2018 年 60 巻 4 号 p. 1010-1016
症例は45歳,女性.便鮮血陽性のため下部消化管内視鏡検査が施行され,肝彎曲に径5mmの発赤したⅡa様形態のポリープが存在したため,診断的治療目的にEMRを実施した.粘膜固有層に異型性の乏しい線維芽細胞様の紡錘形細胞の増生を認め,背景にはリンパ球や形質細胞を主体とした炎症細胞浸潤を認めた.免疫染色では,紡錘形細胞はvimentin,glut-1,claudin-1が陽性,desmin,c-kit,CD34,α-smooth muscle actin,S-100,epithelial membrane antigenが陰性を示し,Ki-67陽性率1%未満であり,類似する他疾患を除外し,benign fibroblastic polyp(perineurioma)と診断した.本疾患の報告自体が非常に稀であることに加え,本症例の内視鏡像はこれまでの報告とは異なった所見を呈しており,貴重な症例であると考え,文献的考察を加え報告する.
Benign fibroblastic polyp(良性線維芽細胞性ポリープ:BFP)は,Eslami-Varzanehら 1)によって2004年に初めて報告された比較的新しい疾患概念である.その病理学的特徴及び免疫組織化学的所見の近似性からBFPはperineurioma(神経周膜腫)と同一病変と認識されている 2),3).これまでに再発や転移をきたした報告はなく,良性腫瘍と考えられる.本邦における報告は,現在まで非常に少なく,この疾患の認知度が低いことが推察される.また,海外からの報告も病理医からの報告がほとんどであり,内視鏡像について言及したものは少ない.今回,われわれは,肝彎曲に発生したBFP(perineurioma)を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.
患者:45歳,女性.
主訴:便鮮血陽性.
既往歴:特記すべき事項なし.
現病歴:健康診断にて便鮮血陽性を指摘され,近医で下部消化管内視鏡検査を実施したところ,肝彎曲に径約5mm,無茎性ポリープを認め,精査加療目的に当科紹介となった.
現症:特記すべき事項なし.
血液検査:特記すべき事項なし.
下部消化管内視鏡検査:肝彎曲に径約5mm,無茎性,発赤調のⅡa様病変を認めた(Figure 1-a).表面は平滑で,びらんなどは認めなかった.NBIでは周囲粘膜と比較して,血管の増生を伴っていた.病変中央部を拡大観察すると非常に細い血管が散見されるものの,個々の血管には異型が乏しく,上皮性腫瘍の所見は乏しかった(Figure 1-b).インジゴカルミン散布では病変辺縁部はⅠ型pitが確認でき,病変中央部は間隙の拡張を認め,pit様構造は疎であった.また,病変辺縁部から中央に伸びる拡張した血管が散見された.(Figure 1-c).粘膜下腫瘍(submucosal tumor;SMT)様の形態の特徴を有するものの,典型的ではなく,診断と治療を兼ねてEMRを施行した.
下部消化管内視鏡検査所見.
a:径約5mm,無茎性,発赤調のⅡa様病変を認めた.表面は平滑で,びらんなどは認めなかった.
b:病変中央部を拡大観察すると非常に細い血管が散見されるものの,個々の血管には異型が乏しかった.
c:インジゴカルミン散布では病変辺縁部はⅠ型pitが確認でき,病変中央部は間隙の拡張を認め,pit様構造は疎であった.病変辺縁部から中央に伸びる拡張した血管が散見された.
病理組織学的所見:ホルマリン固定後の腫瘍径は約3mmであった.粘膜固有層に異型性の乏しい線維芽細胞様の紡錘形細胞の増生を認め,cryptの減少を伴っていた.紡錘形細胞に核分裂像はほとんど見られなかった.背景にはリンパ球や形質細胞を主体とした炎症細胞浸潤を認めた.病変部の表層にある円柱上皮は一部欠落しており,炎症細胞浸潤の中に毛細血管の増生を認めていた(Figure 2).免疫組織化学染色では,vimentin陽性,glut-1陽性,claudin-1陽性,desmin陰性,c-kit陰性,CD34陰性,α-smooth muscle action(αSMA)陰性,S-100陰性,epithelial membrame antigen(EMA)陰性であり,Ki-67陽性率は1%未満であった(Figure 3).以上の結果から,BFP(perineurioma)と診断した.
病理組織像(H&E染色).
粘膜固有層に異型性の乏しい線維芽細胞様の紡錘形細胞の増生を認め,cryptの減少を伴っていた.表層部はリンパ球や形質細胞を主体とした炎症細胞浸潤を認めていた(a:×20,b:×100,c:×200).
免疫染色像.
a:vimentin:紡錘形細胞はびまん性に強陽性であった(×200).
b:glut-1:紡錘形細胞は陽性を呈した(×400).
c:claudin-1:紡錘形細胞は陽性を呈した(×400).
経過:外来にて経過観察中である.
BFPは,2004年にEslami-Varzanehらが大腸,特にS状結腸・直腸に発生した,粘膜内に線維芽細胞様の紡錘形細胞の増殖を伴うポリープとして14例をまとめて報告した 1).PubMed及び医学中央雑誌で現在までのところでわれわれが検索しえた範囲では,大腸ではBFPとperineurioma(benign hybrid perineurioma-schwannomaの2例含む)を合わせ,自験例も含めると計101例(Table 1) 1)~16)であり,本邦での報告は5例目 13)~16)と非常に少ない.これらの報告を検討すると,男女比は39:62と女性優位であった.平均年齢は60歳代とする報告が多く,ポリープの平均サイズは約5mmで,すべて単発であり,発生部位はS状結腸が59例と最も多く,次いでrectosigmoidを含む直腸に19例発生しており,自験例のように右半結腸での報告は少なかった.大腸以外の発生は,胃に4例 12),17)~19),十二指腸に1例 5),回腸に1例 20)を認めるのみであった.
これまでの報告では病理医によるものがほとんどで,内視鏡所見について言及した報告は少ない.黄色もしくは褪色調の孤立性のSMTの形態を示し,表面は平滑で,pit patternは疎もしくはⅠ型を示すとの報告がある 13)~16).NBI拡大内視鏡観察で,村上ら 16)はhoney comb様の規則的に配列した血管模様を背景に,放射状に延びるやや太い樹枝状血管を認めたとしている.自験例では,白色光で境界明瞭な発赤調のポリープとして視認され,病変辺縁のpit patternはⅠ型を示すが,病変中央部のpitは疎であった.NBI拡大内視鏡では,頂部に細い血管の増生が目立っており,これらの所見から一見上皮性腫瘍を疑うような形態も持ち合わせており,過去の報告とは異なる所見を呈していた.自験例で認めた病変周辺部から中央に伸びる拡張した血管については,これまでの報告で認められる拡張した樹枝状血管と同じものを示しているものと思われ,本疾患に比較的共通した所見と考えている.病理組織標本と照らし合わせ検討してみると,病変本体である紡錘形細胞は表層へ露出しておらず,この病変を覆うように表層部にリンパ球や形質細胞を主体とした炎症細胞浸潤を認めており,何らかの炎症が加わっていることが疑われた.炎症細胞浸潤に惹起されたと思われる毛細血管が病変表層に増生しており,これがNBI拡大観察で確認された細かい血管の所見に一致しているものと推測している.基礎疾患に大腸へ炎症を生じるような疾患の併存はなく,腸蠕動や便との接触による影響を推測しているが,同様の内視鏡像や病理像を呈する報告がなく,はっきりしない.現時点では,内視鏡での本疾患の診断は困難と思われ,今後さらなる症例の蓄積が必要と思われる.
本疾患の病理学的な特徴としては,細胞異型や核分裂像がみられない紡錘形細胞が粘膜固有層で増殖し,陰窩は疎で,本症例とは異なり粘膜表面の炎症細胞浸潤は軽度であると報告される 1),6),21).免疫組織化学的染色についてEslami-Varzanehら 1)の報告では,紡錘形細胞はvimentin陽性であるが,c-kit陰性,EMA陰性,CD31陰性,bcl-2陰性,desmin,S-100は陰性であり,αSMAとCD34は陰性もしくは一部の症例で部分的に弱陽性としている.過去の報告例ではこれまでに様々なマーカーが使用されている.その中から鑑別に有用と思われる代表的な免疫染色結果及び,臨床病理学的所見,記載されている範囲での内視鏡所見についてTable 1にまとめた.EMA,glut-1及びclaudin-1のような神経周膜細胞性の特異的なマーカーを使用することが本疾患の診断に有効であったとの報告されている 5),9).紡錘形細胞から構成される他の腫瘍性病変で鑑別すべきものとしては,leiomyoma,gastrointestinal stromal tumors(GIST),schwannoma,inflammatory fibroid polyp(IFP)などが挙げられる.これは免疫組織化学染色を行うことで鑑別が可能となる.leiomyomaはαSMAやdesminがびまん性に陽性となる 22)ことで鑑別され,GISTではc-kitもしくはCD34が陽性になる 23),24)ことから鑑別される.schwannomaはS-100が陽性となる 25)ことで鑑別され,IFPは好酸球やリンパ球などが主体の炎症細胞浸潤や,小血管の増生及び線維性結合織が同心円状配列するなどの特徴的な病理組織所見に加えて,CD34陽性,c-kit陰性を示す 26)~28)ことで鑑別される.また,Ki-67陽性率については自験例を含めこれまでの報告では1%未満とする報告 6),13),14)しか認めていない.過去再発や転移した報告はなく,良性腫瘍と考えられる.
本症例は,異型の乏しい紡錘形細胞の増加が見られ,免疫組織化学染色から類似する形態を示す他疾患が除外されることから,BFP(perineurioma)と考えられた.本疾患の報告は非常に少なく,内視鏡像については過去の報告とは異なった所見を呈しており,貴重で興味深い症例であり,症例提示した.
45歳,女性のBFP(perineurioma)を経験した.本邦では症例報告が非常に少なく,広く認知されていないと思われる.また内視鏡像についての報告も少なく,今後症例を蓄積し,検討していくことが必要であると思われる.
本稿の指導を頂いたはしもと内科クリニック・橋本朋之先生に深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし