日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
NSAIDs起因性多発大腸膜様狭窄を呈した1例
成瀬 宏仁 下山 則彦大野 正芳北潟谷 隆霜田 佳彦伊藤 淳工藤 大樹畑中 一映山本 義也
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2018 年 60 巻 4 号 p. 1003-1009

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要旨

82歳,男性.下血により当科紹介入院となった.既往に脊柱管狭窄症の手術歴があり,腰痛のためdiclofenac sodiumが長期間投与されていた.下部消化管内視鏡検査では,横行結腸脾彎曲口側に膜様狭窄を認め,通常の内視鏡は通過しなかった.このため,細径内視鏡を用いて狭窄を通過し,盲腸まで観察した.回盲部から横行結腸にかけて,多発する潰瘍性病変と11カ所に及ぶ高度膜様狭窄を認めた.生検,組織培養にて疾患特異的所見は認めず,非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)起因性大腸病変と診断し手術を施行した.NSAIDs起因性大腸膜様狭窄の報告例は少なく,組織学的所見を含めて報告する.

Ⅰ 緒  言

非ステロイド性消炎鎮痛剤(Nonsteroidal anti-inflammatory drugs,以下NSAIDs)の使用頻度は近年増加している.高齢化に伴い,変形性関節症等慢性疼痛の緩和目的での使用は,今後も増えることが予想される.NSAIDs起因性消化管粘膜傷害は,これまで上部消化管について多く報告されてきた.その後,ダブルバルーン内視鏡やカプセル内視鏡の登場により,小腸病変の報告も増加している.しかし,大腸粘膜傷害に関しては報告例が少なく,広く周知されるには至っていない.今回われわれは,多発する膜様狭窄をきたしたNSAIDs起因性大腸粘膜傷害の特殊型を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:82歳,男性.

主訴:下血.

既往歴:48歳から高血圧症.73歳で椎間板ヘルニア,脊柱管狭窄症で手術.その後,腰痛のため近医にてdiclofenac sodium 75mg/日の内服を継続していた.

現病歴:2013年5月ころより,腹部膨満感,排便困難の症状が出現した.2013年8月貧血が進行して少量の下血をきたしたため,当科紹介となった.

入院時現症:身長157.5cm,体重58kg,体温36.3℃,血圧121/83mmHg,脈拍62/分・整,眼瞼結膜に軽度貧血を認めた.腹部はやや膨満し,右上腹部に圧痛を認めた.

臨床検査成績では,RBC 417/μl,Hb 12.2g/dl,Ht 36.3%,MCV 87.1fl,MCHC 33.6%,血清鉄17μg/dl,TIBC 339μg/dlと軽度鉄欠乏性貧血を認めた.生化学検査は概ね正常範囲であった.WBC 4,400/μl,lCRP 0.27mg/dlと炎症反応は陰性で,腫瘍マーカーはCEA 1.2ng/dl,CA19-9 8U/mlと正常範囲であった(Table 1).

Table 1 

臨床検査成績.

腹部造影CTでは,横行結腸は多数のコンパートメントに仕切られて,一部腸管壁の肥厚と造影効果の増強を認めた.腹腔内のリンパ節腫脹は認めなかった.

下部消化管ガストログラフィン造影(Figure 1-a,b):横行結腸脾彎曲より口側にかけて,高度の膜様狭窄が多発していた.

Figure 1 

下部消化管造影検査(ガストログラフィン造影).

a:横行結腸脾彎曲より口側にかけて,AからKの狭窄長の短い膜様狭窄が連続していた.

b:横行結腸中央部にFからKの膜様狭窄を認めた.FからKは,Figure 1-aと同一部位.

下部消化管内視鏡検査(Figure 2):初回は通常の下部消化管内視鏡を挿入したが,横行結腸の脾彎曲より口側に求心性の高度膜様狭窄を認めた.内視鏡は通過不能であったため,まずオーバーチューブを留置し,細径内視鏡へ交換して盲腸まで観察可能となった.回盲部は変形し,回盲弁より回腸への挿入は不能であった.上行結腸から横行結腸に,結腸ヒモに沿って潰瘍と瘢痕化による引きつれを複数認めた.横行結腸に求心性の高度膜様狭窄が多数連続していた(Figure 2-a~d).膜様狭窄部は,ほぼ修復され瘢痕狭窄化したもの(Figure 2-a,c)と,頂上に潰瘍の残存したもの(Figure 2-b,d)が混在していた.

Figure 2 

下部消化管内視鏡検査.横行結腸脾彎曲側から口側へ求心性膜様狭窄が多数連続し,膜様狭窄部は修復され瘢痕狭窄化したもの(a,c)と,頂上に潰瘍の残存したもの(b,d)が混在していた.Figure 2のa~cはFigure 1のa~cと同一部位.Figure 2のdはFigure 1のgと同一部位.

組織生検にて悪性所見や,炎症性腸疾患を積極的に疑う所見は認めなかった.また,肉芽腫形成等特定の疾患を疑う特徴的な所見は認めなかった.組織培養では,特定の病原菌は同定されなかった.インターフェロンγ遊離試験は陰性であった.大腸生検の抗酸菌染色,培養とも陰性であった.感染性腸炎は否定的であり,diclofenac sodiumの長期内服歴と,膜様求心性狭窄の形態,非特異的炎症所見という大腸生検組織検査結果より,NSAIDs起因性大腸多発粘膜傷害と診断した.治療方選択に際し,まずdiclofenac sodiumを休薬したが,過去の報告例より膜様狭窄の改善は期待しがたいと推測した.上部消化管内視鏡検査では,十二指腸水平脚まで観察範囲に異常所見を認めなかった.小腸病変検索のため,イレウス管を挿入して深部小腸の造影検査が必要と思われた.しかし,高齢のためか下部消化管内視鏡検査後,検査追加に拒否的となり施行困難であった.治療方針として,閉塞機転解除のため,内視鏡下バルーン拡張術を提案したが,こうした経緯にて施行できなかった.CT上小腸の壁肥厚や内容物貯留による腸管拡張は認めず,貧血のさらなる進行もなかった.患者は手術加療を希望したため,大腸狭窄が解除されれば症状改善は期待できると判断し,拡大右半結腸切除術を施行した.

手術標本では,11カ所で膜様狭窄が形成されていた(Figure 3-a).組織学的には,高度の炎症細胞の浸潤と粘膜筋板の肥厚,粘膜下層の著しい線維化が認められた(Figure 3-b).少数ではあるが,表層ではない腺管の深部に,アポトーシス小体が確認され(Figure 3-c),腺管細胞の核分裂像も多数認められたことから,破壊と再生が活発に繰り返されていることが示唆された.一部好酸球浸潤を認める部位もあり,NSAIDs起因性膜様狭窄を伴う大腸粘膜傷害と診断した.

Figure 3 

病理組織所見.

a:手術切除標本の肉眼像,横行結腸に多数の膜様狭窄を認める(白矢印AからKはFigure 1と同一部位).

b:高度の炎症細胞の浸潤と粘膜筋板の肥厚,粘膜下層の著しい線維化が認められた(HE染色×10).

c:腺管の深部にアポトーシス小体が確認された.(←)(HE染色×40).

術後,diclofenac sodiumは休薬継続が可能で,消化管通過障害や貧血の進行なく経過している.

Ⅲ 考  察

NSAIDsによる上部消化管粘膜障害は,以前より広く知られており,消化性潰瘍や消化管出血のリスクが指摘されている 1.近年では,バルーン内視鏡やカプセル内視鏡の普及に伴い,NSAIDsの長期内服例において,小腸粘膜障害も高頻度にきたすことが報告されている 2.NSAIDs起因性の大腸粘膜障害は,1966年にDebenhamによって最初に報告されたが 3,上部消化管,小腸と比べ報告例は少ない 4.長田ら 5,Amanoら 6は,大腸粘膜傷害はNSAIDs使用者の約3%に発症すると報告している.しかし,近年高齢化によりNSAIDs使用頻度が増加しており,今後NSAIDs使用に際して注意を要する消化管への副作用である.

NSAIDs起因性大腸病変の診断基準は,いまだ確立したものはない.これまでの報告例では,①炎症性腸疾患,単純性潰瘍や腸管ベーチェット病等が除外される,②抗生物質の使用がなく,③便や組織培養が陰性で感染性腸炎が除外される,④NSAIDsの使用歴がある,⑤NSAIDsの中止,あるいは変更により治癒傾向がある,⑥生検組織にて特異的炎症所見を認めない,といった基準が用いられている 7)~9.自験例は,従来の診断基準に照らして,diclofenac sodiumの長期間投与歴があり,炎症性腸疾患やベーチェット病を疑う組織所見や,消化管以外の症状を認めず,抗生物質の投与歴もなかった.便培養,大腸潰瘍部の組織培養で,腸炎惹起を疑われる細菌も検出されなかった.また,細径内視鏡による複数個所の大腸潰瘍部の生検では,いずれも特定の疾患特異的組織所見を認めなかった.膜様狭窄による腸閉塞の危険があり,NSAIDs休薬による治癒傾向を確認せず追加治療を行ったが,NSAIDsによる大腸病変として矛盾しないと思われる.

NSAIDs起因性大腸病変の病態分類として,Gibsonらは①NSAIDsの直接作用による大腸病変.②NSAIDsによる既存の大腸病変増悪や顕性化.③過敏反応.④座薬により直腸潰瘍に分類している 10.Daviesはこのなかで,直接作用による新規大腸病変が大多数であると報告している 11.自験例は,既往に大腸疾患や全身のアレルギー性病変を認めず,座薬の使用歴や直腸病変を認めないことから,NSAIDsによる新規結腸病変であった.

NSAIDs起因性大腸病変の形態に関して,松本らは経験した16例を検討し,潰瘍型10例と大腸炎型6例に分類している.このなかで深部大腸の潰瘍は比較的大型で,輪状潰瘍の形態を示す傾向があったと報告している 7

大腸のNSAIDs起因性膜様狭窄は,極めてまれな病態である.前述の松本らの報告でも,内視鏡の通過しない高度狭窄を伴った膜様狭窄は16例中1例のみであった 7.その後,蔵原と松本らは,NSAIDs起因性潰瘍型大腸病変の症例数を24例へ増やして報告しているが,膜様狭窄を認めたものは初回報告の1例のみであった 12.この特徴的なNSAIDsに起因する膜様狭窄の語源は,1988年にBjarasonらがNSAIDs内服により小腸に薄い膜状狭窄が生じることを報告し,diaphragm-like strictureと呼称したのに起因する 13.大腸のdiaphragm-like strictureは,1989年にSheersとWilliamsが最初に報告した 14.その後1991年にHuberらは,孤在性NSAIDs起因性潰瘍がNSAIDs継続投与により2年後にdiaphragm-like strictureへ進展した症例を報告し 15,それ以後徐々に症例が蓄積されている.こうした膜様狭窄を呈する消化管狭窄は,diaphragm disease 16と呼称されている.

本邦のNSAIDs起因性大腸膜様狭窄について,医学中央雑誌にて,1989年4月から2016年8月まで,大腸,隔膜,膜様狭窄,NSAIDsをキーワードに検索すると,本邦報告例は会議録を含め,松本ら 7,鈴木ら 17,高垣ら(会議録),中尾ら 18の僅か4例であった.Manipalleらは,大腸膜様狭窄を呈した2012年8月までの報告例を検索し,45例の報告例を抽出し検討している.それによると,年齢層としては70歳台に多く,性別では女性に多かった.原因のNSAIDsは,diclofenac sodiumが最も多かった.ただし,NSAIDsの薬剤別流通頻度には差があり,どのNSAIDsが粘膜傷害や膜様狭窄をきたしやすいかは不明と思われる.NSAIDsの使用期間中央値は5年で,発生部位は,上行結腸の頻度が一番多かった19

Diaphargm diseaseの組織像について,Robinsonらは粘膜下層の高度の線維化,粘膜筋板の肥厚,著名なリンパ濾胞の形成等,他の潰瘍でも認められる非特異的変化であると報告している 20.一方,八尾らは,経験したNSAIDs起因性大腸病変や,小腸の膜様病変において,アポトーシス小体が高頻度に認められたと報告した.NSAIDsはprostaglandin合成酵素であるcyclooxygenase 2(COX2)を抑制する.COX2はアポトーシスを抑制することから,COX2が抑制されることによりアポトーシスが誘導され,NSAIDs起因性潰瘍型大腸粘膜病変や小腸膜様狭窄ではアポトーシス小体が多数確認されるのではと推測している 21

自験例の組織像からは,肉芽腫等は認められず,炎症細胞の高度浸潤と粘膜筋板の肥厚を認め,粘膜下層の高度の線維化を伴って管腔内腔へ腸管壁が膜様に突出していた.膜様狭窄部の近傍には一部,好酸球浸潤の著名な部位もあり,NSAIDs起因性大腸炎型の組織像に類似した所見も認められた.また,少数ではあるが粘膜表層以外の部位で,アポトーシス小体が認められ,多くの核分裂像も認められた.これは,活発に潰瘍形成と瘢痕化,つまり粘膜傷害と再生を繰り返す過程で生じたものと考えられる.自験例の細径内視鏡による観察では,膜様狭窄部に開放性輪状潰瘍を伴うものと伴わないものが存在していた.こうした内視鏡所見も,大腸の膜様狭窄がNSAIDs起因性潰瘍型大腸粘膜病変の再燃と修復の過程で形成されることを示唆していると推測した.

治療法としては,先述のManipalleらによる報告では,NSAIDsは約2/3で休薬され,引き続いて手術が一番多く施行されていた 19.手術以外の追加治療としては,ステロイド,5-aminosalicylic acidの内服や,内視鏡下バルーン拡張の報告があった 19.本邦での報告例に限っては,鈴木ら 17,高垣らの報告はではバルーン拡張が奏効したが,中尾ら 18の報告では奏功せず,手術が施行されていた.近年,through-the-scope法による小腸狭窄に対する内視鏡下バルーン拡張術が多数施行されている.一般的にバルーン拡張術の適応は,狭窄長が2cmから3cmで,高度な屈曲や瘻孔,深い潰瘍を伴わないものがその適応と考えられている 22)~24.自験例は患者の希望により手術を選択したが,NSAIDs潰瘍による膜様狭窄は.通常UL-Ⅱまでの浅い潰瘍の場合が多く,まず試みるべき治療と思われる.

Ⅳ 結  語

NSAIDs起因性多発大腸膜様狭窄を呈した1例を経験した.NSAIDs投与に際しては,こうした大腸粘膜傷害に関して留意する必要がある.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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