日本消化器内視鏡学会雑誌
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経験
経口腸管洗浄剤アスコルビン酸含有ポリエチレングリコール電解質製剤服用後の透析患者における血清電解質濃度の変動についての検討
座覇 修 石原 淳知念 隆之石原 健二崎原 正基石川 真吉村 美優浜比嘉 一直石原 昌清金城 福則
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2017 年 59 巻 7 号 p. 1507-1513

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要旨

【目的】透析患者において,経口腸管洗浄剤,アスコルビン酸含有ポリエチレングリコール電解質製剤(PEG-ASC)服用後の血清電解質濃の変動について検討した.

【方法】本剤服用前と服用後(大腸内視鏡終了時)で採血を行った.

【成績】高カリウム血症治療薬非使用グループ(12例)では,カリウム濃度は服用(4.5±0.4mEq/L)と服用後(4.9±0.7mEq/L)とでは有意差(P=0.012)を認め上昇していた.

【結論】透析患者にPEG-ASCに限らず,腸管洗浄剤を安全に使用するには,服用前にカリウム濃度が適切に維持されていることが重要であり,症例により高カリウム血症治療薬の使用も必要である.

Ⅰ 緒  言

ポリエチレングリコール電解質製剤(Polyethylene glycol electrolyte lavage solution,以下,PEG-ELS)は優れた洗浄効果を示し,大腸内視鏡の前処置として広く用いられてきた.しかし,PEG-ELSは服用量の多さ,味覚の問題から受容性にやや問題がある.アスコルビン酸含有ポリエチレングリコール電解質製剤(Polyethylene glycol electrolyte lavage solution containing ascorbic asid,以下,PEG-ASC)は,受容性の向上目的に開発された新たな腸管洗浄剤である.PEG-ASCは高張性であり,脱水予防のため,規定量の水分摂取が必要である.PEG-ASCは,高齢者においても循環動態への影響は少なく,安全に使用できると考えられている 1.水分・電解質バランスの恒常性維持が困難な透析患者に対する,PEG-ELSの安全性についての報告は数少なく,更にPEG-ASCに至っては,学会での少数報告例のみである.PEG-ASCは,本邦において,2013年6月よりモブプレップ®として市販され,徐々に透析患者でも使用されており,これまで重篤な副作用の報告はない.しかし,維持透析だけでは血清カリウム,リン濃度を正常範囲に維持することは困難で,多くの症例でそれぞれを補正する治療薬が使用されているのが現状である.本研究では,透析患者のPEG-ASC服用後の各種電解質濃度の変動について検討を行った.

Ⅱ 目  的

前述のように,維持透析患者のPEG-ASC服用後の各種電解質の変動を検討した.また.高カリウム血症治療薬使用の有無別に,血清カリウム濃度の変動について検討を行った.

Ⅲ 対象と方法

2014年1月から2015年10月までに大腸内視鏡を希望した透析患者で,本研究への参加に同意を得ることができた21症例(男性12例,女性9例,平均年齢67.6歳)を対象にした.大腸内視鏡は非透析日に行った.検査前日は健常者と同様に,就前にピコスルファートナトリウム10mL/本を水300mlで服用させた.検査当日は朝から絶食としたが,必要不可欠な内服薬は服用させた.検査開始予定約3時間前からPEG-ASC 1Lを約1時間で服用,さらに水0.5Lを約30分で服用させた.洗浄効果が不十分な場合は追加投与を行ったが,PEG-ASCの服用は2L以内とした.採血はPEG-ASC服用直前と大腸内視鏡終了直後に行った.

尿素窒素,クレアチニン,カリウム,リン濃度については,健常者の基準値ではなく,透析患者に一般的に用いられている目標値(予防学的閾値)を用いた 2),3.統計解析はpaired t-testを用い,有意水準は危険度を5%とした.

Ⅳ 結  果

1.被験者(透析患者)の背景

透析歴は平均で12±8.0年(中央値9.3年,1.1~31.4年)であった.

慢性腎不全の原因としては,糖尿病腎症が8例(38%),慢性糸球体性腎炎が6例(29%),腎硬化症,膜性腎症,多発性腎嚢胞がそれぞれ1例であり,他4症例の原因は不明であった.

2.採血までの時間,服用量,腸管洗浄度,自覚的副作用について

時間:服用後の採血までの時間は6.1±1.0時間(中央値6.2時間,3.8~8.3時間)であった.

服用量:1Lが18例,1.5Lが2例,2Lが1例であった.

腸管洗浄度:腸液が透明で良好が12例,やや混濁が9例であった.

尚,PEG-ASC服用後に,脱水症状または体調不良を訴える症例は認められなかった.

3.併存疾患に対する治療薬(Table 1
Table 1 

並存疾患に対する治療薬(N=21).

全21症例中20例(95%)が降圧薬を使用していた.以下,高リン血症治療薬19例(90%),胃酸分泌抑制剤15例(71%),高カリウム血症治療薬9例(43%),糖尿病治療薬8例(38%),睡眠導入薬7例(33%),高脂血症治療薬6例(29%)の順であった.尚,高カリウム血症治療薬としては,ポリスチレンスルホン酸カルシウム製剤使用者が7例(33.3%)で,1日使用量5gが1例,10gが5例,15gが1例であった.ポリスチレンスルホン酸ナトリウム使用者が2例(9.5%)で,7.5g使用者が1例,10gが1例であった(Table 2).

Table 2 

高カリウム治療薬(N=9).

4.PEG-ASC服用前の尿素窒素,クレアチニン値,各電解質濃度の評価について(Table 3
Table 3 

PEG-ASC服用後の検査値の変動(N=21).

尿素窒素,クレアチニン値については,全症例とも目標値の下限の範囲であった.Figure 1に示した症例1のカリウム濃度は5.6mEq/Lであり,唯一目標値上限(5.5mEq/L)をわずかに超えていた.当施設での維持透析は適切に行われており,他の20症例の各電解質濃度は基準値・目標値内であった.

Figure 1 

高カリウム血症治療薬使用グループ(N=9)におけるPEG-ASC服用後の血清カリウム濃度の変動.

5.PEG-ASC服用後の各電解質の変動(Table 3

1)ナトリウム濃度:服用前(138.0±3.7mEq/L)と服用後(139.2±3.3mEq/L)で軽微な上昇が認められた.統計学的には有意差(P=0.0012)を認めたが,臨床的には許容できる範囲での変動であった.

2)クロール濃度:服用前(101.9±3.0mEq/L)と服用後(103.2±3.3mEq/L)とナトリウム同様軽微な上昇が認められた.

3)カリウム濃度:全21症例での検討では,服用前(4.6±0.5mEq/L),服用後(4.7±0.7mEq/L)ともに軽微な上昇を認めているが,統計学的には有意差は認められなかった.高カリウム血症治療薬使用グループ(9例)では,服用前(4.6±0.6mEq/L)と服用後(4.6±0.7mEq/L)で,有意差は認められなかった.Figure 1に示すように,症例1はカリウム吸着剤ポリスチレンカルシウムを1日15g使用していたが,PEG-ASC服用前から唯一目標値を逸脱していた.この症例の服用前値は5.6mEq/Lで,服用後は(採血間隔7.4時間)5.7mEq/Lと軽微な上昇が認められているが,臨床的には問題のない変動であった.尚,この症例は普段からカリウムを多く含む緑色野菜を多く摂取していた.一方,高カリウム血症治療薬非使用グループ(12例)では,服用前(4.5±0.4mEq/L)と服用後(4.9±0.7mEq/L)では有意差(P=0.012)を認め上昇していた(Table 3).尚,12例中8例で,服用後にカリウム濃度の上昇が認められたが,うち7例は目標値(予防学的閾値)上限以下であった(Figure 2).

Figure 2 

高カリウム血症治療薬非使用グループ(N=12)におけるPEG-ASC服用後の血清カリウム濃度の変動.

Figure 2に示すように,症例2においては,服用前(5.4mEq/L)に対して服用後(6.3mEq/L)明らかに上昇を認めた.この症例は,糖尿病性腎症で5年間の透析歴があった.PEG-ASCの服用は1Lで,採血間隔は6時間(平均時間:6.1±1.0時間)であり,他症例と差はなかった.採血に際して溶血は認められなかった.降圧薬はCa拮抗薬とアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬を使用していた.この症例の普段のカリウム濃度は6.0mEq/Lを超えたことはなく,今回初めて6.3mEq/Lまで上昇した.尚,全症例21例のうち,服用後にカリウム濃度が変化なし,または低下した症例(8例)と上昇に転じた症例(13例)との間で,採血までの時間について有意差(6.1±1.1時間,6.2±0.9時間,P=0.94)は認められなかった.

4)カルシウム濃度(補正なし):服用前(9.6±0.4mg/dL)と服用後(9.6±0.4mg/dL)であり,変動は認められなかった.

5)マグネシウム濃度:服用前(2.3±0.2mg/dL)と服用後(2.3±0.3mg/dL)であり,ほとんど変動は認められなかった.

6)リン濃度:全21症例で,服用前(4.1±0.8mg/dL),服用後(4.4±1.0mg/dL)と有意な上昇を認めた.高リン血症治療薬使用18症例においても,服用前(4.2±0.2mg/dL),服用後(4.8±0.2mg/dL)と有意差(P=0.003)を認めて上昇を認めていたが,短期間では臨床的に問題となるような変動ではなかった.一方,高リン血症治療薬非使用3症例においては,服用前(3.5±0.5mg/dL),服用後(3.5±0.5mg/dL)とでは変動は認められなかった.

Ⅴ 考  察

PEG-ELSは,腸管からの水分や電解質の出入りがほぼ同等になるように調整された等張性製剤である 4.生理機能の低下した高齢者,維持透析中の腎不全患者に対しても安全に使用できると考えられている 5.PEG-ELSは味覚,服用量の多さから受容性にやや問題がある.普段から水分摂取の少ない高齢者,飲水制限のある透析患者では,更に受容性の低下が懸念される.PEG-ASC製剤は,PEG-ELS製剤に類似した組成にアスコルビン酸類を加え,高張性にした製剤であり,少ない服用量でも十分な洗浄効果が得られる 6)~8.湖山らは,生理機能の低下した高齢者20例(平均年齢73.6歳)へのPEG-ASC使用で,脱水,電解質の変動について,臨床的な問題は認められなかったと報告している 9.Oginoらも,解析が可能であった65歳以上の74例の検討で,PEG-ASC製剤服用前,服用後の平均の血清カリウム濃度は,それぞれ4.2±0.4mmol/Lと差がなかったと報告している 10.また吉田らは,解析が可能であった111例(平均年齢68.5歳)中4例の透析患者においても,服用後にカリウム濃度の明らかな変動が認められないことから,PEG-ASC製剤の安全性を示唆している 11.当施設では年間約3,500件の大腸内視鏡を行っており,そのうち約40例(1.1%)の透析患者が含まれている.透析患者においてもPEG-ASC製剤を使用しているが,これまで臨床的な問題は認められていない.

今回の検討では,カルシウム濃度はPEG-ASC製剤服用後で有意な変動は認められなかった.ナトリウム,クロール濃度は有意差をもって上昇したが,臨床的に軽微な変動であり問題はなかった.リン濃度は高リン血症治療薬使用グループ(18症例)においても有意に上昇を認めていたが,目標値範囲内での変動であった.

高カリウム血症治療薬使用グループ(9例)では,服用前(4.6±0.6mEq/L)と服用後(4.6±0.7mEq/L)ではほとんど変動は認めず,PEG-ASC製剤は安全に使用できると思われた.一方,高カリウム血症治療薬非使用グループ(12例)では,カリウム濃度を服用前後(各4.5±0.4mEq/Lと4.9±0.7mEq/L)で比較すると,有意差をもって上昇を認めた(P=0.01).

日本透析医学会の統計調査委員会の報告によると,透析前カリウム濃度は,5.0mEq/L以上5.5mEq/L未満の患者が23.5%,4.5mEq/L以上5.0mEq/L未満の患者が23.3%を占めていた.高カリウム血症(≧5.0mEq/L)が約半数の患者でみられ,約10%の患者が重度の高カリウム血症(≧6.0mEq/L)であった.高カリウム血症が慢性的に持続するため,食事制限の他に経口摂取したカリウムの吸収を抑制する薬剤が必要となる.ポリスチレンスルホン酸カルシウム製剤は,製剤中のカルシウムイオンを食事によって摂取されたカリウムイオンと交換・吸着させることで,カリウムの腸管からの吸収を抑制する.

PEG-ELS,PEG-ASCは下剤として腸管内で作用し,血中のカリウムを腸管内に移行させる.低カリウム血症を予防するためPEG-ELS,PEG-ASC製剤には適正量のカリウムが含まれている.今回の結果では,高カリウム血症治療薬使用の有無にも関わらず,PEG-ASC服用後に血清カリウム濃度が上昇する症例と低下する症例が認められた(Figure 12).これらの違いは,腸管内からカリウムの吸収,もしくは,血中から腸管内への排出,そのどちらが促進されているかによって生じるものと推測される.高カリウム血症治療薬使用グループでは,非使用グループを比較して,PEG-ASC服用後のカリウム濃度の上昇が経度であった.血清カリウム濃度の急激な上昇,7mEq/L以上では心停止の危険性があり緊急治療の適応となる.透析患者にPEG-ASCを安全に使用するためには,適切なカリウム濃度の維持,管理が重要であり,症例によっては高カリウム血症治療薬の使用が必要と思われた.また,透析医ともこれらの問題について認識を共有する必要があると思われた.

Ⅵ 結  語

慢性腎不全による維持透析患者に対するPEG-ASC製剤服用後の電解質の変動を検討した.より病態の特殊性の高い透析患者において,本製剤をより安全に使用するには,必要に応じて高カリウム血症治療薬を併用し,カリウム濃度の急激な上昇を抑制しておく必要がある.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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