日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
HIV感染を合併した梅毒性直腸炎の1例
中内 脩介 大川 清孝小野 洋嗣宮野 正人佐野 弘治山口 誓子青木 哲哉倉井 修小野寺 正征
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2019 年 61 巻 11 号 p. 2491-2497

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要旨

症例は20歳代の男性で同性愛者である.しぶり腹と血便を主訴に近医を受診し,直腸に隆起性病変を指摘されたため,当院を受診した.大腸内視鏡検査では,直腸前壁に縦走配列する潰瘍性病変を3個認め,口側の2病変は周囲に隆起を伴っていた.表面には白苔が付着した潰瘍を伴っており,アメーバ性大腸炎に類似する所見であった.血液検査では梅毒TP抗体陽性,HIV抗体陽性,赤痢アメーバ抗体陰性であった.生検ではアメーバの虫体を認めず,抗Treponema pallidum免疫染色で陽性所見を示したため,HIV感染を合併した梅毒性直腸炎と診断した.その後,皮疹が生じたが,アモキシシリンの内服にて消化器症状や皮疹は改善し,梅毒RPRの陰性化を確認した.

Ⅰ 緒  言

近年,若年者を中心に梅毒の感染者数が急増しており 1),2,社会的に大きな問題となっている.梅毒はTreponema pallidum(TP)の感染による性感染症(sexually transmitted infection;STI)が大部分を占め3),異性間感染が多いが,男性同性愛者(Men who have sex with men;MSM)での感染もみられ 2,HIV(human immunodeficiency virus)感染を高率に合併する 4.消化管梅毒の病変部位としては胃が最も多く,直腸に病変を形成することは稀である 5.今回,HIV感染を合併した梅毒性直腸炎を経験したので内視鏡的特徴や鑑別診断などについて文献的考察を加え報告する.

Ⅱ 症  例

症例:20歳代後半,男性.

主訴:しぶり腹,血便.

既往歴:気管支喘息.

内服歴:プロカテロール吸入.

現病歴:2017年5月中旬に1日5~6行程度の軟便が持続し,少量の血便を伴うテネスムスも生じたため近医を受診した.肛門鏡で直腸に隆起性病変を認め,問診にてMSMであることが判明したため,精査加療目的で当院を紹介受診となった.

現症:身長173cm,体重72kg,体温36.8℃,血圧140/92mmHg,脈拍102/分,整.腹部に自発痛や圧痛なし.明らかな皮疹なし.

臨床検査所見(Table 1):HIV抗体・梅毒TP抗体・HBs抗原は陽性であり,赤痢アメーバ抗体は陰性であった.軽度炎症反応の上昇を認めるが,その他に特記事項はなかった.

Table 1 

臨床検査成績.

大腸内視鏡所見:前処置を行っていないため,直腸のみの観察となった.下部直腸(Rb)前壁に病変を3個認め(肛門側から病変①,②,③),それらは縦走配列していた(Figure 12).病変①は浅い不整形潰瘍であり(Figure 1-a),病変②は比較的なだらかな隆起の頂部に浅い類円形潰瘍を認めた(Figure 1-b).病変③は急峻な立ち上がりの隆起の頂部に円形の潰瘍がみられ,その周囲には紅暈を伴っていた(Figure 2).病変③は送気量で形態の変化がみられるため,硬さのない病変と考えられた.また,病変間の介在粘膜は正常であった.

Figure 1 

大腸内視鏡検査(病変①,②).

Rb前壁に縦走配列する病変を認める.病変①は浅い不整形潰瘍であり,病変②は比較的なだらかな隆起の頂部に浅い類円形潰瘍を認める.

a:病変①.

b:病変②.

Figure 2 

大腸内視鏡検査(病変③).

急峻な立ち上がりの隆起の頂部に円形の潰瘍がみられ,その周囲には紅暈を伴っている.

臨床経過:直腸までの観察ではあったが,MSMであることを考慮し,当初はアメーバ性大腸炎を疑った.比較的症状が強かったため,各種検査を行った後に診断的治療目的にメトロニダゾールでの加療を開始したが,5日後に外来を受診した際に症状の改善を認めなかった.生検の病理組織所見は確定していなかったが,白苔部分からの直接鏡検ではアメーバは陰性であり,初診時に行った血液検査でHIV抗体陽性,梅毒TP抗体陽性,赤痢アメーバ抗体陰性の結果を得たことから,梅毒性直腸炎の可能性を考えた.HIV陽性であったため,HIVに対する治療目的で他院に紹介した.

生検の病理組織学的所見:腺上皮細胞に異形はなく,中等度のリンパ球・形質細胞・好中球の浸潤があり,中等度の腺窩炎の像を認めた(Figure 3-a,b).Wartin-starry染色では明らかな桿菌は認めず,PAS染色ではアメーバの虫体は認めなかった.また,腸管スピロヘータの菌体の付着も認めなかった.抗TP免疫染色にて腺管の細胞間に線状の陽性像を認め,明らかならせん構造を確認できないがTPの感染として矛盾しない組織像であった(Figure 3-c).

Figure 3 

生検検体の病理組織学的所見.

a:HE染色.中等度のリンパ球,形質細胞,好中球の浸潤像を認める.

b:aの黄枠部拡大像.腺上皮細胞に異型を認めず,中等度の腺窩炎の像を認める.

c:抗Treponema pallidum免疫染色.腺管の細胞間に線状の陽性像を認める.

その後の他院での経過:体幹,四肢,鼠径部に皮疹が生じたため,第2期梅毒として矛盾しないと考え,アモキシシリン3g/日の内服を行った.28日間の内服終了後は消化器症状や皮疹は改善し,梅毒RPR(rapid plasma reagin)も陰性化した.約1年後に施行した大腸内視鏡検査では,直腸にみられた隆起性病変は消失していた.HIV1-TaqMaは陽性であったが,CD4が500/mm3以上で推移していたためHIVに対する加療は行われず経過観察となっている.また,上部消化管内視鏡は施行しておらず,胃病変の有無については不明である.

Ⅲ 考  察

梅毒の大部分はTPの感染によるSTIである 3.TPが皮膚や粘膜の微小な傷口から侵入し,感染局所に病変を形成した後に血行性に全身性に散布されることで諸臓器に病変を形成する 3.梅毒は1999年から感染症法によって5類感染症に分類され全数報告対象となった.1999年から2012年までは年間500例から900例の間で推移してきたが,2013年には1,200例を超え,以降増加傾向で2017年には5,820例となった 1.国立感染症研究所によると,2018年度も第39週時点で5,000例を超えており,2017年度の同時期を上回るペースであり 2,梅毒の流行は社会的にも大きな問題となっている.男性では20歳代から40歳代に,女性では20歳代に多く,異性間の感染者数が多いが,男性同性間での感染も少なくないこと 2は臨床上留意すべき点である.

梅毒の自然経過は,第1期梅毒(感染局所に初期硬結,硬性下疳が生じる),第2期梅毒(全身の皮膚・粘膜の発疹や臓器梅毒の症状がみられる),潜伏梅毒,晩期梅毒の順に病期が進行する 6.梅毒はHIVを合併すると臨床所見や経過が多彩になり病期の進行が早くなる場合もある 7.また,梅毒は再感染を繰り返しやすく,海外では梅毒と診断されたMSMの20%が再感染をおこし,その多くは1年以内であったとする報告がある 8.本邦でも,HIVと梅毒に感染しているMSMの内,過去に1回以上の梅毒治療歴があるのは51.5%であったとする報告がみられる 9.梅毒は終生免疫を獲得しない感染症であり,梅毒の感染が判明した場合には,梅毒の治療歴,性交渉歴,HIV感染の合併などについて,詳細な問診と検査を行う必要がある.梅毒の血清学的検査は,梅毒血清反応(serological test for syphilis:STS)検査とTP抗体検査の2種類がある 10.STS検査は,カルジオリピンを抗原とした非特異的な検査法で,測定方法としてはRPR法などがある.生物学的偽陽性反応がみられることがあるが,治療効果判定や再感染の評価に用いられる.一方,TP抗体検査はTP抗原を抗原に用いるため特異性に優れており,測定方法としてはTPHA(Treponema pallidum hemagglutination)法などがある.STS検査より2~3週間遅れて陽性になり,治癒後も長期に陽性が持続するため,治療効果の評価には適していない.

梅毒では主に皮膚病変を生じるため,消化管病変を形成することは比較的稀である.消化管では胃が好発部位であり,本邦における消化管梅毒の報告例のほとんどは胃梅毒であるが 5,近年は本邦でも直腸梅毒の報告が増加している.梅毒による直腸病変の発生機序としては,第1期梅毒もしくは第2期梅毒として病変を形成すると考えられる 3),5.前者の場合は肛門性交により下疳を形成し,後者の場合はTPの血行播種により生じる 3.本例では当院初診から約1カ月ほど経過して全身に皮疹が生じており,初診時の直腸病変は第1期梅毒の病変であると考えた.症状は,血便,肛門痛,テネスムスなどであるが,疾患特異的な症状ではないため,症状のみで他疾患と鑑別することは困難である.第2期梅毒のように直腸炎以外に皮疹を認める場合には,梅毒を鑑別疾患に挙げることが重要である 11.逆に梅毒感染を疑っていない場合は皮疹の有無など他臓器症状を十分に確認できず,診断が遅れる場合もあると思われる.医学中央雑誌(会議録を除く)にて「梅毒性直腸炎」もしくは「梅毒」「直腸」を,PubMedにて「syphilitic proctitis」をkey wordに1984年から2018年12月の期間で検索を行った.本邦における梅毒性直腸炎の報告は15例であり 12)~26,それらに自験例を加え臨床的特徴を記載したものをTable 2に示す.20~40歳代に多く,1例を除きすべて男性であった.感染様式の記載があるものは,同性8例,異性4例であり,同性例はすべて男性であった.内視鏡所見を同性間感染例と異性間感染例にわけて検討すると,前者では易出血性の潰瘍形成を伴う隆起性病変や潰瘍が多く,後者ではびらんや潰瘍であった.同じ消化管梅毒である胃梅毒の内視鏡所見は,胃体下部から幽門部に不整形のびらんと融合傾向のある浅くて広い潰瘍が多発するとされている 27.異性間感染の直腸梅毒例では胃梅毒に類似した内視鏡所見であり,これは胃梅毒と同様に第2期梅毒として病変を形成したと考えられた.一方,同性間感染例では潰瘍形成を伴う隆起性病変の報告が多く,これは肛門性交により直接菌が侵入し,第1期梅毒(硬性下疳)として病変を形成したと推測された.硬性下疳の肉眼像は,TPの侵入部位に頂部に潰瘍を生じる隆起であり,本例の内視鏡像はその像と一致する.海外での梅毒性直腸炎の報告でも,内視鏡所見は潰瘍や腫瘤性病変とされているが 28,潰瘍性状の詳細な記載はみられない.実際には,皮疹や直腸病変の出現時期が明確でない場合,肛門性交などの感染経路を踏まえると,梅毒性直腸炎では第1期・第2期梅毒の病変が混在し,多彩な内視鏡所見を呈すると思われた.本例は病変が縦走配列していたが他にはそのような報告はみられない.その理由として肛門性交による粘膜接触部位に一致して病変が形成された可能性と肛門からの異物挿入による外傷性粘膜傷害がまず存在し,そこに菌が侵入して潰瘍ができた可能性が考えられる.また,免疫染色を行いTPが同定されたのは8例であり検出率は高くなかった.菌体が潰瘍辺縁に多く分布していること 28,慢性炎症のため炎症の強い部分と弱い部分が混在していること 27,などから生検の部位によっては偽陰性になる可能性も考えられる.本例では,潰瘍辺縁の発赤が強い部位から生検を行ったため,TPが証明されたと考えられた.TP染色は梅毒性直腸炎を診断する上で有用な検査であるが,病原体の検出率は高くないため,血清学的検査と臨床背景などから総合的に判断をせざるを得ない場合もある.

Table 2 

本邦における梅毒性直腸炎の報告例.

梅毒性直腸炎の鑑別診断としては,臨床背景や内視鏡所見が類似することからアメーバ性大腸炎が挙げられる.内視鏡所見の特徴は,周囲に隆起を呈するたこいぼ様潰瘍・びらん,自然出血を伴うことや周囲に紅暈を有することも特徴である 29.これらの所見は本症の内視鏡所見の特徴とも一致する.本例では,赤痢アメーバ抗体陰性,生検でアメーバの虫体を認めない,メトロニダゾールが無効であった,などからアメーバ性大腸炎は否定できたが,赤痢アメーバ抗体の測定ができなくなったため,今後アメーバ性大腸炎との鑑別に苦慮する機会が増える可能性がある.このまま梅毒感染が増加すれば,われわれ内視鏡医が消化管病変を有する梅毒患者を診療する機会が多くなることが予想される.梅毒は適切な抗菌薬投与で治癒が可能な疾患であり,早期の診断は重要である.性的活動性のある年齢の患者に直腸病変を認めた場合には梅毒性直腸炎を含めたSTIを鑑別に挙げることが重要である.

Ⅳ 結  語

梅毒性直腸炎を診断するには,梅毒の自然経過,内視鏡所見の特徴,鑑別疾患について理解しておく必要がある.

謝 辞

三田市民病院病理診断科木崎智彦先生,大阪市立総合医療センター感染症内科小西啓司先生,白野倫徳先生に深謝申し上げます.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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