【背景・目的】いくつかの薬剤は小腸粘膜障害を引き起こすことが知られているが,これらの粘膜障害が小腸出血と関連しているかについては明らかではない.本研究は薬剤と小腸粘膜障害の関連と小腸粘膜障害と小腸出血の関連を検討することである.
【方法】2010-13年に小腸カプセル内視鏡検査が行われた患者を後ろ向きに解析した.薬剤使用,併存疾患,喫煙,飲酒を評価した.小腸粘膜障害に対する補正オッズ比と信頼区間,小腸出血に対する補正オッズ比と信頼区間を各々算出した.
【結果】850人を解析した.平均年齢は64歳,男性544人(64%)であった.小腸粘膜障害患者60人と小腸粘膜障害を認めない患者705人の比較において,NSAIDs使用者は非使用者と比べて小腸粘膜障害のリスク(補正オッズ比1.8)の増加に有意に関連していた.小腸粘膜障害患者において,小腸出血患者85人と小腸出血を認めない患者60人の比較において,NSAIDsを含むすべての薬剤は小腸出血のリスクの増加と関連を認めなかった.
【結論】NSAIDsは小腸粘膜障害のリスクを有意に増加させたが,これらの薬剤と小腸出血の間には有意な関連は認めなかった.
Non-steroidal anti-inflammatory drugs(NSAIDs)やsteroidsは消化管粘膜障害,消化管出血を引き起こす 1),2).健常者を対象としたいくつかの観察研究において,NSAIDsは小腸粘膜障害を引き起こし,その数を増やすことが報告されている 3)~5).患者を対象とした研究においても,NSAIDs使用者は非使用者と比較して,潰瘍を含む小腸粘膜障害のリスクが増加することが報告されている 6).
しかしながら,多くの研究が粘膜障害を評価しているが 4),7)~10),薬剤と小腸出血の関連について前向き研究で評価している報告はない.微小な小腸粘膜障害が小腸出血に影響を及ぼしているのか明らかではなかった.以前,われわれは後ろ向きcase-control研究を行い,NSAIDsが小腸出血と関連がある可能性を報告している 11).しかしながら,この研究では,control群では小腸カプセル内視鏡検査は行われておらず,小腸粘膜障害は評価できていなかった.また,薬剤の併用が小腸出血に影響するかというデータも非常に限られていた 12).
われわれは,これらのclinical questionを解決するために,多施設共同研究を行った.本研究の目的は患者集団を対象に,1)薬剤と小腸粘膜障害の関連,2)薬剤と小腸出血の関連を評価すること,3)薬剤の併用効果を評価することである.
Data source
日本カプセル内視鏡学会(The Japanese Association for Capsule Endoscopy,JACE)は2010年11月から2013年8月に,全国18病院でカプセル内視鏡検査が行われた入院外来患者1,769人を前向きに登録するデータベースを作成した(JACEデータベース).このデータベースには,患者情報,カプセル内視鏡所見,薬剤使用状況が記録されている.カプセル内視鏡検査の適応は,1)原因不明の消化管出血(顕性消化管出血発症後3カ月以内に行われた上・下部消化管内視鏡検査で有意所見を認めない,OGIB) 13),2)小腸腫瘍の検査,3)腹部症状,4)炎症性腸疾患のサーベイランスである.
Capsule endoscopy examination
すべてのカプセル内視鏡検査は,PillCamⓇ SB2(Covidien, Dublin, Ireland)を使用した.検査前12時間の絶食とし,検査前に経口simethicone 40mgを服用させた 14).1人または2人以上の3年以上のカプセル内視鏡読影の経験を有する医師が読影を行った.
研究デザインと対象
JACEデータベースを用いて2つの後ろ向きcase-control研究を行った.クローン病や潰瘍性大腸炎でない18歳以上のOGIB患者を対象とした.カプセル内視鏡検査で小腸粘膜障害[潰瘍(粘膜筋板の欠損),びらん(陥凹,周辺の発赤,絨毛の欠損 3),15),16))]を認め小腸出血を認めない患者,小腸粘膜障害と小腸出血を認めない患者,小腸粘膜障害を認めかつ小腸出血を認めた患者を選択した(Figure 1).
Flow chart of patients in the current study.
解析1では,小腸粘膜障害を認め小腸出血を認めない患者をcase群,小腸粘膜障害と小腸出血を認めない患者をcontrol群に分類し,薬剤と小腸粘膜障害の関連を検討した.解析2では,小腸粘膜障害患者において,小腸出血患者をcase群,小腸出血を認めない患者をcontrol群に分類し,薬剤と小腸出血の関連を検討した.本研究にあたり全参加施設の倫理委員会による研究計画の承認を得た.
Outcomes and variables
Primary outcomeは,薬剤による小腸粘膜障害のリスク(オッズ比)(解析1),Secondary outcomeは小腸粘膜障害患者における薬剤による小腸出血のリスク(オッズ比)(解析2)である.
薬剤は,NSAIDs(low-dose aspirin, loxoprofen, diclofenac sodium, celecoxib, other),thienopyridines(ticlopidine,clopidogrel),non-aspirin antiplatelet drugs(dipyridamole, ethyl icosapentate, beraprost, sarpogrelate hydrochloride, limaprost),anticoagulants(warfarin, novel oral anticoagulants [NOAC]:dabigatran, rivaroxaban, edoxaban),acetaminophen, tramadol, steroids, proton pump inhibitors(PPI),histamine 2 receptor antagonists(H2RA),rebamipide, other mucosal protective agentsを評価した.
薬剤使用はカプセル内視鏡検査4週間前以上から内服している場合と定義した.NSAIDs使用は屯用使用も含めた.共変量として,年齢,性別,併存疾患,喫煙,飲酒も評価した.年齢は65歳以上,65歳未満に分類した.併存疾患はCharlson Comorbidity Index Charlson Comorbidity Index 17)で評価した.
統計解析
解析1では,小腸粘膜障害を認め小腸出血を認めない患者群(case),小腸粘膜障害と小腸出血を認めない患者群(control)間の患者背景をカイ二乗検定またはFisher正確確率検定で比較した.ロジスティック回帰モデルを用いて,薬剤非使用患者に対する薬剤使用患者の小腸粘膜障害のオッズ比と95%信頼区間を算出した.補正オッズ比は,年齢,性別,併存疾患(Charlson Comorbidity Index Charlson Comorbidity Index)の因子で調整を行い算出した(多変量解析).さらに,薬剤の併用と小腸粘膜障害の関連を検討するために,別のロジスティック回帰モデルを用いて解析を行った.
解析2では,小腸粘膜障害患者において,小腸出血を認めた患者群(case),小腸出血を認めなかった患者群(control)間の患者背景をカイ二乗検定またはFisher正確確率検定で比較した.ロジスティック回帰モデルを用いて,薬剤非使用患者に対する薬剤使用患者の小腸出血のオッズ比と95%信頼区間を算出した.補正オッズ比は,年齢,性別,併存疾患(Charlson Comorbidity Index Charlson Comorbidity Index)の因子で調整を行い算出した.さらに,薬剤の併用と小腸出血の関連を検討するために,別のロジスティック回帰モデル解析を行った.
解析1:薬剤と小腸粘膜障害
小腸粘膜障害を認め小腸出血を認めない患者60人(case)と小腸粘膜障害と小腸出血を認めない患者705人(control)を比較した(Table 1).Case群の方が年齢が高いが,性別,喫煙,飲酒は両群間で有意な違いを認めなかった.全小腸観察率は81.1%(689/850人)であった.多変量解析において,65歳以上(補正オッズ比2.1),NSAIDs(補正オッズ比1.8),H2RA(補正オッズ比2.4)は小腸粘膜障害のリスクの増加に有意に関連していた(Table 2).薬剤の併用において,NSAIDs+thienopyridine(補正オッズ比1.9),NSAIDs+other antiplatelets(補正オッズ比2.0),NSAIDs+acetaminophen(補正オッズ比2.0)は小腸粘膜障害のリスクの増加に有意に関連していた(Table 3).
患者背景(小腸粘膜障害患者と小腸粘膜障害を認めない患者).
薬剤と小腸粘膜障害.
薬剤併用と小腸粘膜障害.
解析2:薬剤と小腸出血
小腸粘膜障害患者において,小腸出血患者85人(case)と小腸出血を認めない患者60人(control)を比較した.両群間の患者背景に有意差は認めなかった(Table 4).多変量解析において,すべての薬剤は小腸出血のリスクの増加と関連を認めなかった(Table 5).薬剤の併用において,NSAIDs+thienopyridine(補正オッズ比2.1),NSAIDs+steroids(補正オッズ比2.0)は小腸出血のリスクの増加に有意に関連していた(Table 6).
患者背景(小腸粘膜障害患者における小腸出血患者と小腸出血を認めない患者).
薬剤と小腸出血.
薬剤併用と小腸出血.
NSAIDsは小腸粘膜障害のリスクを有意に増加させたが,小腸出血のリスクの増加とは関連を認めなかった.しかし,NSAIDsはthienopyridineまたはsteroidsと併用することで,小腸出血のリスクの増加と統計学的に有意な関連を認めた.
NSAIDsは小腸粘膜障害と関連があることが報告されている 3),4),6)~11),15),18)~26).先行研究の多くはprimary outcomeを小腸出血ではなく,小腸粘膜障害で評価している.またサンプルサイズが小さく,半数の研究では健常者を対象としていた 6),8),9),11),15),18),19),22),23),25),26).わずか2つ小腸出血をoutcomeとした報告がある一方 6),11),これらの研究は後ろ向きにデータが収集されていた.一方,本研究は小腸出血をoutcomeに含み,前向きにデータ収集を行った初めての多施設研究である.本研究は,先行研究と同様に 4),6)NSAIDs使用者は非使用者と比べて約2倍小腸粘膜障害のリスクが有意に増加することを明らかにした.
NSAIDsは健常者と患者集団の両方において,小腸粘膜障害を起こすことが報告されている.80人の健常者を対象としたランダム化比較試験において,diclofenac投与群では63%の健常者に小腸粘膜障害が発生したことが報告されている 4).NSAIDsは2-7倍の小腸粘膜障害のリスク増加があることも知られている 6).そのメカニズムは,ミトコンドリアの障害と粘膜透過性の亢進により,消化管粘膜バリアが破綻するためと考えられている 27).
本研究では,NSAIDは小腸粘膜障害のリスクの増加と関連していたが,これらの粘膜障害は小腸出血に関連していなかった.これらの小腸粘膜障害は臨床的に有意な所見ではなく,先行研究で示唆されているように 28),29)予後不良の転帰をたどる可能性は低いのかもしれない.一方,本研究結果と異なり,NSAIDsと小腸出血に有意な関連がある可能性を報告した研究もある 11).この研究では,小腸出血を認めないcontrol群では,カプセル内視鏡検査が行われておらず,小腸粘膜障害を評価できなかった.Control群に対する検査の違いが,この研究と本研究の結果が異なった可能性がある.
本研究では,病変の数と小腸出血には関連を認めなかった.また小腸びらんは,小腸潰瘍と比べて小腸出血のリスクの増加と有意に関連があることを認めた.1つの可能性として小腸潰瘍とびらんのetiologyの違いがある.小腸びらんによる小腸出血には,多数の粘膜障害病変からの出血ではなく,Dieulafoy病変から出血することがあるのかもしれない.今後,さらなる検討が必要である.
本研究において,NSAIDs併用は小腸出血のリスクの増加と有意な関連を認めた.下部消化管出血においても,NSAIDs併用によるsynergetic effectが報告されている 30).上部消化管の消化性潰瘍においても,NSAIDsはsteroidsや抗凝固薬との併用により有害事象のリスクが増加することが報告されている 2),31).われわれは,小腸出血において,この効果を確認した.NSAIDs小腸粘膜障害は,抗血栓薬やsteroidsにより,粘膜組織の修復力の低下や増悪が起きた結果,小腸出血を引き起こすのかもしれない.本研究においては,NSAIDsと抗凝固薬の併用はわずかに小腸出血のリスクを増加させたが,統計学的な有意差を検出するに至らなかった.抗凝固薬の併用に関してはサンプルサイズが小さく,この関連を検討するには十分でなかった可能性がある.
本研究にはいくつかのstrengthsがある.まず,最大の多施設共同研究であり,小腸粘膜障害の関連因子を十分に検討することができるサンプルサイズがある.2つめに,われわれのデータは,structuredに前向きに収集されたデータであること.3つめに,すべての患者にカプセル内視鏡検査を行っており,約80%の患者で全小腸観察が行われていることである.一方で,本研究は,カプセル内視鏡検査を行うことができなかった患者(腸管閉塞や全身状態が不良のため)を対象としておらず,selection biasを含む可能性がある.また,非経口薬(注射薬)などのデータを収集しなかったこと.さらに,本研究の結果が慢性貧血やoccult bleedingなどの別のアウトカムに外挿することができるか不明であることは研究のlimitationである.
結論として,NSAIDs(主にlow-dose aspirin)は小腸粘膜障害のリスクを有意に増加させたが,これらの薬剤と小腸出血の間には有意な関連は認めなかった.
謝 辞
JACEデータベースの収集に参加した東京大学医学部附属病院,日本医科大学,名古屋大学大学院,広島大学大学院,九州大学,横浜市立大学大学院,岩手医科大学,大阪医科大学,京都府立医科大学,札幌医科大学,佐賀大学医学部,信州大学,獨協医科大学,弘前大学,兵庫医科大学,北海道大学,NTT東日本関東病院,仙台厚生病院の医師,関係者に感謝の意を表する.
支 援
本研究は厚生労働科学研究費(H23-NI-045)と日本カプセル内視鏡学会の助成を受けたものである.資金提供機関は研究計画の立案,データ収集,論文執筆のいかなる役割にも関与していない.
本論文内容に関連する著者の利益相反:藤城光弘:講演費(武田薬品工業株式会社,エーザイ株式会社,ゼリア新薬工業株式会社,日本パラメトリックテクノロジー株式会社),研究費(HOYA-Pentax株式会社),江崎幹宏:研究費(田辺三菱製薬,株式会社JIMRO,エーザイ株式会社,アッヴィ合同会社),中島淳:研究費(味の素株式会社,アステラス製薬,武田薬品工業株式会社,マイラン,大塚製薬株式会社,ビオフェルミン製薬,大正製薬),大宮直木:研究費(味の素株式会社,株式会社JIMRO,田辺三菱製薬,Medical Corporation Fukuyukai,エーザイ株式会社),松本主之:講演費(EAファーマ株式会社,田辺三菱製薬,株式会社JIMRO,大塚製薬株式会社,第一三共株式会社,杏林製薬株式会社,協和発酵キリン株式会社,ヤンセンファーマ株式会社),田中信治:講演費(アストラゼネカ株式会社,大塚製薬株式会社,第一三共株式会社,エーザイ株式会社,田辺三菱製薬,ゼリア新薬工業株式会社,旭化成株式会社),坂本長逸:講演費(ファイザー株式会社,アステラス製薬,アストラゼネカ株式会社),その他の著者は開示すべき利益相反はない.
補足情報
Table S1 STROBE STATEMENT