日本消化器内視鏡学会雑誌
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総説
胃がん検診で求められるスクリーニング内視鏡検査の精度管理
加藤 勝章 千葉 隆士島田 剛延渋谷 大助
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2016 年 58 巻 11 号 p. 2251-2261

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要旨

がん検診の目的は,無症状者に検査を実施して当該がんの早期発見・早期治療を図り,当該がん死亡率を減少させることにある.内視鏡検診の死亡率減少効果が証明されたことを受け,2016年より胃X線検診に加えて内視鏡検診も対策型検診として実施可能になった.

2次予防対策としての内視鏡検診では,検診の質を担保するための正しい精度管理が求められる.検診の最終的なアウトカム評価は死亡率減少であるが,その効果が出るには時間がかかるため,検診が正しく行われているかをモニタリングするには「技術・体制的指標」と「プロセス指標」による評価が必要である.専門外の医師も多数参加する内視鏡検診では,重篤な合併症にも対応できる実施体制の整備と読影委員会による検診画像のダブルチェックは検診精度の維持は重要である.本稿では対策型胃がん内視鏡検診で求められるスクリーニング内視鏡検査の精度管理について概説する.

Ⅰ はじめに

がん検診の目的は,無症状者に検査を実施して当該がんの早期発見・早期治療を図り,当該がん死亡率を減少させることにある.従来,胃がん検診としては胃X線検査が科学的に死亡率減少効果の認められた方法として実施されてきた 1 ),2 ).しかしながら,2014年の「有効性評価に基づいた胃がん検診ガイドライン」の改訂 3)において,内視鏡検診の死亡率減少効果が証明され,対策型・任意型検診としての実施が推奨された.これを受けて2016年2月に厚生労働省「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」 4 )が改正され,胃X線検診に加えて内視鏡検診も対策型検診として実施可能になった.対策型胃内視鏡検診は日本消化器がん検診学会(以下,がん検診学会)による「対策型検診のための胃内視鏡検診マニュアル 2015年度版」 5)に準拠して実施することになっている.

胃がんスクリーニングを目的とする内視鏡検査は,人間ドックなどを中心として年々増加している(Figure 1).また,病院や診療所の患者を対象に検診の代替えとして保険診療のなかで内視鏡スクリーニングが実施される場合も数多い.しかしながら,こうした患者個人の健康管理(健診)や診療行為の延長上にある内視鏡検査は,がん検診としての質や成果を問われるものではなく,それに携わる医師もがん検診の目的や精度管理の重要性について十分に理解しているとは言い難い状況にあった.

Figure 1 

日本消化器がん検診学会の全国調査に見る内視鏡検診数の増加と胃がん発見率の推移.

日本消化器がん検診学会全国集計委員会報告「消化器がん検診全国集計」を基に作成.検診学会登録施設のうち,年間500人以上の内視鏡胃がん検診を施行した機関に限定した集計.

これに対して,公的な胃がん2次予防対策としての胃内視鏡検診では,検診の質を担保する技術や正しい精度管理が厳しく求められるようになる.2016年2月の厚労省指針 4)の改正を受け,今後,対策型検診として胃内視鏡検診を実施する地域も増えてゆくだろう.対策型胃がん検診では,有効な検診を多くの人に正しく行う必要がある.胃内視鏡検診が成果を上げるには実施体制や精度管理システムの整備が必要であり,そのためには検診に携わる医師の理解と協力が不可欠である.

本稿では,対策型胃内視鏡検診に携わる医師が知っておくべき胃がん検診の基本的な考え方やスクリーニングとして内視鏡検査の精度管理について概説する.

Ⅱ がん検診の基本的な考え方

①健診と検診の違いとは?

「健診」と「検診」は発音が同じで混同されることがあるが,その意味は大きく異なる 6).「健診」とは健康状態の確認やリスクファクターの有無を調べる健康診断のことであり,特定の病気の発見を目的とするものではない.従って,健診して何も病気が見つからなくても構わない.学校健診や妊婦健診などがこれにあたる.一方,「検診」は,特定の疾患を早期に発見し,早期に治療すること目的とするもので,がん検診や肝炎ウイルス検診などがこれに含まれる.検診の対象となる疾患や集団は,検査することで一定数以上の当該疾患が発見され,その早期発見による予防効果が見込まれることが前提となる.

②対策型と任意型の違いは?

がん検診はその目的・提供体制によって対策型・任意型の2つに分けられる(Table 1 7).対策型とは,当該がんの早期発見・早期治療により対象集団全体のがん死亡率を減少させることを目的に公的資金を使用して提供されるがん検診であり,施策として実施される2次予防対策である.健康増進法に基づく健康増進事業として市区町村が実施する地域住民検診がこれに該当する.住民検診以外では,労働安全基準法の健診に付加して実施される職場の検診(職域検診)も対策型として扱うこともある.一方,任意型検診は個人の疾病リスクの低減を目的に実施される検診であり,対策型以外の検診,例えば医療機関や検診機関が行う人間ドックや総合健診などがこれに該当する.

Table 1 

対策型検診と任意型検診の比較.

検診の実施体制には,特定の検診施設や検診車による集団方式と,検診実施主体が認定した個別の医療機関で実施する個別方式がある.実施方法としての集団・個別と対策型・任意型を混同してはならない 8).例えば,保険者が資金提供する人間ドックを特定の検診施設で受ける場合は集団的任意型であるが,かかりつけ医で検診を受けるとしても,それが市町村検診であれば個別的対策型となる.

③がん検診の事業評価・精度管理とは?

がん検診とは当該がんの早期発見・早期治療を目的とする一連のシステムを言い,スクリーニング検査から精密検査,がん発見から治療への橋渡し,結果収集と集計までが含まれる.対策型検診では不利益が利益より小さいことが重要視され,感度よりも特異度型が高い検査方法が選択される 7)

検診のアウトカム評価は対象集団の死亡率減少であるが,死亡率減少効果が現れるまでに相当の時間を要するため,検診が正しく行われているかをモニタリングするには「技術・体制的指標」と「プロセス指標」による評価が用いられる 9).胃内視鏡検診マニュアル 5)には「プロセス指標」として,がん検診受診率,要精検率,精検受診率,陽性反応適中度,がん発見率の算出方法が示されている(Table 2).胃X線検診については平成20年度の厚労省委員会報告でプロセス指標の目標値・許容値 10)が示されているが,それによると要精検率11%以下,がん発見率0.1%以上,陽性反応的中度1.0%以上が許容値である.内視鏡検診における要精検とは「生検あり」と「再検査」であるが 5),現時点では確定した数値指標は定められていない.

Table 2 

プロセス指標の算出.

「技術・体制的指標」は,国立がんセンターから「事業評価のためのチェックリスト」および「仕様書に明記すべき最低限の精度管理項目」 11)が示されている(Table 3).質の高い検診を提供するには正しく精度管理を行うことが最も重要であり,検診に携わる医師は精度管理の重要性を良く理解し,その整備に協力する必要がある.

Table 3 

仕様書に明記すべき必要最低限の精度管理項目(胃がん検診).

Ⅲ 内視鏡検診の死亡率減少効果とスクリーニング精度,偶発症

①死亡率減少効果の証明

がん検診の有効性は死亡率減少効果によって評価される.がん発見率や生存率,早期がん率などは有効性評価の指標とはならない.2005年度に公表された胃がん検診ガイドライン 2 )では,内視鏡検診は死亡率減少効果を判断する証拠が不十分とされ,対策型・任意型ともに検診への導入は推奨されなかった.その後の複数のコホート研究 1217) や症例対照研究)18),19),さらに,韓国の国家がん検診報告書 20)を含めて,2014年度改訂版 3)では内視鏡検診には死亡率減少効果があると判断され,対策型・任意型検診への導入が推奨された.2014年度改訂版のガイドラインに証拠として採用されたMatsumotoら 19)の報告はサンプル数が少なく,韓国の報告書 20) はpeer reviewを経ていないなどの問題はあるが,3年以内の内視鏡受診で概ね30~60%の死亡率減少効果が得られることが示された(Table 4).

Table 4 

内視鏡検診の胃がん死亡減少効果に関する症例対照研究.

②スクリーニング精度を示す指標

スクリーニング精度を示す指標として用いられるは胃がん発見に対する感度・特異度である.感度と発見率は全く異なる指標であり混同してはならない.感度・特異度は精度管理指標としても非常に重要であるが,その算出にはがん登録との照合などによる中間期がんの把握が必要になる.感度の算出には診断法と発生率法が用いられる.

診断法では感度は(検診発見がん数)/(検診発見がん数+中間期がん数)で算出される.検診後1年以内の検診外発見胃がん例を中間期がんとした場合の診断法による感度は85~97%と報告されている 21)~25).他方,発生率法は対象集団の胃がん罹患率から推計された期待発見数をもとに(期待発見数-中間期がん)/(期待発見数)として感度を算出する方法で,検診発見数を考慮に入れないため過剰診断の影響を受けにくいと言われる.

Hamashimaら 23)による米子市の内視鏡検診の検討では,発生率法による初回検診の感度は0.886(95%CI:0.698-0.976),継続受診の感度は0.954(95%CI:0.842-0.994)である.こうした報告は1年に1回の内視鏡検診を前提とした検討であり,検診間隔を2年に1度にした場合の検討は十分には行われていない.検診間隔が拡がれば検査感度の低下は免れないだろうが,その影響については今後更なる検討が必要である.

偽陰性率もスクリーニング精度を推し量る良い指標であるが,これも中間期がんの追跡が必要である.胃がん検診の偽陰性については,実はまだ確定的な定義はない.細川ら 21)は福井県のがん登録データを用い,検診後3年以内の検診外発見がんを偽陰性とした場合の偽陰性率は22.2%,後藤ら 22)は院内登録システムを用いて検査後3年の偽陰性率38.1%,2年偽陰性率35.8%,1年偽陰性率14.9%と報告している.検査間隔を広く取ると,偽陰性は増加する.

③胃内視鏡検診の偶発症と対策

内視鏡検査は胃X線検査に比べて偶発症を起こす可能性が高いため 26)~28),内視鏡検診の実施にあたっては重篤な偶発症に適切に対応できる体制の整備が求められる.岸ら 28)による偶発症報告(Table 5)を見ると,がん検診学会全国アンケート調査 27)の偶発症の発生率は日本消化器内視鏡学会(以下内視鏡学会)の調査 26)に比べて高くなっている.調査期間や対象が異なることもあるが,がん検診学会調査 27)には経鼻内視鏡による鼻粘膜擦過傷・軽微な鼻出血が含まれていることが大きな要因である.

Table 5 

胃がん検診の偶発症の比較.

内視鏡検診に伴う重篤な偶発症としては,生検部位からの出血やキシロカインなど前処置薬によるアナフィラキシーショック,鎮静剤による呼吸抑制などがあげられる.このため,胃内視鏡検診マニュアル 5)では,対策型検診での鎮静剤使用は原則として認めていない.出血リスクが高い抗凝固剤内服者については,内視鏡学会からガイドライン 29)が公開されており参照願いたい.対策型検診では無駄な生検を避けるなどして出血リスクの低減を図る必要がある.

Ⅳ 胃がんスクリーニング検査のために内視鏡医に求められるスキル

胃内視鏡検診に携わる検査医には,①スクリーニングのためのルーティン撮影技術,②病変の内視鏡診断を目的とした撮影技術,③病理診断のための生検技術の3つのスキルが求められる(Table 6).以下に,精度管理という観点からこれらを概説する.

Table 6 

胃がんスクリーニング検査に求められるスキル.

①ルーティン撮影

スクリーニング検査のルーティン撮影は,病変部が撮れていればそれで良いというものではなく,第3者が後から「がんを疑う」・「がんは無い」と判定できるように,胃の全体像を俯瞰的に網羅する組み写真を画像記録として残す必要がある.ルーティン撮影はダブルチェックのためにあると言っても過言ではない.

胃X線像と異なり,内視鏡は視野角が狭く1枚の写真で示すことができる領域は小さいため,内視鏡で胃の全体像を示すためには,パノラマ写真を撮るように少しずつ撮影部位をずらしながら連続的に写真を撮っていくことになる.撮影写真1枚1枚の重なりを小さくすれば撮影枚数が少なくて済むが,撮影枚数が少なすぎると抜け落ちてしまう領域が広くなる.抜けた部分に病変がないかどうかは検査医の診断力や記憶次第というのでは画像記録としては問題がある.逆に,撮影枚数が多すぎてもダブルチェックの負担が増すばかりである.

では,ルーティン撮影として必要最低限の撮影枚数とは何コマであろうか.萩原ら 32)は偽陰性率から内視鏡検診の適正な撮影枚数を検討し,胃内撮影24~28枚に喉頭1枚,食道3~4枚,十二指腸2~3枚を加えた30~36枚撮影が,偽陰性率・見逃し率が低く最も適正な撮影枚数と報告している.胃内視鏡検診マニュアル 5)は食道・胃・十二指腸球部までの30~40コマが適正とし,撮影手順としては噴門部から順行性に挿入しながら撮影するA法と,胃内に入ったらすぐに幽門輪まで挿入して引き抜きながら撮影するB法のどちらでも構わないとしている.慣れの問題であろう.

検査医はスクリーニング画像の良し悪しが検査精度に直結することを理解して,無益な画像にならないようにルーティン撮影を行う必要がある.Table 7に診断価値が低い無益な画像をまとめたが,こうした無益な画像ばかりではダブルチェックしても意味が無い.写真が悪いために病変が見落とされたり,再検査になったりするのでは,受診者の不利益は増大するだけである.

Table 7 

診断価値の低い無益な内視鏡画像.

内視鏡検診のためのルーティン撮影については,2010年にがん検診学会の胃内視鏡検診標準化研究会から「胃内視鏡検診マニュアル」 30),2014年に同学会胃細径内視鏡検診研究会から「経鼻内視鏡による胃がん検診マニュアル」 31)が公表されているので参照されたい.

②病変の内視鏡診断を目的とした撮影

病変部の撮影は確定診断に迫るための撮影であり,病変の存在・質的情報を治療担当医に的確に伝達するための記録を残すという目的がある.このためには,オリエンテーションが判るように胃角や幽門輪,噴門など胃内のランドマークを取り込み,病変の遠景・中間距離・近接像を撮影する.空気量や観察光の方向を変えて,病変の厚みや硬さを表すテクニックも必要である.色素散布,Narrow Band Imaging(NBI)やBlue Laser Imaging(BLI),拡大内視鏡などは確定診断を得るために有用なツールなので適宜使用すべきだが,これに頼りすぎて白色光観察を疎かにしてはいけない.

病変部の撮影は生検診断と不可分の精密撮影と考えるべきであり,生検前には白色光で十分に観察し,十分な写真を残すことが重要である.不用意に生検して,何処を生検したか後で見ても写真が残っていないというのでは,病理診断で確定診断を得ても再検査せざるを得ないし,生検診断の偽陽性や不適切生検に対する精度管理ができなくなってしまう.

③病理診断のための生検

生検は確定診断のために実施するが,出血のリスクを伴う侵襲性の高い行為でもあるため,安易な生検は極力避ける必要がある.無駄な生検は偽陽性の増加となり,生検偽陰性は見逃しに繋がる.いずれも受診者の不利益となる.生検偽陰性は生検部位の誤り・ずれ・組織量の不足などの生検不良や病理診断の誤りによって生じるため,生検前の十分な内視鏡観察,狙撃性の高い生検技術,病理医とのコミュニケーションが重要になる.

生検率は要精検率の代用にもなる指標であり,低く抑えるに越したことは無いが,逆に,低すぎると見逃しなどの問題が出てくる.生検率が高くても,陽性反応的中度が高ければ良いが,低い場合は偽陽性が多いことになる.生検率が低く,陽性反応的中度も低い場合は見逃しが多いと判断される.生検率は対象集団の有病率にも影響されるため,プロセス評価を行い,精度管理に務める必要がある.胃内視鏡検診の先進地区である新潟や金沢,福岡の報告では生検率は10~15%である 23),34),35)

胃内視鏡検診は検診費用で賄われるが,検診に付随して生検および病理組織検査は平成15年7月30日厚生労働省保険局医療課事務連絡に基づいて医療保険給付の対象となる.生検実施により受診者には保険請求による自己負担金が生じることを周知する必要がある.

Ⅴ ダブルチェックの重要性

対策型胃内視鏡検診では受診者全例・全コマのダブルチェックを行うことが前提である 5).ダブルチェックは,がん検診学会認定医あるいは内視鏡学会専門医の有資格者からなる読影委員会が行う(Figure 2).胃内視鏡検診では,生検診断を含めたダブルチェックの判定が最終判定であり 9),検査医は検診結果レポートと記録画像を読影委員会に提出し,読影委員会が読影して最終診断を付けて受診者または検査医に結果を通知する,という流れになる.

Figure 2 

胃内視鏡検診運営委員会(仮称)の役割.

日本消化器がん検診学会「対策型検診のための胃内視鏡検診マニュアル 2015年度版」(文献より引用).

胃内視鏡検診に参加する医師には一定の参加資格が求められるとはいえ 5),参加する医師は必ずしも専門医とは限らず,その診断力や撮影・生検技術の格差は大きい.胃内視鏡検診では,スクリーニングから生検までを1つの検査の中で1人の検査医が実施することになるため,検査医の診断力・技術力の格差は検診成績に大きく影響する.このため,胃内視鏡検診の精度を一定以上の水準に保つには,ダブルチェックによる精度管理が欠かせない.ダブルチェックの目的は,検査医間の技量の差を補い,検査医が見逃した所見を拾い上げたり,生検診断の妥当性を評価したり,さらに,無駄な生検や無益な撮影の改善を指導することで検査精度の向上を図ることにある.

ダブルチェックを厳正に行うことで,内視鏡検診の見逃しや無駄な生検が回避できるようになると報告されている 33)~35).猪股ら 36)は胃X線検診の内視鏡精密検査の偽陰性率を検討し,ダブルチェックや症例検討会などを積極的に行っているA市に比べて,精度管理を行っていないB市のほうが偽陰性率は有意に高いと報告している(Figure 3).

Figure 3 

精度管理システムの有無と内視鏡検査の偽陰性率.

胃X線検診の内視鏡による2次精検受診者を宮城県地域がん登録と照合し,内視鏡時は胃癌と診断されず,その後3年以内に胃癌でがん登録された症例を偽陰性例と定義.ダブルチェックや症例検討会により精度管理を施行するA市と未施行のB市間で偽陰性率を比較(文献35より引用).

検診精度を一定水準以上に保つには,ダブルチェックによる偽陰性・偽陽性対策と検査医の教育システムの強化が重要である.しかしながら,日常診療の中でダブルチェックを含めた検診業務を処理するとなると,これは一般病院や診療所の検査医にとって大きな負担になる.実施体制を整備するにしても,読影委員会の人員確保,画像提出や保存,読影システムの整備など越えなければならないハードルは高い.

Ⅵ H.pylori感染とリスク層別化検診

胃内視鏡検診の最大の障壁はマンパワー不足の問題である.そこで期待されているのが,胃がんリスクに基づいた層別化検診である 3)

胃がんリスクには性別・年齢・喫煙・高塩分食品摂取・胃がん家族歴・Helicobacter pyloriH.pylori)感染などが知られているが,最も確実なリスク因子はH.pylori感染である 37),38)H.pylori感染に起因する胃粘膜炎症と萎縮の進展によって胃がん罹患リスクが上昇するが 39),40)H.pylori未感染者からの胃がん発生は稀である 41).近年は若年者を中心に低リスクのH.pylori未感染者が急速に増加している 42)

リスク層別化検診とは,H.pylori感染検査と血清学的に胃炎・萎縮を評価するPepsinogen(PG)法の単独または併用法(ABC分類) 43)~45)で胃がんリスクを評価し,リスクに基づいてスクリーニングのための画像検査を設定するという検診である.ABC分類では,血清抗H.pylori抗体とPG法の組み合わせで,H.pylori陰性・PG陰性をA群,H.pylori陽性・PG陰性をB群,PG陽性をC群と分類する(抗体陽性・陰性でC・Dに分ける場合もある) 43)~45).このリスク層別化の妥当性は証明されており 46),胃がん罹患リスクはA<B<C(+D)の順で高くなると言われる.

リスク層別化検診では,低リスク群には検診間隔延長や検診対象から除外するなどして検診の負担の軽減を図り,高リスク群に対しては重点的な受診勧奨や集約的な検診の実施を図り,また,除菌による1次予防との連携も含めて胃がん死亡減少に結びつけることを目指している.しかしながら,ABC分類を胃がん検診に組み込んだ場合の死亡率減少効果は未だ証明されていないため,対策型検診への導入は推奨されていない 3).今後の検証が待たれるところである.

Ⅶ 胃内視鏡検診におけるH.pylori感染胃炎診断の意義

H.pylori感染の除菌治療による胃がん発生予防効果の可能性を示唆する報告は数多いが 47)~51),Fordら 50)のメタ解析に依れば無症候胃炎者の除菌治療による胃がん予防効果は34%程度である.

わが国では2013年2月よりH.pylori感染胃炎の除菌治療が保険適用となっており,内視鏡検査でH.pylori感染胃炎と診断され,H.pylori感染検査で現感染と確認されれば誰でも保険診療で除菌治療が受けられるようになった.厚労省指針 4)には除菌治療による1次予防と胃がん検診とは密接に連携することの重要性が述べられている.

胃内視鏡検診は除菌治療への誘導を目的とするものではないが,内視鏡検査を受ければ保険診療で除菌治療が可能となった現代,胃内視鏡検診は除菌治療に直結すると言わざるを得ない.適切な事後指導と除菌治療のメリット・デメリットの情報提供,除菌後胃がん対策としての検診受診の重要性の啓発などが必要となる.検査医は事後指導にも深く関わるため,除菌を含む予防対策の効果や限界,除菌後胃がん対策の重要性について,正しい情報提供ができるよう知識の習得に努める必要がある.

H.pylori 感染胃炎の内視鏡診断は「胃炎の京都分類」 52)にまとめられている.H.pylori感染胃炎の内視鏡診断は,胃がん発生の背景粘膜について診断価値の高い重要な情報を与えてくれるので,胃がん発見効率を高めるためにも,この知見は活用すべきと考える.大野ら 53)は木村・竹本分類 54) による内視鏡的萎縮度判定が,胃がんハイリスク群の設定に有用であると報告している.胃炎・萎縮が正しく判定できるルーティン撮影は診断精度の向上やダブルチェックの効率化にも有用と考える.

Ⅷ 最後に

内視鏡検診の死亡率減少効果が証明され,対策型検診においても内視鏡検診が推奨されることになり,胃がん検診を取り巻く環境は激変した.検診の目的は胃がん死亡減少であり,そのためには有効な検診を多くの人に正しく行う必要がある.内視鏡検診に携わる医師は検診の目的を正しく理解し,正しい検診が行われるように精度管理に積極的に努めることが望まれる.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:渋谷大助(エーザイ(株))

文 献
 
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