【背景と目的】無症状の被検者に対する上部消化管内視鏡検査(esophagogastroduodenoscopy;EGD)の検査時間の意義は確立されていない.今回の検討の目的は,無症状の被検者へのEGDに長い時間を費やす内視鏡医が,より多くの腫瘍性病変を見つけているかを明らかにすることである.
【方法】2010年4月から2015年9月に筆者らの施設で施行されたEGDのデータベースを後ろ向きに検討した.観察時間により内視鏡医を分類するために,生検を施行した症例を除いた平均観察時間を算出し,スタッフ医師を短時間群・中間群・長時間群の3群に分けた.3群間の腫瘍検出割合の差異を多変量解析にて比較した.
【結果】対象期間内に施行した55,786件のEGDのうち,スタッフ医師が無症状の被検者に対して施行した15,763件のEGDを分析した.生検を施行していない13,661件のEGDの平均検査時間は6.2分(範囲:2-18分)であった.カットオフ値を5分と7分に設定すると,4名の内視鏡医が短時間群(平均時間4.4±1.0分),12名の内視鏡医が中間群(平均時間6.1±1.4分),そして4名の内視鏡医が長時間群(平均時間7.8±1.9分)に分類された.短時間群・中間群・長時間群の腫瘍検出割合は,それぞれ0.57%(13/2,288),0.97%(99/10,180),0.94%(31/3,295)であった.多変量解析では,短時間群と比べた中間群・長時間群の腫瘍検出割合のオッズ比は,それぞれ1.90(95% 信頼区間[CI],1.06-3.40),1.89(95% CI,0.98-3.64)であった.
【結論】EGDに適切な検査時間を費やさない内視鏡医は,病変を見逃している可能性がある.
本邦において胃癌はその頻度及び死亡率が減少傾向にあるが,依然として最も高頻度で診断されるがんの一つである 1).胃癌は東アジア地域に多く見られるものの,欧米諸国でも存在している 2).上部消化管内視鏡検査時間(esophagogastroduodenoscopy:EGD)は本邦において胃癌の早期発見のために広く行われている 3).一方でバリウムを使用した上部消化管造影検査(upper gastrointestinal series:UGIS)が本邦では長年胃癌のスクリーニングとして用いられてきた 4).近年になり,内視鏡によるスクリーニング検査が胃癌の死亡率減少に効果的であることが示された 5),6).2015年に胃癌の対策型検診としてEGDを使用することを推奨する改正が行われ,現在は胃癌の対策型検診としてEGDとUGISのいずれもが使用されるようになってきている.また,対策型検診の対象病変は胃癌であるものの,EGDは食道や十二指腸の上皮性腫瘍の早期発見にも有用であることが期待される 7),8).
質の高いEGDは早期癌の発見のための必要条件である.しかしながら,欧米から大腸癌スクリーニングに使用される大腸内視鏡検査の質の指標が提案されている状況に比べると 9),10),EGDの質の指標についてのエビデンスは限定的である.
大腸内視鏡の抜去時間は大腸内視鏡の重要な質の指標である 11).一方,Tehらは有症状患者に対するEGDにおいて,検査時間が長いほど胃癌及び高リスクの胃病変(腸上皮化生や胃粘膜萎縮)の検出割合が高かったことを報告している 12).またGuptaらは,バレット食道の長い観察時間が,高度異形成病変や食道腺癌の検出に関連していることを報告した 13).しかしながら,無症状の被検者に対するスクリーニング目的のEGDにおける検査時間の意義は不明確である.
そこで今回筆者らは無症状の被検者に対する各内視鏡医の検査時間に着目した.この研究は,無症状の被検者へのEGDに長い時間を費やす内視鏡医が,より多くの腫瘍性病変を見つけているかを明らかにすることが目的である.
試験デザイン
この単施設の後方視的研究では,筆者らは2010年4月から2015年9月に京都第二赤十字病院で施行されたすべてのEGDの情報を内視鏡データベースを使用して見直した.検討から除外した症例の基準は以下のとおりである:治療内視鏡・有症状例・治療後のサーベイランス内視鏡・過去のEGD歴が不明・トレーニング中の医師の施行例・6カ月以内のEGD施行歴・経鼻内視鏡・内視鏡的超音波断層法施行例・検査時間が不明な症例.また,本邦における胃癌の対策型検診の開始年齢は40歳であり,40歳未満の被検者は除外した.また,高齢者には検査中の全身状態に特別な注意を払うべきであり,75歳を超える被検者も除外した.観察時間により内視鏡医を分類するために,生検を施行した症例を除いた平均観察時間を算出し,スタッフ医師を短時間群・中間群・長時間群の3群に分けた.なお,筆者らの施設のスタッフ医師はいずれも1,000例以上のEGDの施行歴がある.3群間の腫瘍検出割合(1つ以上の腫瘍性病変が検出された被検者の割合)の差異を多変量解析にて比較した.腫瘍性病変は,内視鏡下の生検で癌・腺腫・異形成・カルチノイド・リンパ腫・間葉系腫瘍と診断された(あるいは強く疑われた)病変と定義した.京都第二赤十字病院の臨床試験審査委員会がこの研究を承認した.
スクリーニングEGDの方法
咽頭麻酔として8%キシロカイン®スプレー(アストラゼネカ株式会社)が用いられた.前処置薬として,8mLの2%ガスコン®ドロップ(キッセイ薬品工業株式会社),20,000単位のプロナーゼ®(科研製薬株式会社),および1gの重曹を,80mLの水に溶かして咽頭麻酔の約10分前に用いた.ほとんどの被検者には鎮痙剤は使用しなかったが,蠕動が著しい症例にはブスコパンやグルカゴンの静脈注射,あるいはl-メンソールの胃内散布を行った.鎮静剤としてのミダゾラムは被検者が希望されたときのみ使用した.
使用したスコープはすべてオリンパス社製のものであり,細径内視鏡とはスコープの外径が8mm未満のものである(例GIF-PQ260,GIF-XP 260).胃および十二指腸の観察には白色光観察を用いたが,食道の観察時には狭帯域光観察を用いた.咽頭反射が強い被検者でなければ咽喉頭の写真も撮影し,通常はスクリーニングEGDの間に30~40枚の写真を撮影した.撮影した写真は自動的にファイリングシステムに保存された.
データ収集
内視鏡データベースとしてSolemio ENDO®(オリンパス株式会社)が用いられた.検査時間は,咽喉頭あるいは上部食道で最初の写真が撮影されてから,検査終了後に内視鏡システムの終了ボタンが押されるまで,と定義された.この時間は内視鏡システムにより自動的に測定され,データベースに保存されていた.同様に,使用した内視鏡の機種も自動的に保存されていた.
内視鏡施行医は検査終了後に速やかに以下の項目を入力した:使用した前投薬・検査契機・前回のEGDの時期・胃粘膜萎縮の木村竹本分類 14)・および検出された病変の位置と形態.生検病理組織結果は,結果判明後に内視鏡施行医によって入力された.なお,複数の腫瘍性病変を指摘された場合は,本研究では最も進行した病変が採用された.
サンプルサイズ計算および統計解析
Tehらは有症状者を対象にした研究で,検査時間が長い内視鏡医は短い検査時間の内視鏡医にくらべ2倍の高リスク病変が検出されたと報告している 12).筆者らは短時間群の腫瘍性病変の検出率を0.5%,中間群および長時間群の検出率を1.0%と見積もった.各群間に有意差が得られる統計学的パワーを80%とし,両側α=0.10として計算すると各群5,073症例が必要であると計算され,約15,000件の無症状の被検者データを集めることを目標とした.
被検者の特徴(性別・鎮静剤使用の割合・胃粘膜萎縮の程度・前回EGDの時期・使用された内視鏡機種・生検が施行された割合)はχ 2検定で比較した.年齢のような連続データは分散分析を用いた.最終的にEGDの検査時間と腫瘍検出割合の関係を多変量解析で分析しオッズ比を算出した.統計ソフトとしてIBM SPSS statistics(version 22;IBM, Armonk, NY)を用い,p<0.05を統計学的有意とした.
被検者の特徴
対象期間内に施行した55,786件のEGDのうち,スタッフ医師が無症状の被検者に対して施行した15,763件のEGDを分析した(Figure 1).生検を施行していない13,661件のEGDの平均検査時間は6.2分(範囲:2-18分)であった.カットオフ値を5分と7分に設定すると,4名の内視鏡医が短時間群(平均時間4.4±1.0分),12名の内視鏡医が中間群(平均時間6.1±1.4分),そして4名の内視鏡医が長時間群(平均時間7.8±1.9分)に分類された.
研究の流れ.
Table 1に内視鏡医ごとに分けた3群の被検者の特徴を示す.全被検者のうち中等度・高度の胃粘膜萎縮を呈する症例がそれぞれ16.4%,21.2%であった.本邦では年一度のEGDが勧められることが多く,76.0%被検者が1年前にEGDを受けており,今回の対象症例で初めてのEGDを受けた被検者は6.2%のみであった.大部分のEGDは細径内視鏡を用いて施行されていた.
被検者の特徴.
性別・年齢・鎮静剤の使用割合・胃粘膜萎縮の程度・前回EGDの時期・および使用した内視鏡機種(細径・非拡大通常径・拡大内視鏡)にはいずれも3群間に有意差があった.生検の施行割合には3群間に有意差はなかった.
腫瘍検出割合
全体として腫瘍性病変は143例(0.91%)に検出された.内視鏡医の間で検出割合には0%から2.04%の範囲で差異を認めた(Table 2).短時間群・中間群・長時間群の腫瘍検出割合は,それぞれ0.57%(13/2,288),0.97%(99/10,180),0.94%(31/3,295)であった.検出された病変の一覧をTable 3に示す.短時間群の内視鏡医は食道・胃・十二指腸病変のすべての検出割合が低かったが,特に食道病変の検出割合が低かった(1/ 2,288;0.04%).66例で検出された胃癌のうち,粘膜癌は51例(77.3%),粘膜下層癌は12例(18.2%)であり,T2以深の進行癌は1例(1.5%)のみであった.
各内視鏡医の内視鏡施行数・検査時間・および腫瘍検出割合.
検出された病変の一覧.
性別・年齢・鎮静剤の使用・胃粘膜萎縮の程度・前回EGDの時期・使用した内視鏡機種で補正した多変量解析では,短時間群と比べた中間群・長時間群の腫瘍検出割合のオッズ比は,それぞれ1.90(95% 信頼区間[CI],1.06-3.40),1.89(95% CI,0.98-3.64)であった(Table 4).男性・高齢・進行した胃粘膜萎縮の各因子を持つ被検者で,腫瘍検出割合が有意に高かった.過去の内視鏡歴がある被検者は腫瘍の検出割合が有意に低かった.
多変量解析の結果.
今回の研究では,中間群(5-7分)の内視鏡医は短時間群(5分未満)の内視鏡医に比べて高い腫瘍検出割合が得られていた.しかしながら,長時間群(7分以上)は中間群と比べて同等の成績であった.短時間群と比較した中間群・長時間群の腫瘍検出割合のオッズ比はそれぞれ1.90,1.89であった.これらの結果からは,長すぎる検査時間は必要ないものの,適切な検査時間を費やさないと病変を見逃す可能性が示唆される.よって,検査時間は質の高い内視鏡検査に必要な指標ということができる.無症状の被検者を対象とした今回の検討では,腫瘍性病変を検出するために必要とされる検査時間は5分であった.
内視鏡は消化管の早期癌を検出するための重要なツールである.とくに,大腸内視鏡による介入で大腸癌の頻度及び死亡率が減少することが報告されている 15).しかしながら大腸内視鏡は術者の技量により結果が左右される検査法であり,多くのポリープが見逃されているといわれている 16).長い大腸内視鏡抜去時間が見逃し病変をへらすことができるといわれる 11).抜去時間を質の指標として使うことに異論はあるものの 9),17),抜去時間は欧米で質の指標の一つとして用いられている.本邦においては早期胃癌のスクリーニングのためにEGDは広く用いられているものの,EGDにおける質の指標についてのエビデンスは少ない.
今回の筆者らの検討では,長い検査時間が高い病変検出割合に寄与するという,有症状患者を対象としたTehらの先行研究の結果を支持するものである 12).この仮説は今回の検討で無症状の被検者にも適応できることが示された.筆者らの検討では適切な腫瘍検出割合を得るために必要な検査時間は5分であったが,Tehらの検討では7分であった.この差異は内視鏡医の経験・被検者の違い(有症状か無症状か)・鎮静剤使用の有無・病院間の状況の違いなどに起因するものかもしれない.
今回の検討では筆者らの施設におけるスタッフ内視鏡医の腫瘍検出能力が同一だという前提のもとに検査時間の比較を行っている.Uedoらは,日本と海外の内視鏡医では検査時間は同等であるものの,本邦で診断される胃癌の6割が早期癌であるのに対し海外ではほとんどが進行癌で発見されることを報告している 18).病変を早期の段階で発見するには,病変に対する知識や興味,および経験が必要である.これらの要素のいずれかが欠けている場合はいくら長い時間を費やしたからと言って早期癌を発見することはできないであろう.
食道・胃・十二指腸という臓器別にみると,短時間群の内視鏡医はいずれの臓器でも腫瘍検出割合が低かった.しかしながら,特に食道病変の検出割合が低く,早期の食道病変は適切な時間をかけないと見逃してしまうかもしれない.
今回の検討では多くの被検者が年一度のEGDを受けていた.よって,はじめてEGDを受けた被検者にくらべると,病変の検出割合は低くなることや病変が早期の段階であることが予想される.今回発見された胃癌の9割以上が粘膜癌あるいは粘膜下層癌であった.早期病変は時として内視鏡的に診断することが難しく,短い時間での内視鏡検査では見逃しやすい病変である.
筆者らは今回,腫瘍検出割合をエンドポイントとして用いた.先行研究では腫瘍性病変のみならず,腸上皮化生や胃粘膜萎縮がエンドポイントとして用いられていた 12).本邦では腸上皮化生や胃粘膜萎縮は内視鏡所見のみで診断されることが多く,これらの因子をエンドポイントとして用いるのは難しい.よって腫瘍検出割合をエンドポイントとしたが,無症状の被験者での腫瘍検出割合は低く,大きなサンプルサイズが必要であった.もし早期胃癌検出割合をエンドポイントとする場合はさらに大きなサンプルサイズが必要になり,その場合は多施設での検討が必要であろう.
すでに述べたように,本邦における胃癌の対策型検診の推奨検査法が2015年に改訂され,スクリーニング検査にEGDが用いられることがさらに多くなっている.よってEGDの有用な質の指標を確立することは極めて重要である.検査時間は重要であるものの,その他の指標についても検討されるべきであろう.
今回の研究にはいくつかの限界が存在し,解釈には注意を要する.第一にこれは単施設の後方視的研究である.第二に検査時間は食道・胃・十二指腸の各臓器別に分かれておらず,早期胃癌の検出に必要な胃の検査時間の検討ができていない.第三に重要な交絡因子であるヘリコバクターピロリ感染や胃癌家族歴の検討ができていない.
これらの限界はあるものの,本研究では無症状の被検者に対するEGDの検査時間についての重要な情報が示されている.EGDに十分な検査時間を費やしていない内視鏡医は上部消化管の腫瘍性病変を見逃しているかもしれない.スクリーニングEGDに必要とされる最低限の平均検査時間は5分であった.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし