日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
鼠径ヘルニアにより大腸内視鏡検査が挿入困難になった1例
角田 祥之角田 千尋三田 多恵
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2018 年 60 巻 6 号 p. 1225-1229

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要旨

症例は65歳男性.便潜血反応検査陽性のため,精査目的に大腸内視鏡検査が施行されたが,S状結腸で挿入困難となり途中で中止した.注腸検査では,左鼠径ヘルニア嚢内にS状結腸が脱出していて,挿入困難の原因と考えられた.鼠径ヘルニア根治術施行後は,容易に検査を完遂することが可能であった.鼠径ヘルニアは高齢者でよくみられる疾患であるが,大腸内視鏡検査の合併症としても報告されている.挿入困難のみでなく,穿孔や抜去不可能により緊急手術が必要になる事もあるため注意が必要である.高齢者に大腸内視鏡検査を施行する際には,検査前に鼠径ヘルニアの有無を聴取するとともに挿入困難の原因となりうることを念頭に置くことが必要であると思われた.

Ⅰ 緒  言

近年,高齢化社会に伴い,高齢者に大腸内視鏡検査が施行されることが多くなっている.鼠径ヘルニアは,筋肉等の組織の脆弱性に起因することが多いため高齢者に比較的多く認められ,日常診療においてもよく遭遇する疾患の一つであるが,大腸内視鏡検査の稀な偶発症として鼠径ヘルニアへ大腸内視鏡が嵌頓し,挿入困難となることが報告されている 1)~3

今回われわれは,鼠径ヘルニアにより大腸内視鏡が挿入困難となったと思われる症例を経験したために報告する.

Ⅱ 症  例

症例:65歳男性,身長170cm,体重70kg.

Performance Status:0.

主訴:便潜血反応検査陽性.

既往歴:なし.

現病歴:健康診断にて便潜血反応検査陽性を指摘されたため,精査目的に当院を受診された.自覚症状は特に認められなかった.これまでに大腸内視鏡検査を施行されたことはなかった.

大腸内視鏡検査の前処置は,クエン酸マグネシウム68g(1,800ml)を用いたが,特に問題なく内服することが可能であった.S状結腸肛門側までの挿入,腸管の短縮は容易であり,軸保持をしたまま直線的に挿入可能であった.S状結腸口側への挿入を試みたが,腸管の可動性が不良になるとともに内視鏡が固定されてしまい,更なる口側への挿入は困難であった(Figure 1).S状結腸には大腸憩室が散在して認められており,憩室の炎症による癒着等により挿入困難になっているものと判断し,同部位にて検査を終了した.中断までの検査時間は45分であった.検査中に患者が痛みを訴えることはなかった.

Figure 1 

大腸内視鏡検査画像.口側が急峻に屈曲していて,挿入不可能であった.矢印は内腔の想定される方向である.

大腸内視鏡検査が完遂不可能であったため注腸検査を施行した.注腸検査にて,バリウムを注入するとS状結腸が左陰嚢内に脱出しており,左鼠径ヘルニアを容易に診断できた(Figure 2).鼠径ヘルニアは容易に用手還納することが可能であった.本人に確認したところ,以前より脱出は自覚していたが,脱出以外の症状が認められなかったため放置していたとのことであった.当院での内視鏡検査施行前の問診でも聴取されていなかった.

Figure 2 

注腸検査画像.S状結腸が左鼠径ヘルニア嚢内に脱出していることが観察される.

矢印は,ヘルニア嚢内に脱出したS状結腸である.

矢頭は,ヘルニア嚢から口側の下行結腸に流出したバリウムである.

大腸内視鏡が挿入困難であったのは,左鼠径ヘルニアが原因であったと判断し,まず鼠径ヘルニア根治術(tension-free hernioplasty)を施行してから再度内視鏡検査を施行する方針とした.

鼠径ヘルニアは,外鼠径ヘルニアであり,ヘルニア門は約2横指,ヘルニア嚢は超手拳大であった(ヘルニア学会分類:Ⅰ―2).ヘルニア嚢へのS状結腸の癒着は認められず,Bard社のBard Mesh Plug(M size)を用いてmesh-plug法にて手術を施行した.

鼠径ヘルニア根治術の後に,再度大腸内視鏡検査を施行した.前回挿入が困難であった部位の同定は不可能であったが,盲腸まで軸を保持したまま直線化し,抵抗なく挿入することが可能であった.盲腸までの到達時間は約5分であった.上行結腸に1カ所のポリープ(腺腫)を認め,切除術を施行した.

Ⅲ 考  察

大腸内視鏡検査の偶発症の頻度は,0.078%と報告されているが,多くは前処置や内視鏡治療に伴うものであり,生検を含めた観察で生じる偶発症は0.012%と比較的まれである 4

その中でも大腸内視鏡検査中に鼠径ヘルニアが脱出,嵌頓することは,非常にまれな偶発症として報告されている 5

鼠径ヘルニアは,乳幼児期と50歳以降の成人に生じることが多く,高齢化が進んだ現在では日常診療でも比較的遭遇することの多い疾患の一つである.脱出臓器で多いものは,可動性に富む小腸が最多であり,その他大網や卵巣,S状結腸も脱出することが多いとされており,一方比較的まれなものとして,虫垂,卵巣等が報告されている 6)~10

医学中央雑誌(対象:1983年から2017年4月)及びPubMedにて,「大腸内視鏡」「下部消化管内視鏡」「鼠径ヘルニア」「inguinal hernia」「colonoscopy」をキーワードとして会議録を除いて検索しうる限りでは,鼠径ヘルニアを原因として,大腸内視鏡が挿入困難に陥った報告例は,本邦では5例 3),18),20),23),24のみであり,海外の報告も含めると19例 1)~3),11)~24であった.自験例を含めた20例の臨床的特徴をまとめた(Table 1).

Table 1 

大腸内視鏡検査中に鼠径ヘルニア嵌頓を来した症例一覧.

全症例が男性であり,鼠径ヘルニアに脱出する臓器は,横行結腸が1例認められた 24が,残りは全例S状結腸であった.鼠径ヘルニアの部位は,前述の横行結腸の症例を含めた2例のみが右側であり 11),24,それ以外は左側の鼠径ヘルニアに脱出したものであった.大腸内視鏡検査前の問診において鼠径ヘルニアを確認できていた症例は3例のみ 3),11),14であったが,検査後に患者に確認すると半数以上の11例で検査前から鼠径ヘルニアを自覚していた 1)~3),11),14),18),20)~22),24.そのため,検査前の問診にて鼠径ヘルニアの有無を聴取することによって,多くの症例において検査前に把握することが可能であると思われた.大腸内視鏡検査を初めて施行された症例が9例 12),15),17),20)~22,以前に施行経験がある症例は7例であった 1)~),18),19),23),24.すべての症例において以前の大腸内視鏡検査では,鼠径ヘルニア嵌頓を生じることなく全大腸の観察が可能であった.自験例は検査後日に注腸を行う事によって鼠径ヘルニアを確認することができたが,多くの症例で検査中の下腹部の痛みや鼠径部の膨隆の訴えにより発見されていた.一方,陰嚢の膨隆や陰嚢における内視鏡の透光性により気づかれる事も報告されているため 15),21),22,大腸内視鏡が挿入困難となり鼠経ヘルニアが疑われる場合には必要に応じ,腹部のみならず陰嚢まで観察をするべきであると思われた.

自験例では,S状結腸近位までは全く問題なく挿入,短縮ともに可能であったが,途中から腸管内腔は強く屈曲し,内視鏡の先端が固定され短縮も困難になった.空気を挿入したり,やや腸管を伸展させてプッシュでの挿入も試みたが,口側の腸管は拡張せず内視鏡の挿入だけではなく,口側腸管の内腔を観察することも不可能であった.大腸内視鏡が挿入困難となっている原因として,S状結腸肛門側に大腸憩室を多数認めたため,憩室炎による癒着のためであると検査時は考えた.自験例においては検査時に鼠径ヘルニアの可能性を考えていなかったため確認をしなかったこと及び内視鏡挿入時に透視装置を用いていないことより実際に鼠径ヘルニアにより挿入困難になっていたかどうかを確診することは不可能である.しかし,検査中に挿入に伴う腹痛を訴えることが全くなかったことや内視鏡の先端が固定されてその先の腸管内腔が強く屈曲していたこと等から,内視鏡挿入時に注入された空気等によりS状結腸が鼠径ヘルニアへ脱出したものの,内視鏡はヘルニア門の手前で挿入不可能になり,ヘルニア嚢に入ることはなかったため鼠径部の痛みが生じなかったものと思われる.

自験例においては,その後の内視鏡の抜去は容易であったが,抜去不可能となったり,鼠径ヘルニアが還納不可能にて緊急手術が必要となった症例も報告されているため 3),14),20),24,注意が必要である.内視鏡の抜去が困難となる場合には,スコープがヘルニア嚢内でループを生じ,その形状を保ったままヘルニア門を通過しようとしている可能性が高く,内視鏡を挿入した状態で透視室へ移動し,透視を用いることによって合併症を引き起こすことなく抜去することが可能となったと透視の有用性についても報告されている 17)~19.またKoltunら 11は,ヘルニア嚢の中でループを形成したスコープを指で把持し,ループを解除しつつスコープを抜去するという,pulley法と呼ばれる興味深い方法を報告している.

高齢化が進むにつれて,鼠径ヘルニアを合併している方の大腸内視鏡検査を行うことが増加すると思われるが,検査前の問診において,鼠径ヘルニアの有無を聴取しておくことが重要である.また大腸内視鏡の挿入困難や抜去困難の原因として鼠径ヘルニア嵌頓の可能性があることを念頭に置き,その対応方法に熟知し,安全な大腸内視鏡検査を心掛けるべきと考えられる.

Ⅳ 結  語

今回われわれは,S状結腸が脱出する鼠径ヘルニアを有する患者において,大腸内視鏡が挿入困難となったと思われる症例を経験したので文献学的考察を加えて報告した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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