日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
緩和的放射線治療により貧血のコントロールが可能となった出血性下部胆管癌の1例
人見 美鈴 河端 秀明岡崎 祐二川勝 雪乃猪上 尚徳宮田 正年
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2018 年 60 巻 2 号 p. 152-157

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要旨

症例は80歳男性.切除不能の下部胆管癌に対し胆管プラスチックステントを留置し経過観察していた.担癌状態による慢性消耗性貧血のため輸血を繰り返されていたが,乳頭部に露出した胆管癌による急速な貧血を認めるようになったため,この腫瘍部に対して放射線照射を行うことで癌性貧血を緩和でき頻回な輸血を回避することが可能となった.出血性下部胆管癌に対する放射線治療は患者のQOLの改善と生存期間の延長を得られる可能性があると考える.

Ⅰ 緒  言

下部胆管癌に対する治療は外科的治療が第一選択であるとされているが,実際は腫瘍浸潤や合併症のため外科的治療の適応外となることも少なくない.外科的治療の適応外症例の多くは,閉塞性黄疸に対し胆管ステントの留置を要するが,胆管炎や腫瘍出血による癌性貧血のため患者のQOLを損なうことが多い.

今回,放射線治療により腫瘍出血をコントロールし頻回な輸血を回避することが可能となった症例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:84歳 男性.

既往歴:80歳から不整脈,狭心症に対しアスピリン,クロピドグレルを内服.

現病歴:2014年8月発熱を主訴に来院し化膿性胆管炎と診断され,ERCP(Figure 1)を施行された経緯がある.その後,経過は順調であったが,同年12月心窩部痛を主訴に来院された.精査目的の腹部CTにて,下部胆管の狭窄と20mm大の乳頭状腫瘤が疑われたため,ERCPを施行したところ,下部胆管に15mm長の強い不整狭窄像を認めた(Figure 24).胆汁細胞診及び乳頭のびらんからの生検で高分化型腺癌が検出された.乳頭部癌の胆管浸潤も考えられたが,乳頭部所見を8月時と比較し,乳頭部浸潤を伴う下部胆管癌と診断した.明らかな他臓器転移は認めなかったが,高齢であり心機能が不十分であることにより,外科的加療によるリスク及び自己拡張型金属ステント(SEMS)留置について十分なインフォームドコンセントを行った.SEMS留置後は抜去や手術が困難である点において懸念を示されたため,まずは胆管プラスチックステント(PS;7Fr×10cm Zimmon Biliary Stent:COOK MEDICAL)を留置し,経過観察となった.その後2016年10月までに,ステント閉塞による胆管炎に対して計4回胆管ステント交換を行った.その都度SEMSへの交換を勧めたがPSによる交換を強く希望された.ステント交換の度に,腫瘍は乳頭に露出し徐々に増大していることを確認したが,腫瘍からの持続的出血は認めず,進行する貧血の原因は担癌状態による慢性消耗性貧血と診断した.そのため2015年11月~2016年10月の1年間にふらつきなどに対する症状緩和目的で2~4カ月ごとに赤血球製剤を4~6単位輸血を施行していた.2016年10月より貧血に伴うふらつきが増悪し,10月4日血液検査にてHb 4.4g/dlと高度貧血を認め入院となったが,在宅での加療を希望されたため10月7日輸血によりHb 7.3g/dlと増加していることを確認し退院となった.しかしながら11月1日定期外来検査にて著明な貧血と肝胆道系酵素の上昇を認めたため精査加療目的で再入院となった.

Figure 1 

乳頭部所見.

2014年8月乳頭部より感染を示唆する胆汁の流出を認めた.

Figure 2 

腹部CT検査.

下部総胆管右側壁に広基性乳頭状腫瘤を認めた(黒矢印).

Figure 3 

乳頭部所見.

2014年12月乳頭部のびらんと少量の出血を伴う胆汁の流出を認めた.

Figure 4 

ERCP所見.

下部総胆管は腫瘍による閉塞を来しており,上中部総胆管の著明な拡張を認めた.

入院時現症:身長161cm 体重41.5kg 血圧144/66mmHg 脈拍67/分 体温36.9度.

眼球結膜に黄疸なし 眼瞼結膜に著明な貧血あり 胸腹部に異常所見なし.

入院時血液検査所見:AST 662U/l,ALT 510U/l,ALP 1,492U/l,γ-GTP 299U/l,T-BiL 0.7mg/dl,CRP 9.43mg/dl,WBC 13,520/μl,Hb 4.7g/dlと肝胆道系酵素の上昇,炎症反応高値及び高度貧血を認めた.

入院時内視鏡所見:前回留置したPSは残存していたが,乳頭部に露出した腫瘍より持続出血を来していた(Figure 5).

Figure 5 

乳頭部内視鏡所見(PS抜去前,放射線治療前).

胆管癌は乳頭部に露出し,腫瘍部より持続出血していた.

入院後経過:過去の経過と比較し,貧血の進行が早いことから(Figure 6),腫瘍増大による出血量の増加とステント閉塞による胆管炎と考え,ERCを施行したところ,乳頭部に露出した腫瘍は更に増大し,同部より持続出血を来していた.この時点での患者のADLは十分保たれており貧血をコントロールすることで引き続き外来通院が可能と判断し,止血目的で放射線療法を行うこととした.同時に発症していた胆管炎に対しては,放射線照射の影響を考慮し再度7FrのPSに交換した.胆管炎の改善を確認し,ステント交換2日後より,十二指腸乳頭部を中心に総線量30Gy,12分割,全治療期間19日で外照射を行った.放射線照射開始後からは貧血の進行は認めず,放射線治療による有害事象は発生しなかった.このため放射線治療終了後6日目に胆管ステント交換目的にERCPを施行した.内視鏡的には乳頭部に露出した腫瘍は,軽度縮小しており,易出血性ではあるものの自然出血は認めなかった(Figure 7).ようやくSEMS留置に対し同意を得られたため,PSをCovered Metallic stent(CMS;10mm×6cm HANAROSTENT:Boston Scientific Japan. Inc)に交換した.術後経過順調のため退院となった.退院後3カ月間,貧血の進行や胆管炎の発症なく自宅療養されていたが,2017年3月心窩部不快感を主訴に来院されたため上部内視鏡を施行したところ,腫瘍の更なる縮小化により留置したSEMSが脱落しかけていることを確認したため,後日SEMSを抜去し胆管炎予防目的でPSを留置した(Figure 8).

Figure 6 

放射線治療前後における貧血の推移.

Figure 7 

乳頭部内視鏡所見(PS抜去前,放射線治療後6日目).

乳頭部に露出した腫瘍はわずかに縮小し,持続出血は消失した.

Figure 8 

乳頭部内視鏡所見(放射線治療後,3カ月目).

乳頭部に露出した腫瘍は更に縮小し,出血は認めなかった.

Ⅲ 考  察

胆管癌は画像診断技術や治療法の進歩にも関わらず,依然として根治治療の困難な癌の一つであり,第一選択治療である外科的切除でも5年生存率は約40%にとどまる ),.また診断時の腫瘍の進展により,すでに外科的治療が選択できないか,外科的治療は可能であっても,合併症や全身状態,高齢などの理由により外科的治療適応外となる症例も多く存在する.このような患者を経過観察する上で注意すべきことは,ステント挿入後の長期管理 と癌性貧血のコントロールである.

近年,外科的加療が可能な胆管癌に対しては集学的治療の一つとして放射線治療を試みる症例も報告されているが ,その多くは術中・術後に施行されている.しかしながら現時点では,その治療効果が十分に確立されているとはいえない.大規模比較試験がなされていないため,わが国のみならず欧州の胆道癌診療ガイドラインでも十分な科学的根拠はないとされている ),.一方で米国のガイドライン(NCCN practice guidelines in Oncology)では補助放射線療法が推奨されており ,放射線治療においては各国間に差があるといえる.本邦での放射線治療の現状としては,日本放射線腫瘍学研究機構(Japanese Radiation Oncology Study Group:JROSG)が多施設で放射線治療を受けた胆管癌患者555名について成績をまとめており,手術の補助療法として放射線治療例でMST 31カ月,非切除群の放射線治療例で15カ月であったとしている ),

一方,非切除例である胆管癌に対しては,閉塞性黄疸を回避する目的より胆管ステント留置を必要とすることが多く,ステント開存性維持及び減黄目的で放射線療法を加えることがある.Shinchiらはステント単独群と比較して放射線療法併用群が有意にステント開存期間延長,MST延長を認めたと報告している 10.またYoshiokaらは腔内照射施行群では無施行群と比較しMSTに有意差は認めないが,局所制御の改善を認めたとしている 11.米国ではShinoharaらが無治療と比較し放射線治療群,特に腔内照射群でMSTの延長を得られたとしている 12

非切除例に対する緩和的放射線治療としては,疼痛緩和,局所圧迫の回避,狭窄・閉塞の改善,腫瘍病変の制御と並んで止血目的もあげられる.放射線治療により止血効果が得られるメカニズムについては,これまでにいくつか報告がある.放射線が血管にもたらす影響についてFajardoは病理組織の評価により,照射後の血管では繊維化を伴う壊死組織を認めると報告している 13.またCihoricらは放射線治療による止血効果と有害事象について,62例の腫瘍出血を有する患者に対し止血目的で放射線治療を行った結果,39例で完全止血が可能となり,18例で出血減少により輸血を回避できたと報告している 14.放射線治療による急性期の有害事象はgrade1が10%,grade2が5%で発生したが,その内訳は下痢,嘔気,紅斑と軽微な現象であった.

胃癌における止血目的の放射線照射については,Kondohらが進行胃癌に対し止血目的で放射線治療を施行した17例をレトロスペクティブに分析し報告している 15.その結果,放射線治療開始後中央期間2日の時点で11例(73%)で止血が得られ,放射線治療による重篤な有害事象は認めなかったとしている.またKawabataらは同様に止血困難な胃癌に対する低線量放射線治療の奏功率は55%であり,治療後4週間以内の輸血頻度の減少と平均ヘモグロビン値の増加を認めたと報告している 16

以上より,出血を来している腫瘍に限局して放射線照射をすることが可能であれば,放射線による血管の繊維化及び壊死により止血効果を期待でき,且つ有害事象も最低限に抑えることが可能であると考える.

しかしながら消化管は常に蠕動運動があり,腫瘍に限局して照射するためには照射範囲と線量の綿密な計画を要する上,小腸を照射野に含む外照射は穿孔・狭窄・感染などのリスクが危惧されるため積極的に行われないことが多い.本症例では乳頭部に露出した出血性胆管癌に対し乳頭部にできるだけ限局して外照射を総線量30Gyで施行したところ,腫瘍からの活動性出血が止まり,更に腫瘍が縮小していることを内視鏡的に確認することができた.また放射線治療による有害事象の発生はなく,輸血も回避することができた.以上より出血性胆管癌において止血目的での放射線治療の有用性が示唆されたが,同様の報告例は検索しえた範囲では認めない.今後,症例の蓄積により出血のコントロールが困難な胆道癌や乳頭部癌に対する放射性治療の有効性と安全性を検証する必要がある.

近年では放射線治療において画像診断精度,放射線技術の向上により比較的安全に局所制御をすることが可能となった.乳頭部に対して安全に外照射が可能であれば,胆管癌の乳頭部浸潤だけではなく,乳頭部癌や膵頭部癌の乳頭部浸潤についても同様の治療が可能となり,より幅広い領域で患者の癌性貧血が緩和され,QOLの改善と生存期間の延長を得られる可能性があると考える.

しかしながら今回の症例における反省点としては,2014年8月に胆管炎を発症した際に,胆管癌を考慮して,腫瘍マーカーや胆汁細胞診を確認するなど,もう少し精査しておくべきであったと考える.

Ⅳ 結  語

出血性下部胆管癌に対し,放射線治療を施行することにより貧血のコントロールが可能となった症例を経験した.今後更なる症例の蓄積により,止血目的での放射線治療の有効性と安全性について検証する必要がある.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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