要旨
欧米と日本では消化管の腫瘍性病変の病理診断基準が異なることはよく知られている.欧米では大腸癌は粘膜筋板を越えて粘膜下層に浸潤したものと定義され,その浸潤の所見はとくに間質反応(desmoplastic reaction)の出現に依存している.日本では浸潤性の有無に関わらず核異型と構造異型の組み合わせを基本として定義されている.その結果,欧米では粘膜内癌は高度異形成(high-grade dysplasia)と診断され,低分化腺癌成分を含む粘膜内癌でさえ“Tis”に分類されることになる.粘膜内癌に対しては“T1”という用語を用いるのが論理的かつ妥当である.
粘膜内癌に対して高度異形成(high-grade dysplasia)という用語を用いるのは時代遅れである.大腸癌の適切な臨床的治療がなされるためには,種々の転移危険因子を十分評価することが重要である.より親密な病理医と臨床医との協力および交流により,過剰治療や不適当なフォローアップは避けることが可能である.腸癌の欧米と日本での病理診断基準の違いは両者の交流により対処されていくと思われる.そして将来的には,分子生物学的解析が大腸癌の標準的な病理診断基準の作成に寄与するかもしれない.
Ⅰ はじめに
日本と欧米では消化管腫瘍の病理診断基準が異なることはよく知られている
1)~6).日本と欧米間の大腸癌病理診断基準の違いは1996年に東京で開催された会議で明らかとなった
2).その会議では,欧米の病理医が粘膜下層以深の浸潤を基にしたWHO分類により癌と診断したものは20例の大腸組織標本のうちわずか3例のみであったが,日本の病理医が細胞異型と構造異型を基にした日本の病理診断基準により癌と診断したものは12例であった
2).そして,1998年に開催されたVienna会議では日本と欧米間の病理診断基準の違いがより明らかになった
3).通常の欧米および日本の病理診断基準を用いて消化管腫瘍を診断した結果,診断一致率は胃では37%,大腸では45%,食道では14%であった
3).
本稿では日本における早期大腸癌の病理診断基準と治療方針をレビューし,さらに粘膜内癌の病理診断基準と早期大腸癌の治療方針の問題点を明らかにし,病理診断基準の合意へ向けた議論を行う.
Ⅱ 日本における大腸癌の病理診断基準
WHO分類に基づくと,大腸腺腫は様々な程度の核の紡錘形化と偽重層化,極性の喪失を示す腫大しクロマチンに富む核を特徴とした異型上皮であると定義されており,核異型および構造異型に基づき低異型度(low-grade)と高異型度(high-grade)に分類される.そして,大腸癌は粘膜筋板を越えて粘膜下層へ浸潤したものと定義され,浸潤は間質反応(desmoplastic reaction)の出現に依存している
7).しかしながら日本では浸潤の有無に関わらず,大腸癌は核異型と構造異型の組み合わせにより定義されている.
日本では内視鏡医から提出された膨大な量の生検組織診断の日常業務を経験し,同じ病変の切除材料における病理組織学的特徴を生検組織診断にフィードバックさせて消化管病理の診断学を確立させてきた.1970年代からわれわれは多くの早期胃癌の症例を観察してきたが,早期大腸癌は少数しか存在しなかった.生検では表層部の組織(とくに粘膜組織主体)しか採取されないため,癌であっても腫瘍組織には通常は間質反応が認められない.そのため生検組織において癌と診断するには間質反応に依存することなく判定する必要がある.粘膜内成分のみで病理診断をするためには,浸潤癌の粘膜内成分と粘膜下層浸潤成分との組織像を比較することが有効である.浸潤性大腸癌の粘膜内成分が粘膜下層と同様であれば,粘膜内成分のみでも癌と診断されることになる(Figure 1).われわれは核細胞質比(N/C比)が50%以下の低異型度の腫瘍でさえ粘膜下層に浸潤可能であることを学んできた.そのような低異型度の癌は配列の乱れた類円形核を有するが(Figure 2),低異型度の腺腫では典型的には整然と配列した紡錘形核を有する.浸潤癌は粘膜内で既に浸潤能を獲得しており,癌の診断は腫瘍の粘膜内成分で判断するのが妥当である.1990年代からとくに平坦型の早期大腸癌が発見されるようになり,胃癌の場合と同様の方法(粘膜内成分と粘膜下層浸潤成分との細胞像の比較)により大腸癌における粘膜内成分での癌の病理診断基準が確立された.
Ⅲ 日本における早期大腸癌の治療
大腸癌では粘膜内癌の外科的切除は過剰治療であると考えられている.よって,欧米の病理医は粘膜内腫瘍に対して“癌”という用語を用いるのを嫌う.内視鏡的粘膜切除術(EMR)/剥離術(ESD)が導入されてからは,平坦な大腸癌でさえ内視鏡下で切除可能となった.内視鏡切除か外科的切除かの選択においては,内視鏡像の評価や超音波内視鏡所見,X線造影検査による深達度診断が必須である.日本の消化器医は卓越した技術で癌の深達度診断が可能であるため,基本的には転移の危険性の低い病変の患者を外科に送ることはしない.さらに,日本の消化器医は早期病変の内視鏡的切除の卓越した技術を持っているため,彼らは生検による情報はその病変が切除する必要があるものかフォローアップ可能であるかの情報さえあれば十分である.
われわれは日本の大腸癌取扱い規約に従い組織学的特徴を詳細に評価し
8),十分に注意を払いながら大腸癌治療ガイドラインや内視鏡切除ガイドラインに基づき治療法を選択している
9),10).内視鏡的に切除された病変に粘膜下層浸潤が見られた場合でも,以下の条件を満たせば外科的追加切除を行わずフォローアップ可能である.それらは,①無茎性病変では浸潤距離が1mm未満,有茎性病変では茎部浸潤がない(Haggitt分類のレベル0または1に相当),②脈管侵襲陰性,③分化型腺癌,④簇出グレード1の4条件である.簇出のグレードの評価法に関しては,最も簇出が顕著な対物レンズ20倍の一視野(0.785mm2の領域に相当)で,4個以下の癌細胞からなる小胞巣が5個未満のものが簇出グレード1と判定される
11).
Ⅳ 生検診断の問題点
Vienna分類では高異型度腺腫/高異型度異形成(high-grade adenoma/dysplasia),上皮内癌(carcinoma in situ:CIS),浸潤癌の疑い(suspicious for invasive carcinoma)が非浸潤性高度異型腫瘍(non-invasive high-grade neoplasia)という名称で,Category 4という同一のものに分類され,「細胞的・構造的に悪性と同じ特徴を有しているが,間質浸潤の証拠のない粘膜内変化」と定義づけられている.Vienna分類あるいはその改訂分類を用いることにより,病理診断の一致率は改善された
3),4).高異型度異形成と粘膜内癌という異なる用語は単なる用語の違いであるということで説明可能となり,病理病理の問題は解決されたかのように思われた.しかしながら,その本質的違いは未解決のままである.
最も致命的なポイントの一つは,欧米の基準で低異型度腫瘍と判定されるものでさえ,日本の基準では癌と判定されるものが存在することである.言い換えれば,Vienna分類でCategory 3と判定されるものの中に低異型度の癌が含まれているということである.新しく提唱された診断システムは,とくに生検診断の際には腫瘍性病変のグレードや深達度を過小評価しかねないので,十分注意して用いるべきである.欧米の病理診断基準による生検組織診断が過小評価されることが示されている
12),13).胃癌における生検組織診断のグレードや浸潤度がVienna分類では過小評価されることも示されている
14).適切な臨床的治療がなされるためには,生検と切除材料での病理診断の乖離がないことが重要である.そのような乖離はサンプリングエラーでも起こりうるが,用語の問題でも起こりうる.たとえば,一つの同じ病変内で粘膜内成分はdysplasiaという用語で表され,粘膜下層成分は癌という用語で表されるという乖離が起こりうる.言い換えれば,浸潤癌の粘膜内成分は浸潤癌と同等の細胞異型を示しているのであれば浸潤性の有無に関わらず癌という用語を用いるべきであるということである.
Ⅴ 粘膜内癌と“Tis”という用語の問題点
WHO分類では粘膜内癌という用語は,「腺腫様病変が浸潤巣を持つ場合に用いられるかもしれない」と記載されている
7).粘膜固有層に浸潤を示す大腸癌(粘膜内癌)はリンパ管への侵入経路がないため転移しないと信じられていた
15),16).これが理由で,UICCのTNM分類において粘膜内癌は上皮内癌(CIS)である“Tis”に分類されているわけである
17).TNM分類では明らかな浸潤を示す低分化癌成分を有するもの(Figure 3)や脈管侵襲を示すもの(Figure 4)でさえ“Tis”に分類されることになる.このTNM分類は一旦広く受け入れられたが
8),現在では日本では“Tis”を廃止する意見が大多数である.
胃癌に関しては,粘膜内癌でもリンパ節転移が約2%の頻度でみられ
18)~20),低分化癌成分の存在が転移の危険性を高くするとされている
18)~20).粘膜下層へ浸潤した癌は転移危険因子を有するものは内視鏡的切除後も追加治療の必要性があるが,一方で危険因子のないものは内視鏡的切除で治癒可能である.しかしながら,大腸の粘膜内低分化腺癌に関する転移の危険性に関するデータはほとんどなく,転移を来した大腸粘膜内低分化腺癌の報告が少数あるにすぎない.リンパ節転移を認めた症例報告は,一つは小さな有茎性の粘膜内癌でリンパ管浸潤を示し広範囲な転移を来した症例で
21),もう一つは最大径2mmの小さなものである
22).転移はまれではあるが,大腸でも粘膜内癌の転移の危険性はあると言える
23),24).大腸粘膜内癌の転移の危険性を明らかにするには更なる大規模研究が必要であるが,“Tis”という用語は“粘膜内癌”とは同義語ではないことは明白である.すなわち,“Tis”という用語はすべての粘膜内癌に用いることは不適当であり,高分化腺癌に限って用いることは応用可能かもしれない.やはり,今のところ“T1”という用語を粘膜内癌の記載に用いることが理論的かつ妥当である.
Ⅵ 大腸癌病理診断基準の国際的合意への道
一般的に欧米では,消化管の領域においては浸潤が癌の診断には必須であるが,他の臓器においては必ずしもそうではない.それは,乳腺や肺,膀胱,前立腺などでは欧米の病理医は早期病変の経験が豊富だからである.病理学的用語の違いはおそらく早期病変の経験の違いを反映していると思われる.病理診断の修練は早期病変の経験によるものであり,この病理診断基準の問題はスライドセミナーの開催や欧米の病理医や内視鏡医が日本で研修すること,欧米で内視鏡による早期腫瘍性病変発見の増加など,日本と欧米の交流機会を通じて対処されてきた
25)~29).
日本の病理医が浸潤能を獲得した「粘膜内腫腫瘍」という用語を用いるが,この浸潤能は多数例の経験による主観的な評価にすぎない.Sugaiらは修正Vienna分類と分子生物学的変化との関連を解析し,修正Vienna分類の妥当性を示している
30).標準的な病理診断基準の作成には,早期病変の学的特徴に対応した分子生物学的解析を加えるなどの客観的手法を用いた評価が必要である
31),32).
Ⅶ まとめ
高度異形成(High-grade dysplasia)という用語を粘膜内癌病変に対して用いるのは時代遅れである.病理医は転移の危険にとらわれない理論的な病理診断基準を作成し,転移の危険性に関する種々の因子の解析・評価も行うべきで,それらの情報を臨床医に正確に伝える必要がある.より親密な病理医と臨床医との協力および交流により,過剰治療や不適当なフォローアップは避けることが可能である.大腸癌の欧米と日本での病理診断基準の違いは両者の交流により対処されていくと思われる.そして将来的には,分子生物学的解析が大腸癌の標準的病理診断基準の作成に寄与するかもしれない.
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