日本消化器内視鏡学会雑誌
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総説
Barrett食道癌の内視鏡診断
小山 恒男 高橋 亜紀子
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2018 年 60 巻 2 号 p. 119-124

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要旨

欧米では20世紀後半からBarrett食道腺癌が急増し,1990年代には過半数を占めるに至った.一方,本邦での食道癌は大部分が扁平上皮癌だが,食道腺癌も漸増傾向にあり,約6%に達している.

Barrett食道癌の内視鏡所見は基本的に早期胃癌と同様で,色調差,高低差が診断の発見の鍵である.その基本形は0-Ⅰ,0-Ⅱa,0-Ⅱb,0-Ⅱcであり,0-Ⅲは稀である.鑑別すべき疾患は腸上皮化生,びらん,炎症だが,WL非拡大内視鏡による鑑別は難しい.したがって,米国では米国における標準的surveillance法はSeattle protocolすなわち,1-2cm毎の盲目的4点生検とされている.

しかし,NBI拡大内視鏡を用いて,その表面構造,血管構造を詳細に検討すると診断が可能となる.筆者らの検討では約50%の症例で組織学的に0-Ⅱb進展を合併しており,白色光観察での随伴0-Ⅱb診断率は25%と低率であるが,NBI拡大観察では94%と良好であった.しかし,LSBEに発生した粘膜内癌は,時に存在診断が困難であるため,LSBEのsurveillanceはNBI拡大内視鏡観察に精通した専門施設で行う事が望まれる.

Ⅰ 疫  学

食道癌の組織型は大部分が扁平上皮癌(SCC)で食道腺癌(Esophageal adenocarcinoma:EAC)は稀であった.しかし,欧米ではEACが急増し,20世紀末には過半数を占めるに至った 1.一方,日本では依然として,食道癌の大部分はSCCだが,日本食道学会の全国登録データーベースによる解析ではEACは漸増傾向にあり,約6%に達している 2

Barrett食道はEACの危険因子とされ,EACの発症率は1,000人年あたり5.3から6.5例とされてきた 3),4.しかし,その発生頻度は研究の規模が大きくなるにつれ,低くなる傾向があり,11,028名のBarrett食道患者を中央値5.2年経過観察したデンマークのコホート研究の結果では,EACの発生頻度は1,000人年あたり1.2例と従来の報告より低い結果であった 5

Ⅱ Barrett食道の定義

米国におけるBarrett食道は円柱上皮で被われた食道で,腸上皮化生を伴うものと定義されている 6.したがって,生検で腸上皮化生を証明する事が必要であり,内視鏡のみでは診断できない.一方,食道癌取扱い規約第11版では,「胃から連続性に食道に伸びる円柱上皮で,腸上皮化生の有無を問わない」と明記されている 7.このように日米で診断基準に差がある理由は,米国ではEACは腸上皮化生を背景として発癌するとされているからである.

また,Barrett食道の有無を判定するためには,食道胃接合部(Esophago-Gastric Junction:EGJ)を定める必要があるが,この定義も日米で異なる.米国では胃の襞の上縁と定められているが 6,日本では柵状血管の下端が原則であり,胃の襞上縁も基準のひとつとして挙げられている 7.血管透見不良な症例では,柵状血管の認識が困難となり,また吸気時と呼気時では柵状血管の見え方が変わる.また,胃粘膜ヒダの上縁は呼吸や空気量によって変動するため,正確性に欠ける.このように,EGJの同定そのものが困難な症例も多々存在する.

Barrett食道の長さはPrague C & M Criteriaを用いて記載する 8.CはCircumferential(全周性),MはMaximum(最長部)の略であり,例えば全周性に2cmだが,後壁側のみが5cmの場合はC2M5と記載する.また,全周性部が3cmを越えるとLong segment Barrett’s esophagus(LSBE),これより短いものをShort Segment Barrett’s esophagus(SSBE)と表記する.

Ⅲ Surveillance

BEのある患者の発癌リスクは,BEのない患者の30~50倍であり 9,進行癌を含めたBE腺癌の5年生存率は15~20%と予後不良である 9.米国における標準的surveillance法はSeattle protocolすなわち,1-2cm毎の盲目的4点生検とされている 10.初期のEACは内視鏡所見が軽微であり,内視鏡所見からの診断は困難と考えられているからである.

本邦では多くの早期胃癌が発見されているが,ランダム生検ではなく,内視鏡所見から癌を疑い,target biopsyで診断している.EACも早期胃癌も炎症を背景とした癌であり,早期胃癌の診断学をEACの診断へ応用できる可能性は高い.

Ⅳ EACの内視鏡所見

EACの内視鏡所見は基本的に早期胃癌の内視鏡所見と同様で,色調差,高低差が診断の発見の鍵である.これらを詳細に観察するためにはプロナーゼ前処置で付着粘液を分解し,ガスコン水で洗浄する事が重要である.

その基本形は胃癌同様に0-Ⅰ,0-Ⅱa,0-Ⅱb,0-Ⅱcであり,0-Ⅲは稀である.鑑別すべき疾患は腸上皮化生,びらん,炎症だが,WL非拡大内視鏡による鑑別は難しい.したがって,米国では上述のようにrandom biopsyがgold standardとされている.

接合部癌の好発部位は右壁前壁であり,小田らは0-3時方向に全体の68%が発生したと報告している 11.EGJは通常閉じており観察が困難だが,深吸気を促すと胸腔内圧が低下し,食道内腔が拡張するため観察し易くなる12).

Ⅴ 拡大内視鏡による側方進展範囲診断

EACは平坦な病変が多く,時にその側方進展範囲診断は困難である.この場合でもNBI拡大内視鏡を用いて,その表面構造,血管構造を詳細に検討すると側方進展範囲診断が可能となる 13),14

筆者らはESDにて治療したBEA 30例,36病変を対象として内視鏡像を検討した結果,50%の症例で組織学的に0-Ⅱb進展を合併していた.このうち,WL観察での随伴0-Ⅱb診断率は25%と低率であるが,NBI拡大観察での同診断率は94%と良好であり,NBI拡大内視鏡観察はEACの側方進展範囲診断に有用である事を報告した 14.また,36病変中30病変(83%)がSCJ(squamo-columnar junction)と接していた.このうち13病変は扁平上皮下を口側へ進展し,その平均距離は4.3(最大9)mmであった.扁平上皮下進展を示唆する所見としてSMT様の厚み,扁平上皮下の異常血管透見,扁平上皮の小孔が挙げられたが,所見のない病変も3例(23%)存在した 14

Ⅵ Barrett食道癌の深達度

典型的なBarrett食道は粘膜筋板の2重化を認め,食道癌取扱い規約ではsuperficial muscularis mucosae(SMM)とDeep Muscularis Mucosae(DMM)と定義している.また,EACの深達度は以下のように亜分類されている 7

T1a:癌腫が深層粘膜筋板を越えない病変.

T1a SMM:癌腫が円柱上皮層または浅層粘膜筋板SMMにとどまるもの.

T1a LPM:癌腫が浅層粘膜筋板を越えるが,深層粘膜筋板に達しない病変.

T1a DMM:深層粘膜筋板に浸潤する病変.

T1b:癌腫が粘膜下層にとどまる病変.

SM1:粘膜下層を3等分し,上1/3にとどまる病変.

SM2:粘膜下層を3等分し,中1/3にとどまる病変.

SM3:粘膜下層を3等分し,下1/3に達する病変.

このようにBarrett食道癌の粘膜下浸潤は相対分類を用いているため,現規約に基づくと,内視鏡切除材料の深達度の亜分類ができない.

Ⅶ EACに対する内視鏡的治療の適応

内視鏡治療の適応はリンパ節転移の危険が極めて低い病変であり,適応を決めるためには深達度別のリンパ節転移率を検索する必要がある.T1b SM癌のリンパ節転移率の報告は多々あり(17.5-46%)とされてきた 15)~26

Dumbarらは外科的手術が施行され,リンパ節転移の検索が報告されたEAC粘膜内癌1,350例を対象としたsystematic reviewを行った結果,粘膜内EACのリンパ節転移率は1.93%(95% CI 1.19-2.66%)であった事を報告した 27

日本食道学会が定めた食道癌診断治療ガイドライン 28ではEACに対する内視鏡治療の適応を深達度T1a LPMまでと規定し,適応拡大は今後の課題としている.これは,深達度T1a DMMやT1bSMのリンパ節転移率に関する本邦でのデーター集積が不十分であるため,SCCに準じてT1a LPMを適応にしたという背景がある.

近年,筆者らは食道に発生した粘膜内および粘膜下層腺癌458例を解析し,リンパ節転移の危険因子を検討した.外科切除例217例,内視鏡切除例が241例を対象とし,内視鏡治療例では5年以上の経過観察にて転移が見られなかった場合を転移陰性と定義した.

転移群と転移無し群に分けて検討した結果,長径が30mmを越える(p=0.01),脈管侵襲(p<0.01),未分化型癌(p<0.01)が優位な危険因子であった.また,脈管侵襲陰性,未分化成分を有さない粘膜内癌186例にリンパ節転移は見られなかった.さらに,SM浸潤距離を計測して解析した結果,浸潤距離が500μm以下で,脈管侵襲が無く,未分化型成分が無く,且つ長径30mm以下の32例にリンパ節転移を認めなかった 29.本研究はretrospectiveで対象数も少ないが,一括切除率93.4%と,質の高いESDが施行され,十分な病理組織学的検討がなされている.この結果,EACに対するESDの適応を,胃がんと同様にT1bSM 500μmまで拡大できる可能性が示唆された.

食道癌取扱い規約では内視鏡的切除標本における壁深達度亜分類を「200μmまでの浸潤をpT1b-SM1,200μmを越える浸潤をpT1b-SM2」と規定している 7.これは,T1b食道扁平上皮癌のリンパ節転移率が浸潤距離200μmを越えると急速に高くなる事を根拠としている.今回の検討から,分化型のEACに関してはT1b-500μmまで転移の危険が少ない事が判明したため,EACのT1b-SM1の定義を扁平上皮癌と分けて考える必要がある.

Ⅷ LSBEに発生したEACの1例

症例は60歳台の男性で,LSBEのsurveillance目的で施行されたランダム生検にてHigh grade dysplasiaと診断され,紹介された.前医からの情報では内視鏡的に癌の所見は認められず,ランダム生検のみで診断されていた.

白色光観察ではLSBE内に境界不明瞭な発赤を散見するが,その境界診断は困難であった(Figure 1-a).NBI拡大観察を行うと背景粘膜には規則正しいpitおよびvilli構造が認められたが,画面左側には密度の高いpit構造が認められ,内視鏡的にもWell differentiated adenocarcinomaと診断可能であった(Figure 1-b,c).NBI拡大内視鏡所見を元にマーキングを施行し(Figure 1-d),ESDにて一括切除を行った(Figure 1-e).最終診断はBarrett’s esophageal adenocarcinoma,tub1,T1a-DMM,ly0,v0,HM0,VM0,0-Ⅱa+Ⅱc type,38×27mmでR0切除であった(Figure 1-f).白色光観察のみでは,発見も困難な病変であったが,NBI拡大観察を駆使する事で,正確な術前診断およびESDが可能となった,症例であった.

Figure 1 

LSBEに発生したBarrett食道癌.

a:白色光内視鏡.後壁を中心に表面の不整を認めたが,範囲診断は困難であった.

b,c:NBI拡大内視鏡.背景粘膜には規則正しいpitおよびvilli構造が認められたが,病変内には密度の高いpit構造が認められた.

d:マーキング.NBI拡大内視鏡所見を元にマーキングを施行した.

e:ESD終了時.ESDにて一括切除を行った.

f:マッピング.最終診断はBarrett’s esophageal adenocarcinoma,tub1,T1a-DMM,ly0,v0,HM0,VM0,0-Ⅱa+Ⅱc type,38×27mmでR0切除であった.

Ⅸ 終わりに

Barrett食道腺癌は本邦においても増加傾向であり,注意を要する.通常内視鏡観察でのBarrett食道腺癌発見には,プロナーゼによる前処置,ガスコン水による洗浄後にわずかな色調変化や段差を見いだす事が重要である.

LSBEに発生した粘膜内癌は,時に発見や範囲診断が困難であり,LSBEのsurveillanceは専門施設で行う事が望まれる.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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