日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
大腸腺腫EMR後に粘膜下膿瘍による腸重積を併発した1例
佐竹 美和 三上 達也澤谷 学坂本 有希飯野 勢相原 智之山形 亮坂本 十一東野 博福田 眞作
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キーワード: EMR, 粘膜下膿瘍, 腸重積
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2016 年 58 巻 11 号 p. 2268-2272

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要旨

症例は67歳,男性.糖尿病のため通院中であった.横行結腸の腺腫に対するEMR目的に入院した.術中,明らかな偶発症なくEMRは終了したが,翌日,39℃台の発熱を認め,血液検査で炎症反応の上昇を認めた.腹部診察上は圧痛なく腸蠕動音も正常であったが,CTにて横行結腸の治療箇所近傍に形成された低吸収の腫瘤を中心としてtarget signを認め,腸重積と診断した.大腸内視鏡検査を施行し,腸重積は内視鏡的に整復された.CTでのほぼ均一な低吸収の液体貯留や血液検査所見,腫瘤からの生検で内部から膿汁の排出が見られたことから,粘膜下膿瘍と考えられた.前処置が悪い中での内視鏡治療,基礎疾患が膿瘍の形成に関与したと考えられた.

Ⅰ 緒  言

EMRの偶発症として,粘膜下膿瘍・腸重積はいずれも極めてまれである.今回われわれは,大腸腺腫のEMR後に粘膜下膿瘍を併発し腸重積を来した症例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:67歳,男性.

主訴:大腸腺腫EMR目的.

既往歴:糖尿病,高血圧症,脳出血,十二指腸潰瘍.

現病歴:平成16年に大腸ポリペクトミーを施行後,定期的に大腸内視鏡検査(total colonoscopy;TCS)を受けていた.平成25年8月に施行したTCSにて横行結腸に12mmの0-Ⅱa型ポリープを認め(Figure 1),EMR目的に入院となった.

Figure 1 

大腸内視鏡検査.

横行結腸に12mmの0-Ⅱa型ポリープを認めた.

病変は横行結腸中部の屈曲部にあり,前処置はやや不良で少量の残渣を認めた.蠕動が強く屈曲部であったことから手技に難渋した.無菌性のディスポーザブル針(インパクト・フロー Hタイプ;トップ社)を用い,0.1%エピネフリンを加えた電解質加高張グリセリン液を4回の穿刺で局注した後,スネア(SnareMaster 15mm;OLYMPUS社)を使用してEMRを施行.病変を切除後,クリップ6個で閉創して終了した(Figure 2).術中,明らかな穿孔や出血等の偶発症はなかった.翌日,腹部症状や血便は見られなかったが,39℃台の発熱を認めた.

Figure 2 

大腸粘膜切除術所見.

クリップにて創部を閉創し終了した.前処置不良であり,創部にも残渣が付着していた.

発症時身体所見:体温 39.8℃,血圧 104/64mmHg,脈拍70回/分.腸蠕動音は異常なし,腹部は平坦で圧痛なし.腫瘤を触知せず.

臨床検査成績:白血球が19,260/μlと著増しており,CRPの上昇も認めた(Table 1).血液培養は陰性であった.

Table 1 

臨床検査成績.

腹部造影CT:遠位横行結腸にEMR後のクリップがあり,周囲の粘膜の肥厚を認めた.そのすぐ肛門側にtarget signを認めた(Figure 3-a).同部位の口側大腸と小腸に軽度の拡張を伴っており(Figure 3-b),腸重積と診断した.

Figure 3 

腹部造影CT検査.

a:遠位横行結腸にEMR後のクリップがあり,周囲の粘膜の肥厚を認めた.

b:クリップの肛門側にtarget signがあり,口側結腸と小腸に軽度拡張を認めた.

CTで同部の造影効果は保たれていたため血流障害は伴っていないと判断し,外科医に相談の上で内視鏡的整復を試みた.脾弯曲部まで内視鏡を挿入時,透視で確認するとEMR後のクリップは横行結腸左側にあった.ガストログラフィン®で造影すると,横行結腸にカニ爪様の陰影を認めた(Figure 4).送気にて腸重積は解除され,内視鏡下で重積の先進部となる腫瘤が観察可能となった.暗青色の基部を有する腫瘤は管腔をほぼ占めており,大部分は発赤調で表面には汚い白苔が付着していた(Figure 5).腫瘤や周囲の粘膜に明らかな壊死性変化は認めなかった.臨床経過からは血腫を伴った粘膜下膿瘍を疑い,基部に近い発赤調の部位から生検すると内部から膿汁の流出を確認できた(Figure 6).腫瘤により,内視鏡が辛うじて口側に挿入できる程度に狭窄していたため,予防的に経肛門イレウスチューブを留置して終了した.絶食,抗生剤を投与して経過を見ることとし,腹部超音波検査にて膿瘍の縮小を確認し,3日後にはイレウスチューブを抜去した.食事開始後も腹部症状の増悪なく,炎症反応も正常化し,EMR 10日後に退院となった.なお,EMRの摘出標本の病理診断はtubular adenoma with high grade dysplasiaで,治癒切除であった.

Figure 4 

大腸造影所見.

a:左上腹部,横行結腸遠位部と思われる部位にEMR後のクリップを認めた.

b:ガストログラフィン®造影にてカニ爪様陰影を認めた.内視鏡の挿入に伴いクリップは近位方向に移動した.

Figure 5 

下部消化管内視鏡検査.

遠位横行結腸に,重積の先進部となる,表面に白苔が付着する腫瘤を認めた.

Figure 6 

下部消化管内視鏡検査.

腫瘤を生検すると,内部より膿汁の流出が見られた.

Ⅲ 考  察

消化管腫瘍性病変に対するEMR 260,875件中,偶発症の発生は,出血が905件と最も多く,次いで穿孔が286件であった 1)が,EMR後に粘膜下膿瘍を形成した報告はこれまでに1例のみであり,腸重積を併発した症例の報告はない(1973年~2016年3月,医学中央雑誌にて「内視鏡的粘膜切除術」/「大腸」/「膿瘍」をキーワードに検索).

本症例では診断時のTCSでEMR対象病変以外に粗大な病変がなかったこと,発熱および採血にて白血球の増多と炎症反応の上昇を認めたことなどからEMR後に何らかの炎症性あるいは感染性変化を来していると推測された.生検で組織を採取したところ,腫瘤内部から膿汁の流出を認め,EMR後に形成された粘膜下膿瘍と診断した.

EMRの際には,ディスポーザブルの無菌性の処置具を使用しており,使用した薬剤およびデバイスは膿瘍の原因とは考えにくい.

無菌性の局注液・デバイスを用いても,残渣が残っているような腸管内で粘膜下局注をした場合,細菌が混入する可能性を否定できない.しかし,それでも通常は粘膜下膿瘍を形成することはない.一方で,大腸癌術前のマーキング後に粘膜下膿瘍を来した報告がある.これらの報告では,いずれもIndia inkを局注に用いており 2)~4),Bangら 4)は局注による菌の侵入や,墨の原料や添加物に対する炎症反応が原因である可能性があると推測している.

術前マーキングとEMRの大きな違いは,術後の粘膜欠損の大きさである.平名らは,胃のDieulafy潰瘍に対して純エタノールと高張ナトリウム・エピネフリン液を用いて止血した後に胃粘膜下膿瘍を来した症例の報告をしているが,Dieulafy潰瘍では通常の胃潰瘍と異なり粘膜欠損がほとんどないことが原因の1つであると推測している 5).局注などの膿瘍が形成される原因があったとしても,自然に排膿される潰瘍面があれば膿瘍が形成されるまでに至らないと考えられる.今回の症例ではEMR後の潰瘍を比較的密にクリップで閉創した.クリップで閉創した際に糞便も混入したと考えられ,潰瘍面を密に閉じたことが排膿を妨げることになり,粘膜下膿瘍を形成するに至った大きな原因と考えられる.

宿主側の問題としては,コントロール不良の糖尿病が基礎疾患にあり易感染性であったことが考えられる.江藤らの報告 6)では,顆粒球減少が膿瘍形成の原因と考察しているように,易感染性の宿主では注意が必要と考えられる.

大腸内視鏡検査が普及するとともに,活動性の低下した高齢者あるいは糖尿病を基礎疾患に有する例,抗精神病薬内服例など,前処置が不良な状態で検査せざるを得ないことも多くなってきた.しかし,極めてまれではあるが,切除後に粘膜下膿瘍を形成する可能性もあることから,内視鏡的切除を施行する際には可能な限り残渣のない状態で行うことが望ましいと考えられた.

Ⅳ 結  論

大腸腺腫に対するEMR後に粘膜下膿瘍を合併し,腸重積を併発した1例を経験した.易感染性の宿主においては,極めてまれではあるが膿瘍を合併する可能性もあるため,前処置を良くし,処置の際は創部を清潔に保つ必要があると考えられた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
© 2016 一般社団法人 日本消化器内視鏡学会
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