日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
内視鏡的に特徴的な所見を観察し得た食道壁内偽憩室症の1例
新宅 雅子 徳原 満雄青井 麻美子
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2018 年 60 巻 6 号 p. 1208-1212

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要旨

嚥下困難を自覚,3カ月間に8kgの体重減少を認めた75歳男性.下部食道が狭窄しており,狭窄部口側に食道壁内偽憩室症を認めた.狭窄に対し,内視鏡的食道拡張術を行い,症状は改善した.偽憩室のnarrow band imaging(NBI)像は陥凹した淡茶色斑点で,その拡大像では睫毛様に配列するintraepithelial papillary capillary loop(IPCL)で囲まれた褐色の陥凹の中央に固有食道腺導管の開口部を認めた.開口部は透明な粘液を排出していた.食道壁内偽憩室症は比較的稀な疾患でありその特徴的な内視鏡所見を報告した.

Ⅰ 緒  言

食道壁内偽憩室症(esophageal intramural pseudodiverticulosis,EIPD)は固有食道腺の導管開口部が慢性炎症によって粘液排泄障害を生じ,導管が嚢状拡張を示す病態である.通常多発し食道造影像では造影剤が陥凹内に流入するとフラスコ様の小さな突出像の多発として描出される 1.内視鏡では径1~3mmの憩室様の粘膜陥凹として観察される.われわれは本症の1例において,特徴的なNBI像とその拡大内視鏡像を観察し得たので,その画像の報告とともにEIPDの病態について考察する.

Ⅱ 症  例

患者:75歳,男性.

主訴:胸焼け,嚥下困難,体重減少.

既往歴:高血圧.

生活歴:日本酒2合/日,40歳から60歳までの20年間は大量飲酒.65歳から禁煙.それ以前は40年間20本/日喫煙.

現病歴:5年前より時々胸焼けを自覚していた.3年前から胸焼けに加えて嚥下時に時々つかえ感が出現し,3カ月前から毎食時嚥下困難となった.体重が8kg減少したため当院消化器内科を受診した.

臨床検査成績(Table 1):軽度の貧血(RBC 398万/μl,Hb 11.8g/dl)とSCCの軽度高値(1.6ng/ml)を認めた.

Table 1 

臨床検査成績.

上部消化管内視鏡所見:上部食道には異常を認めず,下部食道に縦走,横走する複数の瘢痕があり,遠位側は狭窄していた(Figure 1).NBIでは狭窄部口側12時方向に2個,10時方向に径約1mmの淡茶色の陥凹性病変を1個認め,下部食道の縦走する瘢痕周囲には多数の陥凹した淡茶色斑点を認めた(Figure 23).12時方向の陥凹をそれぞれNBI拡大観察すると,この陥凹面はやや濃い褐色を呈し,周囲は睫毛様に配列する正常より径の太いIPCLに囲まれていた.この陥凹の中央部は反復する開閉運動を行っており透明な粘液を食道内腔へ排出していた.この拡大像からこの陥凹はEIPDであり,中央の陥凹は開閉運動をし粘液を排出している固有食道腺導管開口部であると診断した(Figure 4 2.狭窄部は通常内視鏡が通過せず,細径内視鏡を挿入した.狭窄部はプラハ分類 3C3M5のBarrett食道口側端であった.悪性除外目的にヨード染色を行い,狭窄部より2cm口側の淡染部からの生検組織は慢性食道炎と診断された(Figure 56).胃粘膜は萎縮を認めず,2個の胃底腺ポリープを認めた.

Figure 1 

通常内視鏡像.

下部食道に縦走,横走する複数の瘢痕像を認め,遠位部は狭窄していた.

Figure 2 

NBI像.

狭窄部口側12時に2個,10時に1個の陥凹性病変(白丸)を認めた.

Figure 3 

NBI像.

下部食道の縦走する瘢痕周囲には多数の軽度陥凹した淡茶色斑点を認めた.

Figure 4 

Figure 2の白丸1のNBI拡大像.

睫毛様に配列するIPCLに囲まれた茶褐色の陥凹部の中央から粘液を排出する様子が観察された(Olympus,GIF-H290Z).

Figure 5 

ヨード散布像.

狭窄部口側の淡染部(矢印)より悪性除外目的で生検した(Olympus,GIF-XP260N).

Figure 6 

生検組織所見.

粘膜固有層中心に上皮内,粘膜筋板にリンパ球を主体とする中等度の慢性炎症性細胞浸潤を認めるが,悪性像は見られない(HE染色,100倍).

食道造影所見:噴門部から約8.5cm口側に限局した輪状狭窄を認めた.狭窄部は7mm径,4cm長で,最狭窄部口側に微小な壁内バリウム貯溜を1カ所認めた(Figure 7).

Figure 7 

食道造影像.

狭窄部口側に1カ所壁内バリウム貯溜を認めた (矢印).

臨床経過:内視鏡所見,生検組織所見,食道造影所見から狭窄は悪性によるものではなく,EIPDの炎症の繰り返しによる線維性狭窄と診断した.初回検査から11日後に内視鏡による拡張術を行った結果,嚥下障害の症状は消失した.拡張術より1カ月後に再度拡大内視鏡により詳細な観察を行った.狭窄部口側の陥凹部は前回同様に粘液の排出が観察された(Figure 8).拡張術より9カ月後,狭窄部は充分に拡がり,発赤所見の無いlong segment Barrett食道を認めた.逆流性食道炎から波及するEIPDの炎症による再狭窄を予防するためのプロトンポンプ阻害薬投与と節酒にて経過観察中である.

Figure 8 

Figure 2の白丸2のNBI拡大像.

拡張術より1カ月後も睫毛様に配列するIPCLで囲まれた導管開口部から粘液が排出された.

Ⅲ 考  察

EIPDは1960年Mendlらが,胆嚢のRokitansky-Aschoff 洞に似たX線造影像を呈する食道疾患を認め,intramural diverticulosisとして報告したのが最初である 4.その後,剖検例の検索により,通常の憩室もしくは仮性憩室とは異なり,固有食道腺の導管が嚢状に拡張している病態であることが解明され,intramural pseudodiverticulosisと呼ばれるようになった 1),5),6.食道造影検査では局所性あるいは食道全長にわたって,特徴的な1~3mmのフラスコ様の突出像を多数認める 2.内視鏡では,食道粘膜に径1~3mmの陥凹の多発として観察される.

EIPDの成因は不明であるが,剖検例の検討では,粘膜内および粘膜下層の固有食道腺周囲に慢性炎症像を認めることから,炎症により食道腺導管が閉塞されて嚢状に拡張すると考えられている.拡張した導管内には粘液,剥離した上皮,炎症性細胞が観察される 1),5)~9.EIPDはカンジダの二次感染やアルコール,逆流性食道炎の刺激で炎症が誘発され,食道壁の運動障害によってもその炎症が進行すると推定されている 7),10)~12.この結果繰り返しの炎症性細胞浸潤や線維化により粘膜下層が肥厚し,食道狭窄を来たして受診し,診断されることになる 1),5)~9.本症例も長期多量飲酒により,同様の経過を経て食道狭窄を発症したと推定される.

Kataokaらは50歳以上の,肉眼では異常所見を認めない27剖検例の食道において,組織学的に15例に導管のわずかな拡張を,3例に嚢状拡張を認め,その67%に慢性炎症所見があり,過去のMedeirosらの報告 8同様,自覚症状を有しない初期のEIPDが潜在的にかなり多数存在すると推定している 9.熊谷らは超拡大内視鏡観察により,固有食道腺の導管拡張はEIPD初期像と推定している 13.太田らは食道癌合併例の切除標本を検討し,88個の憩室様構造のうち20個がEIPD,68個は仮性憩室であり,繰り返すEIPDの炎症によって仮性憩室が出現すると推定している 14

これまでのEIPDの報告例では通常内視鏡で観察されており,拡大像に注目した報告は見られない.本症例のNBI拡大観察では,EIPDはやや濃い褐色を呈した陥凹と,その周囲のやや濃い色調で,睫毛様に配列するIPCLにより囲まれるという特徴が認められた.IPCLは粘膜筋板直上に接して存在する樹枝状血管網から垂直に立ち上がる斜走血管であるため,固有食道腺導管が拡張すると,導管周囲のIPCLは押し広げられるために噴水口から水が噴出するように配列し,これが睫毛様に見えると推察される.

EIPDの開口部は従来,憩室のような静止した陥凹と認識されていたが,2011年に筆者らは,開口部が持続的に開閉運動をしていることを初めて報告した 2.固有食道腺からは,腺房を取り囲む筋上皮細胞の働きによって,粘液が絶えず食道内腔に排出されると推察される.正常の食道腺導管開口部は拡大内視鏡でも観察できない大きさで,その数と分布は多様である 6)~9.固有食道腺の拡張した導管は粘膜下組織に存在するので,生検組織中には含まれず,生検ではEIPDの診断はできない 1),7)~9.本症例では拡大像で,陥凹部中央が開閉運動を行い,粘液の排出が観察されたことによって,EIPDの食道腺導管開口部と証明された.

Ⅳ 結  語

われわれの経験したEIPDはNBI像で多数の軽度陥凹した淡茶色斑点として観察され,拡大内視鏡像では,固有食道腺導管開口部は開閉運動により粘液を分泌し,その周囲は,やや濃い色調で睫毛様に配列するIPCLにより取り囲まれるという特徴的な所見を示した.

本論文の要旨は第13回日本消化管学会総会学術集会で発表した.

御指導を頂きました製鉄記念広畑病院病理診断科,西上隆之先生に深謝いたします.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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