日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
十二指腸病変として発症したメトトレキセート関連リンパ増殖性疾患の1例
山下 芳恵 下川原 尚人宮田 尚幸田淵 雅裕鉾之原 基中武 信純美園 俊明山口 淳正清水 健井戸 章雄
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2019 年 61 巻 11 号 p. 2466-2472

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要旨

症例は76歳女性.心窩部痛と黒色便の精査で当科紹介となった.慢性関節リウマチ(RA)で41歳時よりメトトレキセート(MTX)で加療されていた.上部消化管内視鏡検査で十二指腸下行脚に潰瘍性病変を認め,生検結果でびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(diffuse large B-cell lymphoma:DLBCL)の診断となった.CTで全身のリンパ節腫大を認め,可溶性IL-2レセプター(sIL-2R)は高値であり,メトトレキセート関連リンパ増殖性疾患(methotrexate-associated lymphoproliferative disorders:MTX-LPD)と判断しMTXを中止とした.十二指腸下行脚の潰瘍性病変は,MTX中止1カ月後より縮小改善傾向であり,リンパ節は縮小増大様々であった.MTX中止で経過観察していたがリンパ節病変が寛解に至らず,MTX中止から9カ月後にリツキシマブを投与し,リンパ節の縮小,sIL-2Rの低下を認め,十二指腸病変は瘢痕化していた.MTX-LPDの十二指腸病変は非常に稀である.MTX内服中のRA患者の消化管病変を認めた場合,MTX-LPDも鑑別すべき疾患であると考えられた.

Ⅰ 緒  言

慢性関節リウマチ(RA)の治療にMTXは臨床的有効性の高い薬剤として用いられている.しかし,一部でMTX-LPDの発生が報告されている.今回,MTX内服加療中に十二指腸潰瘍性病変からの出血が契機となり,MTX-LPDと診断されたRAの症例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:76歳 女性.

主訴:心窩部痛,黒色便.

既往歴:慢性関節リウマチ(RA),高血圧症,胆石症,肺血栓塞栓症,右下肢深部静脈血栓症(IVCフィルター挿入後),抗利尿ホルモン分泌不適合症候群(SIADH).

現病歴:1993年にRAを発症し,2004年4月より前医に通院中である.MTX6mg/週で加療となり,2005年4月に汎血球減少症出現しMTX中止し,ペニシラミン200mg/日へと変更となる.2011年8月エタネルセプト25mg/2週開始となる.2015年6月RAが悪化し,ペニシラミンを中止しMTX6mg/週へ変更となる.2017年9月心窩部痛と黒色便が出現し前医を受診し,Hb 7.3g/dLの貧血と腹部超音波検査で胆嚢結石と総胆管拡張を指摘され,貧血と胆道系精査目的で,同年10月当院紹介となった.

家族歴:父 胃癌,母 脳出血.

入院時身体所見:身長152cm,体重43.7kg,体温36.2度,血圧143/53mmHg,脈拍53/min整,SpO2 96%,眼瞼結膜に貧血を認め,軽度心窩部痛を認めた.眼球結膜に黄染は認めなかった.両側手関節,手指関節,足趾関節にRAによる変形と腰痛の訴えがあった.右鼠径リンパ節を触知した.

血液検査所見:白血球数34×103/μl,赤血球数270×104/μl,Ht. 22.5%,Hb 7.4g/dL,MCV 83fl,MCH 27.4pg,MCHC 32.9%,血小板13.4×104/ μl,CRP 0.1mg/dl,Na 124mEq/l,K 3.9mEq/l,Fe 11μg/dl,フェリチン25ng/ml,CEA 2.9ng/ml,CA19-9 52.0U/mlと,貧血と低ナトリウム血症,軽度高CA19-9血症を認めた.肝機能,胆道系酵素,膵酵素は異常所見を認めなかった.sIL-2Rは1,230U/mL(正常値:121~613U/ml)と高値であったが,2015年12月1,100U/mL,2016年2月1,250U/mLと変化は認めなかった.

MRI(T2強調画像):総胆管径12mmで総胆管結石や胆管癌は指摘されなかった.傍大動脈リンパ節の腫大と骨髄の拡散制限が目立ち,血液疾患の可能性も示唆された.

上部消化管内視鏡検査(Figure 1-a):十二指腸下行脚に管腔の3/4周を占める潰瘍性病変を認めた.潰瘍底に一部壊死組織認め,周堤は比較的明瞭で耳介様であった.悪性疾患を疑い生検を施行した.観察時に活動性の出血は認めなかったが,貧血の原因部位と考えられた.

Figure 1 

上部消化管内視鏡検査(十二指腸下行脚).

a:入院時は広い潰瘍底を伴う周堤が耳介様の潰瘍病変を呈していた.

b:MTX中止1カ月後には潰瘍底は残存しているものの縮小傾向であった.

c:MTX中止2カ月後にはさらに縮小傾向であった.

d:リツキシマブ開始3カ月後には瘢痕化していた.

病理結果(Figure 2-a,b):H.E.染色では大型の異型リンパ球のびまん性浸潤を認め,免疫染色ではCD20,CD79aが陽性,CD3,CD4,CD8は陰性であることからDLBCLと診断された.Ki-67は約75%と高率に陽性で,EBER-1(in situ hybridization)は陰性であった.

Figure 2 

病理組織像.

a:H.E染色では大型の異型リンパ球のびまん性浸潤を認めた.

b:免疫染色でCD20陽性であった.

胸腹部造影CT(Figure 3-a):傍大動脈リンパ節,腸間膜リンパ節,右外腸骨動脈リンパ節,右鼠径リンパ節,縦郭リンパ節など全身のリンパ節の腫大を認めた.

Figure 3 

腹部CT(MTX中止前後のリンパ節の変化).

a:MTX中止前 傍大動脈リンパ節が22mm大の腫大あり.

b:MTX中止3カ月後 傍大動脈リンパ節は6mmへ縮小を認めた.

治療および経過:病理所見と臨床経過よりMTX-LPDが疑われたためMTXを中止して経過をみる方針となった.貧血の原因は,黒色便も認めたため,十二指腸潰瘍病変からの出血によるものと考えた.十二指腸病変はMTX中止1カ月後(Figure 1-b),2カ月後(Figure 1-c)で改善傾向であった.MTX中止後,黒色便は認めず,1カ月後には貧血もHb 10.1g/dLと改善を認めた.MTX中止3カ月後のCTでは,傍大動脈リンパ節(Figure 3-b),右鼡径リンパ節は縮小,右外腸骨動脈リンパ節は増大,縦隔リンパ節は不変と様々であった.sIL-2RはMTX中止1カ月後に1,330U/ml,3カ月後3,450U/ml,7カ月後1,669U/mlと増減していた.MTX中止9カ月後にリンパ節の退縮不十分と判断し2018年6月からリツキシマブが開始となった.4回投与後のsIL-2Rは915U/mLと低下し,CTでは全身リンパ節の縮小を認めた.リツキシマブ投与後の十二指腸病変は瘢痕化していた(Figure 1-d).原疾患のRAに関しては,現在のところ再燃は認めていないものの,MTX中止後に再燃するリスクはあり,その際はリツキシマブかDMARDのコンビネーション,アバタセプトかトリシズマブの使用が推奨されている 1

Ⅲ 考  察

メトトレキセート関連リンパ増殖性疾患(MTX-LPD)は1991年にEllmanら 2がMTX投与中のRA患者にリンパ腫が発生したことを報告して以来,MTX-LPDの報告は多数みられている.造血器腫瘍のWHO分類第4版(2008)ではMTX-LPDは免疫不全関連LPDの中の「他の医原性免疫不全症関連LPD」に分類されている 3.MTX-LPDの明確な診断基準について,現在のところ日本リウマチ学会よりガイドライン作成にむけて計画中であり,RA患者においてMTXを含む免疫抑制薬治療中にリンパ腫/リンパ増殖性疾患が発生した場合,医原性免疫不全関連リンパ増殖性疾患(iatrogenic immunodeficiency-associated LPD)あるいは免疫抑制薬関連リンパ増殖性疾患(immunosuppressive drug-associated LPD)と呼ぶことを推奨するとなっている.MTX-LPDの特徴はMTX中止により腫瘍が自然退縮や寛解する症例が存在することであり 3)~5,MTX-LPDの治療は第一にMTXの中止である.MTX中止で自然退縮の傾向があれば経過観察とし,不変や悪化傾向であれば悪性リンパ腫の組織系に応じた化学療法を検討する 6.MTX中止のみで病変が自然消退するのはMTX-LPDの約40%~60%と報告 3)~5されている.本症例ではMTX中止のみで全身のリンパ節の自然縮小まで至らず,MTX-LPDかMTX非関連のDLBCLかの判断に迷うところではあったが,MTXを内服している場合はMTX-LPDを否定できないこと,通常のDLBCLでは無治療で上記の経過をたどることはないこと,発熱やCRP上昇がなくSilent Lymphomaであること,十二指腸病変がMTX中止のみで改善傾向であることなどから判断してMTX-LPDと診断した.

MTX-LPDの発生機序はMTXによる免疫抑制状態の関与とEBVのB細胞への感染を基盤としてMTX投与による免疫抑制状態がEBVを活性化し,B細胞の再賦活化および不死化することで異常増殖を起こしLPDを発症する機序などが報告されており 7)~9,MTX-LPD全体の約50%前後にEBV陽性とされる 3),10.本症例では生検標本のEBER-1(in situ hybridization)は陰性でEBVの関与は否定的であった.MTX-LPDの節外病変の発症は40%~50%とされ,肺・軟部組織・皮膚・消化管などの報告がある 4),7.本症例では節外病変として十二指腸病変を認めたが,MTX-LPDの消化管病変を有する症例報告を医中誌とpubmedで2000年~2017年まで検索した限り(Table 1),MTX-LPDによる十二指腸病変の報告は検索しえなかった.MTX-LPD消化管病変の組織型はDLBCLが最も多く35%~60%を占め,Hodgkinリンパ腫(HL)が次に多く12%~25%で 11,T細胞リンパ腫 12,MALTリンパ腫 13,リンパ腫様肉芽種 14の報告もある.MTX-LPD消化管病変の内視鏡所見では,Table 1より潰瘍性病変が多い傾向があるが,他Ⅱc病変,粘膜下腫瘍,褪色調変化,縦走潰瘍など様々である.消化管DLBCLの肉眼所見は,胃では腫瘤形成型(潰瘍型)が多く,耳介様と表現される肉眼型をとることもあり 15,小腸・大腸DIBCLでも潰瘍形成型が多い傾向がある 16.MTX-LPDの十二指腸病変の報告は検索しえないが,十二指腸悪性リンパ腫では濾胞性リンパ腫が多く,十二指腸下行部のVater乳頭部周囲あるいはその周辺に,白色顆粒状病変の集簇として認められることが多いとされている 17.しかし本症例のようにDLBCLであれば潰瘍性病変をきたすこともあり,十二指腸悪性リンパ腫は稀ではあるが鑑別にいれる必要があると思われた.

Table 1 

節外病変として消化管に発生したMTX-LPD症例.

Ⅳ 結  語

十二指腸下行脚に発生したMTX-LPDの一例を経験した.十二指腸病変を伴ったMTX-LPDは非常に稀である.MTX投与中のリウマチ患者で消化器病変を認めた場合,MTX-LPDの可能性も念頭におき,鑑別,診断を行うべきと考えられた.

謝 辞

鹿児島大学血液膠原病内科学 吉満誠先生,泉原リウマチ内科クリニック 泉原智麿先生より本論文を作成するにあたっての情報提供とアドバイスを賜りましたこと,感謝の意を表します.

本症例の要旨は第105回日本消化器内視鏡学会九州支部例会(2018年6月北九州)で報告した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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