2018 年 60 巻 11 号 p. 2407-2415
抗菌剤などの投与が原因となって発症するクロストリジウム・ディフィシル腸炎(Clostridium difficile infection,CD腸炎)は,高齢者や免疫不全患者では重症化し死に至ることもある.CD腸炎,特に難治性再発性CD腸炎に対する高い有効性から注目されているのが糞便微生物移植法(fecal microbiota transplantation,FMT)である.FMTは,内視鏡や経鼻チューブを用いて健康なドナー便を患者の消化管に直接投与する治療法である.最近では,カプセル化した便の経口投与や凍結ドナー便を用いたFMTも報告もされている.重篤な副作用はほとんどなく,CD腸炎に対する有効率は約90%に達する.一方,腸内細菌叢の変化が病態の形成に関与することが示されている炎症性腸疾患などについては,その有効性は未だ確立されていない.ここでは,当科で行っている潰瘍性大腸炎に対する内視鏡を用いたFMTの実際を解説する.
2013年にvan Noodらが,再発性CD腸炎に対してFMTを行い,治癒率が93.8%という劇的な効果をもたらすことを報告し,その後FMTが世界中で注目されるようになった 1).現在,CD腸炎以外の消化管疾患のみならず,消化管以外の疾患にもFMTが行われている.その中でも潰瘍性大腸炎(Ulcerative Colitis;UC)に対するFMTの効果についての検討が多数報告されている.
CD腸炎に対するFMTは,免疫抑制状態を含めた若年から老年期の患者にまで施行され,手技的安全性,忍容性と臨床効果が確認されている.Cammarotaらのレビューによると,重症例(中毒性巨大結腸症の合併など)をのぞいた500人を超える症例での有効率はほぼ90%に達する 2).また,Drekonjaらの2つのプラセボ対照二重盲検試験と28のケーススタディをまとめたレビューによると,再発性と難治性CD腸炎に対するFMTの有効率はそれぞれ85%と55%と報告されている 3).
UCに対するFMTの効果についての報告は多数なされている.Paramsothyらによるsystematic reviewでは,UCに対するFMTの臨床的改善率および臨床的寛解率はそれぞれ52%と36%と報告されている 4).現在,UCに対して用いられている生物学的製剤の臨床的改善率は,Infliximabが約65%,AdalimumabとGolimumabが約55%と報告されており,UCに対するFMTも治療オプションとして一定の効果が得られるように考えられる 5)~7).しかし,これらの効果は単純には比較できない注意点がある.生物学的製剤は,中等症~重症のUC患者に用いられており,その一方でFMTについては,その適応となる重症度は軽症~重症まで幅広いが,多くは軽症~中等症の症例を中心としていること,また対照群を設定していない検討も含まれており,これらの点に注意を要する.また,これまでUCに対するFMTの効果についてプラセボ群を設定した4つのRCTが報告されている 8)~11).このうち3つのRCTで,プラセボ群と比較してFMT群の有効性が示されているが 8)~10),それぞれのRCTで有効性の評価方法やFMTの投与方法,投与回数,ドナーの選定などが異なっており,FMTのプロトコールが統一されていないという問題点がある.
このように,各検討においてUCに対するFMTのプロトコールが異なっており,その効果については統一した見解はまだ得られていないのが現状である.本稿では,当科でのUCに対するFMTの実際の方法と成績を解説するが,上述のような現状であることを理解いただいた上で,参考にしていただきたい.
これまでの報告では,FMTの投与経路については統一されておらず,下部内視鏡を用いた方法,注腸や経鼻十二指腸管を用いた方法が報告されている.ここでは,当科で行っている下部内視鏡を用いた方法を紹介する(Figure 1).
患者前処置から糞便移植までの流れ.
(1)ドナー選択とスクリーニング
ドナー候補は,18歳以上60歳未満の2親等以内とした.Table 1に示す血液検査および便検査を行い,感染症のリスクを厳密に除外した.また,以下の除外基準を設けてスクリーニングを行った.(1)3カ月以内の抗菌剤の使用の有無,(2)炎症性腸疾患,過敏性腸症候群,慢性便秘,下痢症状,消化管悪性腫瘍および消化管手術歴の有無,(3)メタボリックシンドローム,肥満(BMI>30kg/m2),高血圧症および栄養不良の有無.これらの,血液検査,便検査および問診を厳密に行い,不適合の場合は除外し,健常ドナーを選定した.
臨床検査成績.
(2)ドナー便の調整
ドナーに事前(スクリーニング時)に,採便容器,保冷剤および保冷バッグを渡す.ドナー便は,採取後6時間以内に使用した.採取量は150~200gとしたが,その日採取できた量を多寡に関わらず提出してもらった.滅菌生理食塩水400~500mlでマッシャーを用いて懸濁し,内視鏡で投与できるようにガーゼを用いて便汁をろ過し,残渣を除去した.ろ過には,滅菌ロートおよび滅菌容器を用いた(Figure 2).ドナー便懸濁用のマッシャーはオートクレーブで処理し,再利用した.
ドナー便の調整に用いる用具.
<ドナー便の調整に用いる用具>
滅菌容器:CORNING Storage bottle,500ml,sterile,#430282(Corning,NY)
滅菌ガーゼ:滅菌ホスピタルガーゼ4折,30cm×30cm
滅菌生理食塩水:生理食塩水大塚生食注500ml(大塚製薬株式会社)
採便容器:LAB-CHOICETM(Inteplast Group, Ltd., Livingston, NJ)(Figure 2)
懸濁用マッシャー:ステンレス製,オートクレーブ可能(Figure 2)
滅菌ロート(Figure 2)
(3)患者の前処置
通常の大腸内視鏡検査の前処置と同様としている.FMT前日の眠前にピコスルファートナトリウム水和物製剤(ラキソベロン®)1~2本を内服.当日にポリエチレングリコール製剤であるニフレック配合内容剤(Niflec®)1袋を内服し,前処置を行った.
(4)下部内視鏡での投与法
下部消化管内視鏡検査を患者に施行し,盲腸に調整したドナー便の投与を行った.投与に際しては,50mlのシリンジを用いて内視鏡の鉗子孔より行った.投与後は速やかにスコープを抜去し,投与後,右側臥位で1時間安静を指示した.
上記の方法を用いて行った当科でのUCに対するFMTの成績を示す 12).2015年1月から2016年1月の期間に軽症~中等症のUC患者57例の登録を行った(本学倫理委員会承認済み).スクリーニングにより,16例が除外となり,合計41例にFMTを行った(Table 2).除外理由としては,6例で患者の抗サイトメガロウイルスIgG陰性,ドナーが陽性となり,4例で患者の便中Clostridium difficile抗原陽性などが認められた(Table 3).FMTの臨床的効果は,FMT後8週目に評価を行った.FMTの評価はMayo scoreを用いた.臨床的改善をMayo score3点以上の減少あるいはpartial Mayo score2点以上の減少かつ直腸出血サブスコア1点以上の減少とし,臨床的寛解をMayo score2点以上の減少かつ直腸出血サブスコア1点以下かつ内視鏡サブスコア1点以下とした.8週目での臨床的寛解(clinical remission)は41例中0例(0%),臨床的改善(clinical response)は41例中11例(26.8%)であった(Table 4).FMTに関連した有害事象は41例中0例(0%)であった.また,臨床的改善を認めた症例(Responder)と認めなかった症例(Non-responder)で,有意差のある背景因子は認められなかった(Table 5).さらに,患者およびドナーの便中細菌検索をT-RFLP法で行った.ドナー便においては,Responderでは,Non-responderよりもBifidobacteriumの割合が有意に高く,Lactobacillales,Clostridium cluster ⅣおよびClostridium cluster Ⅺの割合が有意に低い結果であった.また,細菌の多様性を示すShannon diversity indexには有意差は認められなかった(Table 6).次に,FMT前とFMT後8週目の患者の便中細菌を検討したところ,ResponderとNon-responderで有意差のある細菌は認められなかった(Table 7).さらに,FMT8週目の便中細菌構成とドナー便の便中細菌構成の類似性をBray-Curtis dissimilarity indexで検討したところ,ResponderとNon-responderで有意差は認められなかった(Figure 3).
患者背景.
除外理由.
FMTの効果.
ResponderとNon-responderの背景因子の比較.
ResponderとNon-responder のドナー便の細菌叢の検討.
ResponderとNon-responder のFMT後8週目の便中細菌叢の比較.
移植後の腸内細菌叢とドナー便の細菌叢の類似性の検討(Bray-Curtis dissimilarity).
われわれの結果では,UCに対するFMTの安全性は問題ないことが確認されたが,その有効性については限定的な結果であった.
上記のように,当科でのUCに対するFMTの有効性は限定的な結果であった.これまで報告されている4つのRCTでは,3つのRCTでその有効性が示唆される結果であった 8)~11).しかし,実際には,ドナー選択,投与方法,投与回数および評価方法が異なっており(Table 8),これらの結果をもって,UCに対するFMTが有効か無効かを判断するのは難しいと考える.
プロトコールの比較.
このようにこれらのRCTのプロトコールに相違があるが,それ故に,いくつかのUCに対するFMTの有効性を高めるヒントも認められる.投与方法に関しては,有効性が認められた3つのRCTでは,下部消化管への投与であることから,下部消化管への投与で有効性が高く,さらに投与回数の多い方が有効性が高くなる可能性が考えられる.実際に投与方法に関しては,CDIに対するFMTにおいて,下部消化管への投与の方が,上部消化管からの投与よりも有効性が高いとの報告がされている 13).さらに,MoayyediらとParamsothyらの検討では,FMTによるUCの寛解率を高くするドナー(“super donor”)の存在を示唆する結果も報告されており 9),10),より有効性の高いドナーの選択も重要な要素となる可能性が考えられる.今後,これまでの報告を検討し,より有効なFMTのプロトコールの作成が望まれる.
当科におけるUCに対するFMTの実際と成績を中心に解説した.UCに対するFMTの有効性は,当科の成績からは,安全性には問題はないが,有効性については限定的な成績であった.また,これまで報告されたRCTにおいても,有効性を示唆する結果が示されているが,CD腸炎に対するFMTの高い有効性と比較すると,UCに対するFMTが新たな治療オプションになり得るとは言えないのが現状である.また,ドナーの選定,投与方法や評価方法などのFMTのプロトコールが各研究で異なっていることも問題点として挙げられる.これらのことから,UCに対するFMTを治療として臨床応用するためには,さらなる検討が必要と考えられる.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし