日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
急性壊死性食道炎を合併し保存的治療で軽快したUpside-down stomachの1例
甲斐 貴大 檜沢 一興井原 勇太郎藤田 恒平飯田 真大鷲尾 恵万江崎 幹宏飯田 三雄
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2017 年 59 巻 7 号 p. 1482-1486

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要旨

症例は83歳女性.嘔吐後に吐血し救急搬入となった.検査所見では腎不全,高血糖,高乳酸血症を認めた.胸腹部CTにて胃は著明に拡張し巨大な食道裂孔ヘルニアを認め,CTにて胃短軸捻転を合併したUpside-down stomach(UDS)と診断した.緊急内視鏡にて中下部食道は全周性の黒苔に被われた急性壊死性食道炎の所見を認めた.十二指腸観察後に捻転は解除され,翌日の内視鏡にて黒色粘膜の改善を認めた.ラベプラゾールを継続し退院3カ月後のCTでも再発なく経過している.急性壊死性食道炎を合併したUDSでは,重症化を予見し軸捻転の早期解除を念頭におく必要がある.

Ⅰ 緒  言

Upside-down stomach(以下UDS)は,高度の食道裂孔ヘルニアに伴い,幽門部を含めた胃が縦隔内に逸脱することで,あたかも胃が逆立ちした状態を呼称した疾患名である.UDSは重篤な胃軸捻転を合併する危険があることから,診断と治療には注意が必要である.今回,急性壊死性食道炎を合併し保存的治療で軽快したUDSを経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:83歳,女性.

主訴:吐血.

既往歴:38歳時に子宮癌で子宮全摘兼膀胱瘻造設術.

現病歴:腎不全,認知障害,逆流性食道炎で近医にてレボメプロマジン12.5mg,ハロペリドール1mg,ビペリデン2mg,ラベプラゾール10mgを内服治療中であった.昼から嘔吐し近医で減圧目的に胃管挿入され1.5Lの排液があり,一旦嘔吐は消失した.しかし翌朝,吐血後に一過性意識喪失し当院へ救急搬入となった.

入院時現症:身長145cm,体重42.3kg,血圧101/71mmHg,脈拍114/分,体温36.4℃,呼吸数32/分,酸素飽和度94%(室内気),心音・呼吸音異常なく,腹部圧痛ないが上腹部中心に膨隆あり,下腿浮腫なく四肢に冷感を認めた.

血液検査:高度の炎症所見(白血球19,800/μL,CRP 8.3mg/dL)と腎不全(BUN 33mg/dL,Cr 2.1mg/dL)を認め,血色素は11.1g/dLと軽度低下し,血糖は249mg/dLと高値だった.動脈血酸素分圧は73 Torrと低下し,Lactateは35mg/dLと上昇していた.

腹部単純CT:肺炎像と巨大な食道裂孔ヘルニアを認め,胃は著明に拡張していた.Multi-Planar Reconstruction(以下MPR)画像では食道裂孔ヘルニアのため前庭部が胸腔内に脱出し,UDSの所見を呈していた(Figure 1-a).胃体部は著明に拡張し,短軸方向への間膜軸性胃軸捻転が疑われた(Figure 1-b).

Figure 1 

MPR画像.食道裂孔ヘルニアのため前庭部が胸腔内に脱出しUDSの所見を呈していた(a).胃体部は著明に拡張し短軸方向への間膜軸性捻転が疑われた(b).

上部消化管内視鏡:食道裂孔ヘルニアと中下部食道に全周性の黒苔に被われた急性壊死性食道炎の所見を認め,吐血の原因と判断した(Figure 2-a,b).他に明らかな異常はなく,十二指腸水平脚まで挿入した内視鏡を時計軸方向に回転させながら抜去したところ,捻転は解除された.

Figure 2 

上部消化管内視鏡所見(第1病日).中下部食道には全周性の黒苔に被われた急性壊死性食道炎の所見を認めた(a,b).

臨床経過:搬入時の緊急CTと内視鏡所見にて,短軸方向への間膜軸性捻転を伴い急性壊死性食道炎を呈したUDSと診断した.内視鏡後に捻転は整復され,絶食補液と抗潰瘍剤による保存的治療を行った.翌日の内視鏡にて全周性の黒色粘膜の急速な白色化を認め(Figure 3-a,b),ラベプラゾールを継続し食事を再開した.肺炎も治癒し27病日に自宅退院となった.3カ月後のフォローCT検査でもUDSの再燃はない.

Figure 3 

上部消化管内視鏡所見(第2病日).全周性の黒色粘膜の急速な白色化を認めた(a,b).

Ⅲ 考  察

食道裂孔ヘルニアは病型により,食道胃接合部が横隔膜より頭側へ偏位する滑脱型(Ⅰ型),食道胃接合部の偏位はなく胃の一部が食道裂孔へ入り込む傍食道型(Ⅱ型),その混合型(Ⅲ型),さらに腹膜や腸管など他の臓器も胸腔内へ脱出した複合型(Ⅳ型)に分類される.そのうち胃の脱出が高度で,幽門部が食道胃接合部より頭側へ偏移し軸捻転を伴うものがUDSと定義されており,Ⅲ型やⅣ型に併発する 1

胃軸捻転は噴門と幽門を結ぶ線を軸に捻転する長軸捻転(臓器軸性)と,長軸とは直角に捻転する短軸捻転(間膜軸性)に大別される.自験例のような短軸捻転では噴門や幽門の通過障害は乏しく,軽症で慢性に経過する傾向がある.しかし長軸捻転では絞扼し易く,緊急処置を要する場合が多い 2.捻転解除の方法として十二指腸水平脚まで挿入した内視鏡を時計軸方向に回転させながら抜去する内視鏡的整復術があるが 3,緊急手術の時期を逸しない注意も必要である.

軽症の胃軸捻転症は内視鏡整復も容易であり,胃形成術や固定術は待機的に検討すれば良い.最近では低侵襲治療として,内視鏡的胃瘻造設キットによる胃壁固定術の有効性も報告されている 4.一方,65歳以上の軽症例では腹腔鏡下でも死亡率が1.4%で自然予後と差はないため,現在では経過観察も推奨されている 5.自験例は高齢で捻転も容易に内視鏡整復され,フォローCT検査でも再発は認めていない.

医学中央雑誌で「Upside down stomach」をキーワードに検索した結果,2015年まで会議録を除き52例の報告があった(Table 1).平均年齢は77歳で男女比は6:46と高齢女性に好発していた.症状は嘔気(62%)と嘔吐(44%)が多く,吐血が4例(8%)あった.記載のあった16例(52%)が短軸捻転,12例(39%)が長軸捻転であり,内科的に治療された7例には死亡例もあった.Obeidatら 6は1992年から2010年の期間でUDS患者39人の腹腔鏡手術の術後経過を追っているが,緊急手術の時期を逸しない注意が必要である.

Table 1 

Upside-down stomach本邦報告52例の臨床像.

自験例ではUDSに急性壊死性食道炎を合併していた.黒色粘膜を伴う食道炎は,1990年にGoldenbergら 7が最初に急性壊死性食道炎として報告し,2006年にTsumuraら 8が急性食道粘膜病変の重症型と再分類した.これまでUDSでの報告例はないが,急性食道粘膜病変の病因が食道粘膜の急性循環障害と胃酸の逆流であり,基礎疾患によっては死亡率が30%と重篤化する危険性を考慮すると 9,注意すべき合併症である.UDSは捻転による微小循環障害や通過障害による酸逆流により,急性食道粘膜障害を生じやすい病態にあると思われる.更に自験例のように高血糖や腎不全,来院直後の高乳酸血症は,急性食道粘膜病変の重症型である食道粘膜の黒色化を予測する急性循環障害の重要な指標でもある 10.UDSに急性壊死性食道炎を合併した場合には,より高度の胃軸捻転の存在を念頭におく必要があると思われる.適切な治療で基礎疾患が改善すれば,黒色粘膜は急速に白色化し瘢痕治癒するとされており 11,幸い自験例は短軸性の捻転で容易に内視鏡整復でき,急性壊死性食道炎も速やかに改善を確認できた.

高齢化に伴いUDSは今後増加することが予想され,症例に応じた適切な診断と治療が重要である.自験例のように急性壊死性食道炎を合併した場合には,重症化を予見し軸捻転の早期解除を念頭におく必要があると考える.

Ⅳ 結  語

短軸方向への間膜軸性捻転を伴い,急性壊死性食道炎を合併したUDSに対して,内視鏡的整復で保存的に加療し得た1例を報告した.

なお,本報告の要旨は第100回日本消化器内視鏡学会九州支部例会で発表した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:江崎幹宏(アッヴィ合同会社,田辺三菱製薬)

文 献
 
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