日本消化器内視鏡学会雑誌
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手技の解説
内視鏡近接困難部位の胃癌に対するESD治療のコツ
川村 昌司 菊地 達也境 吉孝
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キーワード: ESD, 胃癌, エアアシスト
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2017 年 59 巻 2 号 p. 219-225

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要旨

早期胃癌に対するESD治療において,適正な近接視野を確保することは,出血・穿孔などの偶発症予防のために重要である.近接困難部位である胃体下部〜胃角小彎病変に対するESD治療では,体位変換や適度な脱気操作と先端フード使用による近接視野確保が基本となる.一方,このような体位変換・脱気操作でも近接に難渋する例に対する補助として,マルチベンドスコープや通常内視鏡に装着可能な器具(内視鏡装着偏心型バルーン(エアアシスト))がある.ESD治療では,術前に予想しなかった線維化や・近接困難状況になることがあり,治療前から困難状況に対応できる準備をしておくことが求められる.

Ⅰ はじめに

胃癌治療における内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)は,従来のスネア法による粘膜切除術(EMR)に比べ広範な切除を可能とした.また,任意の範囲を一括切除することにより遺残の有無や転移のリスクを詳細に評価することが可能となり,現在本邦では,専門機関以外の多くの施設で施行されている手技である.

ESD治療は高周波装置・各種ナイフ・送水機能・先端フードなどの処置具・機器の開発が行われてきたが,従来のスネア法によるEMR治療に比べて出血・穿孔などの合併症が多いことが報告されている 1).出血・穿孔を避けるためには粘膜切開・剥離操作時の安定した視野確保が重要となる.特に遠景操作では血管の有無や粘膜下層〜筋層の層構造が視認しにくいことから合併症をきたす危険性が高くなる.したがって,病変に近接し血管・層構造を認識しながら処置を行うことで合併症を予防する必要がある.

早期胃癌に対するESD治療において近接困難になりやすい病変部位として胃体下部〜胃角小彎や穹窿部病変がある.特に分化型癌が多くみられる胃体下部〜胃角病変で近接困難例を経験することがある.また同部位では,大型の表層拡大病変・粘膜下層の線維化を伴う病変がみられることがありESD治療困難となる例が多い.

Ⅱ 胃体部〜胃角小彎病変への近接処置の基本

胃体部〜胃角小彎病変の近接困難時の対応として,胃内脱気操作・体位変換がある.特に胃内の適度な脱気が重要であり,通常のESD処置時には送気により胃内を膨らませるのに対し,近接困難時には適度に胃内の空気を脱気することにより内視鏡先端が処置部に近接する(Figure 1).この際に視野確保のために内視鏡先端に装着するフードが必須となり,粘膜に接することなく内視鏡先端と処置部の適切な距離を保つことで良好な視野確保が可能となる.

Figure 1

a:胃体下部〜胃角小彎の早期胃癌病変に対してESD治療を行った.マーキング後,周辺粘膜切開・粘膜下層剥離を行ったが,徐々に近接困難となった.

b:近接困難時には適度な胃内脱気操作を行うことにより内視鏡先端が粘膜に近接可能となることが多い.

c:適度な脱気と先端フードの併用により粘膜下層を視認しながら剥離操作を行った.近接処置は出血・穿孔などの合併症の予防に重要である.

脱気操作による近接が必要になる症例は胃の形状と病変部位が影響するが,治療前に近接可能であった症例でも長時間のESD操作による胃の形状の変化により徐々に近接困難となる症例もある.

また,前庭部〜胃角小彎病変では内視鏡を押し込むことにより病変から離れてしまう(paradoxical movement)例をしばしば経験する.この場合内視鏡を押し込むのではなく,内視鏡のup angleをかけた見上げの状態から適度な脱気と引き抜き操作を行うことにより近接することがある.

一方,このような脱気操作や体位変換を行っても,近接困難な状況となる例もある.脱気のみでは胃粘膜がしぼむだけで,内視鏡先端が処置部に届かない状況をしばしば経験する.このような近接困難例に使用する器具としてマルチベンドスコープの有用性が報告されている 2).同スコープは2箇所の内視鏡関節部を有することにより,通常内視鏡で届かない部位へもアプローチが可能となる.特に脱気でも近接困難な穹窿部病変に対しての有用性は高いと考えられる.

またマルチベンドスコープのない施設でも使用できる処置具としては,通常内視鏡に装着可能な偏心型バルーン(エアアシスト;トップ社)がある.同バルーンは胃体部〜胃角部小彎の近接困難部位に対するESD治療の器具として有用性が報告されている 3)

Ⅲ 偏心型内視鏡装着バルーンを用いた近接処置

1.構造と特徴

内視鏡装着バルーン(エアアシスト)はシリコン性の筒状構造で内径10mmとなっており,Olympus社 GIF-Q260Jなどの処置用内視鏡に装着可能である.使用にあたってはバルーンを内視鏡のアングル操作の妨げにならない位置にテープにて固定する(Figure 2-a).接続されている送気ラインより空気を送ることにより先端のバルーンが拡張する(Figure 2-b).特徴は均一な球状のバルーンではなく,一方向に拡張することであり,拡張したバルーンが大彎側に当たることにより,内視鏡先端が小彎側へ近づくしくみである(Figure 2-c).

Figure 2

a:内視鏡装着バルーンエアアシストの外観.

b:送気チューブからエアアシストを膨らませた様子.内視鏡屈曲の妨げにならない部位のなるべく先端にテープで固定する.up angle方向の対側にバルーンが膨らむように固定する.

c:エアアシスト使用時のシェーマ.挿入時・通常操作時には脱気した状態とし,近接困難な状況のときにバルーンを拡張させ大彎側に押し当てることで,内視鏡先端が挙上し近接可能となる.

d:胃角小彎病変で周辺切開・粘膜下層剥離を脱気しながら行っていたが,脱気のみでは近接困難となった状況でバルーン拡張した.

e:近接が可能となり,粘膜下層を視認しながらの処置が可能となった.

内視鏡を挿入する際にはバルーンをしぼませた状態で行い,治療中に近接困難な状況になった時に,見上げの状態からバルーンを拡張させる.この際,バルーンによる噴門部損傷を避けるために,見上げの視野でバルーンを視認しながら行うことが重要である(Figure 2-d,e).近接困難部位を突破した後は,バルーンを脱気すれば通常操作と同様に処置をすることが可能となり,バルーン脱気の際にも内視鏡で視認し確実に脱気することが重要である.

2.使用のコツと注意点

エアアシストは内視鏡屈曲の妨げにならない部位に装着するが,その際なるべく内視鏡先端(内視鏡関節可動部のすぐ奥)に固定することにより効率のよいリフト効果が得られ近接操作が可能となる.またバルーンと内視鏡の固定が緩いとバルーンが回転してしまうおそれがあるため,バルーンの固定をテープでしっかり行うことや,余分な潤滑剤を拭き取るなどの注意が必要である.バルーンへの送気は100-250ccが目安となるが,送気が少ないとバルーンが大彎側にあたらず近接できないことがあり,適度な送気量が必要である.一方,バルーンを拡張しすぎると内視鏡操作に支障をきたすことがあり,バルーン使用のみで近接するのではなく,適度な胃内の脱気操作を併用するとよいと思われる.

当科でのバルーン装着のタイミングは,術前検査で近接困難な例では治療開始から装着し,手技の途中で近接困難状況となった場合は,その時点で内視鏡を抜去し装着している.

3.使用成績

2010年9月より2014年10月まで当院においてエアアシストを使用してESD治療を行った早期胃癌は26例であった.病変の局在は体上部1例・体中部9例・体下部10例・胃角5例・前庭部1例であり,小彎側23例・前壁2例・後壁1例であった.体中部〜胃角の小彎側で近接困難となる例が多くバルーンを使用する例がみられた(80.8%(21/26)).また30mm以上の大型病変が42.3%(11例),粘膜下層に線維化を伴う病変50.0%(13例)であり,粘膜下層が十分に展開できない例・粘膜下の層構造をしっかり視認する必要性が高い例に使用する機会が多かった.偶発症は術後の遅発出血1例のみで穿孔はなく,全例で完全一括切除された.

4.使用症例

症例1 75歳男性.胃体下部〜胃角小彎の発赤部に早期胃癌病変がみつかった.前医にて病変近傍の出血性潰瘍に対し止血処置を行っており,術前から高度な線維化・近接困難が予想された(Figure 3-a).胃内の脱気も併用し周辺粘膜切開を行ったのち,粘膜下層剥離のため近接を試みたが,脱気操作のみでは胃がしぼみ粘膜が折り重なるのみで粘膜下層へ近づかない状況となった(Figure 3-b).エアアシストを使用し,胃内でバルーンを視認しながら200ccで拡張をしたところ,近接可能となり,良好な視野のもと粘膜下層の処置を行った(Figure 3-c).同部位の中心では予想されていた線維化が高度にみられており,層構造を想定しながらフックナイフにて剥離作業を行った(Figure 3-d).近接視野確保にバルーン使用が有用な例であった.

Figure 3

a:体下部小彎〜前壁の早期胃癌病変.術前に高度の線維化が予想された.

b:粘膜切開後に粘膜下層剥離のため脱気操作にて近接を試みたが,胃内がしぼんでしまうだけで近接困難な状況であった.

c:バルーン使用し近接可能となった.先端フードで展開しながら,良好な視野のもとに剥離作業を行った.

d:同病変は病変中央に消化性潰瘍に伴う高度の線維化がみられていた.線維化並存例では特に近接視野による処置が必要となる.同病変はフックナイフを併用し筋層の位置から切除ライン想定し慎重に剥離操作を行った.穿孔などの合併症なく一括切除可能であった.

症例2 70歳男性.胃角小彎の発赤早期胃癌病変(Figure 4-a).胃角小彎の近接困難病変であり,適度な脱気操作にて粘膜処置を行った.また肛門側から内視鏡を押し込みながら見上げ操作で処置を行ったが,徐々に近接困難となった(paradoxical movement)(Figure 4-b).無理に押し込まずに脱気操作を行いながら引き抜き操作で近接処置を行っていたが,さらに近接困難な状態となった.バルーンを装着し拡張後に近接操作が可能となった.下層の開きが悪く近接困難となった原因に,術前に予期しなかった線維化がみられた(Figure 4-c).バルーンにて確実に近接し,針状メスを使用しながら慎重に剥離作業を行った.

Figure 4

a:胃角小彎の早期胃癌0-Ⅱc病変.

b:粘膜下層剥離のため内視鏡を押し込むも近接困難な状況となった.また,脱気操作と見上げの状況で引き抜き操作を併用し処置を行ったが徐々に近接困難となった.

c:バルーンを装着し拡張後に近接操作が可能となった.同病変は中心に線維化を伴っており,近接視野のもと針状メスを使用しながら剥離作業を行った.体部〜胃角の小彎病変は事前に予想しなかった線維化がみられることがあり,近接処置が合併症予防に重要となる.

Ⅳ おわりに

処置具の改善・手技の普及により早期胃癌に対するESD治療は一般施設においても広く普及しているが,近接困難部位や線維化並存例では合併症のリスクが高くなる.また術前に予測できる状況以外に,術中に処置困難な状況となることもしばしば経験される.ESD治療においては術前に予想しなかった困難状況にも対応できるように準備しておくことが求められる.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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