日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
食道病変を呈したIgA血管炎の1例
田中 美彩子 野口 隆一小島 邦行関 建一郎大倉 康志守屋 圭西村 義明吉治 仁志
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キーワード: IgA血管炎, 食道
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2018 年 60 巻 5 号 p. 1083-1088

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要旨

症例は29歳男性.腹痛を主訴に近医を受診し,Helicobacter pyloriHP)感染を指摘,除菌療法を施行された.その翌日に症状が増悪し腸炎疑いで当院に緊急入院となった.入院後に下腿の紫斑が出現し,上下部消化管内視鏡検査を施行したところ,食道,胃,十二指腸,回腸,結腸にびらんを認め,IgA血管炎による消化管病変と考えられた.プレドニゾロン内服後は,腹部症状は消失し紫斑も改善した.IgA血管炎の食道病変を内視鏡で観察し得た報告例は少なく貴重な症例と考えられる.またIgA血管炎には消化器症状が先行する例もあり,内視鏡所見は多彩な像を呈することが多いため,IgA血管炎の消化管病変の特徴を認識しておくことが重要と考えられた.

Ⅰ 緒  言

IgA血管炎は小児に好発する全身性細血管炎であり,成人例は全体の5%程度である.70~80%に消化器症状が出現し,消化管出血,腸重積,消化管穿孔を発症する例も報告されている.今回,上下部消化管に特徴的な内視鏡所見を認め,特に食道病変を観察し得た稀な症例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

症例:29歳,男性.

主訴:左下腹部痛.

既往歴:7歳時,IgA血管炎.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:20XX年1月上旬に下腿の紫斑が出現したが,自然消失した.3月上旬に上気道炎症状を自覚したが,医療機関は受診せず軽快した.3月下旬に生牡蠣を摂取し,その2日後より心窩部痛,左下腹部痛が出現し持続するため近医を受診した.上部消化管内視鏡検査が施行され,HP感染を指摘された.4月初旬から除菌目的でボノプラザン40mg,クラリスロマイシン800mg,アモキシシリン1,500mg内服開始し,翌日に左下腹部痛が増悪したため当院に救急搬送され,腸炎疑いで緊急入院した.

入院時現症:身長180cm,体重55.2kg.体温37.1℃,血圧137/67mmHg,脈拍65/分.眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄染なし.頸部リンパ節腫脹なし.心音整,雑音聴取せず.呼吸音清,ラ音聴取せず.腹部は平坦,軟,臍部左側に圧痛あり,腸蠕動音亢進.下腿浮腫なし.四肢に紫斑を認めなかった.

入院時検査所見:血液検査:白血球13,800/μl,CRP 2.27mg/dlと炎症反応の上昇を認めた.また腎機能障害はなく,検尿での異常所見は認めなかった(Table 1).

Table 1 

臨床検査成績.

腹部単純CT:十二指腸から小腸にかけて広範な腸管壁肥厚を認めた.また空腸領域で腸間膜脂肪織の混濁を認めた(Figure 1).

Figure 1 

腹部単純CT.

十二指腸から小腸にかけて広範な腸管壁肥厚を認め(白矢印),空腸領域で腸間膜脂肪織の混濁を認めた(白三角印).

経過:絶食で腹部症状は消失したため,第3病日より経口摂取を再開した.しかし第5病日に黒色水様便を認めたため,上部消化管内視鏡検査(Esophagogastroduodenoscopy;EGD)を施行した.EGDでは食道には明らかな異常所見は認めなかった.胃体部全体にびまん性の発赤を認め,胃角部に潰瘍がみられた.十二指腸粘膜は浮腫状の変化を認めたが明らかなびらんなどは認めなかった.しかし第7病日に腹痛と紫斑が出現したため再び絶食とした.ケブネル現象は認めなかった.紫斑を認めたためIgA血管炎による腹部症状を疑った.血清ASO,ASK,IgA,C3などは正常値であったが,第ⅩⅢ因子活性は43%と低下していた(Table 1).第13病日に施行したEGDでは,食道の切歯列から25~30cmにかけて小びらんが多発しており,胃内は初回と同様に粘膜発赤を散見した.十二指腸には粘膜浮腫と横走びらんを認めた(Figure 2).また第15病日に施行した下部消化管内視鏡検査(total colonoscopy;TCS)では終末回腸からバウヒン弁にかけて発赤びらんを認め,盲腸,上行結腸にもびらんを散見した(Figure 2).第19病日に施行した皮膚生検では,炎症細胞浸潤,フィブリノイド壊死,赤血球の血管外漏出を認め,IgAの沈着は認めないもののIgA血管炎として矛盾しない結果であった.また食道,十二指腸のびらんからも皮膚生検と同様の結果が得られた(Figure 3).アメリカリウマチ学会の分類基準,ヨーロッパリウマチ学会の分類基準に基づき,IgA血管炎と診断した.また第ⅩⅢ因子活性は低下しておりIgA血管炎として矛盾しない結果であった.入院時および入院中の経過で,腎機能障害は認めず蛋白尿や血尿はみられなかったため,腎生検は施行しなかった.

Figure 2 

上部消化管内視鏡検査(第13病日),下部消化管内視鏡検査(第15病日).

a:食道:切歯列から25-30cmにかけて発赤びらんを認めた.

b:胃:胃体部にびまん性の発赤を認めた.

c:十二指腸:粘膜は浮腫状であり下行部に横走びらんを認めた.

d:終末回腸:発赤びらんを認めた.バウヒン弁,盲腸,上行結腸にも同様のびらんを認めた.

Figure 3 

皮膚病理組織(a),食道病理組織(b).

a:皮膚病理組織:IgA沈着は認めないものの,好中球の血管周囲への細胞浸潤(白三角印),赤血球の血管外漏出(黒三角印),フィブリノイド壊死(白矢印)を認めた.

b:食道病理組織:好中球の血管周囲への細胞浸潤,赤血球の血管外漏出,フィブリノイド壊死を認めた.

IgA血管炎による腹部症状は絶食で軽快することも多いとされているが,約2週間の絶食で症状の改善を認めなかったため,第20病日よりプレドニゾロン(prednisolone:PSL)40mg内服を開始した.PSL内服後は腹痛,紫斑ともに改善傾向であった.腹部症状が消失したため,第31病日より経口摂取を再開した.第41病日に施行したEGDでは,食道びらん,胃内の粘膜発赤,胃潰瘍,十二指腸びらんはほぼ消失し著明な改善を認めていた(Figure 4).第52病日に施行したTCSにおいても同様にびらんの改善を認めていた.食事再開後も腹痛の再燃を認めなかったため,PSLを漸減し第53病日にPSL20mg内服で退院した(Figure 5).

Figure 4 

上部消化管内視鏡検査(第41病日).

食道:びらんは消失した.胃,十二指腸,終末回腸,結腸の発赤・びらんも消失した.

Figure 5 

入院経過.

Ⅲ 考  察

IgA血管炎は小児に多い疾患で,発症率は100万に14人という報告もある 1.4~7歳が発症のピークとされ 2,成人発症は全体の約5%とされる 2.著明な白血球破壊性血管炎を伴う全身性の細血管炎で,血管透過性亢進の結果,皮膚に紫斑を認めることを特徴とする.連鎖球菌などの細菌感染,ウイルス感染,食物,薬剤などの外来抗原物質に対する免疫学的な反応亢進により生じたIgAを主体とする免疫複合体が,全身の細小血管に沈着することで発症すると考えられている 3)~6.アメリカリウマチ学会の分類基準では,1.触知できる紫斑,2.初発年齢が20歳以下,3.腸管アンギーナ(しばしば食後に悪化するびまん性腹痛もしくは血性下痢で診断される腸管虚血),4.血管壁への顆粒球浸潤(病理組織学的に細動脈あるいは細静脈の血管壁に顆粒球浸潤がある),以上4つの基準項目のうち2つ以上を満たすことで診断可能であり,自験例の場合はすべての項目を満たしており,IgA血管炎と診断した.またヨーロッパリウマチ学会の分類基準では,1.腹痛,2.生検におけるIgA優位の沈着,3.関節炎あるいは関節痛,4.腎臓の関与(血尿and/or蛋白尿)の4項目の少なくとも1項目を満たし,触知可能な紫斑が存在すれば診断可能であり.自験例は診断基準を満たしていた.皮膚症状はほぼ100%でみられ,下肢や臀部に多く,そのほか頸部や上肢などに紫斑が出現する.皮膚以外にも,腸管,腎臓,滑膜などの細動静脈炎を引き起こし消化器症状や腎症状,関節症状など多彩な臨床症状を呈することが知られている.関節症状は50~60%に認め,NSAIDsなどで対症的に治療される 7.腎症状は20~60%にみられ,血尿,蛋白尿などを認める.腎症状の有無や程度が予後を左右し,成人発症例は比較的重症となることが多い.消化器症状は70~80%でみられ 8,全体の約14%は紫斑に先行して消化器症状を認めるため 5,消化管病変の特徴を認識しておくことが重要と考えられる.消化管病変による症状の特徴としては,上腹部痛や嘔吐,下痢が挙げられ,消化管出血,腸重積,消化管穿孔に至る例も報告されている 9.機序としては,毛細血管の攣縮の結果,粘膜の虚血が起こり腸管浮腫や潰瘍が生じるためと考えられている 10.病変部位は,十二指腸を含む小腸でほぼ100%観察され,続いて大腸で90%,胃で60%の頻度と言われている 4.食道に関しては,田畑らの報告によると約6%とされるが 11,これらは52例中の3例であり,内視鏡的に観察し得た例は非常に少ないと思われる.また,医中誌Webで「IgA血管炎」,「内視鏡」をキーワードに検索した結果,1989年から2016年の間,IgA血管炎症例に対して内視鏡検査(上下部,小腸,カプセル内視鏡をふくむ)を施行していた例は60例であった.EGDを施行した例は47例あり,食道病変を認めたものは0例(0%),胃病変を認めたものは18例(38%),十二指腸病変を認めたものは42例(89%)であった.またTCSを施行した例は40例あり,終末回腸病変を認めたものは16例(40%),大腸病変を認めたものは30例(75%)であった.十二指腸を含む小腸で病変を観察した例は60例中49例(82%)であった.内視鏡検査を施行された60例では食道病変を内視鏡的に観察し得た症例の報告は認めなかった.内視鏡所見としては,粘膜のびまん性発赤や浮腫,出血性びらんなどが挙げられ,横走潰瘍 8,潰瘍底の粘膜下血腫様隆起,不整潰瘍などが特徴的と言われている 12

自験例では,消化管病変の凍結標本作成ができておらず,IgAなどの蛍光抗体直接法での染色による検討はできていない.しかし,初回のEGDでは食道や十二指腸にびらんは認めておらず,腹部症状増悪,紫斑出現後に病変が出現していた.同病変はPSL投与後に改善,消失しており,HE染色で皮膚生検と同様に血管炎を示唆する所見を認めていた.以上より,IgA血管炎の経過とともに消化管病変も変化し,他の血管炎を含む疾患は除外され,臨床的に消化管病変はIgA血管炎に起因するものと診断した.

自験例では,小児期にIgA血管炎の既往があり1月に紫斑が出現していたが入院時に紫斑は消失していた.1月にIgA血管炎を発症した後に改善し入院時に再発した可能性や1月に発症しいったんは症状のみ消失していたが入院時に症状が増悪した可能性が考えられる.IgA血管炎は小児に発症した場合,腎症以外の症状は1カ月以内に寛解することが多い.寛解後約2/3の症例は再発せず,約1/3は4カ月以内に少なくとも1回再発するとされている 13),14.自験例が初回の再発であれば約22年経過してから再発していることになり,非常に希少と思われる.しかし,1月に紫斑が出現した際には患者は特に気に留めていなかった様子であり,医療機関も受診していない.今までにも患者の自覚のない再発はあった可能性があるため,自験例が22年後に再発した症例かどうかは断定できない.腹部症状が出現した約2週間前に上気道炎症状を認めており,ASO,ASKの上昇は認めなかったが,上昇を認めるのは20~50%程度であるため 9,溶連菌感染による発症や増悪の可能性は否定できない.しかし腹部症状が急激に増悪したのは,HP除菌を行った翌日であり,薬剤により発症や増悪の可能性も鑑別に挙げられる.薬剤誘発のIgA血管炎はクラリスロマイシン,バンコマイシンなどで報告されており 15)~17,自験例も薬剤誘発や増悪の可能性を考えHP除菌は中止した.PSL継続中でもあり,今後も定期的な内視鏡検査が必要と考えられた.

IgA血管炎では紫斑に消化器症状が先行する例もあり,内視鏡所見は多彩な像を呈することが多い.自験例では病勢により病変が変化していることを経時的に観察し得た.また,十二指腸を含む小腸が病変の好発部位とされ,同疾患を疑った際には可能であれば小腸の検索も必要と考えられ,IgA血管炎の消化管病変の特徴を認識しておくことが重要である.

Ⅳ 結  語

上下部消化管で経時的に変化する特徴的な内視鏡所見,特に非常に稀な食道病変を観察し得たIgA血管炎の一例を経験した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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