日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
Ramucirumab使用中に出血を来した小腸angioectasiaに対し小腸内視鏡で止血を行った1例
高田 智司 桐山 正人稲田 悠記東 友理金本 斐子東 勇気岩田 啓子月岡 雄治辻 宏和
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2018 年 60 巻 11 号 p. 2387-2392

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要旨

80歳男性.肺転移を伴う胃癌に対し胃全摘術を施行し,化学療法の2次治療としてRamucirumab(RAM)単独療法を施行したところ,8コース投与後に黒色便を認めた.カプセル内視鏡検査で上部空腸からの出血が疑われ,シングルバルーン小腸内視鏡検査で小腸angioectasiaと診断し止血を行った.本症例ではRAMの血管新生阻害作用により出血が遷延した可能性があり,積極的な出血源の検索と止血処置が有効であった.また,angioectasiaは再出血のリスクがあるため止血後も経過観察が必要である.

Ⅰ 緒  言

Ramucirumab(RAM)は血管内皮細胞増殖因子受容体-2(Vascular endothelial growth factor receptor-2:VEGFR-2)に対する完全ヒト型IgG1モノクローナル抗体であり 1,本邦では胃癌や結腸・直腸癌,非小細胞肺癌などをはじめとした悪性腫瘍の治療に使用されている.RAMは血管内皮細胞増殖因子(VEGF)のVEGFR-2への結合を阻害し,血管新生を抑制することで抗腫瘍効果を発揮する 1.類似の血管新生阻害薬としてbevacizumabやaflibercept betaが臨床応用されており,適応疾患が拡大してきている.これらの分子標的薬は殺細胞性抗癌剤と比較し毒性は低いとされるが,消化管出血や穿孔,血管塞栓症など,一度発症すると対応に苦慮する有害事象も報告されている 2),3

今回われわれは,胃癌で胃全摘術施行後の患者に対し,化学療法の2次治療としてRAM単独療法を施行していたところ,8コース投与後に黒色便と貧血の出現を経験した.カプセル内視鏡検査で上部空腸からの出血が疑われ,シングルバルーン小腸内視鏡検査で小腸angioectasiaからの出血と診断し,内視鏡的に止血を行い良好な経過を得たので,血管新生阻害薬との関連性など文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

症例:80歳,男性.

主訴:黒色便.

既往歴:59歳 高血圧症,62歳 脂質異常症.

現病歴:78歳時に肺転移を伴うHER-2陽性胃癌と診断され,化学療法(capecitabin+cisplatin+trastuzumab)を4コース施行後に胃全摘術(Roux-en-Y再建)が施行された.術後,骨髄抑制などの理由からcisplatin投与が継続困難となり,capecitabin+trastuzumab療法を施行していた.肺転移の再増大,肝転移の出現,心機能低下などを認めたため,2次治療としてRAM単独療法(2週間毎)を開始した.特に有害事象なく経過し8コース施行したが,最終投与から1週間後に黒色便・倦怠感が出現し,精査加療目的に入院となった.

内服薬:アムロジピン,酸化マグネシウム,カモスタットメシル酸塩.

入院時現症:血圧 117/59mmHg,脈拍 59回/分,体温 36.1度,眼瞼結膜は蒼白で,眼球結膜に黄染は認めなかった.腹部は平坦・軟で圧痛は無かった.

臨床検査成績(Table 1):血液検査でHb 6.3g/dlと高度の貧血を認め,BUNは25.8mg/dlと上昇し,Crは1.1mg/dlと軽度腎機能障害を認めた.凝固系に異常は認めなかった.

Table 1 

臨床検査成績.

上部消化管内視鏡検査所見:Y脚吻合部の口側まで観察したが,明らかな出血源は指摘できなかった.

下部消化管内視鏡検査所見:大腸粘膜は易出血性で,小びらんが散在していたが活動性の出血は認めなかった.回腸末端の観察ではさらに上流から黒色残渣の流出が認められた.

腹部造影CT検査所見:肺転移・肝転移・脾門部のリンパ節転移を認めたが,明らかな出血源は指摘できなかった.

心臓超音波検査:心拍出率約55%.局所壁運動異常なし.軽度大動脈弁逆流を認める.心嚢水なし.

入院後経過:出血源の検索を進めたところ小腸からの出血が疑われたが,血圧などバイタルサインは安定しており,自然止血を期待して輸血・止血剤点滴を行い経過観察とした.しかし,RAMの最終投与から3週間経過後も黒色便・貧血のコントロールがつかず,カプセル内視鏡による小腸の出血源精査を行うことにした.胃全摘術後のため,パテンシーカプセルで通過障害がないことを確認して施行した.カプセル内視鏡検査では,上部空腸に活動性出血を認めたため(Figure 1),シングルバルーン小腸内視鏡での詳細観察・止血を試みた.Y脚吻合部よりやや肛門側の粘膜に1mm程度の粘膜の発赤と活動性出血を認めた(Figure 2).送気による腸管拡張は良好で,腹膜播種やリンパ節転移など壁外からの浸潤性病変は否定的と考えた.小腸angioectasiaと診断し,argon plasma coagulation(APC)で焼灼を行い,クリッピングを追加して止血した(Figure 3).入院してから赤血球濃厚液を合計24単位輸血したが,処置後は輸血を必要とせず,処置後12日目(入院後44日目)に退院となった.

Figure 1 

カプセル内視鏡検査所見.

上部空腸に活動性出血を認めた.

Figure 2 

小腸内視鏡検査所見.

小腸粘膜に点状の発赤とoozingを認める.

Figure 3 

小腸内視鏡による止血処置時の所見.

a:APCで病変部分の焼灼を行った.

b:クリッピングを追加し止血を行った.

c:透視画像では上部小腸に止血用クリップが描出されている(矢印).

Ⅲ 考  察

RAMは本邦では2015年に進行再発胃癌に対する2次治療での使用が承認され,単剤もしくは殺細胞性抗癌剤との併用で使用されている.血管新生阻害薬の有害事象としての消化管出血は代表的な項目である.過去の報告を見ると,RAMを併用したレジメンでは全グレードで約6.8%,グレード3以上で約1.6% 2,RAM単剤では,全グレードで約9%,グレード3以上で約4%と報告されている 3.bevacizumabを併用したレジメンでも全グレードで2.7% 4〜10.4% 5の発生率があるとされるが,その出血部位や病態の詳細な報告はなく,治療についてもほとんど言及されていない.本症例では止血剤点滴や輸血による保存加療では改善が得られず,内視鏡的止血を必要としたためCTCAE(Common Terminology Criteria for Adverse Events)ver.4.0のグレード3の有害事象と判断した.

Angioectasiaは粘膜もしくは粘膜下層の限局性に拡張した毛細血管形成異常であり 6),7,患者背景として大動脈弁狭窄症などの心疾患,糖尿病,高血圧症,慢性閉塞性肺疾患などを伴うことが多く,後天的に生じた血管性病変と考えられているが 8,これまでangiodysplasia,arteriovenous malformation,vascular ectasia,vascular abnormalities,など様々な用語が用いられてきた.消化管の血管性病変は病理組織学的に[1]静脈・毛細血管の特徴をもつ病変(angioectasia),[2]動脈の特徴をもつ病変(Dieulafoy’s lesion),[3]動脈と静脈の特徴をもつ病変(arteriovenous malformation)の3種類に分類されるが 9,内視鏡的分類として,本邦では矢野―山本分類が提唱されている 10.これによると,出血していないかoozingするもので点状発赤を認める病変はType 1aに分類され,これは病理組織学的にはangioectasiaに相当し,本症例もこのタイプに矛盾しない.

Angioectasiaの発生機序は未だ十分に理解されていないが,加齢に伴う腸管固有筋層の収縮性の低下により粘膜下層の静脈が圧排され,小さな動静脈側副路を形成するという説や 11),12,心疾患・呼吸器疾患を背景とした慢性的な腸管粘膜の虚血・低灌流がVEGFを介した血管新生を誘導し病変の形成を促すといった説がある 12),13.これらの説を考慮すると,本症例では心臓超音波検査で大動脈弁狭窄症などの心疾患は認めておらず,angioectasiaの発生機序としては加齢・高血圧などが関与していると推察され,血管新生阻害作用のあるRAMは発生原因としては否定的と考えられた.

われわれは,PubMed(1990年-2017年)及び医中誌(1990年-2017年)を用いて,キーワードとして「ramucirumab」に加え「angioectasia」「angiodysplasia」「arteriovenous malformation」「vascular ectasia」「vascular abnormalities」を追加して論文検索を行ったが,本症例と同様の報告は認めなかった.これは消化管出血の原因精査において,小腸の検索が施設によっては積極的に行われていない可能性や,RAMがまだ新規の薬剤であることなどが要因と思われた.

小腸angioectasiaの自然経過についてはまだ不明な点も多いが,出血・止血を繰り返す場合が多く 14,Romagnuoloらの報告 15では自然経過での再出血率は約50%とされている.本症例では4週間以上にわたり黒色便が持続し,頻回に輸血を必要としたため,RAMの作用により自然止血が得られにくかった可能性が考えられた.日本人におけるRAMの血清中濃度半減期は約8日とされており,薬物動態からは2週間毎の反復投与で血中濃度は上昇し,およそ5コース目以降で定常状態に達すると予想されている 16.本症例では8コース終了しており,血中濃度は高い状態で維持されていたと考えられる.RAMの投与回数と出血のリスクとの関連は過去に報告は無いが,bevacizumabでは出血性合併症はコースを重ねるにつれて増える傾向にあることが報告されている 17.血管新生と止血や創傷治癒は密接な関連があり,出血部位の凝固因子の活性化などに伴いVEGFやHypoxia inducible factor-1(HIF-1)などが誘導され,血管破綻部位の修復機構が働くとされる 18),19.本症例では,何らかの物理的刺激などで小腸angioectasiaからの出血を来したと予想されるが,RAMの血中濃度が高い状態で維持されていたため血管の修復機構が阻害され,出血が遷延した可能性が考えられた.

止血の方法に関しては,本症例のような矢野―山本分類Type1の場合には一般的にAPC焼灼が選択されている 20.内視鏡的止血後の再出血率は,報告によりかなりばらつきがあるが,およそ40%前後と推測されるため 15,今後も胃癌の加療と並行し消化管出血の定期的な経過観察が必要と考えられた.

Ⅳ 結  語

今回われわれは,RAM単独療法中に小腸angioectasiaからの出血を来した症例を経験した.過去の報告が少なく,直接的な因果関係には言及できないが,RAMの血管新生阻害作用により病変部の自然止血が得られず,出血が持続する一因となった可能性がある.本症例のように血管新生阻害薬使用中の消化管出血では,小腸を含めた積極的な出血源の検索,ならびに止血処置が有効な場合があると思われる.angioectasiaをはじめとした血管性病変が原因の場合には,再出血のリスクを考慮して慎重な経過観察をすることが求められる.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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