.

腹部単純X線検査:上行結腸部内側に線状の石灰化を認めた(Figure 1-a).

Figure 1 

腹部単純X線検査.

a:上行結腸部内側に線状の石灰化を認めた.

b:約2年後,線状の石灰化像の改善を認めた.

腹部CT検査:上行結腸から下行結腸の壁肥厚と腸管壁及び壁外に線状石灰化,および腸管周囲の炎症所見を認めた(Figure 2-a).

Figure 2 

腹部CT検査.

a:上行結腸から肝弯曲,横行結腸にかけてのCT画像で,壁肥厚と腸管壁及び壁外に線状石灰化を認めた.腸管周囲の炎症所見を認めた.

b:約6年後の同部のCT画像で,腸管周囲の炎症の改善,腸管壁肥厚,腸管壁内石灰化などの改善を認めた.

大腸内視鏡検査:盲腸に単発の類円形の潰瘍と盲腸から横行結腸にかけて暗青色調粘膜が連続性に認められた(Figure 3-a,b).

Figure 3 

大腸内視鏡検査.

a:盲腸 血管透見像は消失し,単発の類円形の潰瘍と発赤,青色調粘膜を認めた.

b:上行結腸 血管透見像は消失し,浮腫状で,発赤,暗青色調粘膜を連続性に認めた.

腹部血管造影検査:動脈相では異常を認めず,静脈相では,静脈環流の遅延を認めた(Figure 4).

Figure 4 

腹部血管造影検査.

上行結腸の内側は石灰化像,外側(黒矢印)は,静脈の造影剤の遅延像で,下行結腸の静脈には造影剤は残っておらず(白矢印),静脈相で上行結腸静脈環流の遅延を認めた.

以上より,特発性腸間膜静脈硬化症と診断した.漢方薬(加味逍遥散,桂枝茯苓丸)の服薬の既往があったが1年前から中止しており,静脈環流の異常を認めたので,アスピリンとワルファリンによる抗血小板・抗凝固剤による併用療法を2007年2月より開始した.繰り返す腹痛や嘔吐などの症状は2007年4月頃まであったが,その後は消失した.

2年後(2009年)の腹部X線検査では上行結腸部内側に線状の石灰化像の改善を認めた(Figure 1-b).

腹部CT検査でも上行結腸から下行結腸の壁肥厚などは改善した.腸管周囲の炎症所見は消失した.

6年後(2013年)の腹部X線検査でも上行結腸部内側に線状の石灰化像の改善を認め,腹部CT検査でも上行結腸から下行結腸の壁肥厚,石灰化の改善を認めた(Figure 2-b).大腸内視鏡検査では,盲腸の潰瘍は治癒しており,大腸粘膜の色調も暗青色調粘膜がわずかに認められるも,赤色粘膜調の大腸粘膜所見に改善をしていた(Figure 5-a,b).

Figure 5 

大腸内視鏡検査.

a:盲腸 類円形潰瘍は治癒し,血管透見像は確認できるようになった.

b:上行結腸 血管透見像は確認できるようになり,青色調粘膜がわずかに認められるのみにまで改善している.

現在もアスピリンとワルファリンの抗血小板・抗凝固剤の併用療法を継続し,外来にて症状なく経過観察中である(Figure 6).

Figure 6 

経過図.

Ⅲ 考  察

特発性腸間膜静脈硬化症は,1991年に小山ら 1)が「慢性的経過を呈した右側狭窄型虚血性大腸炎の1例」として世界で最初に報告,1993年に岩下ら 2)が静脈硬化症として3例を報告し,新しい疾患概念の可能性を提唱した.Yaoら 5)は,静脈硬化性大腸炎としたが,Iwashitaら 6)は膠原繊維沈着が主であり,炎症細胞浸潤はほとんど認めないことから,静脈硬化症のほうが適切であるため,特発性腸間膜静脈硬化症との名称を提唱しており,徐々に特発性腸間膜静脈硬化症と記載されるようになってきてる.

症状としては,慢性の経過をとることが多いが,慢性の経過の中で急性増悪して,腹痛,下痢,嘔吐,下血,血便の症状がでる場合もある.腸閉塞で入院を繰り返す症例 7),消化管穿孔で手術を施行された症例 8)など散見される.本症例では,当院の受診歴は3回であったが,これまでも頻回に腹痛,嘔吐を繰り返し起こしていた.

診断は比較的容易で,腹部単純X線検査で,右側腹部に線状石化化像を認める.腹部単純CT検査では,大腸壁の肥厚および腸管壁と腸間膜に一致した石灰化像を認める.注腸X線検査では,壁の肥厚や不整,管腔狭小,拇指圧痕像や粘膜の浮腫状変化を呈する.大腸内視鏡検査では,粘膜の暗青から赤色などの色調変化を認め,浮腫や狭窄,びらん,潰瘍,血管透見像の消失などを認める.血管造影検査では,動脈相は正常であるが,静脈相で,還流障害を認める.本症例では,いずれも上記に示したような特徴的な検査所見を呈しており,特発性腸間膜静脈硬化症と診断しえた.病理学的特徴としては,Iwashitaら 6)が,①静脈壁の著明な繊維性肥厚,②粘膜下層の高度な繊維化と粘膜固有層の著明な膠原繊維の血管周囲性沈着,③粘膜下層の小血管壁への泡沫細胞の出現,④随伴動脈壁の肥厚と石灰化,⑤血栓形成はない,などの所見をあげている.本症例は盲腸の潰瘍などの生検組織検査をしたが,特徴的な結果は得られなかった.

本症例の病因としては,Changら 9)は,長期の薬草摂取歴のある症例を報告しており,薬草成分が右側結腸で吸収されて静脈血流に乗り,静脈壁を傷害するのではないかと推測している.漢方薬の服用とくに山梔子の関連の示唆する報告を認める 3),4).Hiramatsuら 10)は,山梔子の主成分ゲニポシドが,下部消化管で腸内細菌により分解されてゲニピンとなり,アミノ酸と反応して生じた物質が大腸内壁に沈着するのが原因ではないかと推測している.ゲニピンは腸間膜静脈の線維性肥厚や石灰化,血管周囲に膠原線維の沈着をおこすことにより血流をうっ滞させている可能性がある.本症例では更年期障害による症状改善のため加味逍遥散(柴胡,芍薬,茯苓,白朮,当帰,薄荷,生姜,山梔子,牡丹皮,甘草),桂枝茯苓丸(桂皮,芍薬,茯苓,桃仁,牡丹皮)を長期服用しており,漢方薬の内服が本症例発症の誘因となった可能性が高い.

特発性腸間膜静脈硬化症の発症から進展については,上田ら 11)によると,無症状で静脈の石灰化を欠く初期像と考えられる症例より,初期には静脈硬化に伴う血管拡張が出現し,次にうっ血が進み青銅色調を呈し,その後びらんや潰瘍が出現すると考察している.本症例は,内視鏡的に潰瘍,びらんを認めたところから,病状は進展していたと考えられる.

治療は,依然確立されたものがなく,一般的に保存的加療で経過観察するが,症状や所見の重症な症例や再燃を繰り返す症例には外科手術が行われる 12),13).また,漢方薬が原因と考えられる症例において,漢方薬の中止だけで症状が改善された報告はある.三輪ら 14)は,漢方薬中止後の経過を詳細に記載しており,膨満感や腹痛,嘔気などの症状は2年間続いていた報告している.Ikehataら 15)は抗血小板剤のチクロピジンの内服加療を試みたが,進行は止められなかったとしている.杉森ら 16)は新鮮な静脈血栓に対しては,抗凝固剤が適応となるが,本症のような長い経過を経た静脈硬化症には進行を防ぐために抗血栓剤のアスピリンが適応ではないかとしている.われわれは,静脈還流障害によって頻回に症状が出現していると考えれば,深部静脈血栓症などと同じようにワルファリンなどの抗凝固療法が奏効するのではないかと考えた.患者,家族に説明,同意(倫理委員会承認済)を得て,抗血小板剤のアスピリンに抗凝固剤であるワルファリンを追加して治療を開始した.ワルファリンの治療域は深部静脈血栓症を参考にして,PT-INR 1.5~2.5とした.服用開始後,2カ月は腹痛や嘔吐などの症状は続いたが,しだいに消失した.また,腹部CT検査でも腸管壁の肥厚の改善,石灰化も改善することにより,内視鏡検査での内視鏡所見の改善がみられた.甲賀ら 17)は,本症は腸管壁の石灰化に伴う血流障害により腸管組織の低酸素化を来しているとしている.血流改善をすることにより,低酸素化を改善する可能性があり,同時に膠原線維の沈着および石灰化がはがれ石灰化を改善する可能性がある.今後,本症例を経験した場合は,漢方薬の服薬をされている場合,まずは,内服中止を指示し,それでも症状の改善しない場合は,抗血小板剤,抗凝固療法が効果ある可能性があり,選択肢の1つと考えられる.

Ⅳ 結  語

1.内服治療にて,内視鏡検査上,腸管の暗青色調粘膜の改善が確認された特発性腸間膜静脈硬化症の1例を経験した.

2.病因として,漢方薬の服用とくに山梔子の関連の示唆する報告があり,本症例でも服薬しており,漢方薬と関連する可能性はある.

3.治療としては,漢方薬の服薬をされている場合,まずは,内服中止を指示し,それでも症状の改善しない場合は,抗血小板剤,抗凝固剤の内服が効果がある可能性があり,選択肢の1つと考えられる.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
© 2016 一般社団法人 日本消化器内視鏡学会
feedback
Top