日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
幽門腺型の形質発現を示す低異型度分化型早期胃癌の1例
寺部 寛哉 宗 祐人酒見 亮介八坂 太親辛島 嘉彦大津 健聖今村 健太郎森光 洋介田邉 寛岩下 明德
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2019 年 61 巻 10 号 p. 2353-2359

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要旨

症例は79歳女性.2008年の上部消化管内視鏡検査で胃穹窿部に隆起性病変を認め,過形成ポリープとされていた.約5年後に同病変は若干増大し,病変周囲に陥凹面を認めた.NBI併用拡大内視鏡所見は,irregular microvascular pattern plus absent microsurface pattern with a demarcation lineを呈し,Type0-Ⅱa+Ⅱcの早期胃癌と診断しESDを施行した.病理組織学的に病変は腺窩上皮様と幽門腺様への分化を示す超高分化腺癌で構成され,免疫組織化学的にMUC6およびlysozymeが陽性,Pepsinogen-Ⅰが陰性であった.以上より胃型粘液形質を示す幽門腺粘膜型の粘膜内癌と診断された.粘膜内癌の幽門腺粘膜型癌の報告はなく,世界に先駆けて報告する.

Ⅰ 緒  言

近年,胃癌は免疫組織化学染色の進歩により,より詳細に細分化してきており,低異型度分化型胃癌の概念が明らかになってきた 1),2.低異型度分化型胃癌は病理組織学的に,胃型,腸型,混合型(胃腸型)に分けられ,さらに胃型は分化形態によって細分化できる 2.近年提唱された胃底腺型胃癌もその一つで,徐々にその特徴が明らかになりつつある 2)~6.一方で,幽門腺の形質発現を示す低異型度分化型胃癌については報告が少なく,臨床病理学的特徴は未だ不明で,現在までに粘膜内癌の報告はなされていない.今回,われわれはNBI併用拡大観察(magnifying-narrow band imaging:M-NBI)で詳細に観察した幽門腺粘膜型胃癌を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:79歳,女性.

主訴:嘔気・嘔吐.

既往歴:高血圧,慢性胃炎,腰椎圧迫骨折.

家族歴・生活歴:特記すべきことなし.

現病歴:2008年にスクリーニング目的に施行した上部消化管内視鏡検査で,胃穹窿部後壁大彎寄りに6mm大の隆起性病変を認め(Figure 1),生検診断で良悪性の判断がつかず(Figure 2),臨床的に過形成ポリープとされていた.2013年に嘔気,嘔吐の原因精査のため,上部消化管内視鏡検査を施行したところ,同病変は若干の増大傾向を示し,生検診断ではAtypical epitheliumであったことから精査を施行した.

Figure 1 

初回上部消化管内視鏡検査所見.

胃穹窿部大彎後壁寄りに径6mm大の同色調の隆起性病変を認めた.背景胃粘膜は萎縮を伴う慢性胃炎の所見であった.

Figure 2 

初回生検病理組織検査所見.

大小不均一な腺管や拡張した腺管を認めたが,核異型は乏しく良悪性の判断は困難であった(×20倍).

現症:身長148cm,体重44kg,体温36.0度,血圧110/64mmHg,脈拍78/分・整.意識清明.結膜に貧血・黄染なし.表在リンパ節を触知せず.胸部に異常所見なし.腹部は特に所見なし.

血液生化学的検査:明らかな検査値異常所見は認めず,腫瘍マーカー(CEA,CA19-9)も異常は認めなかった.抗Helicobacter pylori IgG抗体54U/ml,迅速ウレアーゼテスト陽性であった.

2回目上部消化管内視鏡検査所見(Figure 3):穹窿部後壁の同病変は,褪色調の隆起性病変で,径約8mm大に増大し,表面は小顆粒状で凹凸不整の変化を認めた.

Figure 3 

5年後上部消化管内視鏡検査所見.

背景粘膜は,炎症を伴う萎縮粘膜で,病変は同色調で光沢が保たれ,径8mmと若干の増大傾向を認めた.立ち上がりは急峻で,表面は小顆粒状の凹凸不整を認めた.

M-NBI(Figure 45):背景粘膜は,慢性炎症を伴う胃底腺粘膜を認めた.ほぼ隆起に一致して明瞭な境界,demarcation line(DL)を認めたが,病変の後壁側では隆起部の外側にDLを認め,同部に一致した随伴する陥凹性病変が指摘された.これは通常観察では認識できなかった.病変を中~強拡大で観察すると,個々の微小血管は,主に不整な多角形から開放性ループ状を呈し,形状不均一,分布は非対称性で配列も不規則であり,irregular microvascular(MV)patternと判定した.表面微細構造は,窩間部は開大し,腺窩辺縁上皮(marginal crypt epithelium:MCE)はほとんど視認できず,Absent microsurface(MS)patternと判定した.以上より,Vessel-surface(VS)classification 7),8により,irregular MV pattern plus absent MS pattern with a DLと判定し癌と診断した.病変から1箇所生検を施行した.

Figure 4 

NBI併用拡大内視鏡所見.

病変肛門側面のM-NBI所見.個々の微小血管は,主に不整な多角形から開放性ループ状を呈し,形状不均一,分布は非対称性で配列も不規則であり,irregular MV patternと判定した.表面微細構造は,窩間部は開大しMCEはほとんど視認できず,absent MS patternと判定した.

Figure 5 

NBI併用拡大内視鏡所見.

病変後壁側のNBI併用強拡大像.通常光観察では認識できなかった浅い陥凹に一致して認めたDLを黄色矢印で示す.DL内部は不整に拡張蛇行した血管を認めた.MCEは認識されなかった.

2回目生検病理組織学的所見:腺管を構成する上皮細胞は好酸性の細胞質を有し,軽度の核異型を認め,腺管は一部嚢胞状に拡張し密に増殖していた.

生検のみでは診断には至らなかったが,腫瘍性病変は否定できず,診断的治療目的でESDを施行した.Hook knifeを用いて粘膜切開・粘膜下層剝離を行い,病変を一括で切除した.

切除標本病理組織学的所見(Figure 67):切除標本の大きさは28×34mm,腫瘍径は5×8mm,色調は同色〜褪色調,立ち上がりは急峻で,表面は細顆粒状,結節状の隆起性病変であった.背景粘膜は,軽度~中等度の萎縮性胃炎を伴う胃底腺粘膜であり,軽度の腸上皮化生を認めた.組織学的に腫瘍は,腺管の極性が乱れた大小不同の腫瘍腺管が密に配列し,嚢胞状に拡張した腺管も多く,構造異型を認める高分化型腺癌と診断した.病変は粘膜固有層に限局していた.腫瘍細胞は類円形の核と核小体を有し,細胞質は淡明〜淡い好酸性であり,細胞質にPaneth顆粒より小型の好酸性顆粒を有していた(Figure 7).すなわち増殖した腫瘍腺管は幽門腺に類似した分化を示していた.

Figure 6 

病理組織学的所見.

腫瘍は,歪な形状をした配列不整な大小の腺管で構成され,腫瘍腺管内に壊死性物質を認めた(×100倍).

Figure 7 

病理組織学的所見.

腫瘍細胞は類円形の核を有し,細胞質は淡明であり,内部にPaneth顆粒より小型の好酸性顆粒(黄色矢頭)を有する幽門腺に類似した分化を示していた(×400倍).

免疫組織学的検討では,胃固有腺マーカーであるMUC6は陽性,胃腺窩上皮のマーカーであるMUC5ACは一部陽性,また腸型マーカーであるMUC2とCD10は陰性であり,胃型の胃固有腺型と判定した.さらに幽門腺マーカーのLysozymeが陽性,そして胃底腺主細胞マーカーのpepsinogen-Ⅰと,壁細胞マーカーであるH+/K+-ATPaseがいずれも陰性であった.以上,組織学的および免疫組織化学的所見から幽門腺粘膜型の低異型度分化型胃癌と診断した(Figure 8).他,p53は陰性であった.Ki-67標識率は2%で低値だった.

Figure 8 

免疫組織学的所見.

a:MUC6 陽性.

b:MUC5AC 一部陽性.

以上より,最終診断はGastric tubular adenocarcinoma, well differentiated,Type0-Ⅱa+Ⅱc,5×8mm,pT1a(M),pUL0,Ly0,V0,pVM0,pHM0と診断した.

Ⅲ 考  察

分化型胃癌には,腸上皮化生腺管と同様の形質発現を示すものだけでなく,固有腺管の形質を発現する胃型腺癌が少なからず存在することが明らかにされてきた 9)~13.それらは胃固有腺や腸上皮化生に極めて類似し,組織学的に腫瘍と診断するのが難しい癌として注目されるようになり 14),15,低異型度分化型癌の概念が提唱された 1),2

低異型度分化型胃癌は,その用語や明確な定義,そして分類は胃癌取り扱い規約には未だ記載されていない.その概念は正常上皮に近い分化,もしくは腺腫に近い分化を示す癌,つまり極めて高度に分化した癌と定義される 1.病理組織学的には細胞異型,構造異型に乏しく,肉眼的には,境界が不明瞭であったり,腺腫様であったりするのが特徴の一つである 1.低異型度分化型胃癌は,組織学的に分化形態や粘液形質発現の観点から,主に胃型,腸型,混合型(胃腸型)に分類される.胃型は胃腺窩上皮型,胃底腺型,胃固有粘膜型に分けられ,さらに胃固有粘膜型は,胃底腺粘膜型(胃底腺+腺窩上皮型),幽門腺粘膜型(幽門腺+腺窩上皮型),胃底腺・幽門腺粘膜混合型(胃底腺+幽門腺+腺窩上皮型)に分けられる 2.田邉らの分類 2と粘液形質発現を簡略化したパターンの表を作成した(Table 1).本症例は病理組織学的および免疫組織化学的に胃幽門腺粘膜に類似する発育形態をしており,すなわち前述の分類からいえば幽門腺粘膜型の癌と考えられた.この新しい分類に基づいた幽門腺粘膜型の胃癌の報告はされておらず,本症例が初めての報告である.

Table 1 

低異型度分化型胃癌の分類と粘液形質発現.

近年,新しい胃型の癌として胃底腺型胃癌の概念が提唱され,様々な知見が報告・認知されるようになってきた 2)~6.これまでに幽門腺型とされてきた胃型の粘液形質を発現する胃癌は,胃底腺型と区別されておらず,幽門腺型胃癌の特徴については,あまり明らかにされていない.

幽門腺型胃癌の臨床病理学的特徴は,腫瘍深部で幽門腺に類似した分化を示し,構成細胞は,立方状で小型のPaneth顆粒様の好酸性顆粒を有する淡明な胞体と小型の核を有し,免疫組織化学的にLysosomeに陽性を示す 1.幽門腺型と胃底腺型を区別するためには,MUC6染色後にLysosomeやpepsinogen-Ⅰの免疫染色が必要である.さらに,幽門腺粘膜型胃癌は,幽門腺細胞様の分化に加え,腫瘍細胞の一部がMUC5AC陽性の腺窩上皮に類似した分化も示すものと定義される.これらを認識した上での幽門腺型または幽門腺粘膜型胃癌と診断された報告はほとんど認めない.自験例の免疫組織学的検討では,MUC6陽性,MUC5AC一部陽性,MUC2陰性,CD10陰性であり完全胃型の胃固有腺型と判定した 16)~19.加えてpepsinogen-Ⅰ陰性,H+/K+-ATPase陰性,Lysozyme陽性であったことから,幽門腺粘膜型胃癌と診断した.

また,自験例の鑑別診断として,幽門腺型腺腫内癌が考えられるが,腫瘍全体に認める単調な核と構造異型は癌に矛盾せず,腺腫成分を認めないことから幽門腺型腺腫からの癌化は考えにくかった.

2017年以前で,医学中央雑誌およびPubMedで,幽門腺型胃癌や幽門腺粘膜型胃癌をキーワードに検索した結果,粘膜下層に浸潤した早期胃癌の報告が数例あるのみで,報告例のほとんどは進行癌であった 20),21.自験例は約5年前に生検組織検査を施行されたが,良悪性の判断がつかなかった.当時の生検組織を見直したところ,2回目の生検組織と同様に軽度の核異型を認め,一部嚢胞状に拡張した腺管が密に増殖しており,腫瘍性病変は否定できず,再検を試みるべきであったと思われた.しかしながら,自験例の様に低異型度分化型胃癌は,正常上皮に近い分化,または腺腫に近い分化を示す癌であるため,悪性の判定が難しく,生検診断がつきにくいのが特徴の一つ 1),3),22),23であることから,これの特徴を念頭に病理医と密に連携し 15),23),24慎重に診断すべきである.

幽門腺粘膜型胃癌の内視鏡的特徴は不明であるが,自験例は低異型度分化型胃癌の特徴である,腫瘍長径が小さく正色調から褪色調の隆起性病変 25に合致していた.原岡らの幽門腺型胃癌の2例報告 26においても,自験例同様に隆起型であった.また,自験例はNBI併用拡大観察によって随伴する陥凹性病変を指摘可能となったことから,M-NBIは幽門腺粘膜型胃癌においても有用であると考えられる.

一般的に低異型度分化型胃型のうち隆起型では,非常に遅い発育速度で大部分が粘膜内癌であるとの報告がある 27.幽門腺粘膜型胃癌の発育進展については,腫瘍が粘膜内に留まり遡及的に観察可能であった報告は他にない.自験例は,約5年間で腫瘍径6mmから8mmと非常に緩徐な発育変化を示した.幽門腺粘膜型胃癌も腫瘍径が小さく粘膜内に留まるうちは,進行は緩徐で悪性度は高くない可能性が示唆された.しかし,既存の幽門腺型胃癌に関する報告例は,粘膜下層以深に浸潤した病変のみであり 20),21),26,これまでの胃型の分化型腺癌における特徴として,低異型度で見かけの異型度よりも生物学的悪性度が高いことが示唆されており 24),27)~29,腫瘍径の増大や深部浸潤が進むと比較的早期に進行癌へ進展する可能性が考えられた.粘膜内癌のうちに早期発見することが重要と考えられた.

胃癌の新たな分類が提唱される中で,幽門腺粘膜型胃癌の特徴は未だ明らかではない.幽門腺型や幽門腺粘膜型を診断するためには,Lysosomeやpepsinogen-Ⅰなどの免疫染色が必要で,日常診療では染色不十分なために詳細な診断がなされていない可能性が高いと考えられる.幽門腺粘膜型胃癌の特徴を明らかにするためにも,今後の症例の集積による検討が望まれる.

Ⅳ 結  論

自験例は幽門腺粘膜型胃癌であり,内視鏡所見や病理組織学的特徴を示した.粘膜内癌としても初めての報告であり,今後の症例の集積と検討が望まれる.

謝 辞

本症例に御助言・御指導頂いた福岡大学筑紫病院病理部 岩下明德先生に深謝致します.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
© 2019 一般社団法人 日本消化器内視鏡学会
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