2017 年 59 巻 1 号 p. 33-40
十二指腸静脈瘤は比較的稀な疾患であり,その治療法は確立されていない.今回われわれは2例の十二指腸静脈瘤出血を経験したので報告する.症例1は57歳女性.嘔吐,黒色便を主訴に受診した.上部消化管内視鏡にて十二指腸下行部にF3形態の静脈瘤を認め,バルーン閉塞下逆行性経静脈的塞栓術を施行した.症例2は54歳男性.C型肝硬変にて通院中であり,黒色便,吐血を主訴に受診した.上部消化管内視鏡にて十二指腸水平脚に噴出性出血を伴うF3形態の静脈瘤を認め,血管内塞栓促進用補綴材(ヒストアクリル,AESCULAP AG,Tuttlingen,Germany)注入にて止血を得た.2例とも再出血は認めていない.
十二指腸静脈瘤は比較的稀な疾患であり,その治療法は未だ確立されていない.今回,バルーン閉塞下逆行性経静脈的塞栓術(B-RTO),ヒストアクリル注入法にてそれぞれ止血し得た十二指腸静脈瘤出血の2例を経験したので報告する.
症例1:57歳,女性.
主訴:嘔吐,黒色便.
家族歴:特記すべきことなし.
既往歴:特記すべきことなし.
飲酒歴:ビール1日350ml.
現病歴:嘔吐,黒色便が1週間持続し,ふらつきも出現したため近医を受診した.血液検査にてHb 4.0g/dlと著明な貧血を認めたため,当院へ紹介され入院となった.
入院時現症:身長157.0cm,体重 54.2kg,意識清明.血圧 119/59mmHg,脈拍 84/min,体温 36.8℃.眼瞼結膜に貧血あり,眼球結膜に黄染なし,胸部に異常所見は認めなかった.腹部は平坦,軟,圧痛なし,腸音はやや亢進していた.
臨床検査成績(Table 1):白血球の上昇,貧血,血小板減少を認め,ビリルビン,AST,CRPの軽度上昇,アルブミン,PT活性の低下を認めた.HBs抗原,HCV抗体は共に陰性であった.

症例1の臨床検査成績.
腹部造影CT:脂肪肝を認めた.肝辺縁は鈍で表面はやや不整であった.肝左葉および尾状葉の腫大,脾腫を認めた.腹水は認めなかった.
上部消化管内視鏡(Figure 1):食道には病変を認めず,胃穹窿部にF1の静脈瘤を認めた.十二指腸には少量の血液貯留を認め,下行部にF3の静脈瘤を認めた.

症例1の上部消化管内視鏡像(入院時).
十二指腸下行部にF3の静脈瘤を認める.
治療経過:内視鏡所見より十二指腸静脈瘤出血を疑い入院当日に緊急B-RTOを試みたが,右大腿静脈からのアプローチでは流出路である右卵巣静脈へのカニュレーションは不可であった.輸血などの保存的治療を施行した上で4日後に右内頸静脈よりアプローチしたところ,右卵巣静脈からのバルーン逆行性造影にて2条の静脈瘤が描出された(Figure 2).流入路である膵十二指腸静脈から門脈までの造影剤の流出を確認後,バルーン閉塞下に5% ethanolamine olete with iopamidol(EOI)を計5ml注入した.EOIを30分間停滞させ,残存するEOIを可及的に吸引して治療を終了した.

症例1の腹部血管造影像(B-RTO時).
右卵巣静脈からのバルーン逆行性造影にて2条の静脈瘤が描出された.バルーン閉塞下に5%EOIを計5ml注入した.
治療101日後の上部消化管内視鏡では,静脈瘤形態の改善を認めた(Figure 3).その後も食道静脈瘤の出現や胃静脈瘤の悪化は認めず,再出血なく治療後51カ月間外来にて経過観察中である.

症例1の上部消化管内視鏡像(治療101日後).
静脈瘤は縮小し平坦化している.
症例2:54歳,男性.
主訴:吐血,黒色便.
家族歴:父が心疾患.
既往歴:急性腎不全,糖尿病.
飲酒歴:なし.
現病歴:C型肝硬変にて当院通院中であった.食道静脈瘤に対して内視鏡的硬化療法(EIS),内視鏡的結紮(EVL),肝細胞癌に対してラジオ波焼灼療法,肝動脈化学塞栓療法の治療歴がある.吐血,黒色便を認め,当院へ入院した.
入院時現症:身長175.0cm,体重 109.6kg,意識清明.血圧 103/56mmHg,脈拍 116/min,体温 36.4℃.眼瞼結膜に貧血なし,眼球結膜に軽度黄染あり,胸部に異常所見は認めなかった.腹部は膨隆,軟,圧痛なし,腸音正常.
臨床検査成績(Table 2):貧血,血小板減少を認めた.ビリルビン,AST,CRPの上昇,アルブミン,PT活性の低下を認めた.

症例2の臨床検査成績.
上部消化管内視鏡(Figure 4):食道にF1の静脈瘤を認めた.胃には明らかな病変を認めなかった.十二指腸水平部に白色栓を伴うF3の静脈瘤を認め,観察中に噴出性出血を認めた.

症例2の上部消化管内視鏡像(入院時).
十二指腸水平脚に白色栓を伴うF3の静脈瘤を認める.観察中に噴出性出血を認めた.
治療経過:十二指腸静脈瘤出血と診断し,入院当日に緊急で内視鏡的治療を施行した.X線透視下にヨード化ケシ油脂肪酸エチルエステル注射液(リピオドール,ゲルベ・ジャパン株式会社,東京都千代田区)混和71%ヒストアクリルを計2.8ml(ヒストアクリル 1.0mlとリピオドール 0.4mlの混和液を計2回)注入した.
治療翌日の腹部X線,造影CTでは静脈瘤内へのリピオドールの貯留を認めた(Figure 5).上部消化管内視鏡では,静脈瘤は浮腫状に変化し表面に潰瘍性病変を伴っていたが,出血は認めなかった.治療25日後には潰瘍底にヒストアクリルの露出を認めたが,静脈瘤の形態は改善傾向にあった(Figure 6).血液検査では治療翌日にビリルビン5.1mg/dlと上昇を認め,一過性に肝機能悪化を認めた.治療7日後には悪寒,発熱が出現し,血液培養にてKlebsiella pneumoniae,Enterobacter cloacaeが検出され敗血症の状態であった.他臓器に感染源となる病変は指摘出来ず,内視鏡的治療,治療後潰瘍が原因と考えられたが,抗生剤治療にて速やかに改善した.

症例2の造影CT像(治療翌日).
静脈瘤内へのリピオドールの貯留を認める.

症例2の上部消化管内視鏡像(治療25日後).
表面に潰瘍性病変を伴う静脈瘤を認める.潰瘍底にはヒストアクリルの露出を認めるが,静脈瘤の形態自体は改善傾向にあった.
その後も食道静脈瘤の悪化や胃静脈瘤の出現は認めず,再出血なく外来にて経過観察されていたが,治療後27カ月目に肝細胞癌破裂にて死亡した.
十二指腸静脈瘤は,門脈圧亢進症の0.4%と比較的稀な疾患である 1).門脈圧亢進症学会にて実施された全国アンケート調査結果では,食道,胃以外に発生する異所性静脈瘤の32.9%が十二指腸静脈瘤であったと報告されている 2).治療法は未だ確立されておらず,内視鏡的治療,IVR治療,外科治療等が各施設の状況に応じて選択されているのが現状である.
十二指腸静脈瘤の基礎疾患は肝硬変が最も多く(78.9%),次いで肝外門脈閉塞症(14.0%),特発性門脈圧亢進症(3.5%)と報告されている2).今回提示した症例1は腹部CTにて脂肪肝の所見を認めており,非アルコール性脂肪肝炎の可能性が高いと考えられた.症例2の基礎疾患はC型肝硬変であった.
医学中央雑誌にて1981年から2015年10月の期間で,十二指腸静脈瘤をキーワードに会議録を除いて検索した結果,自験例を含め181例(男性98例,女性83例,平均年齢59.2歳)の報告があった(Table 3).基礎疾患は肝硬変が140例(77.3%)と最多であり,次いで肝外門脈閉塞症9例(5.0%),特発性門脈圧亢進症7例(3.9%),膵臓癌7例(3.9%)の順であった.診断時に吐下血や貧血などの出血所見を認めた症例は132例(72.9%)であり,49例(27.1%)はスクリーニングや経過観察の内視鏡検査,画像検査,他疾患に対する手術や血管造影などで発見された症例であった.発生部位が球部に限局した症例は12例(6.6%)と少なく,他の169例(93.4%)では上十二指腸角より肛門側に静脈瘤が存在し,下行部が122例(67.4%)と最多であった.治療法が記載されている177例のうち,静脈瘤出血前に発見された症例は49例(27.7%)であった.49例のうち後日出血し治療された症例は5例,予防的治療が施行された症例は13例で,31例は無治療で経過観察されていた.予防的治療の内訳は内視鏡的治療7例,IVR治療6例であった.出血をきたした133例に対する治療法(再出血に対する治療法を含む)は,内視鏡的治療が61例(45.9%)と最も多く,次いでIVR治療22例(16.5%),内視鏡的治療とIVR治療の併用19例(14.3%)であった.内視鏡的治療61例の中ではEISが38例と最も多かった.単独で最も多く施行された治療法はヒストアクリル注入法であり,20例の報告があった.全例出血をきたした症例であったが,ヒストアクリル注入法後に再出血を認めた症例はなかった.手術単独での治療は,出血源が同定出来ず開腹に至った2000年の報告が最終であり 3),近年では手術以外の治療法が第一選択となっていた.食道・胃静脈瘤合併の有無が記載されている報告105例のうち,治療時における食道・胃静脈瘤の合併は68例(64.8%)で認められた.また,食道静脈瘤治療歴の有無が記載されている80例のうち,治療歴は55例(68.8%)で認められた.合併する食道静脈瘤の形態が記載されている報告は45例で,その内訳はF1 26例,F2 12例,F3 4例,軽度3例であった.合併する胃静脈瘤の形態が記載されている8例の内訳は,F1 3例,F2 2例,軽度3例であった.食道・胃・十二指腸静脈瘤の有無・形態がすべて記載されている6例では,食道静脈瘤の形態はF1またはF2,胃静脈瘤はF1またはF2もしくは合併なしであったが,十二指腸静脈瘤の形態はF2またはF3であった.今回提示した2症例でも食道・胃静脈瘤の形態はF1であったものの,十二指腸静脈瘤はF3の形態を呈していた.食道・胃静脈瘤が軽度であっても高度の十二指腸静脈瘤が存在する可能性があるため,消化管静脈瘤の存在が疑われる症例では十二指腸まで詳細に観察する必要がある.

十二指腸静脈瘤181例のまとめ.
今回提示した症例1では十二指腸下行部の静脈瘤からの活動性出血は認めず,輸血などの保存的治療を施行し処置具や人員を整えた上でB-RTOを再試行した.B-RTO等のIVR治療は確実な止血効果が期待できる有効な治療法であるが 4)~8),本症例のように一度のアプローチでは成功しない場合や,血行動態によっては施行出来ないこともある.また,患者の全身状態や肝機能等を考慮して適応を決定する必要がある.
症例2では十二指腸水平部の静脈瘤からの噴出性出血を認めたため,短時間で準備可能な内視鏡的治療を選択した.十二指腸静脈瘤は血流量が多いため,即時的な効果が得られるヒストアクリルなどのcyanoacrylate系薬剤でのEISは有効な治療法の一つとされている 9)~15).今回提示した症例2でも,ヒストアクリル注入法単独での治療にて再出血なく経過しているが,合併症として一過性の肝機能悪化と敗血症を来した.敗血症は治療7日後に認めたが,他臓器に感染源となる病変は指摘出来ず,内視鏡的治療,治療後潰瘍が原因と考えられた.食道静脈瘤硬化療法後の合併症として0.1%で敗血症を認めたとの報告がある 16).頻度は高くないものの重篤な合併症であり,内視鏡的硬化療法の際には注意を要する 17).また,十二指腸静脈瘤に対するヒストアクリル注入法で肺塞栓をきたした報告や 18),右心房へのヒストアクリル接着をきたした報告があり 19),硬化療法の際には遠隔他臓器塞栓等の可能性も含めて予めインフォームド・コンセントを得ておく必要がある.
十二指腸静脈瘤の血行動態や発生部位は基礎疾患によって異なる.本邦で大多数を占める肝硬変および肝後性門脈圧亢進症では,上腸間膜静脈の分枝である膵十二指腸静脈などが遠肝性血行路として発達し,十二指腸下行部や水平部に静脈瘤が発生することが多い 20).一方,欧米で多いとされる肝外門脈閉塞症などの肝前性門脈圧亢進症では,求肝性血行路の発達に伴い球部に静脈瘤が発生することが多い 20).症例2は肝硬変を基礎疾患とし遠肝性血行路として発達した水平部の静脈瘤であり,ヒストアクリル注入法での治療で問題なかったと考える.一方,球部や下行部の静脈瘤の場合は求肝性血行路の可能性があるため,肝臓への治療薬剤流入や肝血流量減少により肝不全をきたす危険性について注意する必要がある.
本邦の十二指腸静脈瘤は十二指腸深部での発生が多くみられ 2),今回提示した症例1では下行部,症例2では水平部に存在した.症例2では,治療には成功したもののスコープ操作は終始不安定であった.内視鏡的治療は比較的簡便かつ侵襲が少なく緊急止血法として有効であるが,症例によっては施行出来ない可能性がある.水平部の静脈瘤に対しダブルバルーン内視鏡を用いてEVLに成功した症例 21),胃切除後の輸入脚に存在する静脈瘤に対しシングルバルーン小腸内視鏡を用いてEISに成功した症例 22),CTで診断し得た上行部の静脈瘤に対するIVR治療後にダブルバルーン小腸内視鏡にて治療効果を判定した症例が報告されている 23).小腸内視鏡は十二指腸深部の静脈瘤の診断や治療に有用であり,施行可能な施設では考慮してもよい方法と考えられる.
今回提示した2症例では,B-RTO単独,ヒストアクリル注入法単独にて止血し得たが,内視鏡的治療とIVR治療の併用が有効であったとの報告もある.クリッピング後にB-RTOを施行した症例 24),EVL後にB-RTOを施行した症例 25),Aethoxysklerolとethanolamine oleteでの内視鏡的硬化療法後に経皮経肝門脈塞栓術を施行した症例が報告されている 26).何れも出血をきたした症例であるが,3例とも再出血は認めていない.簡便性や侵襲の程度を考慮すると,活動性出血を認めた症例ではまず緊急で内視鏡的治療を施行し,必要に応じて待機的なIVR治療を追加するという方法が現実的ではないかと考えられる.十二指腸静脈瘤の患者は肝機能不良であることが多く,個々の全身状態,静脈瘤の血行動態,各施設の状況,治療時期等に応じて適切な治療法を選択する必要があると考えられた.
B-RTO単独,ヒストアクリル注入法単独にて止血し得た十二指腸静脈瘤出血の2例を経験した.患者の全身状態,各施設の状況や活動性出血の有無等に応じて適切な治療法を選択する必要があると考えられた.
なお,本稿の一部は第85回日本消化器内視鏡学会総会(京都)で発表した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし