2018 年 60 巻 8 号 p. 1486-1490
症例は35歳男性.下痢精査目的に下部消化管内視鏡検査を施行したところ回盲弁から上行結腸にかけて発赤と白苔付着を伴うびらん,さらに腸管浮腫など強い炎症所見を認めた.同部位から生検を施行したところ,表層上皮に接して羽毛状の菌体が付着しており,腸管スピロヘータによる大腸炎と診断された.各種検査にてアメーバは否定的と考えられた.メトロニダゾール(250mg×4/日)の内服を開始し,2週間の投与で下痢症状の改善を認めたため内服終了とした.今回われわれは内視鏡的に強い炎症所見を呈する腸管スピロヘータ単独感染を疑う大腸炎という稀な1例を経験したため,若干の文献的考察を加えて報告する.
腸管スピロヘータ症はヒトだけでなく,ネズミ,トリ,ブタ,イヌ,サルなど様々な動物に感染する人畜共通感染症である 1).アメーバ性大腸炎との合併例やHIV感染者を含む免疫不全状態での感染症例などが報告されている 2).単独感染では内視鏡所見は乏しいことが多いが,今回,われわれは内視鏡的に強い炎症像を呈する腸管スピロヘータ症単独と考えられた大腸炎を経験したので報告する.
症例:35歳,男性.
主訴:水様便.
家族歴:特記事項なし.
既往歴:胃潰瘍,十二指腸潰瘍.
嗜好歴:喫煙30本/日,機会飲酒.
生活歴:海外渡航歴なし,ペット飼育歴なし.生肉や生魚などの摂取歴なし.
内服薬:特記事項なし.
現病歴:来院1カ月ほど前から水様便を認めるようになり,改善しないため当院消化器内科外来を受診した.
現症:身長179cm,体重66kg.血圧113/82mmHg,脈拍62回/分,体温36.6℃,SpO2 98%.眼瞼結膜に貧血なし,眼球結膜に黄染なし.聴診では心音呼吸音ともに特記すべき異常所見を認めず.
腹部は平坦,軟,圧痛なし,腸蠕動音に特記すべき異常所見を認めず.
神経学的異常所見なし.
臨床検査所見:WBC 10,900/μlと軽度高値だが,その他に特記すべき異常所見なし.
臨床経過:腹部症状は比較的軽く,まずはウイルス性腸炎の疑いで整腸剤処方にて帰宅となった.しかし,2週間後の外来にて水様便の症状が改善を認めなかったため,炎症性腸疾患などの可能性を考慮し,下部消化管内視鏡検査を施行した.
下部消化管内視鏡検査所見:盲腸から上行結腸にかけて著明な浮腫状変化と粘膜面の発赤を認め,びらん,白苔付着を認めた.上行結腸の浮腫状変化が強く,回盲弁は内視鏡では確認することができなかったため,回腸末端は観察できなかった.病変部位は盲腸から上行結腸に限局しており,横行結腸から直腸は特記異常所見を認めなかった(Figure 1,2).

盲腸粘膜には浮腫状変化,白苔の付着を認め,易出血性であった.浮腫が強く,回腸末端にスコープを挿入することは困難で,観察することができなかった.

上行結腸は全体に浮腫状変化をきたし,散在性にびらん,白苔付着,血液付着を認めた.
そのため,赤痢アメーバによるアメーバ腸炎や結核性腸炎,カンピロバクターなどを疑い,原因精査目的に組織生検,生検培養,洗浄培養などを提出し,検査終了とした.
培養検査:洗浄培養,生検培養ともに,有意な病原菌は検出されなかった.
病理組織学検査:表層上皮に接して羽毛状の菌体が付着しており,腸管スピロヘータ症が疑われた.抗Treponema pallidum抗体を用いた免疫染色で交叉反応陽性を認めた(Figure 3,4).白苔からの生検を含む全検体でPAS染色を施行するも,赤痢アメーバの菌体は検出されなかった.

HE染色にて粘膜表面に毛羽立ち状に付着した微細な菌体群を認める(×400倍).

Treponema pallidum免疫染色にて交叉反応を認める(×100倍).
臨床経過:上記病理組織検査結果を受け,腸管スピロヘータ症の診断で,メトロニダゾール1,000mg/日を14日間投与した.また,追加検査として血液検査にて抗HIV抗体,T-SPOT,CMV-IgM,血清赤痢アメーバ抗体を精査するも,すべて陰性であった.
さらに詳細な問診にて同性愛者であることが判明した.
14日間メトロニダゾール投与後,水様便は改善し,採血で軽度認めていたWBC上昇も基準値内まで改善したため,投与終了とした.治癒確認目的に投与終了10日後に下部消化管内視鏡検査を施行した.
下部消化管内視鏡検査:盲腸,上行結腸の炎症所見は著明に改善しており,回腸末端も観察可能であったが,特記異常所見は指摘されなかった(Figure 5,6).

上行結腸の炎症所見は消失しており,粘膜には血管透見像が観察された.

回腸末端に明らかな異常所見を認めなかった.
医中誌にて腸管スピロヘータ症をキーワードにして過去の文献を検索した.腸管スピロヘータ症は1967年にHarlandとLeeによって初めて報告された 3).本邦では,1998年に中村らが初めて報告して以来 4),慢性下痢症の原因となる腸管感染症として報告されてきた.原因菌はBrachyspiraで人畜共通感染症の一種である.Brachyspraのうちヒトに病原性を示す菌種はaalborgiとpilosicoliの2種類が存在し,aalborgiは,ヒトを含む哺乳類に感染し,pilosicoliは,ヒトやイヌ・トリ類など様々な動物に感染すると言われている 1),4)~6).
石橋らの報告によると1998年から2008年までに計76例の報告例があり,菌種の明らかとなっている報告例はaalborgiが28例,pilosicoliが8例とaalborgiがやや多い結果であった 7).感染経路としては汚染された食物や飲水,糞便を介しての経口感染とSTDとしての経肛門感染があり,HIV患者などの免疫不全患者に発生しやすいとされている 8)~10).また,いずれの感染様式にも属さない別の感染様式の存在も報告されている 11).
腸管スピロヘータ症は単独感染の場合,症状は乏しいことが多い.慢性下痢症の原因精査や別疾患において下部消化管内視鏡検査をし,内視鏡上正常粘膜からの生検組織標本で偶発的に発見されることも多く,むしろ症状が重度なものや内視鏡上強い炎症所見を呈することは稀である 12).松原らは,非血性慢性下痢症の原因検索目的で大腸カメラを施行され,内視鏡所見が非特異的であった95症例において,上行結腸,横行結腸,直腸の3箇所からランダムに生検を施行したところ,腸管スピロヘータ症が2例(2.1%)で,いずれも上行結腸から検出されたと報告している 13).また,立石らの報告によると,2年間に1施設で経験した大腸内視鏡生検材料・大腸内視鏡的切除材料の組織標本を調べたところ,2,067例中19例(0.9%)に腸管スピロヘータが認められ,腹部臨床症状を伴うものが10例,5例のみに内視鏡的に炎症所見が認められたと報告した 14).内視鏡的に炎症所見が認められるものはしばしば報告されるが,その中でも強い炎症所見を呈する症例の報告は極めて少なく,過去の報告でも腸管スピロヘータ症の単独感染が証明されており内視鏡的に強い炎症所見を呈した症例報告は自験例を含めて2例のみであった 15).
また,腸管スピロヘータ症は赤痢アメーバと重複感染していることが多く,内視鏡上で強い炎症を呈する場合,重複感染を疑う.松下らによると 2),1999年以降の医中誌での検索では腸管スピロヘータ症とアメーバ腸炎の合併例は15例で,いずれもアメーバ腸炎に特徴的な潰瘍性病変の組織検査にて確認されている.
自験例は内視鏡所見からはアメーバ腸炎を疑ったが,内視鏡で施行した生検組織標本ではHE染色,PAS染色ともに赤痢アメーバの菌体は検出されず,また血清赤痢アメーバ抗体は陰性であったことから,赤痢アメーバの重複感染は証明されなかった.赤痢アメーバを疑った場合施行される検査は,生検組織や便汁,粘液のHE染色やPAS染色,直接鏡検法,血清赤痢アメーバ抗体検査が一般的である.生検組織標本による病理検査でのアメーバの感度は88%で 16),血清赤痢アメーバ抗体の感度89%,特異度87%と報告されている 17).本症例は便の鏡検は施行していないが,便鏡検は感度が低いことから,内視鏡検査と血液検査で異常がない以上追加で施行する必要はないと判断したためである 18).これらの結果から本症例は腸管スピロヘータ単独感染の可能性が高いと考えられた.
実臨床では,赤痢アメーバの存在が証明されていないが内視鏡所見からは強く疑われるためにアメーバ腸炎として治療してきた症例が少なからず存在する.本症例が腸管スピロヘータ単独感染で強い炎症所見を呈していたとしたら,これまでアメーバ腸炎と診断した中に腸管スピロヘータ症が混在している可能性がある.腸管スピロヘータ症は近年新たに認識された腸管感染症であり,臨床医だけでなく病理医の認知度も低い.診断には病理検査で指摘されるしかないため,疑っていないと見逃されうる疾患と考えられる.アメーバ腸炎を疑うような内視鏡所見を呈する症例では,強い炎症所見を呈している部位のみならず,正常部位からの生検も行い,病理医へのコメントも腸管スピロヘータの可能性を示唆するものが望ましいと考えられる.
腸管スピロヘータ単独感染が疑われるにも関わらず,内視鏡的に強い炎症を呈する稀な1例を経験したため報告した.内視鏡検査で強い炎症所見を呈しており,アメーバ腸炎を疑う所見を認めた場合にも,腸管スピロヘータ症の可能性を考慮すべきであると考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし