2017 年 59 巻 9 号 p. 2403-2409
症例は66歳女性.胃角小彎に10mm大の未分化型早期胃癌があり,内視鏡治療を行った.粘膜内に限局して印環細胞癌が認められ,脈管侵襲なく治癒切除となったが,治療4年2カ月後に多発リンパ節転移にて再発した.未分化型早期胃癌適応拡大病変とされた病変から,長期的に再発した症例に関する報告が散見されており,多施設共同前向き試験の結果が出るまでは,慎重に対応する必要がある.
早期胃癌に対する内視鏡治療は,内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic Submucosal Dissection:ESD)が開発されて10年以上が経過し,その発展に伴い,治療適応が拡大されている.Gotodaら 1),Hirasawaら 2)の報告により,2cm以下の瘢痕を有さない粘膜内にとどまる未分化型癌もリンパ節転移の可能性が低いことから,ESDの適応拡大病変として,内視鏡治療が行われている.今回,適応拡大病変であった未分化型早期胃癌が4年2カ月後に再発した症例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.
症例:66歳 女性.
主訴:貧血.
家族歴:特記事項無し.
既往歴:慢性腎不全,心筋梗塞(経皮的冠動脈ステント留置後),2型糖尿病,慢性心不全.
現病歴:慢性腎不全にて透析導入目的に当院腎臓内科に入院された.貧血の精査目的に上部消化管内視鏡検査を施行したところ,胃角部小彎後壁に異常所見があり,当科紹介となった.
現症:身長:146.3cm,体重:44.1kg,体温:36.6℃,血圧:170/84mmHg,脈拍:82回/分,整.腹部は平坦で疼痛・圧痛なし.眼瞼結膜に軽度の貧血あり.
臨床検査成績:CEA 2.5ng/ml,CA19-9 3.6U/mlと正常範囲内であった.Hb 8.2g/dl,MCV 93.1flと軽度の正球性正色素性貧血を認めた.抗ヘリコバクターピロリ抗体は陽性であった.
腹部単純CT所見:胃に明らかな病変は指摘できず,周囲への浸潤の所見も指摘できなかった.肺や肝臓,胃周囲リンパ節にも明らかな転移の所見は指摘できなかった.
上部消化管内視鏡検査所見(Figure 1):胃角部小彎後壁に径10mm前後の不整形陥凹性病変(赤矢印部)と径15mm前後の不整形隆起性病変(緑矢印部)を認めた.

当院初回の上部消化管内視鏡検査画像所見.
a:胃角部小彎後壁に径10mm前後の不整形陥凹性病変(赤矢印)と径15mm前後の不整形隆起性病変(緑矢印)を認めた.
b:インジゴカルミン色素散布後.
病理組織学的所見:陥凹部の生検組織標本よりsignet ring cell carcinoma,隆起部の生検組織標本よりTubular adenomaが認められた.
以上より20mm以下の未分化型早期胃癌と胃腺腫が近接して存在する病変と判断し,適応拡大病変としてESDによる一括切除での治療を行う方針とした.貧血は軽度の正球性正色素性貧血でエリスロポエチン投与に反応し,腎性貧血と考えられた.
ESD所見:胃角部小彎後壁に径10mm前後の不整形陥凹性病変と径15mm前後の不整形隆起性病変をDual knifeにて一括切除を行った.
ESD病理組織学的所見(Figure 2):陥凹部に一致して粘膜内に限局して印環細胞癌が存在しており(赤線部),隆起部に一致して粘膜内に限局して高分化型腺癌が認められた(緑線部).深切りの検討までなされたが,病変間に正常粘膜が介在しており,独立した2病変が近接して存在していることが組織的にも証明された.胃癌取り扱い規約第14版 3)に従った病理所見では,陥凹部はEarly gastric cancer,Type 0-Ⅱc,13×8mm,sig,pT1a,ly(-),v(-),pHM0,pVM0,隆起部はEarly gastric cancer,Type 0-Ⅱa,13×6mm,tub1,pT1a,ly(-),v(-),pHM0,pVM0で適応拡大治癒切除の診断であった.

ESD病理組織学的所見.
a:切除標本の肉眼像とマッピング.赤線が陥凹性病変部で,緑線が隆起性病変部.
b:病理組織像H.E.染色,弱拡大像.
c:病理組織像H.E.染色,強拡大像.
術後経過は良好であり,半年~1年毎の内視鏡,1年毎のCTでの経過観察を近医に依頼したが,本人のコンプライアンスの問題からほとんど検査はなされていなかった.内視鏡治療4年2カ月後,肺炎発症時に撮像されたCTにて偶然的に胃に異常所見が指摘されたため,再度当院紹介となった.
臨床検査成績:CEA 3.7ng/ml,CA19-9 20.4U/mlと正常範囲内であった.
腹部造影CT所見(Figure 3):胃体部小彎側に壁肥厚,病変近傍に内部造影不領域を伴う分葉状腫瘤がありリンパ節転移を疑われた.また肝左様および尾状葉と境界不明瞭となっており,浸潤を疑う所見であった.

再発時の腹部造影CT画像所見.胃体部小彎側に壁肥厚,病変近傍に内部造影不領域を伴う分葉状腫瘤ありリンパ節転移を疑う.肝左様および尾状葉と境界不明瞭となっており,浸潤を疑う所見である.
上部消化管内視鏡検査所見(Figure 4):体中部小彎に5cm程度の頂部に不整形潰瘍をともなう粘膜下腫瘍様の腫瘤性病変が認められた.

再発時の上部消化管内視鏡検査画像所見.体中部小彎に5cm程度の頂部に不整形潰瘍をともなう粘膜下腫瘍様の腫瘤性病変が認められる.
病理組織学的所見(Figure 5):陥凹部の生検組織標本よりsignet ring cell carcinomaが検出された.

再発時の生検標本における病理組織学的所見.陥凹部の生検組織標本よりsignet ring cell carcinomaが検出された.
以上の所見より,過去にESDにて治療した未分化型早期胃癌がリンパ節転移により再発したと判断した.
基礎疾患に慢性心不全,慢性腎不全があって維持透析中であり,全身状態からも手術療法は困難であり,透析での十分な抗癌剤の除去が困難で重篤な有害事象を起こす可能性が高いという判断から,緩和医療を行う方針となった.
早期胃癌のリンパ節転移の頻度は,Sanoらによれば粘膜下層浸潤癌でも20%程度とされており 4),言い換えれば多くの症例がリンパ節転移は認めないということになる.Gotodaらは5,265例の膨大な早期胃癌の手術データの集積を基に,リンパ節転移をきたす可能性が低いとされる因子を分析した 1).早期胃癌外科切除例の5年生存率が,粘膜内癌99%,粘膜下層癌96%であることから,リンパ節転移がないことの95%信頼区間が,粘膜内癌で1%以下,粘膜下層癌で4%以下を満たす条件を解析し,元々内視鏡治療の適応病変とされていた「2cm以下の瘢痕(UL)を有さない分化型癌」に加えて,上記条件を満たす病変を内視鏡治療の適応拡大病変とした.その結果が現在のガイドラインの根幹となっている.胃癌治療ガイドライン第4版 5)によれば,早期胃癌の内視鏡的切除における適応拡大治癒切除とは,腫瘍が一括切除され,切除標本が,①腫瘍径が2cmを超えるUL(-)の分化型癌で,深達度が病理学的粘膜内癌(pT1a),②3cm以下のUL(+)の分化型pT1a(第4版より未分化型成分を有していても分化型優位であれば含む),③2cm以下のUL(-)未分化型pT1a,④3cm以下の分化型かつ深達度が粘膜下層粘膜筋板より500μm未満,のいずれかであり,かつ水平断端陰性(HM0),垂直断端陰性(VM0),リンパ管浸潤陰性(ly0),脈管浸潤陰性(v0)であった場合とされている(Figure 6).ただし実際に適応拡大病変に対するESDの妥当性を高いエビデンスレベルで示すためには長期経過観察されたProspective studyが必要であり,現在日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group:JCOG)にて検討が行われており,現時点では臨床研究としてESDは行われるべきとされている.未分化型適応拡大病変に関しては,2010年より未分化型適応拡大病変に対する内視鏡治療の多施設共同前向き試験(JCOG1009/1010)による検討が行われており,その結果が待たれるところである.

胃癌治療ガイドラインより抜粋.
2cm以下のUL(-)未分化型pT1aに関しては,2009年にHirasawaら 2)が追加報告を行い,外科的切除を行った310例中1例もリンパ節転移が認められなかったことを報告しているが,その後に適応拡大病変でもリンパ節転移を認めた報告が散見されている.2014年に報告された11施設による10,658例を対象に行われた多施設共同研究の結果では 6),適応病変は1例も転移再発が認められなかったが,適応拡大病変とされた症例からは6例の転移再発が認められた.その内訳としては,半数が分化型優位な未分化型混在癌,半数が粘膜下層浸潤癌であった.単施設ではあるが2014年に報告された未分化型優位のESD適応拡大病変に関する長期予後の検討結果では 7),観察期間62.6カ月(中央値)において,治癒切除とされた89例から2例(2.2%)の原病死の報告がなされている.外科切除例ではあるが,Abeら 8)はESD適応拡大病変とされる症例の52例中3例(5.8%)にリンパ節転移を報告しており,またCase reportとして,Nasuら 9)は13mm,Odagakiら 10)は15mmのESD適応拡大病変とされる未分化型癌に複数のリンパ節転移を報告している.Imagawaら11)は診断面に関して,未分化型癌を不完全切除の要因として挙げている.
当院における早期胃癌の内視鏡的切除も上記ガイドラインに従って症例を判別し,内視鏡治療を行ってきた.本症例も術前の内視鏡的肉眼所見より内視鏡的切除の適応拡大病変と判断して内視鏡的治療を行い,病理学的にも適応拡大治癒切除の結果であった.当院における1999年~2015年の期間に施行した未分化型早期胃癌に対する胃ESDの長期予後結果を示す(Figure 7).未分化型癌(分化型が混在している症例も含む)に対し66例ESDが施行されているが,適応拡大病変・適応外病変として経過観察中に原発巣が再発した症例は,今回報告した症例が初めてであった.異所性再発で死亡した症例は,内視鏡治療前から多発性病変として認識されており,体上部の病変をESDにて治療して前庭部の3病変を外科的に治療する予定であった.しかし外科治療直前に治療拒否され,経過観察となっていた症例であったため,今回の治療関連死としてはカウントしていない.

当院における1999年~2015年の期間に施行した未分化型早期胃癌に対する胃ESDの長期経過.
適応拡大病変は,リンパ節転移がないことの95%信頼区間が粘膜内癌で1%以下となるような条件で設定されており,また手術を行うことも,Kikuchiら 12)は851例中3例(0.35%)の早期胃癌の手術関連死亡例を報告している.未分化型癌の適応拡大病変に対する内視鏡治療の外科手術に対する非劣勢を示す報告もあることからも 7),今回の報告は未分化型癌の拡大病変に対するESDを否定するものではないが,JCOG1009/1010の結果が出るまでは,ガイドラインにも記載があるように,あくまでも臨床研究として行われるべきである.
内視鏡治療4年2カ月後に多発リンパ節再発を来たした10mm未分化型早期胃癌の1例を経験した.未分化型早期胃癌の内視鏡治療に関しては,十分なインフォームドコンセントと,入念な経過観察を行うべきであり,慎重に対応することが望ましいと思われる.
本症例の要旨は第99回日本消化器内視鏡学会九州支部例会で報告した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし