日本消化器内視鏡学会雑誌
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家族性大腸腺腫症における結腸全摘・回腸直腸吻合術後の残存直腸癌発生リスクに関する検討:単施設研究
前畠 裕司 江﨑 幹宏中村 昌太郎平橋 美奈子植木 隆飯田 三雄北園 孝成松本 主之
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2016 年 58 巻 11 号 p. 2323-2331

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要旨

目的:家族性大腸腺腫症における結腸全摘・回腸直腸吻合術後の長期的な残存直腸癌発生の危険性を評価することを目的とした.

方法:結腸全摘・回腸直腸吻合術が行われた自験家族性大腸腺腫症患者27例において,残存直腸癌の累積発生率と臨床病理学的特徴を遡及的に検討した.

結果:3.0~35.0年(中央値 21.1年)の追跡期間中に残存直腸癌が10例で確認され,30年後の累積発生率は57%と見積もられた.10例中5例で転移を認め,そのうち3例は残存直腸癌の術後再発によって死亡していた.残存直腸癌の発生率は小腸腺腫や網膜色素上皮過形成を有する患者で高い傾向を認めた.また,多変量解析では網膜色素上皮過形成が残存直腸癌発生の有意な危険因子として抽出された.

結語:結腸全摘・回腸直腸吻合術は家族性大腸腺腫症に対する予防的大腸切除術として妥当ではないと考えられた.

Ⅰ はじめに

家族性大腸腺腫症(Familial adenomatous polyposis;FAP)は主にadenomatous polyposis coli(APC)遺伝子の変異に起因する常染色体優性の遺伝性疾患である 1).基本的にFAPの大腸病変の重症度はAPC遺伝子変異部位に関連するが,患者の大半では50歳までに大腸直腸癌(colorectal cancer;CRC)が発生する 2),3).このように高いCRCの危険性を考慮して,FAP患者では予防的大腸切除術が推奨されている 4)

FAPの予防的大腸切除術は,結腸全摘・回腸直腸吻合術(subtotal colectomy with ileorectal anastomosis;IRA)と全大腸切除・回腸嚢肛門吻合術(total proctocolectomy with ileal pouch-anal anastomosis;IPAA)の2つに分類される.このうち,IPAAはIRAと比較して手技的に難しく合併症が多いと考えられてきた 5).実際,IPAA術後に腸管機能が低下し,しばしば患者のQOL低下を招く場合がある.さらに,女性患者において不妊リスクを増加するとも報告されている 6).一方,IRAでは直腸が残存するため,術後に残存直腸癌(cancer in the rectal remnant;CRR)が発生することがある 7)~9).そのため,IRA術後の内視鏡サーベイランスが必要となるが 10),近年のメタ解析ではIRA術後のFAP患者におけるCRR発生率は5.5%と低率であると報告されている 11)

今回われわれはFAPにおけるCRR発生リスクを検証する目的で,IRAが行われたFAP患者の臨床経過を遡及的に検討した.

Ⅱ 方  法

1.対象

1990年から2004年に当科でFAPと診断・加療された患者は70家系96例であった.FAPの診断基準は100個以上の大腸腺腫を認めるものとした.FAP患者のうち81例で診断時に手術が行われていた.2000年までは術後合併症のリスクを考慮し予防的大腸切除術としてIRAが選択され,48例に行われていた.しかし,IRA術後にCRRの発生を経験したため,2000年以降は予防的大腸切除術をIPAAへ変更し,18例に行われていた.予防的大腸切除術に対する同意が得られなかった2例,ならびに手術時にFAPと診断されていなかった3例で大腸癌に対して大腸部分切除術が施行されていた.切除不能大腸癌を合併した10例では,回腸人工肛門造設術のみが施行されていた.手術が行われた患者のうち,IRA以外の術式(大腸部分切除術,回腸人工肛門造設術,IPAA)が選択された33例は本検討から除外した.また,IRA術後に当科で十分な経過観察が追えなかった21例も対象から除外した.最終的にIRA術後に内視鏡サーベイランスを実施しえた22家系27例を本研究の対象とした.

2.APC遺伝子解析

APC遺伝子変異の解析はprotein truncation test(PTT)法を用いて既報のように行った 12).すなわち,末梢血白血球からDNAとmRNAを抽出し,mRNAはcDNAへ逆転写した.cDNAは2対のプライマーを用いてPCR法で増幅してAPC遺伝子の近位側とし,DNAは4対のプライマーを用いて増幅してAPC遺伝子の遠位側とした.これらのPCR産物をウサギ網状赤血球ライセートに添加し,38Sでメチオニンを標識させ蛋白への翻訳を行った.合成蛋白はSDS-PAGEを用いて電気泳動し,全長または短縮蛋白を決定した.これらの結果に基づき,APC遺伝子解析の結果を近位側変異(codon 479より近位側),遠位側変異(codon 479より遠位側),および変異陰性の3群に分類した 12).遺伝子解析に際して,すべての患者から文書での同意を取得した.また,APC遺伝子解析は九州大学病院の倫理審査委員会の承認を得て行った.

3.臨床徴候の評価

対象の臨床徴候はIRA施行時の臨床記録に基づいて決定した.大腸腺腫数は切除標本の肉眼所見で直接計測して評価し,腺腫数が1,000個以上を密生型,1,000個未満を散在型と分類した.胃十二指腸病変の有無は側視鏡を用いた上部消化管内視鏡検査に基づき,組織学的所見を加味して決定した 13)~15).小腸腺腫についてはダブルバルーン内視鏡検査,ないしは術中小腸内視鏡検査の内視鏡所見に組織学的所見を加味して決定した 16)

消化管外徴候に関しても評価を行った.表皮嚢腫については皮膚科医の評価に基づき,骨腫の有無はpantomographyで確認した.網膜色素上皮過形成(congenital hypertrophy of the retinal pigment epithelium;CHRPE)は眼科医が眼底検査で評価を行い,デスモイド腫瘍については理学所見と腹部CT検査で評価した.

4.残存直腸癌

IRA術後は2名の経験を積んだ内視鏡医(T.M., M.I.)により内視鏡による経過観察が行われた.サーベイランス内視鏡検査で隆起性ないし陥凹性病変を認めた場合には,少なくとも主病変から生検組織採取を行い組織学的に確認した.長径が8mmよりも大型の腺腫に対しては内視鏡切除を行った.経過観察中に残存直腸内に新たに発生した癌をCRRと定義した.

5.統計学的解析

経過観察の最終追跡日はCRRが発見された日,または最終の内視鏡検査日とした.CRRの累積発生率はKaplan-Meier法で算出し,群間の比較はlog-rank検定により行った.CRR関連因子の検索においては,単変量解析でP値<0.2となった因子を抽出し,Cox比例ハザードモデルによる多変量解析を行った.各検定でP値<0.05を有意差ありと判定した.

Ⅲ 結  果

1.対象の臨床像

Table 1に対象のIRA施行時の臨床像を示した.対象は男性16例,女性11例で,年齢は9~66歳(平均±SD;33±16歳)であった.大腸病変は8例(30%)が密生型で,CRCが13例(48%)に確認された.APC遺伝子変異は21例で解析が行われ,そのうち14例が陽性であった.十二指腸腺腫症(81%),および骨腫(89%)がそれぞれ最も高頻度に認められた消化管徴候,および消化管外徴候であった.

Table 1 

対象の臨床像.

IRA施行後の追跡期間は3.0~35.0年(中央値 21.1年)で,内視鏡検査は24例で年に1-2回,2例で2年に1回継続して行われていた.他の1例ではIRA施行後の15年間は内視鏡サーベイランスが行われたが,その後CRRが診断されるまでの16年間はサーベイランスを拒否して受けていなかった.なお,内視鏡サーベイランス期間中に,16例で計178個の大型腺腫に対し内視鏡切除が行われていた.

2.残存直腸癌の発生と臨床成績

追跡期間中にCRRは27例中10例(37.0%)で確認された.CRRの累積発生率は10年後8%,20年後19%で,30年後には57%へ上昇していた(Figure 1).

Figure 1 

残存直腸癌の累積発生率.

IRA,subtotal colectomy with ileorectal anastomosis.

Table 2にCRR症例の臨床病理学的所見を示した.1例(症例6)では同時に2病変のCRRが診断されていた.1例を除くすべての症例でCRRは20mm未満であり,粘膜下層へ浸潤したCRR3例はいずれも10mm以下であった.

Table 2 

残存直腸癌の臨床病理学的所見.

直腸切除術は5例で施行され,そのうち2例では術後補助化学療法が行われていた.3例はCRRの再発により死亡していた.症例2ではIRA術後3年目に最初のCRRを内視鏡切除したが,経過中にリンパ節転移を伴うCRR4病変が出現し,IRA術後33年目に手術が行われていた.また,症例3と症例9では最初のCRRをIRA術後35年目,16年目に内視鏡切除したものの,それぞれ40年目,25年目に別のCRRが出現し手術が実施された.最終的に,CRR症例の10例中8例で直腸切除術が施行されていた.

3.CRR発生に関連する因子

Table 3にIRA施行時の臨床像に基づいたCRRの累積発生率の比較を示す.単変量解析では,小腸腺腫合併例で非合併例よりCRR発生率が高い傾向を認めた(P=0.08).また,CHRPE合併例では非合併例よりCRR発生率が高い傾向を示した(P=0.097)(Figure 2).しかし,APC遺伝子変異,大腸腺腫症の程度,消化管徴候を含むその他の因子は,CRRの累積発生率と関連しなかった.

Table 3 

IRA施行時の臨床像による残存直腸癌の累積発生率の比較.

Figure 2 

網膜色素上皮過形成の有無による残存直腸癌の累積発生率の比較.

CHRPE,congenital hypertrophy of the retinal pigment epithelium;IRA,subtotal colectomy with ileorectal anastomosis.

Table 4に示すように,多変量解析ではCHRPE(ハザード比 8.314;95%信頼区間 1.182-203.1,P=0.03)がCRRの発生に関連する有意な因子として抽出された.一方,小腸腺腫(ハザード比 7.502;95%信頼区間 0.792-318.9,P=0.09)は関連する傾向を認めたが有意ではなかった.

Table 4 

多変量解析による残存直腸癌発生の危険因子.

Figure 3に自施設におけるFAP患者の予防的大腸切除術に関する管理方針を示す.まず,診断時に大腸癌を合併した患者ではIPAAを実施する.密生型の患者に対しても予防的大腸切除術としてIPAAを推奨する.散在型の患者や予防的大腸切除術に同意しなかった密生型の患者ではサーベイランス内視鏡検査を1-2年間隔で実施し,大型の腺腫に対しては内視鏡切除を行う.これらの大腸非切除例では,chemopreventionとしてスリンダク(200-300mg/日)投与を実施する 17).chemopreventionと内視鏡切除を併用しても腺腫が増加してきた患者では,検査間隔を年に1-2回に短縮する.内視鏡サーベイランス中に大腸癌,あるいはコントロール困難な大腸腺腫症が出現した場合にはIPAAを推奨する.なお,FAPと診断された患者の子供には19歳までに大腸内視鏡検査を受けることを勧め,大腸腺腫を認めた際は内視鏡サーベイランスを開始する.

Figure 3 

当科での家族性大腸腺腫症の予防的大腸切除術に関する管理指針.

Ⅳ 考  察

以前よりIRAはFAP患者に対する予防的大腸切除術の選択肢と考えられてきたが,CRR発生が術後の臨床的問題として取り沙汰されてきた.しかし,観察期間中央値が6~11年の検討ではIRA術後のCRR発生率は5~17%程度であり,比較的低率とされてきた 18)~21).そこで,今回より長期間(中央値21年)追跡しえたFAP患者でCRRの発生リスクを評価したところ,37%と高率であることが判明した.さらに,IRA術後30年でのCRR累積発生率は57%に達すると推測された.過去報告に比べて本研究ではIRA術後のCRR発生リスクが明らかに高かったことは注目すべき点と思われる 18)~21)

ところで,本研究のCRR発生率を既報告と比較するにあたって初発大腸癌の臨床転帰の相違を考慮する必要があろう.この点に関してヨーロッパの多施設共同研究の場合,IRAを行った659例中47例でCRRを認めたものの,患者の主な死因は初発癌の転移であった 22).それに対して,本研究ではIRA後に初発癌の転移で死亡した症例は1例もなかった.本研究でも10年後のCRRの発生率は8%と低率であったことから,既報告におけるCRR発生率が低率である原因の一つとして追跡期間が短かったことが影響した可能性が推測される.

FAPの大腸病変の程度はAPC遺伝子型と関連することが示唆されているが 3),本研究ではAPC遺伝子の近位側変異群と遠位側変異群でIRA術後のCRR発生率に差を認めなかった.APC遺伝子のcodon 1250-1465に変異を認める症例では,IRA術後の直腸腺腫症が顕著となるリスクが高いことが示唆されている 23).また,Bertarioらはcodon 1250-1465変異陽性とIRA時の大腸癌合併がCRRの有意な危険因子であったことを報告している 19).一方,APC遺伝子型とIRA後のCRR発生に関連を認めないとする報告も散見される 20),24).本研究ではAPC変異陰性群の7例中2例(29%)においてもCRRを認めたことも考慮すると,APC遺伝子変異の有無に関わらずIRA術後の内視鏡サーベイランスは必要と考えられた.

本研究では,CRR発生と関連し得るFAPの臨床徴候を検討した結果,CHRPEが独立した危険因子として抽出された.CHRPEはFAP患者で最も頻度の高い大腸外徴候のひとつでcodon 311-1465変異との関連が示唆されているが 25),26),同遺伝子領域の一部は密生型大腸腺腫症とも関連している 27).一方,本研究ではAPC遺伝子変異や密生型大腸腺腫症はCRRとの関連が明らかではなかったことから,CRR発生リスクはAPC遺伝子型や大腸徴候では決定されないものと推測される.このような相反する結果はAPC遺伝子型や大腸徴候の分類の相違に起因する可能性も否定できないが 23),28),CHRPEを伴うFAP患者ではIRA術後も内視鏡サーベイランスにより慎重に経過を追う必要があると考えられる.

Jangらは,CRRは進行期で発見される場合が多く予後不良であることを報告している 29).本研究でも,1例を除く全例で定期的な内視鏡サーベイランスを実施し,16例では積極的な内視鏡的ポリープ切除を併用していたにも関わらず,CRR発見時には5例で転移を認め,3例は再発により死亡の転帰を取っていた.IRA術後に直腸ポリープが多発する例ではCRRを見逃す可能性があることから 30),より綿密な内視鏡サーベイランスが予後改善のためには必要かも知れない.しかし,腫瘍径が小さいにも関わらず粘膜下層浸潤をきたしていたCRR3例中2例ではリンパ節転移も伴っていた.FAPにおけるCRCは通常adenoma-carcinoma sequenceの発癌経路を辿るとされるが 31),CRRでは生物学的悪性度が高い可能性が推測される.この点に関して,大腸腺腫症の急速な進行を認めた1例ではAPC遺伝子変異に加えてMLH1 遺伝子にも変異を認めたことが報告されている 32).CRRにおける生物学的悪性度の解析には,MLH1やDCCといった腫瘍関連遺伝子の免疫組織学的あるいは遺伝学的評価が必要かもしれない 32),33)

本研究ではいくつかの制約がある.まず,対象数が少ない単施設研究であるため,選択バイアスが含まれている可能性が挙げられる.しかし,本研究では少なくともIRA術後のFAP患者における長期的なCRR発生リスクを示し得たと考えている.次に,APC遺伝子変異をPTT法による結果のみで分類したため,APC遺伝子変異の関与を過小評価した可能性がある.しかし,FAPではAPC遺伝子のミスセンス変異は稀であることを考えると 34),CRRとAPC遺伝子型の関連を見る上で今回の分類方法が与えた影響は少ないと考えられる.最後に,本研究は遡及的研究であるため,IRA時の直腸ポリープ数を評価できなかった点である.Valanzanoらは,10個未満と直腸ポリープ数が少ないFAP患者ではIRA術後の経過が良好であったことを報告している 35).しかし,IRA術後の残存直腸ポリープ数は多くのFAP患者で経過ととともに増加することから,内視鏡サーベイランスに基づいた要因を見出す方がCRR発生リスクの高い患者を抽出する上でより実践的と考えられる.CRR発生例ではCRRの診断時に多数の直腸ポリープを伴う症例が多いことから,直腸ポリープ数の経時的変化に着目することも必要かもしれない.

本研究結果から,FAP患者におけるIRA術後のCRR発生リスクはかなり高い可能性が推測された.加えて,積極的な内視鏡サーベイランス施行例においてもCRR発見時にはしばしば遠隔転移を伴っていた.よって,FAP患者に対する予防的大腸切除術としてIRAは妥当とは言い難いと思われた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

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