2018 年 60 巻 9 号 p. 1547-1557
大腸内視鏡検査の普及とともに,大腸癌検診による便潜血検査陽性や,大腸内視鏡検査によるドックなどで,家族性大腸腺腫症を診断する機会が増えてきている.そこで本章では,家族性大腸腺腫症の診療において消化器内視鏡医が知っておくべき内容および最新の治療研究を紹介した.
家族性大腸腺腫症は,大腸に腺腫が多発することを主徴とする常染色体優性遺伝性疾患である.本疾患で高頻度に認める胃腺腫,胃癌,胃底腺ポリープ,十二指腸腺腫,大腸腺腫,大腸癌,回腸ポーチ腺腫の診断について,通常診療と異なる注意点を記した.
治療については,これまで本疾患は外科的な大腸全摘術や膵頭十二指腸切除術しかなかったが,内視鏡的なポリープ摘除や,大腸ポリープの抑制をめざした化学予防の研究が積極的に行われている.これらの研究状況を紹介した.
なお,家族性大腸腺腫症の診療には,大腸癌研究会より出版されている「遺伝性大腸癌診療ガイドライン2016年版」を必ず参照してほしい.
大腸内視鏡検査の普及とともに,大腸癌検診による便潜血検査陽性や,大腸内視鏡検査による任意型検診である人間ドックなどで,家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis;FAP)を診断する機会が増えてきている.従って,一般の消化器内視鏡医もFAPについての内視鏡診断や最新の治療を知っておくことが望ましい.そこで,本章では,消化器内視鏡医が知っておくべきFAPの内視鏡診断と最新の治療研究について紹介する.なお,本疾患は,大腸癌研究会より出版されている「遺伝性大腸癌診療ガイドライン2016年版」 1)に多くの情報が詳しく記されているので,診療の際にはこの診療ガイドラインもぜひとも参照してほしい.
FAPは,大腸に腺腫が多発することを主徴とする常染色体優性遺伝性疾患である.臨床的あるいは分子遺伝学的に診断される.臨床的には,家族歴の有無にかかわらず,大腸に100個以上の腺腫を有する,または,大腸の腺腫数が10から100個未満だが本疾患に矛盾しない家族歴を有する場合はFAPと診断される.生殖細胞系列にAPCの病的変異が認められれば,大腸腺腫数や家族歴にかかわらずFAPと診断されえる.
なお,大腸に腺腫を多発する原因遺伝子として,APC遺伝子以外にも塩基除去修復遺伝子のMUTYH,ポリメラーゼ校正機能に関連する遺伝子(POLE,POLD1),ミスマッチ修復遺伝子などがあり,それらの遺伝子の病的変異を認めた場合には,FAPとは別のポリポーシス疾患として扱われる.
臨床的にFAPと診断されてもその20~40%には生殖細胞系列にAPC遺伝子の病的変異が認められない 1).本邦では患者数は約7,000人と推定されている.
FAPにおいては,デスモイド腫瘍(浸潤性に発育する難治な良性腫瘍)が8~20%と高率に発生し 1),水腎症,血管,神経圧排症状などを呈し,治療に難渋することが多い.手術や外傷,妊娠により発生したり増悪することが報告されている.
甲状腺癌,副腎腫瘍,肝芽腫,胃腺腫,胃癌,十二指腸腺腫,空腸・回腸腺腫,脳腫瘍など一般の人々と比較して腫瘍を発生しやすい体質を持つ.FAPに合併する甲状腺癌は,大部分が乳頭癌で若い女性が圧倒的に多い 2).篩型亜型という特徴的な組織像を呈することが多く,その組織型を契機にFAPが診断されることもある.
非腫瘍性病変として胃底腺ポリープ,骨腫,先天性網膜色素上皮肥厚などもみられることがある.
皮下の軟部腫瘍,骨腫,デスモイド腫瘍などを伴うFAPはガードナー症候群と呼ばれ,以前にはFAPと別疾患として扱われていた時期もあったが,ガードナー症候群もAPC遺伝子の変異が原因であることが明らかになったこと,多くのFAPは精査するとこれらの随伴病変を認めることより,最近はガードナー症候群の名称は使われなくなる傾向にある.
大腸腺腫は10歳頃より発生し必ず多発する.数百個から一万個を越えるものまである.ポリープの増大により,腹痛や貧血を呈する.大腸癌の発生は20歳頃から見られ,40歳代でほぼ50%,放置すればほぼ全員が大腸癌になる 1).
大腸腺腫の密度により「密生型FAP」「非密生型FAP」「attenuated FAP;AFAP」に分類されることがある.「密生型FAP」は肉眼的に正常粘膜が観察できないほど腺腫が密生している場合を指す(Figure 1)が,大腸の部位により密度が異なることも多く,盲腸やS状結腸のある領域のみが密生型を呈することも経験するが,密生型がどの程度の領域を占めた場合に「密生型FAP」と称するかは決まっていない.大腸の大半が密生型を呈している場合には「密生型FAP」と称することが多い.「密生型FAP」ではAPC遺伝子のcodon1250~1464(特にcodon1309)に生殖細胞系列病的変異を認めることが多いことが報告されている.大腸癌研究会の多施設共同研究によると,「密生型FAP」はその他のFAPに比して腺腫発生の年齢や癌化の年齢が早いと報告されている.
典型的な密生型FAP.
「非密生型FAP」において色素散布や拡大内視鏡検査で背景粘膜を詳細に観察すると,微小な腺腫を認める場合(Figure 2)と認めない場合(Figure 3)があるが,その病的意義については,まだ,明らかにされておらず,これからの前向き登録追跡研究などが必要である.
非密生型FAPだが背景粘膜に微小な腺腫が多発する症例.
非密生型FAPで,背景粘膜に微小腺腫を認めない症例.
「AFAP」は,腺腫数がおよそ10個以上100個未満で,FAPの家族歴がある,または,AP遺伝子に病的変異を認める場合に称する.臨床の場で大腸内視鏡検査を実施していると,腺腫数が10個以上100個未満の症例を経験することが多々あるが,その場合には,血縁者にFAP患者がいるか否かについて確認し,「AFAP」か否かの鑑別診断をするべきである.しかし,家族歴のない10個以上の腺腫多発患者に対してAPC遺伝子検査(保健未収載)をすべきか否かは,いまだ意見の分かれるところである.しかし,「AFAP」でなくとも多発腺腫症例は大腸癌高危険度群であるため,いずれにしても大腸内視鏡検査による厳重な経過観察が必要である.
大腸内視鏡検査による大腸腫瘍の診断は,散発性大腸腫瘍と同じであるが,回腸にも腺腫を認める場合があるためできるだけ回盲弁を超えて回腸末端まで観察すること,平坦なポリープも多いためなるべく大腸全域に色素散布を行うこと,多数の大きな有茎性ポリープがある場合には進行大腸癌がポリープに隠れて発見できない(Figure 4)こともあることなど,FAPでは慎重な大腸内視鏡検査が必要である.
多発する大きな有茎性腺腫の下に進行癌が隠れていたFAP症例,同部位から1年後に進行癌が診断されたが,この写真からは進行癌は見つけられない.
FAPの大腸癌に対する予防的大腸切除術は,一般に20歳代で手術を行うことが多いが,大腸腺腫の密度や癌化の有無,患者の社会的背景などを総合的に考慮した上で,患者と十分に相談して治療方針を決定する.予防的大腸切除術は,大腸全摘・回腸嚢肛門吻合術や結腸全摘・回腸直腸吻合術などが行われる.直腸を温存する結腸全摘・回腸直腸吻合術を行った場合には,生涯にわたり摘除残存直腸に発生する腺腫に対して厳重な経過観察を行い,必要に応じて直腸腺腫の内視鏡的摘除を行う.術後には,回腸嚢に腺腫が発生することがあり,また,術後3年以内には腹腔内デスモイド腫瘍も発生する可能性が高まるため 1),大腸切除後も生涯にわたって全身のサーベイランスが必要である.
後述するように,内視鏡的に徹底的に大腸腺腫を摘除することにより予防的大腸切除術を避ける試みが研究的治療として実施されているが,本治療は研究的治療であり,また,通常治療にはなっていない.
2.胃ポリープFAP患者の胃にみられる病変には胃底腺ポリープと胃腺腫,胃癌がある.
FAP患者において高頻度に胃底腺ポリープの多発を認める.FAP患者でない者に認める胃底腺ポリープと組織学的には類似するが,FAP患者においては,胃底腺ポリープの個数が多く,密生することも多く,10mm程度の比較的大きいポリープを認める(Figure 5-a)こともある.
a:胃穹㝫部大彎に認めた15mm大の胃底腺ポリープ.
b:体上部大彎に密生する胃底腺ポリープを認め,そのポリープの境界とは一致しない白色領域を複数認める(矢印).生検では腺窩上皮型腫瘍であった.
c:胃前庭部に多発する幽門腺腺腫.
d:胃前庭部に多発する幽門腺腺腫の組織像,散発性の腸型腺腫と同様の所見を呈す.
(大阪国際がんセンター竹内洋司先生のご厚意で提供).
胃底腺ポリープ内にポリープ辺縁とは境界を異なる白色領域としてとして認める場合,その白色領域に腺窩上皮型腫瘍(胃型腺腫)を認めることがある(Figure 5-b).その白色領域に胃癌を認める場合もある.この白色領域は体上部大彎から穹㝫部にかけて認めることが多い.同部位は胃液がたまりやすい部位であるため,胃液を確実に吸引して,十分な送気で進展させて観察する必要がある.
主に胃前庭部に幽門腺腺腫(腸型腺腫)を認めることがある.多発することが多く,一見するとたこいぼびらんの様にみえることがある(Figure 5-c,d).FAPにおける前庭部の腺腫は,たこいぼびらんとの内視鏡所見の鑑別がかなり困難であり,丁寧に生検を行い腺腫でないかどうかを確認する必要がある.
ヘリコバクター・ピロリ菌感染とFAPにおける胃癌,胃腺腫との関係は,まだ明らかではないが,ピロリ菌未感染者で胃底腺ポリープが多いことが報告されている.ただ,一般人におけるヘリコバクター・ピロリ菌感染と胃癌の関係は明らかであるため,一般人同様,FAPにおいてもヘリコバクター・ピロリ菌感染を認めた場合には,除菌を考慮すべきである.
上部消化器内視鏡検査にて,極めて多発し密生した胃底腺ポリープや十二指腸多発腺腫を認めることを契機にFAPが診断されることがあることを,内視鏡医は知っておく必要がある.
胃癌及び胃腺腫の治療方針については,散発性と同様であるが,多発性のことが多いこと,密生する胃底腺ポリープ内に認めることが多いことなど,慎重に治療方針を決める必要がある.診療ガイドラインでは年に1回の上部消化管内視鏡検査によるサーベイランスが推奨されている.
3.十二指腸ポリープa.乳頭部を除く十二指腸腺腫
十二指腸にはFAPの86~100%で腺腫を認め,一般の人に比べ格段(250~330.8倍)に十二指腸癌の発症も高い 1).そのため,上部消化管内視鏡検査の際には,必ず十二指腸まで内視鏡を挿入し,できるだけ水平脚まで観察する.
十二指腸腺腫(乳頭部を除く)は,小さいものは白色の染み様に見えることがあるが,数ミリ程度になるとⅡaやⅡa+Ⅱcの形態のものが多くなる(Figure 6-a).LST様を呈する場合もある(Figure 6-b).
a:典型的なFAPの多発性十二指腸腺腫.
b:十二指腸下行脚のLST様の十二指腸腺腫.
c:隆起が目立つ十二指腸腺腫.
d:同一症例のコールドスネアポリペクトミー後.
十二指腸腺腫(乳頭部を除く)についての治療法,サーベイランスについてのコンセンサスは得られていないが修正スピゲルマンの病期分類によるサーベイランス・治療方針の決定は比較的多用されている.十二指腸切除術については,これまでは膵頭十二指腸切除術(Pancreaticoduodenectomy;PD)が行われることが多かったが,最近,膵温存十二指腸切除術(Pancreas-sparing duodenectomy;PSD)も行われるようになってきた 3).PSDは,膵実質を切除する必要がなく,糖尿病の発生がないこと,PDと比較して,膵液瘻の発生・重症化,重篤な合併症や手術死亡の発生数が少ないと考えられることなどがあるが,比較的新しい術式であり,実施経験のある施設が限られること,膵管や胆管に腫瘍が残存する可能性がある短所もある.
十二指腸腫瘍の内視鏡的治療に関しては,膵液の暴露等により後期出血や穿孔の頻度が高く,穿孔した場合には致死的になることもあるため,積極的には行われてこなかったが,コールドスネアポリペクトミー(Cold snare polypectomy;CSP)にて,積極的に十二指腸腺腫を摘除する試みが行われている 4).CSPでは,比較的隆起の目立つ腺腫や,比較的大きめの腺腫でもかなり安全に内視鏡的摘除が可能であり,今後,FAPにおける十二指腸腺腫の治療方針を大きく変える可能性が期待される(Figure 6-c,d).
b.十二指腸乳頭部腺腫
十二指腸乳頭部腫瘍はFAPの約50%に認められる.FAP患者への上部消化管内視鏡検査では,必ず乳頭部を観察することが必要であり,観察しにくい場合には側視鏡での観察も検討が必要である.内視鏡的には正常に見える乳頭部においても,生検で腺腫を認めることもあるが,積極的に乳頭部の生検をすべきか否かについてのコンセンサスは得られていない.
治療実施基準や治療法の選択は,まだ確立していないが,良性の場合には内視鏡的乳頭切除術,内視鏡的治療が困難な場合にはPSD,癌化を認めた場合には膵頭十二指腸切除術PDを選択することが多い.
FAP患者の大腸癌発生を予防する通常治療は,前述のように,外科的大腸全摘術のみである.しかし,大腸を全摘することにより,永続する頻回の下痢や軟便,脱水,肛門機能障害,デスモイド発生,腸閉塞など大きく生活の質を低下させる後遺症が残り,また,回腸ポーチからの腺腫の発生などにも注意が必要となる.
近年,大腸内視鏡による大腸ポリープ摘除技術の大幅な進歩により,かなり安全にポリープを内視鏡的に摘除することが可能となってきた.また,FAPにおいて結腸全摘・回腸直腸吻合術を施行した患者に対して,残存直腸を大腸内視鏡検査にてポリープを摘除しつつ厳重に経過観察することにより,直腸癌の発生を抑制できることが報告されている 5).さらに大腸内視鏡検査による検診の普及などにより,大腸ポリープの比較的少ないAFAPも診断されるようになり,大腸手術をせずに大腸ポリープを内視鏡的に摘除して経過をみることも,臨床的に試みられるようになってきているが,まだ臨床研究の段階であり通常治療ではないことに注意が必要である 6).
1.単一施設での結果大腸内視鏡専門内科医でFAPを以前から多数診療している筆者は,20年ほど前から手術を希望しないFAP患者に対して,内視鏡的にできるだけ多数の大腸ポリープを摘除しつつ経過観察していたが,その結果を論文報告した 7).まず,この論文の概略を紹介する.
大腸未切除のFAP患者を診察した場合,まずは通常治療である予防的大腸切除術が大腸癌を予防するための唯一の治療であること,手術を行わない場合のリスクを説明し,それでも,その時点で手術を希望しない患者に対して定期的な大腸内視鏡検査時に,できるだけ多数のポリープを内視鏡的に摘除した.これらの内視鏡治療のほとんどは著者が担当した.ポリープ摘除は,形態と大きさに応じてポリペクトミーまたはendoscopic mucosal resection(EMR)を行い,大きい病変に関しては,大阪国際がんセンター(旧大阪府立成人病センター)に入院の上endoscopic submucosal dissection(ESD)を行った.ホットバイオプシーやコールドポリペクトミーは使用していない.内視鏡治療前後の代表的な内視鏡写真をFigure 7-a,bに示す.同時に,適度な運動を行うこと,牛肉・加工肉,飲酒の過度な摂取を控えるように指導し,喫煙者には禁煙を強く勧めている.
a:内視鏡治療前.
b:内視鏡的徹底的ポリープ摘除後.
手術を拒否して内視鏡的ポリープ摘除を希望した患者は90人であり,累積総ポリープ摘除数は55,701個であった.追跡期間は平均1,968日(5.4年),総追跡人年は484.9人年であった.内視鏡治療時に穿孔や輸血を必要とする出血は1例もなかった.追跡中のイベントとして,大腸ポリープが密生型になったため大腸亜全摘・回腸直腸吻合術を受けた者が2人あった.手術を拒否後の大腸内視鏡検査にて大腸癌が発見されたのは5例8病変である.手術拒否後最初の大腸内視鏡検査で3人,2カ月目で1人,10カ月目で1人が大腸癌と診断された.11カ月目以降の経過観察では大腸癌は1例も発見されていない.経過観察中にデスモイドを発生したものはいなかった.
FAP患者に対して,大腸内視鏡検査にて腺腫を摘除して経過をみることについてのリスクとしては,内視鏡治療による出血や穿孔,大腸癌の見落とし,急激な腺腫の増大による発癌,腺腫を経ないde novo癌発生の可能性,時間的負担や費用負担による経過観察の中断などが考えられる.しかし,私達の経験では,出血や穿孔,大腸癌の発生を認めなかった.ただし,経過観察中に密生型になり手術を行った患者も2人おり,この治療を適応すべきFAPの病型についてはさらに検討する必要があると考える.
2.多施設におけるポリープ徹底的摘除介入試験前述の単施設の結果から,厚生労働省の第3次対がん総合戦略研究事業「がん化学予防剤の研究開発とその臨床応用に関する研究(班長:武藤倫弘)」の多施設研究として「家族性大腸腺腫症に対する大腸癌予防のための内視鏡介入試験(略称:J-FAPP StudyⅢ,UMIN000009365)」を2013年から開始している.
対象条件は,大腸に腺腫が100個以上ある(またはあった)者であり,かつ,手術を勧めたが手術を望まなかった者,または,大腸が10cm以上残存している者で,16歳以上である.内視鏡検査および治療手順は,次の通りである.大腸に1cm以上のポリープを認める場合,4カ月以内の間隔にて1cmを越える大きなポリープをすべて摘除する.1cm以上の病変は原則的としてすべて回収し病理診断を行う.1cm以上のポリープがなくなれば,1cm未満のポリープをできるだけ多数摘除する.癌を疑う病変は回収し病理検査をおこなうが,すべての病変の病理検査は必要としない.5mm未満のポリープも可能な範囲で摘除を心がける.5mm以上のポリープをすべて摘除できたと考えた場合,検査間隔を4カ月以上あけても良いが,1年以上は間隔をあけないこととする.経過観察中の内視鏡検査では,5mm以上のポリープはすべて摘除し,5mm未満のポリープも可能な限り摘除するよう心がける.5mm以上のポリープが残ったと考える時には,次回の間隔を4カ月以内とする.ポリープ摘除方法については各施設で使い慣れた方法(バイポーラスネア,モノポーラスネア,ホットバイオプシー,アルゴンプラズマ凝固法)のいずれを用いても良い.内視鏡検査,治療は保険診療内で実施し,追跡調査は5年間である.主エンドポイントは,介入期間の大腸手術の有無とする.副エンドポイントは,有害事象(穿孔,出血,大腸癌死,それ以外の死亡),大腸発癌,粘膜内癌,内視鏡的治療困難腫瘍の有無である.予定参加者数は200名である.大腸癌研究会ポリポーシス登録のデータ 14)や,海外の研究者から報告されている情報を把握し,探索的に内視鏡的な大腸ポリープの徹底摘除の有効性を評価する.
本試験は2012年9月から2014年9月までエントリーが行われ,223人に参加を呼び掛け,222人が同意し,現在,エントリーを終了し,試験は継続進行中である.本試験のエントリー期間終了後にも,大腸手術をせずに内視鏡的ポリープ摘除を希望される患者が多数あるため,J-FAPP StudyⅢとほぼ同様の内容で,J-FAPP StudyⅢ-2を開始している.2021年頃に最初の解析が行われ,FAPに対する内視鏡治療の安全性,有効性の評価を示すことができると考える.
薬により発癌を予防することは「化学予防」と呼ばれ,FAPにおいては前癌病変である腺腫を指標とした臨床研究が多数行われている.
FAPに対する大腸腺腫の縮小を目的とした薬物治療は,アスピリンや非ステロイド系抗炎症剤(non-steroidal anti-inflammatory drug;NSAIDs)のスリンダクやcyclooxygenase-2 (COX2)選択的阻害剤,緑茶抽出物などの研究がおこなわれているが,有効性や副作用の面から,いまだ臨床応用される薬は開発されていない.
1.アスピリンによる化学予防アスピリン(アセチルサルチル酸)は,以前より抗炎症剤として広く用いられている薬剤であり,抗血小板凝集抑制剤としても心筋梗塞や虚血性脳血管障害の予防薬として多くの患者に対する長期間の投与が行われている.これらの抗炎症作用や抗血小板凝集抑制作用を目的とした使用経験において,アスピリンの長期服用が大腸癌の発生を予防する可能性が見いだされた.
アスピリンと大腸癌の関係を症例対照研究やコホート研究などの疫学観察研究にて調べた報告は多数ある.Flossmannら 8)は,アスピリンやNSAIDsによる大腸癌予防に関して19の症例対照研究のメタアナリシスを2007年に報告している.この報告において,大腸癌の罹患リスクは,アスピリンやNSAIDsを使用しなかった群に比して,使用したことのある群ではオッズ比(95%信頼区間)0.80(0.73-0.87),アスピリンやNSAIDsを最大量服用や長期服用していた群ではオッズ比(95%信頼区間)0.59(0.52-0.68)と,用量依存的に有意に抑制することを示した.同じく報告で17のコホート研究の報告も解析している.これらのコホートは全部で113万人以上を対象とし5,999人の大腸癌を診断している.2つの研究を除き,他のコホート研究では最大量服用した群では結腸癌の抑制効果を示した.
2008年にChanら 9)は,医療従事者の男性約5万人に対してアスピリンやNSAIDsの服用の有無をアンケートした後に追跡した結果を報告している.追跡調査で975人の大腸癌が診断された.アスピリンやNSAIDs常用者はそうでない者に比して大腸癌の相対危険度(95%信頼区間)は0.79(0.70-0.90)と有意に抑制されていると報告している.服用期間と正の相関を認めている.このように多くの観察的疫学研究においてアスピリンやNSAIDsは大腸癌の発生を予防する可能性が強く示唆されている.
アスピリンを用いた心疾患予防のための無作為割付試験が複数行われているが,それらの試験に参加した者の大腸癌罹患について報告されている.1993年にGannら 10)は,心疾患の予防のためにアスピリンを5年間325mg隔日投与した二重盲検無作為割付臨床試験を報告している.この試験では,アスピリンの投与により心疾患は予防できたが,大腸癌や腺腫の発生の予防は示すことができなかった.2005年にCookら 11)は,アスピリンとビタミンEによる臨床試験を報告している.約4万人の参加者にアスピリン100mg隔日投与またはプラシーボ投与にて平均約10年間の介入を行ったが,大腸癌や乳癌やすべての癌で予防効果はないと報告している.しかし,2010年にRothwellら 12)は,心疾患予防のために行われたアスピリンを用いた5つの臨床試験の20年間の追跡データを収集し,アスピリンの有効性を示す解析結果を報告している.この報告によると,アスピリンの投与量によらず,アスピリンの長期投与により大腸癌死亡はオッズ比(95%信頼区間)0.66(0.51-0.85)と有意に減少することを示している.これらより,アスピリンによる大腸癌死抑制効果を示すためには20年程度の時間が必要であることが考えられる.
2.FAPに対するアスピリン投与臨床試験Burnら 13)は,FAPに対するアスピリンによる臨床試験(CAPP1)を報告している.この試験は10歳から21歳までの若いFAP患者に対して,アスピリン1日600mgおよび難消化性デンプンを用いた無作為割付二重盲検試験である.難消化性デンプンでは大腸ポリープに与える影響はなかったが,アスピリンではS状結腸から直腸のポリープ数が有意ではないものの減少する傾向が見られた.
私たちは厚生労働省研究班の研究として,FAP患者への低用量アスピリンによる発癌予防臨床試験(J-FAPP Study Ⅱ)を実施した 14).この試験はFAP患者に対して6カ月から10カ月間,二重盲検無作為割付試験としてアスピリン1日100mgまたはプラシーボを投与して,大腸ポリープの縮小効果をみる試験である.
35人から同意を得た時点において,1人に巨大な吻合部潰瘍,1人にヘモグロビンが3mg/dl低下する貧血を認め,さらなる参加呼びかけを中止して試験を完遂した.主エンドポイントであるポリープ減少を認めた者は,アスピリンで相対有効率(95%信頼区間)は2.33(0.72-7.55)と多い傾向であったが,有意差はなかった.サブ解析では,投与前の平均腫瘍径が2mm未満の者において,アスピリン群では有意に減少を認める者が多かった.女性,40歳未満,手術未施行,非喫煙・禁煙,非飲酒,APC遺伝子変異保有者,投与後に摘除したポリープのβカテニンの染色率が高い者,上皮内COX2染色率が高い者で,有意差はないもののアスピリンの効果が強い傾向を認めた.有害事象を認めた者は3人で,全員アスピリン群(18%)であった.有害事情の内容は縫合部潰瘍や貧血の進行,多発大腸びらんであった.全員,40歳未満の女性,喫煙はせず,投与後に摘除した腺腫においてβカテニンの染色率は高かった.
バイエル社が行ったドイツにおける市販後調査試験において軽度の有害事象も含めた発現率は2.67%,日本人におけるデータとしては川崎病に対する厚生省の集計によると6.54%であった.それに対して本試験では18%と極めて高いことより,FAP患者の消化管粘膜は特にアスピリンに対して有害事象の感受性が高い可能性が考えられる.私たちが以前に報告したスリンダクによる臨床試験 15)においてもFAPにおける有害事象の発現頻度は極めて高いことも,この可能性を支持している.
3.FAPに対するNSAIDsの大腸癌予防臨床試験これまでの報告ではNSAIDsの一つであるスリンダクを用いた試験が多く報告されており,スリンダクはFAP患者の大腸ポリープを縮小することが広く認められている.ただ,スリンダクは腸管粘膜傷害の副作用があるため長期間の継続投与は困難である.そこで粘膜防御作用を有するCOX1を阻害しないCOX2選択的阻害剤を用いた発癌予防試験がFAPに対して行われた 16).77名のFAP患者に対して,二重盲検による無作為割付試験としてCOX2選択的阻害剤であるcelecoxibを投与し,用量依存的に大腸ポリープの縮小を認めた.この成績をもとに,米国FDAはFAPに対する大腸ポリープ縮小薬として2000年にcelecoxibを承認している.しかし,その後,散発性大腸腺腫に対するcelecoxibの効果をみる2つの二重盲検無作為割付臨床試験が実施され,ともに心血管イベントのリスクが増加したことが報告された.FAP患者においてNSAIDsを用いて腺腫は消退したにも関わらず進行大腸癌が発生した報告も複数あり,NSAIDsをFAPに用いることについては,慎重に検討すべきであろう.
スリンダクの代謝産物でCOX2の阻害作用を持たないsulindac sulfone(Exisulind)によっても,家族性大腸腺腫症の大腸ポリープが縮小するとの臨床試験が報告されている 17).これは,ポリープの縮小がCOX2の阻害作用だけではないことを示しているが,sulindac sulfoneによる大腸癌予防機序は未だ明らかにされていない.
FAP患者の上部消化管内視鏡や大腸内視鏡の所見は,一般人に見られる病変とはかなり異なるが,治療方針を決めるために極めて重要な所見であるため,これらの特徴を知っておくことは重要である.内視鏡検査をする際には,診療ガイドラインを熟読し,適切な診断と治療を行うことが必要である.
また,最近になり,内視鏡的大腸ポリープ徹底的摘除や化学予防の研究も積極的に行われるようになり,近い将来,内視鏡治療と化学予防の組み合わせにより,FAP患者の多くが外科的手術をする必要がなくなることが期待される.しかし,これらの治療法は通常治療ではないため,化学予防候補薬の投与や内視鏡的ポリープ摘除は,倫理審査委員会の承認の得られた試験計画書に従い,十分なインフォームド・コンセントを得て研究として実施すべきである.
謝 辞
本原稿の執筆にあたり多くのご意見を賜りました大腸癌研究会遺伝性大腸癌診療ガイドライン2016年版作成委員会委員長の石田秀行先生(埼玉医科大学総合医療センター消化管・一般外科)に深謝いたします.
本研究は,平成25年度までは厚生労働省第3次対がん総合戦略研究事業「がん化学予防剤の研究開発とその臨床応用に関する研究(班長:武藤倫弘)」,26年度は厚生労働科学研究委託費(革新的がん医療実用化研究事業)「大腸がん超高危険度群におけるがんリスク低減手法の最適化に関する研究(班長:武藤倫弘)」の研究費により実施され,本研究課題は27年4月1日より日本医療研究開発機構(AMED)が設立されたことにともないAMEDに承継され,引き続き研究開発の支援を受けて行われている.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし