日本消化器内視鏡学会雑誌
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手技の解説
抗血栓薬継続下における胃ESD手技
吉福 良公 岡 志郎田中 信治佐野村 洋次茶山 一彰
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2017 年 59 巻 11 号 p. 2630-2639

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要旨

2012年7月,日本消化器内視鏡学会より『抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン』が発刊され,血栓症の発症リスクが高い患者において低用量アスピリン(low dose aspirin:LDA)単独服用者はLDAを休薬することなく消化器内視鏡処置を施行してもよいとされた.LDA内服継続下における早期胃癌に対する内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)の際,循環器・脳神経内科などの専門科コンサルトによる全身状態の把握,予期せぬ急変時に対応できる体制の整備,ESD中の確実な止血操作手技,ESD終了時の切除後潰瘍底の視認可能な血管に対する凝固止血やsecond look内視鏡検査などによる後出血対策が重要である.当科では2010年12月以降,院内規定によりLDA内服患者は全例LDAを継続したままで胃ESDを施行しているが,後出血率はLDA内服継続例(7%)とLDA休薬例(4%)の両群に有意差はなく,LDA内服継続例における周術期の虚血性疾患イベントは1例も認めなかった.

Ⅰ はじめに

虚血性脳血管障害や虚血性心疾患に対する抗血栓薬の2次予防効果が明らかとなり 1),2,本邦においても人口の高齢化に伴い内視鏡治療患者における抗血栓薬服用者の割合は増加傾向にある.従来,内視鏡治療時における抗血栓薬の取り扱いに関しては,2005年12月の日本消化器内視鏡学会による『内視鏡治療時の抗凝固薬,抗血小板使用に関する指針』 3が参考とされていた.この指針は内視鏡治療に伴う出血予防を重視しており,抗血栓薬の休薬を推奨するものであった.一方,循環器および脳血管系の専門医の立場からは,抗血栓薬中止は虚血性脳血管障害,虚血性心疾患再発のリスクを増加させるため 4),5,その取り扱いが問題となっていた.

2012年7月,日本消化器内視鏡学会より『抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン』 6が発刊され,内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)などの出血高危険度の消化器内視鏡治療において,血栓症発症リスクが高い場合には低用量アスピリン(low dose aspirin:LDA)単独服用者ではLDAを休薬することなく施行し,血栓症発症リスクが低い場合はLDAを3-5日間の休薬,LDAを含む多剤の抗血小板剤を内服している場合にはシロスタゾール置換が推奨された.

当科では2012年7月の日本消化器内視鏡学会『抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン』 6刊行以前より,院内規定により2010年12月以降のLDA内服患者は全例LDA内服を継続したままで内視鏡治療を施行している 7

本稿では当科におけるLDA内服継続患者における胃ESDの実際と治療成績を紹介し,周術期管理の注意点を含めて解説する.

Ⅱ 当科におけるLDA内服継続下での胃ESDの実際

胃ESD手技は,LDA内服継続下であっても基本的には通常と同様である.ただし,LDA内服患者は出血のハイリスク群であることを念頭に,適切な周術期管理,術中出血の軽減,後出血予防の点でより慎重に対応する必要がある.以下,当科におけるLDA内服継続下での胃ESDの実際について述べる(Table 1).

Table 1 

当科におけるLDA非内服例とLDA内服継続例における胃ESDの相違点.

1)術前休薬

2次予防として抗血栓薬を内服中の患者は,脳血管障害,虚血性心疾患などの合併症を有し重症度も様々のため,単独で休薬や継続を判断せずに各専門科へのコンサルトを行い個々の患者について治療方針を決定する.基礎疾患の状況によってはESDそのものの適応についても慎重に判断する必要がある.

当科では2010年12月以降,『広島大学医療安全管理指針』の院内規定に従い,LDAを含む抗血小板薬はすべて休薬することなくESDを施行している.冠動脈ステント留置後の抗血小板薬2剤併用下でも同様である.抗凝固薬に関しては,ワルファリン単独投与は,ESD前3~5日より薬剤を中止しヘパリン置換を行い,ヘパリンはESD開始3時間前に中止する.また,直接経口抗凝固薬(DOAC)投与の場合にはESD前日から休薬し,ESD翌日より内服再開とする.なお,日本消化器内視鏡学会『抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン』では,LDA以外の抗血小板薬単独内服の場合には,チエノピリジン誘導体が5~7日間,チエノピリジン誘導体以外では1日間の休薬期間が推奨されている.

2)前処置と全身管理

麻酔科管理のもと全身麻酔下にてESDを行っている施設もあるが,当科ではLDA内服患者においても通常どおり内視鏡室で施行している.抗血栓薬内服中の患者は,ESD中に予期せぬ血圧低下,徐脈,呼吸抑制などが起こるリスクも高いため,急変時にも迅速に対応できるような体制(救急カートの準備や外科医,麻酔科医との連携,事前に治療がある旨を伝えておくなど)を整えておくことが重要である.

補液は2,000ml/日~2,500ml/日とし,体重や基礎疾患に応じて適宜増減している.LDA内服患者においても,脱水は血栓症の高リスクであり十分な補液が望ましい.sedation以外の前処置は,通常の上部消化管内視鏡検査と同様に行う.われわれの施設では,胃ESD時のsedationはミダゾラム10mg,ハロペリドール5mg,ペンタゾシン15mgによる静脈麻酔を基本とし,年齢や体重を加味して適宜増減している.ESD中は心電図モニター,自動血圧計,SpO2モニターでバイタルをチェックするとともに,深部静脈血栓症予防のため両下腿に非侵襲式間欠式空気圧迫療法を行っている.

3)スコープの選択

われわれは前方送水機能を有する1チャンネルスコープ(OLYMPUS社製H260Z,Q260JとFUJIFILM社製EG-L600ZW)と,2チャンネルスコープ(OLYMPUS社製マルチベンディングスコープGIF-2TQ260MとFUJIFILM社製EG-450D5)を主に使用する.2チャンネルスコープを使用する利点としては,1チャンネルスコープとほぼ同様の操作性を有しながら,1)処置具を左右2カ所の鉗子口で使い分けることで,病変へのアプローチが容易になること,2)出血の際に鉗子口に処置具を挿入したままで血液吸引やもう一方の鉗子口から止血鉗子などを使用できること,などがあげられる 8)~10

4)マーキング

通常,針状メスを使用することが多いが,LDA内服患者では出血が少なく明瞭なマーキングが可能なアルゴンプラズマ凝固を使用している.マーキングは病変の辺縁から分化型腺癌では5mm,未分化型癌では10mm離して行っている 11.未分化型癌は病変周囲より4点生検を行い,組織学的に病変が陰性であることを確認しておく必要がある.なお,LDA内服継続下での生検の安全性に関しては,健常人を対象とした検討の結果,出血リスクは増加しないことが報告されている 12),13

5)局注

局注液に関しては,LDA内服の有無で特に変更はなく少量のインジゴカルミンを混入したグリセオール液を使用している.病変の挙上が不十分な場合には,粘膜下膨隆維持に優れたヒアルロン酸ナトリウムを使用する.

6)高周波電源装置とESD用ナイフの選択

高周波電源装置にERBE社のVIO300D,またはOLYMPUS社のESG-100,ESD用ナイフはITナイフ2を主に使用している.また,われわれは一つのESD用ナイフに固執するのではなく,病変の局在,呼吸性変動の強さ,線維化の程度などに応じて各種ESD用ナイフを適宜選択している 14

7)粘膜切開

LDA内服の有無でESD手技そのものに変更はないが,出血のハイリスク群であることを意識してより慎重に治療を進めることが重要である.

針状ナイフでプレカットを行い,同部位にITナイフ2の先端を入れて切除を開始する.基本的にITナイフ2のみで全周切開を行う.体部大彎などITナイフ2のテンションがかかりにくい状況では,DualナイフやHookナイフなどの先端系ナイフを第一選択としている.粘膜切開を行うたびに出血をきたす術中出血コントロール不良例は,止血鉗子を使用して確実に凝固止血することが重要である.

8)粘膜下層剥離

全周切開後,局注を追加し粘膜下層を視認しながら剥離を進める.術中視野とカウンタートラクションを確保するために先端透明フードを装着する.ITナイフ2による粘膜下層剥離の際,通常は高周波電源装置の設定を切開モードで使用している.LDA内服下では出血を軽減するため凝固モードを使用することが多い.露出血管や穿通枝を認めた場合には,ITナイフ2などのESD用ナイフによる不確実な凝固止血ではなく,確実に凝固止血可能な止血鉗子を使用する(Figure 1).最近,粘膜下層の血管が豊富で呼吸性変動が強い場合には,止血能に優れたSBナイフ 15を使用する機会が増えている.SBナイフは,血管が多く出血を生じやすい部位であっても圧座しながら通電することで高い止血効果を合わせ持つことが特徴である(Figure 2).

Figure 1 

穿通枝に対する止血鉗子を用いた凝固止血(80歳代男性,LDA内服を継続中患者).

a:粘膜下層剥離時に穿通枝を認めた.

b:止血鉗子で血管を確実に把持し,凝固止血を行った.

c:凝固止血後.

Figure 2 

SBナイフshortを使用した粘膜下層剥離の実際(60歳代男性,LDA内服を継続中患者).

a:当初ITナイフ2を使用していたが,粘膜下層に血管が多く術中出血コントロール不良であり,筋層に対して直視下のアプローチになったため,SBナイフshortに変更した.

b:SBナイフshortにて出血する血管を含めて粘膜下層を把持した.

c:ソフト凝固で通電後に粘膜下層の剥離を行った.

d:同部位の粘膜下層剥離後.この後,SBナイフshortの使用により術中出血コントロールは良好であった.

潰瘍(UL)高度合併例では,粘膜下層と筋層が一体化している場合があり,強い線維化のため剥離操作に難渋する場合が少なくない 16.このような場合,ITナイフ2にてブラインド操作で切除すると穿孔の危険性が高いため,頻回に粘膜下層に局注しスペースをつくり,状況に応じてHookナイフあるいはDualナイフを用いて剥離を進める.

9)切除後潰瘍底の観察

LDAはトロンホキサンA2の産生を阻害による血小板凝集作用を阻害し血栓の安定化(2次止血)を抑制するため,自然に止血した血管を放置してしまうと再出血のリスクが高い.LDA内服継続患者では,われわれは切除後潰瘍底の視認可能な血管のみならず 17,発赤部に対しても凝固止血を追加している.明らかな視認血管を認めない切除後潰瘍周囲あるいは潰瘍底からのoozingに対して,ポリドカノール局注も併用している 18.ポリドカノール局注の際,局注針による穿孔あるいは壁外へ局注液の漏出を予防するため,1.8mmの短い鈍針で1~2ccずつ局注するのがコツである(Figure 3).

Figure 3 

切除後潰瘍底に対するポリドカノール局注の実際(50歳代男性,LDA内服を継続中患者).

a:切除後潰瘍底辺縁の発赤部に対して,1.8mmの短い鈍針を使用してポリドカノール局注を行った.

b:粘膜下層の膨隆を確認しながら同部位に1ml局注した.

c:ポリドカノール局注後.本症例は後出血を認めなかった.

重篤な虚血性心疾患患者では,後出血による急激な貧血により全身状態が増悪することがあるため,二剤以上の抗血小板薬内服患者 19,LDAに加えて抗凝固薬をヘパリン置換している患者,透析中の患者 20などの出血の超ハイリスク患者に対しては,必要に応じて潰瘍底の巾着縫合術を施行することも後出血予防にも有用である(Figure 4).

Figure 4 

切除後潰瘍底に対する留置スネアによる巾着縫合術(出血の超ハイリスク群:肝硬変,慢性腎不全,血液透析を合併し,ワルファリン内服中の超高齢者).

a:マーキングおよび局注後に刺入部よりoozingを認めた.

b:切除後潰瘍底.視認血管を止血鉗子にて凝固止血した.

c:後出血の超高リスクと考え,切除後潰瘍底を留置スネアにて縫縮を試みた.

d:潰瘍の肛門側にクリップで留置スネアを固定した.

e:潰瘍底周囲に沿って全周性に留置スネアを固定後,潰瘍底を縫縮した.

f:縫縮後.本症例は後出血を認めなかった.

10)Second look内視鏡検査

原則として全例で翌日にsecond look内視鏡検査を行い,潰瘍底の確認と追加止血処置を行う 6.胃ESD後のsecond look内視鏡検査は不要という報告もあるが 21,LDA内服継続患者が後出血を生じた場合,血液循環量の低下による虚血性疾患再発の可能性があるため,われわれは少なくとも抗血栓薬内服下ではsecond look内視鏡検査は必須と考えている 17.さらに血液透析中の患者など後出血の超ハイリスク症例では,退院前のthird look内視鏡検査を施行している.食事はsecond look内視鏡検査の結果に応じて検査日の夕方あるいは翌日から開始している.当科では,潰瘍治療薬としてrabeprazole 20mg+sodium alginate 120m/day,+aluminum hydroxide 40ml/dayを内服している.

Ⅲ 当科におけるLDA内服継続下での胃ESDの治療成績

2005年1月から2017年3月に胃ESDを予定した2,269例2,659病変のうち,2次予防としてLDA内服中の142例170病変(同期間中における胃ESDの6.0%)を対象とした.LDA休薬中の2例でESD前に脳梗塞を発症したため,対象はESDを施行した2010年11月以前のLDA休薬群(52例70病変)と,2010年12月以降のLDA継続群(90例100病変)とした.これらをLDA中止群と休薬群別に,患者因子(年齢,性別,合併症:透析,高血圧,糖尿病,肝硬変,他の抗血栓薬内服)病変因子(局在,腫瘍径,肉眼型,組織型,深達度,UL,治療適応),治療成績(一括切除率,完全一括摘除率,術中出血コントロール,後出血率,穿孔率,術時間)について検討した.後出血は吐下血もしくはHb 2g/dl以上の低下 22,術中出血コントロール不良は既報のごとく1カ所の出血に対し少なくとも3回以上の止血処置を必要とする出血が10カ所以上認めたものとした 17

両群間で,患者因子および病変因子に差を認めなかった(Table 23).術中出血コントロール不良は,LDA休薬群9%(6/70),LDA継続群11%(11/100),後出血率はLDA休薬群3%(2/70),LDA継続群7%(7/100)でいずれも両群間に差を認めなかった.一括切除率,完全一括摘除率,穿孔率,術時間,ポリドカノール局注,潰瘍縫縮術の有無に関して両群間に差を認めなかった(Table 4).

Table 2 

LDA内服中の胃ESD例におけるLDA休薬群,継続群別にみた患者因子.

Table 3 

LDA内服中の胃ESD例におけるLDA休薬群,継続群別にみた病変因子.

Table 4 

LDA内服中の胃ESD例におけるLDA休薬群,継続群別にみた治療成績.

周術期における虚血性疾患イベントの発生は,LDA休薬群ではESD前に脳梗塞を発症した2例とESD直後に急性心筋梗塞を発症した2例の計4例(5%)に認めた.一方,LDA継続群では虚血性疾患イベントの再発を1例も認めなかった.

Ⅳ おわりに

LDA内服継続下における胃ESDの実際とわれわれの治療成績を中心に解説した.出血リスクと休薬による虚血性疾患イベントの発症リスクからみて,胃ESD時にLDAは休薬不要と考えられた.

今後,日本消化器内視鏡学会の『抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン』 6に従って施行した,LDAを含む抗血栓薬内服患者の胃ESD治療成績を多施設で前向きに集計し,胃ESDにおける抗血栓薬服薬管理のエビデンスを構築していく必要がある.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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