2018 年 60 巻 6 号 p. 1219-1224
症例は79歳女性.食欲不振から全身状態悪化し当院救急搬送.精査の結果糖尿病性ケトアシドーシスの診断となり当院入院となった.治療経過中に腹部膨満感出現,腹部CTにて結腸の拡張を認め下部消化管内視鏡検査にて結腸全体の多彩な潰瘍性病変を認め,腸管サイトメガロウイルス(CMV)感染症の診断となり,ガンシクロビルによる加療を開始した.その後症状は速やかに改善,治癒となったがその後便秘症状が出現し,下部消化管内視鏡検査にてS状結腸にスコープ通過不能な狭窄を認めた.腸管CMV感染症治癒後瘢痕による消化管狭窄と診断,狭窄解除目的に内視鏡的バルーン拡張術(EBD)を施行,術後経過良好で現在再発なく経過している.
CMV感染症は,食道,胃,大腸などの消化管に炎症や潰瘍性病変を形成することが知られている.多くの場合,既感染状態のCMVが何らかの免疫不全状態にある患者において再活性化して発症するが,健常人における発症例の報告もみられる.
今回,糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)で入院中に腸管CMV感染症を発症した症例を経験したので報告する.
患者:79歳,女性.
主訴:腹部膨満感.
既往歴:高血圧症,脂質異常症.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:高血圧症,脂質異常症で近医に定期通院加療中であった.X年9月25日頃より食事摂取不良であったが経過を見ていた.
9月27日に歩行もできないほどの状態となり,当院へ救急搬送され,精査の結果DKAの診断となり当院糖尿病センターへ入院した.入院後加療にてDKAは改善傾向となったが,10月14日頃より腹部膨満感が出現した.発熱,腹痛,下痢などの症状は認めなかったが,腹部CTにて上行結腸から横行結腸にかけての拡張を認めたため当科紹介となった.
身体所見:身長151cm,体重47.5kg,意識清明,血圧110/60mmHg,眼瞼結膜に貧血を認めず,眼球結膜に黄染を認めなかった.胸部では呼吸音,心音に異常は認めなかった.腹部はやや膨満傾向にあるも明らかな圧痛なく,腸蠕動音は軽度低下していた.表在リンパ節を触知せず,その他,神経学的に異常を認めなかった.
臨床検査成績:WBC 6,600/μl,GLU 197mg/dl,HbA1c 10.5%と高血糖,HbA1c上昇を認めた.その他血算,生化学に大きな異常は指摘できなかった(Table 1).

臨床検査成績.
下部消化管内視鏡(Figure 1):全結腸に地図状,不整形の潰瘍が多発し,特に下行結腸,S状結腸はほぼ全周性の潰瘍を呈していた.介在粘膜は正常であった.

初回下部消化管内視鏡検査.
a:下行結腸.
b:S状結腸.
全結腸に地図状,不整形の潰瘍が多発し,特に下行結腸,S状結腸はほぼ全周性の潰瘍を呈している.介在粘膜は正常粘膜であった.
生検組織(Figure 2):潰瘍部からの生検で粘膜内に核内封入体を認め,免疫染色でも巨細胞封入体陽性細胞を複数認める.

結腸粘膜生検病理.
a:HE標本.
b:抗CMV抗体(CCH2+DDG9)免疫染色標本.
潰瘍部からの生検で粘膜内に核内封入体を認め,免疫染色でも巨細胞封入体陽性細胞を複数認める.
入院後経過:結腸潰瘍底からの生検にて核内封入体を認め,追加で施行したCMV抗原C7-HRPも32/50,000と陽性であった.以上より糖尿病の増悪により発症した腸管CMV感染症と診断した.ガンシクロビル5mg/kg/日での加療を開始し,腹部膨満感は速やかに改善した.C7-HRPも症状改善に伴い陰性化した.経過良好のためX年12月28日に退院し,外来経過観察の方針となった.
しかし,X+1年2月8日再診時に軽度の便秘症状を認め,腸管再評価目的で下部消化管内視鏡を施行した.S状結腸が全周性に狭窄しており,スコープの深部への挿入は不可能であった.狭窄部より生検を行ったが悪性を示唆する所見は認められなかった.狭窄の程度評価目的にてCT Colonography(CTC)を施行したところ,狭窄部はS状結腸と下行結腸の2カ所であり,その他の結腸には有意狭窄は認めなかった(Figure 3).

CT colonography.
a:正面像.
b:背面像.
狭窄部位はS状結腸と下行結腸の2部位のみであり,高度狭窄はS状結腸の比較的短い範囲と考えられた.
腸管CMV感染症治癒後瘢痕狭窄による良性消化管狭窄と診断した.CTCでは狭窄部位はS状結腸と下行結腸の2部位のみであり,高度狭窄はS状結腸の比較的短い範囲と考えられたため,狭窄解除目的で内視鏡的バルーン拡張術(Endoscopic Ballon Dilatation:EBD)を施行した(Figure 4).S状結腸,下行結腸の狭窄に対し拡張用バルーン(CRE Wire guided Balloon Dilator[Colonic/下部用](Boston Scientific社))にてそれぞれ7atm,18mm,1分間の拡張を行った.大きな問題なく終了し,拡張後は内視鏡は通過可能となった.術後大きな合併症なく経過良好であり,便通異常も改善した.術後1年が経過しているが現在も大きな問題なく経過している.

内視鏡的バルーン拡張術.
S状結腸,下行結腸の狭窄に対し拡張用バルーン(CRE Wire guided Balloon Dilator[Colonic/下部用](Boston Scientific社))にてそれぞれ7atm,18mm,1分間の拡張を行った.大きな問題なく終了し,拡張後は内視鏡は通過可能となった.
サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus:CMV)は,本邦における成人の抗体保有率が90%以上とされている 1).しかし,ほとんどは不顕性感染であり,なんらかの要因で再活性化することで感染症状を来たす.AIDS患者,移植患者,ステロイド使用,抗癌剤治療などによる宿主の免疫力低下が再活性化のハイリスクとされるが,高齢や低栄養を背景とした報告も散見される 2),3).腸管CMV感染症は,腹痛,下痢,消化管出血で発症する 4).内視鏡像は,打ち抜き様潰瘍が最も典型的だが,多彩な潰瘍が同時に見られることが特徴的である.他に浅い不整形潰瘍,輪状潰瘍,帯状潰瘍,縦走潰瘍,アフタ様潰瘍など様々で,病変に一定の傾向は見られない.病理像では,粘膜固有層の肉芽形成,著明なリンパ球浸潤,粘膜固有層・粘膜下層の血管内皮細胞核内の封入体が特徴的である 5),6).
内視鏡検査でのCMV腸炎の所見と病理組織学的なCMV感染の証明により診断され,ガンシクロビルによる治療が奏効することが多い.
本症例では糖尿病性ケトアシドーシスでの加療中に発症しており,再活性化の原因とみている.糖尿病性ケトアシドーシスとCMV再活性化に関する論文は検索する限りでは見つけることができず,また糖尿病とCMV感染に関する症例報告もほとんどない状態であった.両疾患について直接の関連の言及は困難だが,コントロール不良の血糖値によって免疫を損なうとの報告が散見され,CMV感染症との関連が示唆されている 7).in vitroでは,糖尿病患者において細胞分裂に異常を生じ,細胞機能の低下と免疫力低下を招くとの報告もあり 8),血糖値250mg/dl以上となると白血球の食作用が低下するとの報告もみられる 9).本症例は,糖尿病性ケトアシドーシス(Diabetic Ketoacidosis;DKA)により全身状態不良・免疫力低下状態となり,CMVの再活性化を引き起こすことで腸管CMV感染症を発症したと考えられる.
本症例では腹部膨満感を主訴としており,CTで結腸の拡張,内視鏡像も全周性の潰瘍を認め,血清学的にC7-HRP陽性であり,病理組織像で核内封入体を認めたため腸管CMV感染症の確定診断となった.腸管CMV感染症に関してはガンシクロビル投与で速やかに症状改善となりその後再発なく経過良好であった.しかし,経過中に結腸の狭窄を生じ,内視鏡的な拡張術を必要とした.内視鏡検査上潰瘍はさほど深くないように見えたが,結腸の拡張を来すような病変でもあったことを鑑みると,腸管壁深部,腸管神経叢への炎症の波及があったのではないかと考えており,潰瘍の深さなどに加え,画像検査での結腸ガスの増大など腸管蠕動低下を疑う所見は腸管深部までの炎症波及を示唆する所見である可能性があると考えている.そのような症例では軽快後も消化管狭窄を来す可能性を考え,経過観察すべきと考える.
腸閉塞症状を伴うような高度の大腸狭窄に対して,従来は狭窄部の外科的切除が唯一の治療法であったが,近年の内視鏡治療手技の進歩とともに,悪性の癌性狭窄に対してはステント留置術,良性狭窄に対してはEBDが行われるようになってきた.良性狭窄に対するEBDの適応については一定した見解はないが①狭窄に伴う臨床症状,②狭窄径10mm未満,③狭窄長が3cm以内,④狭窄部位に活動性潰瘍がない,⑤狭窄部位に瘻孔,膿瘍がない,⑥狭窄部位に強い屈曲がないなどの基準が,施設間による違いはあるが一般的に用いられている 10)~13).本症例では上記基準をすべて満たしており,EBDによる拡張術が奏効する可能性が高いと判断したため外科的治療の前に同治療を選択した.
EBDに伴う偶発症として,出血と穿孔があげられる.特に穿孔は,緊急手術が必要になる重篤な偶発症で,その発生頻度は1~8%と報告されている 14)~16).また,拡張後の再狭窄は60%に認めると報告されている 17).本症例ではEBD施行に伴う偶発症は認めなかった.拡張後の再狭窄も懸念されたが術後1年を経過するが再狭窄は認めていない.
腸管CMV感染症は明らかな免疫不全状態ではない患者での報告も散見されており,急性疾患の加療経過中にも起こり得る病態として認識すべきである.内視鏡上は結腸を主体に多様な潰瘍を形成するため,全周性の潰瘍,腸管拡張の併発など瘢痕狭窄が予想されやすい病変に対しては,治癒後の合併症に対しても注意が必要であると考えられる.本症例では治療後瘢痕による狭窄を生じたが,EBDにて大きな偶発症なく治療できており,良好な経過を辿っている.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし