日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
食道憩室が発症に関与したミノドロン酸による食道潰瘍の1例
岡田 有史 下山 克福田 眞作
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2016 年 58 巻 12 号 p. 2399-2404

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要旨

症例は84歳,女性.2年前から骨粗鬆症に対してミノドロン酸を内服していた.胸部不快感,胸部つかえ感の精査目的に上部消化管内視鏡検査を施行したところ,中部食道に憩室を認め,憩室下縁および,その肛門側に潰瘍を認めた.臨床経過および内視鏡所見よりミノドロン酸による食道潰瘍と考え,ランソプラゾール,アルギン酸ナトリウム内服で治療したところ改善し,現在まで再発を認めていない.ビスホスホネート製剤による食道潰瘍の報告は散見されるが,ミノドロン酸によるもの,食道憩室が関与した報告例はなく,貴重な症例と考えられた.

Ⅰ 緒  言

わが国では,急速な人口の高齢化に伴い骨粗鬆症患者は年々増加している.ビスホスホネート(bisphosphonate;BP)製剤は骨粗鬆症患者における骨折予防に関し豊富なエビデンスを持ち,骨粗鬆症治療の第一選択薬となっている.BP製剤の重篤な副作用として,食道潰瘍などの上部消化管障害がある.今回,食道憩室が関与したミノドロン酸(monthly経口BP製剤)による食道潰瘍の1例を経験した.食道憩室の中でも入口部の広い気管分岐部憩室(Rokitansky憩室)での異物は稀であり,文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

症例:84歳,女性.

主訴:胸部不快感,胸部つかえ感.

既往例:82歳 S状結腸癌で手術.

現病歴:2年前から骨粗鬆症,胆のう結石症に対して,ミノドロン酸(monthly製剤),ウルソデオキシコール酸を内服中であった.平成26年5月下旬より胸部不快感が出現したため,当院を受診した.胸部X線写真では異常を認めず,心電図にて心房細動を認めたため,塩酸ベラパミル点滴静注を行ったところ,胸部症状は一旦軽減した.しかし,胸部つかえ感も出現したため,再度当院を受診した.

受診時現症:身長150cm,体重45kg,体温36.2℃,血圧148/91mmHg,脈拍103回/分,不整.眼瞼結膜に貧血なく,眼球結膜に黄疸なし.口腔内,咽頭に異常なし.頸部リンパ節は触知しない.胸部聴診では心音は不整であるが,心雑音なし,呼吸音は異常なし.腹部は平坦軟で圧痛なし.

臨床検査成績(Table 1):CRP 0.91mg/dLと軽度炎症反応を認めた.単純ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスともにIgM陰性,IgG陽性の既往感染パターンであった.

Table 1 

臨床検査成績.

上部消化管内視鏡検査(Esophagogastroduodenoscopy:EGD):切歯から27cmの胸部中部食道の前壁に憩室を認め,憩室内腔下縁はほぼ潰瘍化し,さらに肛門側へ約2/3周にわたり連続する浅い潰瘍を認めた.また,憩室より肛門側の食道に小潰瘍が散見された(Figure 1).逆流性食道炎や食道裂孔ヘルニアは認めず,胃,十二指腸にも特記所見は認めなかった.食道潰瘍部の病理組織検査では悪性所見や,好酸球浸潤,血管炎などの所見は認めなかった.

Figure 1 

上部消化管内視鏡検査(初回).

a:切歯から27cmの胸部中部食道に憩室を認め,その憩室内腔下縁および肛門側へ約2/3周にわたり連続する浅い潰瘍を認める.

b:食道憩室の肛門側には小潰瘍が散在する.

臨床経過:問診ではミノドロン酸を内服した後から胸部症状が出現していた.また,食道潰瘍は食道憩室下縁およびその肛門側に限局していることから,ミノドロン酸による食道潰瘍が強く疑われた.ミノドロン酸内服は中止し,ランソプラゾール,アルギン酸ナトリウム内服で治療開始したところ,3日後には胸部症状は消失した.7日後のEGDでは,食道憩室内腔下縁の潰瘍辺縁には再生上皮を認め,憩室肛門側の小潰瘍は瘢痕化していた(Figure 2).S状結腸癌の術前検査として他院で施行したEGDでは胸部中部食道に憩室を認めていたが,潰瘍は存在しなかった.胸部CT検査では,食道憩室は気管分岐部に位置し,周囲に石灰化したリンパ節を認めることから,Rokitansky憩室と考えられた.その後も胸部症状は出現しなかったため,ランソプラゾール,アルギン酸ナトリウム内服は28日間で中止し,骨粗鬆症治療はミノドロン酸内服からアレンドロン酸点滴静注へ変更した.平成27年2月のEGDでは食道潰瘍は認めず(Figure 3),現在まで再発は認めていない.

Figure 2 

上部消化管内視鏡検査(7日後).

a:食道憩室内腔の潰瘍は再生上皮を認め,明らかな改善を認めた.

b:食道憩室の肛門側の潰瘍は瘢痕化していた.

Figure 3 

上部消化管内視鏡検査(9カ月後).

a:食道憩室内腔下縁の潰瘍は治癒している.

b:食道憩室の肛門側の潰瘍は瘢痕も確認できず治癒している.

Ⅲ 考  察

近年,わが国では高齢化に伴い,骨粗鬆症患者が年々増加している.骨粗鬆症治療薬は多種にわたるが,骨折予防に豊富なエビデンスを有するBP製剤が第一選択として使用されることが多い 1)~3).BP製剤は骨への親和性が高いため,一般的に有害事象が少ないとされるが,代表的な有害事象に胸やけや食道潰瘍などの上部消化管障害が挙げられる.

食道潰瘍の原因となる薬剤としては,BP製剤の他に,塩化カリウム製剤 4),テトラサイクリン系の抗生物質 5),非ステロイド性抗炎症薬 6),ダビガトラン 7)などが挙げられる.薬剤性食道潰瘍は,一般的には薬剤が食道内に停滞し,長時間にわたり食道粘膜に接触することにより発症するとされ 8),その原因として,食道狭窄,少量飲水での服用,服用後の体位などが挙げられる.

経口BP製剤による粘膜障害の原因としては,窒素含有BPによるメバロン酸代謝阻害が細胞増殖障害を引き起こすこと,薬剤の直接接触による粘膜への化学的刺激が考えられている 9).上部消化管障害を予防するために,BP製剤の内服には「起床時に180ml以上の水で一気に内服し,その後30分以上臥位にならない」という方法が指定されており,食道狭窄やアカラシアでは禁忌とされている.

医学中央雑誌で1983年から2015年までに「ビスホスホネート」,「食道潰瘍」もしくは「食道炎」をキーワードで検索したところ,本邦での報告例は自験例を含め4例であった(Table 2 10)~12).症例はすべて女性で,内服薬はアレンドロン酸が2例,リセドロン酸が1例であり,ミノドロン酸による報告例はなかった.また過去の報告例はいずれも少量飲水での内服,内服後の臥位などの不適切な内服方法が原因と考えられたが,本症例では適切な内服方法が遵守されており,食道憩室の存在が原因と考えられた.BP製剤による食道潰瘍の治療法としては原因薬剤の速やかな中止が原則であり,それ以外に確立されたものはないが,過去の報告例ではプロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor:PPI)やヒスタミン2受容体拮抗薬,胃粘膜保護薬が使用されている.本症例もミノドロン酸の中止とともに,胃酸逆流による二次的な食道粘膜障害の抑制を目的としたPPIと食道潰瘍部に付着することによる粘膜保護作用をもつアルギン酸ナトリウムの内服を行うことで治癒が得られた.

Table 2 

ビスホスホネートによる食道潰瘍,食道炎:本邦の報告例.

食道憩室のX線造影検査での発見頻度は0.5~1.3%とされ 13),14),部位により咽頭食道憩室(Zenker憩室),Rokitansky憩室,横隔膜上憩室に分類され,本邦での割合はそれぞれ10~20%,70%,10%とされる.通常,食道憩室は無症状であるが,非常に稀に食道異物の原因となることがある.医学中央雑誌で1983年から2015年までに「食道憩室」,「異物」をキーワードで検索したところ,本邦での食道憩室内異物の報告は2例のみであり 15),16),いずれも歯科用金属冠の誤飲によるZenker憩室内への停滞であった.Rokitansky憩室での異物の報告例がない理由としては,憩室の発生機序による形態の違いが考えられている.Zenker憩室は圧出憩室であるため入口部が狭く,嚢状となるのに対し,Rokitansky憩室は牽引憩室であり,広い入口部,テント状の形態を呈するため,通常は憩室内に食残や異物が停留しにくい.

本症例の食道潰瘍は,食道憩室内腔下縁を中心に形成されており,食道憩室による食道内腔の相対的な狭窄があり,食道憩室内で薬剤が停留,溶解して潰瘍を形成したと推測される.薬剤性食道潰瘍と診断した根拠としては,ミノドロン酸内服後より胸部症状が出現したこと,食道潰瘍の特徴的な分布,ウイルス感染症や悪性疾患など他疾患が否定的であること,胃酸分泌抑制,粘膜保護などの非特異的な治療のみで改善したことが挙げられる.

本症例は2年前からミノドロン酸(monthly製剤)を正しい服薬法で内服していたが,入口部の広いRokitansky憩室に薬剤が停留し,食道潰瘍を発症したと考えられる極めて稀な症例である.ミノドロン酸(monthly製剤)は大きさが13.1×7mmと比較的大きな錠剤であり,食道憩室や食道裂孔ヘルニアを有する患者では,錠剤が食道内に停滞する危険性が高くなると思われる.経口BP製剤内服患者における胸部症状では,BP製剤による食道障害の可能性を念頭に置く必要があり,その診断にはEGDが有用であると思われる.また,食道潰瘍の危険性が高いと思われる症例では,経口製剤から点滴静注製剤への変更を考慮することが望ましいと思われる.

Ⅳ 結  語

骨粗鬆症患者の増加により今後はますますBP製剤を処方する機会は増加すると考えられる.経口BP製剤内服患者における胸部症状では,BP製剤による食道障害の可能性を念頭に置く必要があり,その診断にはEGDが有用であると思われる.

本論文の要旨は日本消化器内視鏡学会近畿支部第94回支部例会において発表した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
© 2016 一般社団法人 日本消化器内視鏡学会
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